- 更新日 : 2024年8月29日
固定残業代のメリットは?やめとけと言われる理由や効果的な導入を解説
労働基準法は、賃金の全額払いを定めており、残業代も例外ではありません。そのため、企業は残業時間を正確に把握し、残業代を計算する必要がありますが、固定額を支払う企業も存在します。
当記事では、メリットやデメリットをはじめ、固定残業代を網羅的に解説します。トラブルの多い制度であるため、当記事を理解の助けとしてください。
目次
固定残業代とは?
「固定残業代」とは、あらかじめ設定された一定の残業時間に応じた定額の残業代を支払う制度です。たとえば、固定残業時間を20時間と設定していれば、仮に10時間しか残業していなくても20時間分の固定残業代が支払われます。
固定残業代は、多くの企業が採用していますが、「働かせ放題」などの誤解も少なくありません。よく理解したうえで運用しなければ、労働者との間でトラブルとなってしまうため、注意しましょう。
固定残業時間の上限
固定残業時間そのものの上限は定められておらず、労使の合意によって時間が決まります。しかし、月45時間を超えて設定した場合には、無効と判断される場合もあり得ます。
企業が従業員に対して、法定外残業や休日労働を命じるためには、36協定の締結と届出が必要となります。また、36協定の締結および届出があっても、労働基準法上、法定外残業の上限時間は月45時間です。
特別条項付き36協定を締結すれば、45時間を超えることも可能ですが、あくまで臨時的・特別的な事情がある場合に限られます。そのため、恒常的に行われることが想定される固定残業時間の上限は、月45時間であると考えられ、これを超える場合には一部または全部が無効と判断される恐れがあります。
固定残業代制度のメリット
固定残業代は、労働基準法に則って正しく運用すれば、労使双方にメリットのある制度です。従業員側と会社側に分けて、メリットを解説します。
従業員側のメリット
固定残業代制度の従業員にとってのメリットは、残業が発生しなくても残業代が支払われることです。仮に設定された固定残業時間に満たない残業時間であっても、固定残業代は全額支払われ、全く残業がなかった場合でも変わることはありません。
固定残業代制度のもとでは、残業時間の削減が大きな意味を持ちます。超過がない限り、残業代は定額であるため、残業時間を削減すればするほど、収入を維持しながら自分の時間を増やすことが可能です。労働時間が減少しても収入が維持される点は従業員にとってメリットとなるでしょう。
会社側のメリット
固定残業代制度の会社側のメリットとしては、人件費の見通しが立てやすい点が挙げられます。設定された時間を超過しない限り、残業代が固定となるため、あらかじめ必要な額の算出も容易です。残業代が固定であることから、毎月の給与計算が容易になる点もメリットといえるでしょう。
また、固定残業代制度のもとでは、従業員が労働時間の削減に取り組むケースが多いです。業務効率化につながるため、会社にとってもメリットとなるでしょう。
固定残業代のデメリット
固定残業代制度にはデメリットも存在します。労使双方にデメリットがあるため、よく理解したうえで、導入を検討しましょう。
従業員側のデメリット
あらかじめ支払うべき固定残業代が給与に含まれているため、基本給が低く抑えられている場合もあります。残業代の支出がかさむことが想定される会社では、基本給を低くすることで人件費の抑制を図る場合もあります。この点は、従業員にとってデメリットとなるでしょう。
会社側のデメリット
固定残業代制度を採用している場合には、残業が発生しなくても固定残業代を支払わなければなりません。従業員にとっては大きなメリットですが、支払う会社にとっては不要ともいえる人件費の支出となります。また、従業員や管理職が固定残業代制度を正しく理解していない場合には、違法な長時間労働や残業につながる恐れもあります。思わぬ法違反状態を招きかねない点も会社にとってのデメリットといえるでしょう。
固定残業代はやめとけと言われる理由
インターネットでは固定残業代とセットで、「やめておけ」「やばい」といったネガティブなワードがよく見られます。これはどのような理由からなのでしょうか。
固定残業代を採用している企業は多く、大半は法に則った運用を行っているでしょう。しかし、固定残業代はいわゆるブラック企業も多く採用している制度です。そのため、法の基準を超える残業時間の設定や、超過分の未払いなどが横行し、固定残業代制度自体にネガティブなイメージが付いています。また、固定された一定の残業代を支払えば、いくら働かせてもよい制度という誤解もまん延しており、ネガティブなイメージに拍車を掛けています。
固定残業代の計算方法
固定残業代には、手当型と組込型の2種類が存在します。両者は、残業代の計算方法が異なるため、分けて解説を行います。
手当型
手当型では、基本給とは別に手当として別途固定残業代を支給します。計算方法は以下の通りです。
(給与の総額÷月の平均所定労働時間)×設定した固定残業時間×1.25
なお、月の平均所定労働時間は、以下の式を用いて計算可能です。
(365日-年間の休日合計日数)×1日における所定労働時間÷12
上記を踏まえたうえで、具体的な額を計算してみましょう。用いるデータは以下の通りです。
- 給与の総額:320,000円
- 月の平均所定労働時間:160時間
- 設定された固定残業時間:30時間
(32,0000÷160)×30×1.25=75,000
上記の計算結果から残業代は、75,000円となります。
組込型
組込型では、基本給に固定残業代が組み込まれています。計算方法は以下の通りです。
基本給÷{月の平均所定労働時間+(設定した固定残業時間×1.25) }×設定した固定残業時間×1.25
上記式に以下のデータを当てはめて、具体的な額を計算してみましょう。
- 基本給:320,000円
- 月の平均所定労働時間:160時間
- 設定された固定残業時間:30時間
320,000÷{160+(30×1.25) }×30×1.25=60,759
よって、組込型の場合には60,759円が残業代となります。
固定残業時間を超えた場合は?
よくある誤解として、固定残業代制度を採用すれば、いくら残業を行わせても固定額以上を支払う必要はないというものが存在します。しかし、これは大きな間違いであり、設定された固定残業時間を超過した部分には、通常の残業代の支払いが必要です。
たとえば、月20時間の固定残業時間を設定している場合を想定してみましょう。この場合に、実際の残業時間が30時間であったとすれば、固定残業代とは別に超過分である10時間分の残業代の支払いが必要です。定額による働かせ放題の制度ではないことに、注意しなくてはなりません。
固定残業時間を超えた部分は、以下の式を用いて残業代を計算します。なお、基礎賃金は、基本給(除外対象でない手当含む)を月の所定労働時間で除すことで計算可能です。
基礎賃金(1時間あたり) × 超過分した残業時間 × 1.25
たとえば、1時間あたりの基礎賃金が2,000円で、超過分が10時間であった場合には、下記のようになります。
2,000×10×1.25=25,000
この場合には、固定残業代がいくらで設定されていたとしても、追加で25,000円の残業代の支払いが必要となるわけです。
固定残業代で違法になるケース
固定残業代は、適法に運用すればメリットもある制度です。しかし、運用法を誤れば違法となるため、注意しましょう。
超過分の未払い
固定残業時間として設定した時間を超えた残業時間には、別途計算した残業代の支払いが必要です。超過分の支払いがない場合には、労働基準法第24条に定められた「賃金全額払いの原則」に違反することになります。
休日・深夜の割増賃金の未払い
固定残業代を採用していたとしても、休日や深夜労働に対する割増賃金は別に支払いが求められます。休日や深夜労働に対する割増賃金の支払いがない場合にも、超過分の未払いと同様に労働基準法違反となるため、注意が必要です。
最低賃金を下回る
地域別最低賃金は、時間で定められており、固定残業代を採用していても適用されます。そのため、固定残業代の計算において、時間あたりの賃金が最低賃金を下回っている場合には、最低賃金法違反となります。この場合には、適用を受ける都道府県に応じた最低賃金額以上に設定し直さなければなりません。
固定残業代は求人情報にも明記が必要
固定残業代は、支払いなどについてトラブルの多い制度です。そのため、厚生労働省では固定残業代を採用する場合には、募集要項や求人票に以下の事項を記載しなければならないとしています。
- 固定残業代を含まない基本給の額
- 固定残業代に関して設定された労働時間数や金額などの計算方法
- 設定された固定残業時間を超えた場合においては、超過分の時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金を別途支払う旨
具体的には、次のような記載が必要です。
- 基本給(〇〇円)(固定残業手当を除いた額)
- 固定残業手当(時間外労働発生の有無に関わらず、〇時間分の固定残業手当として〇〇円を支払う)
- 〇時間を超えた時間外労働に関する割増賃金は、別途支払う
参考:固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。|厚生労働省
固定残業代を導入する際の注意点
固定残業代制度を導入する場合には、いくつかの注意点が存在します。注意点を正しく理解することで、固定残業代のメリットを最大限に活かすことが可能です。
残業時間の把握
固定残業代制度導入前に、どの程度の残業時間が自社内で発生しているのか把握することが必要です。しっかりと残業時間を把握しておかなければ、慢性的な固定残業時間の超過や、不要な長時間の残業時間を設定することになってしまいます。
上限時間など法の規制を遵守
すでに述べた通り、固定残業時間であっても上限は存在します。また、算出された固定残業代が最低賃金を下回ることも許されません。設定を予定している固定残業時間や固定残業代が法に則ったものか確認しましょう。
従業員の同意
固定残業制度を導入することによって、基本給やその他手当が減少するような場合には、労働条件の不利益変更に該当します。このような場合には、対象となる従業員の同意を得ることが必要です。
就業規則への明記および周知
固定残業代制度を導入する場合には、就業規則に明記することが必要です。また、ただ明記するだけではなく、その内容を周知し、従業員に制度を理解させることも必要となります。
固定残業代を効果的に導入している企業事例
固定残業代制度は適切に導入すれば、企業に多くのメリットをもたらす制度です。効果的な制度導入事例として、トヨタ自動車のケースを紹介します。
トヨタ自動車では、社員の自由な働き方を促進するために、裁量労働の適用対象を拡大させています。導入された新制度は、裁量労働の対象範囲が労働基準法よりも広く取られており、事務職や技術職の係長クラス(主任級)までをその対象としています。
同制度では、通常の残業代とは別に、毎月45時間の残業代に相当する17万円を実際の残業時間発生の有無を問わず手当として支給するとしています。トヨタ自動車では、一種の固定残業代が導入されている形といえるでしょう。残業時間が短ければ短いほど、社員にとってメリットが高まる制度のため、同制度を働き方改革や業務効率化につなげたい考えです。トヨタ自動車の取り組みは、固定残業代導入による業務効率化の一例として挙げることができるでしょう。
参考:トヨタ、裁量労働 実質拡大 一定の「残業代」保証|日本経済新聞
固定残業代を理解しトラブルを防止しよう
固定残業代制度は、業務効率化や給与計算の簡便化など、適切に運用すれば会社にとってメリットをもたらす制度です。従業員にとっても、実際の残業時間発生の有無を問わず、残業代が支給されるため、メリットが大きい制度といえるでしょう。
しかし、固定残業代の運用を巡っては、上限を超過した残業時間の設定や、超過分の未払いといったトラブルが絶えません。定額による働かせ放題の制度との誤解も根強く残っています。当記事を参考に正しく固定残業代制度を理解し、適切な導入および運用を行い、トラブルの防止に努めてください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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