• 更新日 : 2025年1月10日

パワハラが発生したら会社の責任?判例や防止策を講じる義務について解説

上司による部下へのハラスメント(嫌がる行為)は、指導ではなくパワハラに当たる可能性があります。度が過ぎることで精神疾患を発症すれば会社が損害賠償請求を受けることにもなるでしょう。

本記事では、パワハラの発生と会社の責任について、判例や防止策を講じる義務とあわせて解説します。

パワハラが行われた場合に会社が負う責任とは?

企業は、職場でパワハラが行われた場合、会社が負う責任について具体的な内容を理解しておく必要があります。パワハラ行為をしている従業員に対して、会社が負うべき責任は次の通りです。

使用者責任

会社には、パワハラ行為をした従業員に対して使用者責任があります。民法第715条第1項によれば、「使用者は、使用者責任として被用者がその事業の執行について、第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」と定められています。

出典元:厚生労働省「③パワーハラスメントと使用者責任」

会社は、従業員が業務上起こした損害について責任を負う場合があります。つまり、会社の判断で雇用した従業員に対して、使用者としての責任を問われることです。ただし、会社としてすべての面で責任を負うわけではありません。

使用者がパワハラを起こした従業員に対して、パワハラ行為を厳重注意した場合は責任を逃れることも少なからずあります。ここでポイントとなるのは、あくまでも業務中に起きたパワハラです。業務外で発生したパワハラであれば使用者責任は問われず、パワハラ行為を起こした当人の責任になるでしょう。

不法行為責任

不法行為は、民法第709条において次のように定められています。

  • 故意または過失によって他人の権利を侵害する行為
  • 故意または過失によって法律上保護される利益を侵害する行為

これらの不法行為に対して負う場合がある損害賠償責任を不法行為責任と示しています。

出典元:国民生活センター「この用語 不法行為」

不法行為は、法律的に反する行為なので当事者は刑事上の責任を負うことが考えられます。刑事上の責任とは別に、損害賠償責任も発生するでしょう。損害賠償責任は、業務中の出来事かどうでないかが大きなポイントになります。

業務中の不法行為であれば、会社側に損害賠償責任が求められる場合もあります。例えば、、職場においてパワハラの延長線上で従業員が部下にけがをさせた場合、会社側はけがをした部下への損害賠償を請求される場合(使用者責任)があるでしょう。

債務不履行責任

債務不履行責任は、パワハラから労働者を守るための会社が負うべき責任です。会社は、労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)の改正により雇用契約を交わした労働者と次のパワハラの定義に当たる問題に対して債務履行(防止策)が義務付けられています。

  • 優位的な関係を利用してハラスメント行為
  • 社会常識においてあきらかに業務とは関係のない行為
  • 身体的・精神的苦痛や就業環境に悪影響を及ぼす不快な行為

これらの行為を上司が部下に、同僚が同僚に、場合によっては部下が上司に与えることがパワハラと定義されています。

出典元:厚生労働省「パワーハラスメントの定義について」

これらパワハラ行為に対して、会社がパワハラ防止の取り組みをすることが債務履行です。

  • パワハラ防止の方針を明示し社内に周知させる
  • パワハラ防止についての知見を深めるための研修などの開催
  • 社内にパワハラ関連の相談ができる相談窓口の設置など

会社は、これら法律で定められている債務履行ができなかった場合に債務不履行の責任を負わされるでしょう。

パワハラで会社の責任が認められた裁判例

過去には、パワハラで会社の責任を認められた裁判例がいくつかあります。

退職強要の嫌がらせ行為の事例

ある事例では、会社が事業部の廃業にともない、事業部所属の社員を整理解雇しました。この整理解雇の裏では、会社の代表取締役をはじめとするパワハラがあったとのことです。パワハラは、次の内容により行われました。

  • 整理対象の社員と上司の事実ではない関係を噂(うわさ)として流布した
  • 整理対象の社員が担当する部署において多忙な状況でも支援社員を配備させなかった
  • その後異動した部署で補助的業務以外させなかった

これらの嫌がらせを会社の代表取締役が中心になって行い、整理解雇を目的にした退職強要がパワハラに当たると会社を訴えました。訴えられた被告の代表や専務は、会社の管理責任がある身でありながらパワハラ防止策を講じなかった責任で、精神的苦痛による慰謝料150万円のほか、パワハラの影響で欠勤した休業損害に対して、損害賠償請求を認められました。

参考:あかるい職場応援団「国際信販事件」

部下のプライベートに不法関与した事例

ある事案では、上司が部下のプライベートに対する度を越えた不法関与により会社の責任として訴えられました。

この事案の発端は、上司が部下の私生活問題に介入したことです。具体的には、部下が賃料を支払って借りている物件の借主が契約更新後の明け渡しを求めたことから始まっています。物件の明け渡しを拒んだ部下に対し、会社の上司が優位的な地位の利用で、左遷などをほのめかし明け渡しを強要しました。

本事案は、会社や上司の個人的な都合による解決を強要し続けたことで、会社が訴えられることになったのです。このような上司が優位的な地位を利用しプライベート(明け渡し)に不法関与したことが会社責任の焦点となっています。

参考:あかるい職場応援団「ダイエー事件」

不当な教育訓練で訴えられた事例

ある事例では、上司が部下に対して肉体的・精神的な苦痛をもたらす就業規則の書き写しを求めました。その要求自体が不当な教育訓練として部下に当たる社員の人格権を侵害する行為と認められています。

つまり、不当な教育訓練では、就業規則を守らなかった部下に対して上司が就業規則の書き写しを強要しています。その就業規則の書き写しでは、1字1句正確に書き写すことや書き写している最中に水も飲んではいけないという命令だったとのことです。

さらに、就業規則の書き写しにより不調を訴え年次有給休暇の取得を申請しても、許可しなかった点が問題となっています。訴訟の結果、会社に損害賠償の義務が発生しています。

参考:あかるい職場応援団「JR東日本(本荘保線区)事件」

パワハラが会社に与える影響

パワハラ問題は、会社や会社の従業員が訴えられた場合や、職場のパワハラをそのまま放置した場合、次のような影響を与えます。

従業員のモチベーションの低下

会社にパワハラ問題が発生した場合は、従業員のモチベーション低下につながります。勤務する会社でパワハラがあれば、「いつか自分も被害にあうかもしれない」という不安などで業務のモチベーション維持にも影響するでしょう。

業務効率の低下

会社のパワハラを放置した場合は、従業員の不安が増し、職場の雰囲気も悪くなりかねません。職場環境が悪化すれば、優秀な人材の流出や人手不足など、生産性の低下が考えられます。パワハラは、会社にとって業務効率を低下させる要因にもなるので早めの対策が必要です。

社会的信用やブランドイメージの低下

パワハラ問題を起こした企業は、不法行為責任や安全配慮義務違反などの法的な責任も負わされます。パワハラ防止が企業の義務となる現代では、パワハラを疑われるだけでも社会的な信用に影響するでしょう。

また、社内でパワハラ問題を起こした場合は、企業のブランドイメージが低下し、その影響は業績にまで及ぶかもしれません。

訴訟などによる経済的ダメージ

パワハラが会社に与える影響は、パワハラで訴訟を起こされた会社に損害賠償の負担がかかることです。パワハラは、会社の評判を低下させるだけではなく、訴訟などによる経済的なダメージも少なくありません。

パワハラが原因で社員が精神疾患となり、病状が重く自殺してしまった場合は、請求される慰謝料の負担も大きくなるでしょう。会社に与える影響は深刻な問題とも言えます。

パワハラ防止法により会社に義務付けられた防止策

パワハラが会社に与える影響を大きくしている要因は、2019年5月に成立し、大企業では2020年6月(中小企業では2022年4月)に施行されたパワハラ防止法にあると言えるでしょう。会社が義務付けられたパワハラ防止策には、次の内容が示されています。

事業主の方針を明確化し周知・啓発する

企業は、パワハラ防止に対して事業主の方針を明確化し、周知・啓発することが義務付けられています。つまり、ハラスメントの内容やハラスメントに対する会社の方針を明確にすることです。

パワハラ防止の方針は、単に会社の方針として社内で示すだけではなく、管理監督者や社員全員に周知させる必要があります。基本的には、パワハラ防止の項目を就業規則に記載し、会社の方針として会社全体に周知することが求められます。

出典元:厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」

相談や適切に対応する体制を整備する

企業は、パワハラの相談や相談に適切な対応をする体制づくりが義務付けられています。つまり、会社に相談窓口を設置し、設置したことを会社全体で周知することです。

相談窓口は、実際に発生しているパワハラの相談だけではありません。今後パワハラに発展しそうな相談も含めて未然に防ぐための相談窓口としての対応が求められます。

出典元:厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」

職場がハラスメントに対して適切に対応可能なことを明示する

企業は、職場がハラスメントに対して適切に対応可能なことを会社全体に明示しなければなりません。職場でパワハラが発生した場合は、事後の迅速かつ適切な対応が求められます。

パワハラが発生した部署は、部署に所属するすべての従業員にも影響があります。場合によっては、部署の関係者全員からヒアリングすることも必要です。また、パワハラ被害にあった従業員の部署異動や、パワハラをした上司の異動などの措置も対応しなければなりません。

出典元:厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」

プライバシー保護・不利益取り扱いの禁止などに配慮する

パワハラ防止法により会社に義務付けられた防止策は、パワハラ被害を受けた相談者やパワハラ行為をした当事者のプライバシー保護が含まれています。

パワハラ行為に対して会社が行った対応は、プライバシー保護や不利益取り扱いの禁止などに配慮するしなくてはなりません。その意向については、社内報や会社ホームページなどで公表することも求められています。

出典元:厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」

パワハラ問題を発生させない会社づくりのポイント

パワハラ問題は、発生後の相談や対策を講じるのではなく、発生させない会社づくりが大事です。パワハラ問題を発生させない会社づくりには、次のポイントが考えられます。

職場の行為に対してパワハラを定義しトップダウンで禁止する

パワハラ問題を未然に防ぐためには、職場の状況に応じたパワハラの定義が必要です。職場の状況に応じることは、自社向けに調整したパワハラの定義だと考えられます。

例えば、、職場によっては騒音の中で作業をする場合もあるでしょう。そのような職場では、他の担当者を叫ぶような大声で呼ぶかもしれません。この大声で相手の名を呼ぶ行為が、大声で威圧する行為にされた場合は業務に影響を及ぼします。

そのため、職場の行為に適したパワハラを定義し、企業のトップ自ら「このような行為をパワハラとして禁止する」とトップダウンで禁止する意向を示す必要があります。

出典元:J-Net21「ビジネスQ&A」

パワハラへの厳格な対処を就業規則などで定める

パワハラ問題を発生させないためには、厳格な取り組みが求められます。その取り組みのひとつが就業規則にパワハラ防止規程を設け、パワハラが発生した場合の厳格な対処を明記することです。

企業が厳格な対処を就業規則に定めれば、パワハラを防ぐための抑止力としても役立ちます。

出典元:J-Net21「ビジネスQ&A」

職場のコミュニケーション構築に努める

パワハラのない会社づくりは、厳しくするだけでは状態を保てないでしょう。必要なことは、職場のコミュニケーション構築です。上司と部下、同僚が連絡や報告を取りやすい職場であれば、お互いの意向を尊重できます。また、困ったときの気軽に利用できる相談窓口があれば、一人で悩む必要がなくなるでしょう。

パワハラ防止策は、義務付けに対して策を講じるだけではなく、職場環境の見直しも重要な改善策になります。

出典元:J-Net21「ビジネスQ&A」

パワハラ防止は会社が社員も含めて全員で取り組むもの

パワハラが発生した場合は、業務中の出来事や業務に理由があれば会社責任を負わされるでしょう。2020年6月に施行されたパワハラ防止法の影響で、パワハラへの対策が強化されている状況です。

コンプライアンスが強化されている現在では、パワハラ防止に厳格となる企業も増えていくでしょう。そのため、パワハラは会社だけではなく社員全員の理解と周知により全員で取り組むことが重要です。パワハラ対策を会社全体で取り組むには、まずは職場のコミュニケーション構築から見直しましょう。


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