- 更新日 : 2024年11月1日
懲戒解雇の退職金はどうなる?不支給・減額の適切な対処法や注意点
企業経営において、従業員の懲戒解雇は避けられない事態となることがあります。しかし、それに伴う退職金の問題が、企業に新たなリスクをもたらす可能性があることを忘れてはいけません。
本記事では、懲戒解雇に伴う退職金の適切な取り扱い方や解雇手続きにおける注意点に関する解説に加え、過去の判例や懲戒解雇に関するテンプレートも紹介していきます。
目次
懲戒解雇の退職金は支給の必要がある?
近年は懲戒解雇に伴う退職金の不支給や減額に関する訴訟も増え、企業側が敗訴するケースも多く見られるようになっています。記事後半で詳しく解説しますが、退職金に関する判例も解雇理由などによって様々であるため、一概に「懲戒解雇の退職金は支払う必要はない」とは言えないのが現状です。
そもそも退職金とは
退職金とは、企業が従業員に対して企業への貢献に感謝し、退職の際に支払う経済的補償のことです。そもそも退職金は、労働基準法上、支給が義務づけられているわけではありません。企業が退職金の支払いを制度化している場合、就業規則に相対的必要記載事項の1つとして記載しなければならず、所定の要件を満たした従業員には支払義務が生じます。
退職金制度は企業が任意で設ける制度であるため、支給条件や支給額の算定基準は、企業側の裁量で決定することができます。日本企業では、従業員の年齢や勤続年数、企業の業績などを考慮して算出されることが多いという傾向が見られます。
懲戒解雇の退職金を不支給にする場合の適切な対処法
懲戒解雇で退職金を不支給にするには、厳格な要件を満たす必要があります。本来なら支払われるはずの退職金を不支給とすることは、従業員の行為が企業に多大な損害を与え、社会的な信用を著しく失墜させるような場合にのみ認められます。ここからは、懲戒解雇で退職金を不支給とした場合に想定されるトラブルの回避策として、企業側が押さえておくべき2つのポイントについて解説していきます。
就業規則に規定する
そもそも退職金は企業の任意で支払われるものであるため、退職金制度そのものを設けなければ、どんな理由であれ、支払う必要はありません。退職金の不支給が訴訟などのトラブルに発展する最大の原因は、就業規則や賃金規定において、退職金制度に関するルールを明確に定めていないことにあります。不支給となる事由やその根拠が明示されていないにもかかわらず、企業側が一方的に不支給と決定することは、合理的理由に欠けるとみなされるため、訴訟では、就業規則の内容が重要な争点となるのです。
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退職届の効力の発生前に懲戒解雇の必要性がある
従業員が自主的に退職届を提出した場合、事後に企業が懲戒処分として解雇した場合、トラブルに発展する場合があります。「自主退職」となるため、企業には退職金を支払う義務が生じるのです。そのため、懲戒事由が発生した場合は、退職届を受理する前に懲戒解雇の手続きを進める必要があります。
懲戒解雇の退職金の不支給か減給かの判断基準
退職金制度を設けている企業では、懲戒解雇となった場合、退職金を不支給または減額とするケースがあります。不支給・減額の決定においても、合理的理由に欠けているとされれば訴訟トラブルへと発展します。ここからは、懲戒解雇に伴う退職金の不支給・減額の判断基準となる2つのポイントについて解説していきます。
就業規則または退職金規定に不支給・減額事由が明記されている
就業規則や退職金規定において、懲戒解雇時の退職金不支給や減額に関する規定が設けられているかどうかは、確認すべき重要なポイントです。訴訟においても、これらの規定が有効に定められているかが重要な判断材料となります。規定に従業員の行為が該当すれば、不支給や減額が認められる可能性が高まります。しかし、これらの規定が労働法に反しており、社会通念に照らして不合理と判断される場合、無効とされるリスクがあります。
対象者が犯した行為に著しい背信性が認められる
従業員の行為が企業に対する「著しい背信行為」に該当するかどうかは、退職金の不支給・減額の判断に大きく影響を与えるポイントです。たとえば、企業の機密情報を漏洩する、または競合他社への転職によって企業の利益を損なう行為は、一般的に背信行為として認識される可能性が高いでしょう。ただし、背信行為が成立するかどうかは、個々の事例に応じて慎重に判断される必要があります。そのため、裁判例などを参考にしながら、具体的な事実関係を詳細に検討することが求められます。
懲戒解雇に相当する具体例
懲戒解雇に相当する行為は多岐にわたります。企業の業務に支障をきたす、企業の信用を損なうような行為を従業員がした場合、懲戒解雇の対象となる可能性があります。ここからは、懲戒解雇に相当すると考えられる代表的な5つの行為について、判例の傾向などを踏まえながら解説していきます。
犯罪行為
企業内外を問わず、従業員が犯罪行為に手を染めた場合は、一般的に懲戒解雇の対象とみなされます。犯罪行為の種類に関しては、業務上横領、背任、詐欺などの経済的な犯罪だけでなく、暴力行為やセクハラなどの道徳的な犯罪も含まれます。犯罪行為は、企業のイメージを大きく損なうだけでなく、従業員全体の士気を低下させるため、厳しく取り扱われる傾向にあります。
業務命令違反
従業員が正当な理由なく業務を拒否したり、企業や上司の指示に従わなかったりすることは、懲戒解雇の対象となることがあります。多くの企業において、業務命令違反は、企業の秩序を乱し業務遂行に支障をきたすとされるため、懲戒事由として認められています。ただし、命令の内容が不当であったり、従業員の方が正当な理由を持っていたりする場合には、懲戒解雇は無効となる可能性もあります。
無断欠勤
従業員が正当な理由なく、繰り返し無断欠勤を繰り返した場合、懲戒解雇の対象となることがあります。無断欠勤は、企業の業務に支障をきたし、他の従業員の負担を増やすため、業務命令違反同様に厳しく取り扱われます。ただし、病気やケガなどのやむを得ない理由がある場合は、懲戒解雇の対象としては一般的に認められません。
ハラスメント
セクハラ、パワハラ、モラハラなどのハラスメント行為は、企業全体の雰囲気を悪化させ、従業員の心理的な負担を増大させます。このような行為は、企業に対する著しい背信行為とみなされ、懲戒解雇の対象となることがあります。特に近年は、ハラスメントに対する社会的な関心が高まっているため、企業はハラスメント防止対策を講じることが求められており、ハラスメント行為者に対しても厳罰化が進んでいます。
経歴詐称
採用時に経歴を詐称した場合、懲戒解雇の対象となることが一般的です。採用選考の公正性を害し、企業に対する信頼を損なう行為である経歴詐称は、企業に対する重大な背信行為とみなされるためです。経歴詐称が発覚した場合、たとえ長期間勤務していた従業員であったとしても、懲戒解雇となるケースが多く見られます。
懲戒解雇による退職金の不支給に関する判例
懲戒解雇による退職金の不支給に関する判例は、行為の悪質性や企業へ与えた損害の程度、就業規則の内容など、様々な要素が考慮されたうえで決定されます。ここからは、退職金の不支給が認められた場合とそうでなかった場合の両視点からの判例を紹介していきます。
退職金の不支給が認められた判例
企業への損害が大きい場合や、従業員の行為が著しく悪質な場合、退職金の不支給が認められることがあります。過去に不支給が認められた判例の一つを紹介します。
<判例> 勤務先であるA社に事前連絡をすることなく、従業員6名が一斉退職し、同業他社へ入社。A社は6名を懲戒解雇とし、退職金を不支給とした。裁判では、事前連絡のない一斉退職によってA社が受けた損害の大きさや退職時にA社の持つ顧客データなどを持ち出したことの悪質性などが考慮された結果、勤続による功績を抹消するような重大な背信行為とみなされ、退職金の不支給が認められた。(東京地裁 平成17年12月1日判決) |
退職金の不支給が認められなかった判例
従業員の行為が軽微であったり、企業への損害が限定的であったりする場合、退職金の全額不支給は認められないことがあります。過去に不支給が認められなかった判例の一つを紹介します。
<判例> B社に勤務する従業員が、電車内で複数回にわたる痴漢行為におよび刑事罰を受けたことにより、B社は当該従業員を懲戒解雇し、退職金を不支給とした。裁判では、痴漢行為が企業業務とは無関係になされた行為であること、企業の社会的評価や信用の低下が現実的に生じてはいないこと、当該従業員の約20年にわたる勤務態度は優良であったことなどを考慮した結果、退職金全額の支給を拒むことはできないと判断され、本来の支給額の3割を支給すべきという判決となった。(東京地裁 平成21年10月28日判決/キャンシステム事件) |
懲戒解雇による退職金の減給に関する判例
懲戒解雇に伴う退職金の減額についても、不支給の場合と同様に、一概に「認められる」「認められない」と言うことができません。ここからは、退職金の減額が認められた場合と認められなかった場合、それぞれの判例を紹介していきます。
退職金の減額が認められた判例
企業への損害が大きく、従業員の行為が著しく悪質な場合、退職金の減額が認められることがあります。過去に減額が認められた判例の一つを紹介します。
<判例> 常習的な遅刻や上司に対する反抗的な態度を理由に、C社は当該従業員を懲戒解雇とし、退職金を本来の支給額の1/3に減額し支給した。裁判では、C社が退職金規定により懲戒解雇においては退職金が不支給となる旨を定めていたこと、また反抗的な勤務態度や周囲に悪影響を及ぼす言動を繰り返す当該従業員の行為が、長年の勤続功績を抹消するにあたる背信行為であるとみなされたことで、退職金減額支給というC社の判断は有効であると認められた。(東京地裁 平成27年7月17日判決) |
退職金の減額が認められなかった判例
退職金の減額が認められないということは、懲戒解雇であっても退職金を全額支給することが適法であると判断されたことを意味します。懲戒解雇における退職金の取り扱いに関して社内規定を設けている場合は、減額が認められる可能性が高くなりますが、そもそもの規定がなければ、懲戒解雇であっても退職金を全額支払う義務が生じます。過去に、規定を設けていなかったことで、企業が退職金を全額支払うことになった判例を一つ紹介します。
<判例> 勤務先であるD社に対し、従業員4名が一斉に退職届を提出したところ、D社は退職予定日前に4名を懲戒解雇し、退職金も支給しなかった。裁判では、D社が懲戒解雇された従業員に対する退職金不支給に関する規定を設けていなかったことなどを理由に、D社が4名に対して退職金の支払いを拒否することはできないとの判決を下し、全額支給が命じられた。 (東京地裁平成11年2月23日判決) |
懲戒解雇による退職後の失業保険や年金
懲戒解雇された場合であっても、失業保険や年金は基本的に受給することができます。しかし、懲戒解雇は、一般的に本人の意向もあり、自己都合退職とされることがあります。この場合、受給開始日が遅くなったり、受給期間が短くなったりと、受給条件が厳しくなる可能性が高くなります。年金については、従業員として支払っていた保険料に基づいて支給されるため、懲戒解雇によって減額するなどの影響はありません。ただし、公務員が懲戒解雇となり禁固以上の刑に処されるなどした場合には、退職共済年金などの一部年金が制限される場合もあります。
懲戒解雇による退職の手続きを行う際の注意点
懲戒解雇の手続きは、従業員の権利を侵害したり、企業に不利益な状況を招いたりすることのないよう、法律や社内規定に則って慎重に進める必要があります。ここからは、懲戒解雇の手続きを円滑に進めていくために注意すべき3点について解説していきます。
十分な調査による証拠の収集を行う
懲戒解雇は、従業員の権利を大きく侵害する行為です。そのため、懲戒事由となった行為について、日時・場所・関係者などの具体的な事実を明らかにする証拠を十分に収集したうえで、懲戒解雇として手続きを進めるか否かを判断することが大切です。証拠が不十分なまま懲戒解雇の手続きを進めてしまうと、後に訴訟トラブルに発展し、場合によっては退職金や未払い分給与の支払いを命じられるなどの可能性が高くなります。
懲戒解雇の妥当性を慎重に検討する
懲戒解雇は、従業員の行為が企業に与えた損害の程度や、その行為の悪質性などを総合的に判断して行わなければなりません。懲戒解雇が社会通念に照らして相当であるかどうかを慎重に検討し、当該従業員に対しては、懲戒解雇前に弁明の機会を与えるなど、手続きを適切に行うようにしましょう。ちなみに、従業員に対して弁明の機会を与えることに法的義務はないものの、就業規則等で弁明の機会を与えることを規定している場合、弁明の機会を与えなければ、懲戒処分そのものが無効となっています。
就業規則または退職金規定を確認する
本記事を通して繰り返し述べているように、懲戒解雇を行う場合、就業規則や退職金規定などの社内規定の内容が非常に重要視されます。これらの規定に、どのような内容で懲戒事由や懲戒処分の種類・退職金の取り扱いなどが定められているかによって、適正な方法によって懲戒解雇手続きを進めることができ、後々の訴訟トラブルの回避にもつながります。一方、社内規定に反した形で懲戒解雇した場合は処分自体が無効となるため、各社内規定を事前にしっかりと確認しておくことが大切です。
懲戒解雇に関する各種テンプレート
懲戒解雇の手続きを円滑に進めるためには、あらかじめ社内で様々な書類を整えておく必要があります。ここでは、懲戒解雇相当の事案が発生した際に慌てず、適正に対応していくうえで役立つテンプレートを2種類紹介します。ダウンロードできるリンクも貼付していますので、社内規定の見直しなどにぜひご活用ください。
懲戒規定
懲戒規定は、就業規則の一部として、懲戒事由、懲戒の種類、懲戒の手続きなどを具体的に定めたものです。懲戒解雇の要件や手続きが明確に記載されているため、懲戒解雇を行う際には、この規定を参考に対応します。懲戒規定は、法令に違反しない範囲で自由に定めることができますが、従業員に著しく不利益な内容であれば無効とされることもあるため、労働基準法とも照らし合わせながら内容を定めることが大切です。
懲戒解雇通知
懲戒解雇通知は、従業員に対して懲戒解雇を通知する書面です。懲戒事由、処分内容、効力発生日などを具体的に記載し、原則書面で交付します。従業員に通知する際には、本人確認を行い、受領書も併せて作成しておくと良いでしょう。懲戒解雇通知は、労働審判や訴訟などの際に重要な証拠となるため、抜け漏れや不備がないよう丁寧に作成する必要があります。
懲戒解雇は慎重に。今一度就業規則や退職金規定を見直そう
懲戒解雇は企業にとって大きな決断であり、特に退職金は、社内規定などによってトラブルに発展する可能性を多分に含んでいます。懲戒解雇における退職金の取り扱いに関するトラブルを未然に防ぐためには、就業規則をしっかりと整備し、従業員に周知徹底することが重要です。また、懲戒解雇を行う際は、法令を遵守し、個々の事情を考慮した上で、慎重な判断により手続きを進めていくことを心掛け、必要に応じて弁護士などの専門家にサポートを依頼するようにしましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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