- 更新日 : 2025年1月10日
パワハラで労災申請するコツは?認定の基準や認められた事例を解説
パワハラが原因で精神障害になった場合は、労災申請の対象になることも考えられます。労災申請の条件は、業務中のパワハラであり、個人間のトラブルではないことです。
本記事では、パワハラ行為による精神障害の発症で労災申請をするポイントについて解説します。労災申請を進める場合の認定基準や、認められた事例などもあわせて紹介しましょう。
目次
パワハラで労災申請できる?
パワハラが原因で精神障害になった場合、パワハラ被害を受けた従業員は労災申請ができます。近年、パワハラ防止を後押しする法改正が進んでいる中、精神障害が原因で労災申請が請求され支払われた補償状況の推移は次の通りです。
精神障害による労災補償状況 | 2019年度 | 2020年度 | 2021年度 | 2022年度 | 2023年度 |
---|---|---|---|---|---|
精神障害の請求件数 | 2,060人 | 2,051人 | 2,346人 | 2,683人 | 3,575人 |
精神障害の決定件数 | 1,586人 | 1,906人 | 1,953人 | 1,986人 | 2,583人 |
精神障害の決定件数のうち労災補償を支払った件数 | 509人 | 608人 | 629人 | 710人 | 883人 |
労災認定率 | 32.1% | 31.9% | 32.2% | 35.8% | 34.2% |
出典元:厚生労働省「令和5年度 過労死などの労災補償状況を公表します」をもとに作成
労災補償推移からは、年々精神障害の人の請求件数や決定件数が増加傾向にあります。2023年度では、全体の3,575人中883人が業務上の理由で精神障害による労災補償の支払いが認められている状況です。
また、2020(令和2)年6月に改正された労働施策総合推進法によって、パワハラ対策が義務化されたこと(※)で、パワハラによる労災申請がしやすくなりました。
(※)2020年6月1日の改正は大企業が対象、2022年4月1日の改正は中小企業が対象
出典元:厚生労働省「精神障害の労災認定基準に『パワーハラスメント』を明示します」
パワハラで労災認定される3つの条件
パワハラで労災申請を認定されるには、3つの条件が必要になるでしょう。
精神障害を発症して診断されている
パワハラで労災と認定されるには、精神障害の発症および精神疾患を診断される必要があります。精神障害は、心理的負荷(ストレス)と精神障害となった人の反応性や脆弱性のバランスが破綻したときに発症するとのことです。
出典元:厚生労働省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会の報告書」
労災認定の条件では、精神障害を発症していて、その症状を医師が診断している必要があります。
令和5年9月に改正された労災認定基準では、専門医3名の合議で認定していたところを決定が困難な状況以外は1名の意見で決定できるようになりました。
出典元:厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」
発症前おおむね6カ月間に業務による強い心理的負荷が認められる
パワハラで労災認定されるには、発症前のおおむね6カ月間による強い心理的負荷(強いストレス)が認められる必要があります。
ただし、発症前のおおむね6カ月間に特別な出来事(上司からの暴言、精神的苦痛につながる行為など)がない場合でも、業務による強い心理的負荷が悪化しているのであれば、悪化している部分はパワハラによる業務起因性が認められます。
出典元:厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」
業務以外の心理的負荷により発症したものでない
労災認定の判断基準は、あくまでも業務上の労働災害です。そのため、業務以外の心理的負荷により発症した精神障害であれば、労災が認められません。
例えば、業務以外で考えられる心理的負荷の要因は次のようなものがあります。
- 離婚
- 異性問題
- 抱えていた重い病気
- 親族の死亡
- 財産問題
- 自然災害
- 犯罪被害など
これら業務とは関係のない心理的負荷が要因となって精神障害になった場合は、労災認定されません。
参考:厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」
パワハラで労災申請する際のポイント
パワハラで労災申請する際は、次の点に注意して申請する必要があります。労災認定を通過させるための条件とも言えるでしょう。
精神的なパワハラ認定は行為が執拗に継続・反復されたかが基準
パワハラが原因で精神障害となったことを認定されなければなりません。パワハラの場合は、精神的な攻撃となる行為による症状です。職場の上司から精神的な攻撃を一度受けただけでは、労災申請は通らないと考えられます。
もし、一度だけのパワハラ行為で精神障害となった場合は、他の要因(業務外を含めて)を疑われるかもしれません。厚生労働省の「業務による心理的負荷評価表」によると、心理的負荷の総合評価の視点で「反復・継続などの執拗性の状況」が示されています。
職場で行われるパワハラが繰り返し続けて行われていることや、しつこく行われている点が認定基準の評価ポイントになると考えられます。
出典元:厚生労働省「精神障害の労災認定基準に『パワーハラスメント』を明示します
強い叱責の場合は業務と無関係な言動かが肝心
パワハラで労災申請する場合のポイントは、上司による強い叱責(しっせき)が業務と無関係な言動であるかが肝心な判断基準です。例えば、上司による強い叱責が業務上の指導として適切であれば、単に強い口調を使っているだけとも判断できます。
ただし、次のような叱責の場合は、パワハラを評価する強力な判断基準となるため、労災認定が通るでしょう。
- 必要以上に長時間にわたる叱責
- 他の労働者の前で行う(見せしめのような)威圧的な叱責
出典元:厚生労働省「精神障害の労災認定基準に『パワーハラスメント』を明示します
人格や人間性の否定につながるかが重要
パワハラの評価では、上司による精神的な攻撃が人格や人間性の否定につながる場合は、重要な判断材料となります。上司による部下への言動が業務上あきらかに必要のない精神的な攻撃に該当すれば、労災認定の強力な判断となるでしょう。
人格や人間性を否定する言動の例として、次の言動が考えられます。
- 「親のしつけがなっていない」
- 「頭が悪いから仕方がないか」
- 「よくそんな性格で生きてこられたな」
人格や人間性を否定する言動は、軽い気持ちで発言したとしても、繰り返されることで精神的な攻撃と認定される可能性があります。上司によるこのような言動があれば、労災認定が通りやすくなるでしょう。
出典元:厚生労働省「精神障害の労災認定基準に『パワーハラスメント』を明示します
パワハラによる労災が認められた事例
では、パワハラによる労災が認められた事例をいくつか紹介しましょう。
上司のパワハラでうつ病を発症し労災認定の事例
ある会社が経営するアパレル店の店長(以下店長)は、上司(会社本部の担当者)のパワハラによりうつ病を発症しました。店長は、うつ病の療養により休職しましたが、わずか1カ月の休職期間で会社から退職強要を受けました。
その後、店長は所属する会社の労働組合ではなく、労働者個人でも加入できる労働組合に入ります。労働組合の力を借りてパワハラによる労災認定と解雇保留を要求しましたが、会社側は店長の解雇を強行しました。
店長の求めた労災認定は、パワハラ行為が認められ申請した翌年に認定されました。その後、会社側の不当な解雇に対して撤回を求めています。店長が受けた上司によるパワハラが認められたポイントは、次の通りです。
- 人事権のない店長にスタッフが退職した責任を問われた
- 店長の「見た目」や「性格」など人格や人間性を否定する言い方をされた
これら2点だけでは、継続的または執拗な嫌がらせとは評価されなかったため、労働基準監督署は、会社との団体交渉や関係者への聴取、他店舗の店長へのアンケートなどを郵送にて実施し、パワハラに該当する評価となりました。
出典:NPO法人神奈川労災職業病センター「上司のパワハラにより「うつ病」アパレル店長の労災認定」
長時間労働を強いるパワハラが労災認定された事例
ある金属加工関連の会社に入社した社員(以下M氏)は、長時間労働を強いられて精神疾患を発症しました。パワハラやセクハラが精神疾患の原因と判断していたため、労災申請をしました。しかし、労災が認められたのは、申請から5年後です。
M氏は、同社に入社後金属加工の部署で勤務していました。4年ほど経過したころ、工場で働く同僚が立て続けに退職しました。そのため、人手不足となった加工作業の穴埋めを長時間労働(残業や休日出勤などの時間外労働)で行ったのです。
時間外労働は、多い月で150時間に達しました。また、人手不足の職場は人間関係にも影響が出ています。
- 同僚とのトラブル
- 複数の会社関係者からのパワハラ
- 工場長からのセクハラなど
M氏は、長時間労働とパワハラやセクハラにより精神疾患となって入院するほどの症状となりました。その後、M氏は退職し、労災申請に1年3カ月かかりましたが、無事に労災保険の支給が決定したとのことです。
出典元:NPO法人ひょうご労働安全衛生センター「パワハラ・うつ病・精神疾患」
パワハラによる労災が認められなかった事例
パワハラに限らず、過労死などの労災事件については、労働基準監督署に対する労災申請とは別に裁判所に民事訴訟を起こすことが珍しくありません。ここでは、訴訟においてパワハラと認定されなかった事例を紹介します。
経営層による解雇がパワハラによるものと認められなかった事例
この事例は、病院の経営層と勤務医による裁判事例です。勤務医は、病院の取り決めに対し、以下の行動をしました。
- 診療開始時間を守らなかった
- 院長の意に反する保険適応外の検査を行った
- 担当書類の作成業務を怠った
- カルテの取り扱いに必要な手続きをしなかった
- 個人端末機を無断で院内ネット環境につなげた
- 病院指定の駐車スペースを利用しなかった
これらの就業態度が問題となり、病院側は勤務医の解雇を決めました。勤務医は、この解雇要求を不服に思い、逆に病院から受けた言動をパワハラ行為として訴えました。
- 勤務医の受け持ち患者数を少なくした
- 勤務医よりも医師経験の浅い他の勤務医を上の序列にした
- 院長による退職勧誘
- 勤務医が解雇を受け入れる前に事務長が現金で退職金を用意した
- 病院が勤務医に無断で医師会退会の書類を作成し提出した
- 勤務医が使用する部屋に防犯カメラを設置した
- 病院が勤務医を解雇した
勤務医は、病院に対しこれらの行為を訴えました。結果は、パワハラに相当しないという判決でした。
- 故意に患者を減少→勤務医の退職に備える合理性がある
- 人事評価→病院側には一定の裁量権があり、不法行為ではない
- 勤務医の訴えに客観的な証拠がない、実際は退職勧奨の働きかけ程度
- 部屋に防犯カメラを設置→プライバシー侵害には当たらない
- 医師会退会の手続き→退職手続きの一環として認められる
これらの総合的な評価から、勤務医の訴えはパワハラと認められず、請求した地位確認などは棄却されました。この事例では、訴えられた病院側の合理性が見受けられました。また、勤務医に対して病院側の要求が不当ではないという判断となり、パワハラと認定されない結果となりました。
さらに、この事例の場合は被害者に上司から受けた強い精神的な攻撃も見受けられず、精神障害になるほどの心理的負担が見受けられない点もポイントではないでしょうか。
出典元:独立行政法人 労働政策研究・研修機構「パワーハラスメントに関連する主な裁判例」
パワハラの証拠がなくても労災申請できる?
パワハラの労災申請は、証拠が不十分でも労災認定される場合があります。精神障害の労災認定について誤解しがちなことは、パワハラの労災認定を刑事事件の証拠提出のように考えてしまう点です。
労災請求と裁判は別物です。労災認定は、証拠を自分でそろえられなくても申請し認定される場合もあるでしょう。では、パワハラの労災申請は、どの部分を評価し認定しているのでしょうか。パワハラを評価し労災認定する基準は、次の通りです。
- 上司などに人格や人間性を否定するような業務に関係のない精神的攻撃を受けた
- 必要以上に長時間にわたって厳しい叱責を何度も受けた
- 他の労働者の面前で大声の威圧的な叱責を続けて受けた
これら3つの心理的負荷のかかる行為は、反復・継続などの執拗(しつよう)性がポイントになっています。つまり一度ではなく複数回続けて行われるパワハラ行為であれば、労災申請が認定される可能性は高くなるでしょう。
出典元:厚生労働省「精神障害の労災認定基準に『パワーハラスメント』を明示します
パワハラは条件次第で労災認定できる
パワハラは、条件さえ揃っていれば労災申請が可能です。労災申請ができる条件は、精神障害を発症していてその状態を医師が診断していることや、直近6カ月以内のパワハラ行為が原因による強い心理的負荷が対象になります。
このパワハラに該当する心理的負荷は、業務外の内容でなければなりません。業務外の内容とは、上司が部下に対して威圧的な発言をした場合でも、発言内容が業務範囲の指導と捉えられた場合は、パワハラには当たらないという判断となります。
パワハラとは、業務とは無関係な精神的攻撃によって被害者が病気と診断された場合、労災認定の要件を満たす行為です。ただし、パワハラ発症前おおむね6カ月以内の行為である必要があります。本記事を参考に、日々の業務を振り返りながらパワハラと労災申請に関する知識を深めていきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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