- 更新日 : 2025年7月14日
残業代にも所得税はかかる?仕組みと計算方法をわかりやすく解説
残業代の所得税に関する取り扱いは複雑で、とくに残業代の計算や未払い分の処理においては、適正な税務対応が求められます。
本記事では、残業代が所得税の課税対象となる仕組みや具体的な計算方法、未払い残業代を支給する際の注意点、必要な手続きについてわかりやすく解説します。
目次
残業代は所得税の課税対象になる
結論からいうと、残業代は所得税の課税対象です。
残業代とは、時間外労働の対価として支払われる賃金であるため、基本給や賞与と同様に所得として扱われます。そのため、原則として所得税がかかります。
所得税とは、個人が1年間に得た所得に対して課される国の税金のことです。残業代に所得税がかかる仕組みを理解するために、まずは所得税の基本的な構造について簡単に解説します。
残業代の概要や計算方法については以下の記事をご確認ください。
所得税の仕組みと課税対象
所得税とは、個人が1年間に得た所得に対して課される国税です。
所得税法では、所得を以下の10種類に分類しており、それぞれ異なる課税ルールが定められています。
このうち、会社員が受け取る基本給や賞与、残業代などは「給与所得」に該当します。
給与所得とは、従業員や役員に支払われる給料や賃金、賞与などの金銭的対価や、これらに類する手当、現物給与を含む所得を指します。ここでいう「手当」に残業手当が含まれているため、残業代も給料や賞与と同様に所得税の課税対象となるのです。
ただし、支給額すべてに税金がかかるわけではありません。給与所得控除などの各種控除を差し引いた後の金額に対して所得税がかかります。
所得税については以下の記事で詳しく解説しているので、あわせてご確認ください。
所得税の具体的な計算方法と税率表
所得税の計算は、単純に「所得×税率」で求められるわけではありません。ここでは、給与所得者の所得税がどのような流れで計算されているのかを紹介します。
ステップ1:年間の給与総額を算出する
まずは、月々の給与や賞与などの収入金額を合算し、年間の給与総額を求めます。給与総額に残業代が含まれる点に注意が必要です。
ステップ2:給与所得控除額を差し引く
年間の給与総額から給与所得控除額を差し引いて「給与所得金額」を算出します。
給与所得控除は、給与総額に応じて一定の金額が控除される制度です。具体的な控除額は、以下の表のとおりです。
年間の給与総額 | 給与所得控除額 |
---|---|
162万5,000円まで | 55万円 |
162万5,001円から180万円まで | 収入金額×40%-10万円 |
180万1円から360万円まで | 収入金額×30%+8万円 |
360万1円から660万円まで | 収入金額×20%+44万円 |
660万1円から850万円まで | 収入金額×10%+110万円 |
850万1円以上 | 195万円(上限) |
出典:No.1410 給与所得控除|国税庁(給与所得控除額の表を加工して作成)
なお、令和7年分(2025年分)からは、「年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表」の見直しが予定されています。改正後の表は令和7年8月末頃に公開される見込みで、それにもとづく年末調整事務の手続きも同時期から公開される予定です。
本記事では、記事公開時点で有効な現行制度にもとづいて解説しています。
ステップ3:所得控除額を差し引く
ステップ2で求めた給与所得金額から所得控除額を差し引いて「課税所得金額」を算出します。
所得控除は、基礎控除や扶養控除、医療費控除、生命保険料控除などが対象です。控除できる項目は15種類あり、申告次第で課税所得金額を大きく減らせます。
所得控除について詳しく知りたい方は、以下の記事を確認してみましょう。
ステップ4:課税所得金額に税率をかける
ステップ3で算出した課税所得金額に、所定の税率をかけて所得税額を計算します。
所得税の税率は、以下の表のとおりです。課税所得金額が大きくなるほど、段階的に高い税率が適用されます。
課税所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000円から194万9,000円まで | 5% | 0円 |
195万円から329万9,000円まで | 10% | 9万7,500円 |
330万円から694万9,000円まで | 20% | 42万7,500円 |
695万円から899万9,000円まで | 23% | 63万6,000円 |
900万円から1,799万9,000円まで | 33% | 153万6,000円 |
1,800万円から3,999万9,000円まで | 40% | 279万6,000円 |
4,000万円以上 | 45% | 479万6,000円 |
出典:No.2260 所得税の税率|国税庁(「所得税の速算表」を加工して作成)
2037年までは、上記で算出された所得税額に復興特別所得税の金額が加算されます。復興特別所得税は、東日本大震災の復興財源として期間限定で課されている税金で、所得税額に対して2.1%が上乗せされます。
ステップ5:税額控除額を差し引く
ステップ4で求めた所得税額から税額控除額を差し引いた金額が、最終的に納めるべき所得税の金額です。
税額控除には配当控除や住宅ローン控除などがあり、それぞれ控除額が定められています。所得からの控除でなく所得税額から直接控除できるため、大きな節税効果が見込めます。
税額控除についての詳細は「No.1200 税額控除|国税庁」をご確認ください。
税額控除の基本的な仕組みや所得控除との違いについて詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
残業代がある場合とない場合の所得税の計算シミュレーション
ここでは、残業代の有無による所得税額の変動を具体的な数値を用いて比較します。
以下は、年収450万円の会社員(独身)が月5万円の残業代を1年間受け取った場合の計算シミュレーションです。計算の簡便化のため、所得控除および税額控除を考慮しないものとします。
実際の税額は、各種控除の内容や扶養の有無によって大きく変動します。本シミュレーションはあくまで「残業代の有無による比較」に焦点を当てたモデルケースです。
残業代がない場合の計算は以下のとおりです。
年間の給与総額 | 年収450万円(残業代なし) |
---|---|
給与所得控除額 |
450万円×20%+44万円=134万円 |
課税所得金額 | 450万円-134万円=316万円 |
所得税額 |
316万円×10%-9万7,500円=21万8,500円 |
復興特別所得税 | 21万8,500円×2.1%≒4,588円 |
合計所得税額 | 21万8,500円+4,588円=22万3,088円 |
残業代がある場合の所得税は、以下のように計算します。
年間の給与総額 | 450万円(年収)+60万円(残業代)=510万円 |
---|---|
給与所得控除額 |
510万円×20%+44万円=146万円 |
課税所得金額 | 510万円−146万円=364万円 |
所得税額 |
364万円×20%−42万7,500円=30万500円 |
復興特別所得税 | 30万500円×2.1%≒6,310円 |
合計所得税額 | 30万500円+6,310円=30万6,810円 |
残業代が年間60万円加算されることで、所得税額が約8万4,000円増加しています。
つまり、残業代が増えることで年間の給与総額が増加し、結果として課税所得も増えるため、所得税の負担が重くなるということです。
残業代と住民税・社会保険料の関係
残業代が増えると、所得税だけでなく住民税や社会保険料の負担が増え、結果的に手取り額が減ることがあります。
住民税は、前年の給与総額(残業代を含む)をもとに計算され、翌年6月から12ヶ月間にわたり給与から自動的に天引きされます。これは「特別徴収」と呼ばれ、会社員などの給与所得者に適用される制度です。そのため、残業が多かった年の翌年には、住民税の額が高くなります。
社会保険料は、4月から6月に支給される給与額(残業代を含む)を基準に算定されます。この期間に残業が多い場合、保険料計算の基準である「標準報酬月額」が引き上げられ、翌年度の健康保険料や厚生年金保険料が高くなる点に注意が必要です。
つまり、残業代の増加は一時的に収入を増やしますが、それに連動して税金と社会保険料も増えるため、給与の増加分が手取りに反映されにくくなります。
住民税と社会保険料については、以下の記事をご確認ください。
未払い残業代にも所得税がかかる
未払い残業代が支払われた場合でも、それが過去の労働に対する対価である以上、所得税の課税対象になります。
重要なのは、支給方法によって課税のタイミングや処理方法が異なる点です。
一時金として支給する場合
未払い残業代を「一時金」としてまとめて支給した場合、それは賞与と同様に扱われます。
たとえ過去の労働に対する対価であっても、支給が確定した年の給与所得とみなされるため、過去分の年末調整をやりなおす必要はありません。源泉徴収は賞与と同様に処理され、会社は通常の給与支払いと同様の税務対応を行います。
ただし、支給年の年収が増えることで、その年の所得税や翌年の住民税の負担が一時的に増加する点には注意が必要です。
過去に遡及して支給する場合
未払い残業代を「過年度分の給与」として支払う場合は、本来支給されるはずだった年の所得として扱われます。
この場合、企業側は該当年の年末調整を修正し、不足分の所得税があれば納付しなければなりません。また、住民税の算定基礎となる給与支払報告書の訂正・再提出も必要です。
従業員にも影響が及び、各自治体から修正後の住民税通知書が届き、追加で納付を求められることがあります。
一時金として支給する方法に比べて手続きは煩雑ですが、所得税の累進課税制度を考慮すると、結果的に手取り額が多くなるケースもあります。
未払い残業代を異なる名目で支給する場合の注意点
未払い残業代を「和解金」や「退職金」といった異なる名目で支給する場合、所得税の取り扱いが変わります。
不適切な処理は源泉徴収漏れや税務調査の対象となるため、税務上の取り扱いやリスクについて理解しておくことが重要です。
和解金として支給する場合
未払い残業代を巡る紛争が和解によって解決した場合、企業が「和解金」として金銭を支給することがあります。しかし、その実態が残業代に該当する場合は、たとえ名目が和解金であっても所得税の課税対象となります。
和解金として支給された未払い残業代は、通常「一時所得」や「雑所得」として扱われるため、給与所得控除の対象とはなりません。一時所得には50万円の特別控除がありますが、給与所得控除に比べて控除額が少ないため、場合によっては納税額が増える可能性があるため注意が必要です。
退職金として支給する場合
退職時に未払い残業代を「退職金」として一括で支給するケースもありますが、この処理方法には税務上注意が必要です。
退職金は通常「退職所得」として扱われ、所得金額を1/2にする優遇措置により、所得税の負担が大幅に軽減されます。しかし、未払い残業代は過去の労働に対する対価であるため、本来は「給与所得」として課税されるべきものです。
つまり、実態が残業代であるにもかかわらず退職金として処理した場合、不当に税負担が軽くなり、結果的に所得税の過少申告と判断されるリスクがあります。悪質とみなされれば、税務署から追徴課税や脱税の指摘を受ける恐れもあります。
そのため、実態に即した所得区分を行うとともに、支給金額の妥当性や退職との関係性について明確な説明ができるよう備えることが重要です。
未払い残業代の支給による住民税・社会保険料への影響と必要な手続き
未払い残業代を支給した場合、所得税だけでなく住民税や社会保険料にも影響が及びます。
未払い分を本来の支給時期にさかのぼって課税対象とする場合、勤務先は年末調整の修正や追加納付手続きを税務署に対して行い、従業員に追加徴収を求めます。同時に、修正後の給与支払報告書を市区町村へ再提出し、住民税の計算を正確に反映させなければなりません。
未払い残業代の支払いは社会保険料にも影響し、支給額の増加により標準報酬月額が変動する場合があります。修正が必要な場合、勤務先は毎年決定される「定時決定」や、給与変動が一定基準を超えた時に行う「随時改定」の届出を年金事務所や健康保険組合に提出し、保険料の見直しを行います。
残業代と所得税についてよくある質問
最後に、残業代と所得税について多くの人が誤解しやすいポイントをQ&A形式でわかりやすく解説します。
残業代が非課税になるケースはある?
残業代は労働の対価として支給するものであるため、通常の給与と同じく所得税の課税対象です。家族(扶養)手当や住宅手当など、従業員に支給するその他の手当も、原則として給与所得に該当するため、所得税が課されます。
しかし、次のような手当は例外的に非課税となります。
(1)通勤手当のうち、一定金額以下のもの
(2)転勤や出張などのための旅費のうち、通常必要と認められるもの
(3)宿直や日直の手当のうち、一定金額以下のもの
これらは、従業員が業務で負担した費用を補填する目的で支払われる手当のため、一定の条件や金額の範囲内であれば所得税がかかりません。
上記の手当と混同し、残業代を誤って非課税扱いとしないように注意が必要です。
退職後に支給する残業代にも所得税はかかる?
退職後に支給する未払い残業代は、在職中の労働に対する報酬とみなされるため、給与所得として所得税が課されます。
所得税の計算では、源泉徴収税額表の「甲欄」と「乙欄」の使い分けが必要な場合があり、税務処理は複雑です。
詳しくは、国税庁の「No.2739 退職後に支給される給与等の源泉徴収」をご確認ください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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