- 更新日 : 2024年6月7日
個人事業主は労災保険に加入できる?特別加入について解説
労災保険の対象者は労働者で、本来であれば労働者以外は労災保険に加入することはできません。しかし労働者と同様に保護することが妥当だとして、中小事業主や一人親方など、特定作業従事者などに対して認められているのが労災保険の特別加入です。近年は対象範囲が拡大し、原付・自転車での貨物運送事業者などの個人事業主も特別加入できます。
目次
個人事業主は労災保険に入れる?
労災保険は、労働者が労災事故に遭った場合などに、労働者災害補償保険法に基づく給付を行う公的保険制度です。労働者が仕事中や通勤途中にケガを負ったり、業務によって病気になったりした場合に、保険給付を行います。
労災保険は、事業主に加入義務があります。強制加入であり、労働者を雇用する全ての事業主は、労災保険に加入しなければなりません。保険料も全額が事業主負担です。
労災保険の詳しい内容については次の記事で説明しています。
労災保険の対象となるのは、労働基準法に規定されている労働者です。個人事業主は労働基準法の労働者ではないため、基本的に労災保険に加入することはできません。
労災保険の特別加入とは
労災保険の対象となるのは、労働基準法上の労働者です。しかし、労働基準法上の労働者ではないものの労働者と同じように労災保険の対象とすべき者に対して、特別加入という制度が設けられています。
労災保険の特別加入は、実際の業務の状況、労災の発生状況から労災保険の対象とすることが適当であるとして設けられている制度で、加入は任意です。中小事業主等の特別加入、一人親方等の特別加入、特定作業従事者の特別加入、海外派遣者の特別加入の4種類があります。
中小事業主等
労働者とともに業務・作業にあたることが多く、労災に遭う危険性も同じであることから認められているのが、中小事業主等の特別加入です。以下の表に該当する企業規模の中小事業主等が労災保険に特別加入することができます。
対象となる企業規模
- 労働者数50人以下の金融業・保険業・不動産業・小売業
- 労働者数100人以下の卸売業・サービス業
- 労働者数300人以下のその他の業種
対象となる者
- 事業主(事業主が法人その他の団体であるときはその代表者)
- 労働者以外の事業従事者(事業主の家族従事者や、中小事業主が法人その他の団体である場合の代表者以外の役員など)
一人親方等
労働者を使用せずに、一定の事業を行う人に認められているのが一人親方等の特別加入です。対象事業は以下の通りです。
- 自動車を使用して行う旅客、もしくは貨物の運送の事業
- 土木、建築、その他の工作物の建設、改造、保存、原状回復、修理、変更、破壊もしくは買いたい、もしくはその準備(大工、左官、とび職人など)
(除染を目的として行う高圧水による工作物の洗浄や側溝にたまった堆積物の除去などの原状回復の事業も含む) - 漁船による水産動植物の採捕の事業
- 林業の事業
- 医薬品の配置販売(医薬品医療機器等法第30条の許可を受けて行う医薬品の配置販売業)の事業
- 再生利用の目的となる廃棄物などの収集、運搬、選別、解体などの事業
- 船員法第1条に規定する船員の行う事業
特定作業従事者
労働者を使用せずに、一定の作業を行う人に認められているのが特定作業従事者の特別加入です。対象者は以下の通りです。
- 特定農作業従事者
- 特定農作業機械作業従事者
- 職場適応訓練従事者
- 家内労働者およびその補助者
- 労働組合等の一人専従役員(委員長等の代表者)
- 介護作業従事者および家事支援事業者
海外派遣者
属地主義により、労災保険が適用となるのは国内に限られています。海外へ派遣される労働者には派遣先の国の災害補償制度が適用されますが、他国制度の適用範囲や補償内容は不十分である場合も考えられます。
海外派遣者を保護する必要性から認められているのが、海外派遣者の特別加入です。日本国内の事業主から海外で行われる事業に労働者として派遣される者、あるいは日本国内の事業主から海外にある中小規模の事業に事業主等(労働者でない立場)として派遣される者が対象となります。現地で採用した労働者は、国内の事業からの派遣ではないため、海外派遣者の特別加入対象にはなりません。
労災保険に特別加入できる個人事業主
労災保険は労働者を対象にしているため、個人事業主が加入することは基本的にはできません。しかし、労働者と同様な保護が必要だと認められる場合に限って加入を認める制度があります。
この労災保険の特別加入は、中小事業主等、一人親方等、特定作業従事者・海外派遣者に限られていました。しかし近年は範囲が拡大し、以下の個人事業主について労災保険の特別加入が認められています。
原付・自転車での貨物運送事業者
2013年4月からは道路車両法に基づく原動機付き自転車(125cc以下)を使用して貨物運送事業を行う者、2021年9月からは自転車を使用して貨物運送事業を行う者が労災保険に特別加入できるようになりました。原付・自転車での貨物運送事業者が労災保険へ特別加入する場合は、一人親方等として手続きします。
芸能関係作業従事者
2021年4月から芸能関係作業従事者が労災保険に特別加入できるようになりました。具体的な対象者は以下の通りです。
- 芸能実演家
- 俳優(舞台俳優・映画やテレビといった映像メディア俳優・声優など)
- 舞踊家(日本舞踊・ダンサー・バレリーナなど)
- 音楽家(歌手・謡い手・演奏家・作詞家・作曲家など)
- 演芸家(落語家・漫才師・奇術師・司会者・DJ・大道芸人など)
- スタント
そのほか
- 芸能制作作業従事者
- 監督(舞台演出監督・映像演出監督)
- 撮影
- 照明
- 音響・効果や録音
- 衣装
- メイク
- 結髪
- スクリプター
- ラインプロデュース
- アシスタントやマネージャー
そのほか
芸能関係作業従事者が労災保険へ特別加入する場合は、特定作業従事者として手続きします。
アニメーション製作作業従事者
2021年4月からは芸能関係作業従事者(声優を除く)が労災保険に特別加入できるようになりました。具体的な対象者は以下の通りです。
- キャラクターデザイナー
- 作画
- 絵コンテ
- 原画
- 背景
- 監督(作画監督・美術監督など)
- 演出家
- 脚本家
- 編集(音響・編集など)
そのほか
アニメーション製作作業従事者が労災保険に特別加入する場合は、特定作業従事者として手続きします。
創業支援等措置に基づき事業を行う者
2021年4月から創業支援等措置に基づき事業を行う者が労災保険に特別加入できるようになりました。高年齢者等の雇用の安定に関する法律に基づく、65歳から70歳までの就業確保措置のうち、以下のものが創業支援等措置に該当します。
- 70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
- 70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
- 事業主自らが実施する社会貢献事業
- 事業主が委託や出資(資金提供)などをする団体が行う社会貢献事業
創業支援等措置に基づき事業を行う者が労災保険に特別加入する場合は、一人親方等として手続きします。
ITフリーランス
2021年9月からはITフリーランスが労災保険に特別加入できるようになりました。対象範囲と具体的な対象者は以下の通りです。
対象範囲
※原則的に次の業務・作業をする場合が対象になります。
- 情報処理システムの設計・開発・管理・監査・セキュリティ管理
- 情報システムに関する業務の一体的な企画
- ソフトウェアやウェブページの設計・開発・管理・監査・セキュリティ管理・デザイン
- ソフトウェアやウェブページに関する業務の一体的な企画とその他の情報処理
具体的な対象者
- ITコンサルタント
- プロジェクトマネージャー
- プロジェクトリーダー
- システムエンジニア
- プログラマ
- サーバーエンジニア
- ネットワークエンジニア
- データベースエンジニア
- セキュリティエンジニア
- 運用保守エンジニア
- テストエンジニア
- 社内SE
- 製品開発・研究開発エンジニア
- データサイエンティスト
- アプリケーションエンジニア
- Webデザイナー
- Webディレクター
そのほか
ITフリーランスが労災保険へ特別加入する場合は、特定作業従事者として手続きします。
柔道整復師
2021年4月からは柔道整復師が労災保険に特別加入できるようになりました。柔道整復師法に基づく資格を保有している者が対象になります。柔道整復師が労災保険へ特別加入する場合は、一人親方等として手続きします。
あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師
2022年4月からはあん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師が労災保険に特別加入できるようになりました。
あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律に基づくあん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の資格を保有している者が対象になります。あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師が労災保険へ特別加入する場合は、一人親方等として手続きします。
歯科技工士
2022年7月からは歯科技工士が労災保険に特別加入できるようになりました。歯科技工士法に基づく歯科技工士の資格を保有している者が対象になります。歯科技工士が労災保険へ特別加入する場合は、一人親方等として手続きします。
労災保険に特別加入する方法
個人事業主は一人親方等、あるいは特定作業従事者として、特別加入団体を通じて労災保険へ特別加入します。特別加入団体は、一人親方等や特定作業従事者が労災保険へ特別加入するにあたり、特別加入団体を事業主、一人親方や特定作業従事者を労働者とみなして労災保険適用とするための仕組みです。
個人事業主が労災保険へ特別加入する方法には、新たに特別加入団体をつくって労災保険の特別加入を申請する方法と、すでにある特別加入団体を通じて加入する方法の2通りがあります。
新たに特別加入団体をつくって労災保険の特別加入を申請する方法
以下の手続きによって労災保険に特別加入します。
提出書類:特別加入申請書
提出先:労働基準監督署を経由して所轄の都道府県労働局長
すでにある特別加入団体を通じて加入する方法
特別加入団体として承認されている団体に申し込むと、団体が手続きします。
提出書類:特別加入に関する変更届
提出先:監督署長を経由して労働局長
特別加入した労災保険料の計算方法
労災保険の特別加入にかかる保険料は、次の計算式で求められる金額です。
保険料算定基礎額は、給付基礎日額に365をかけて求めます。給付日額(2,000円から25,000円の範囲)は、労災保険に特別加入しようとする者からの申請内容から、都道府県労働局長が決定します。
保険料率は労災の発生状況などにより、以下の通りとなっています。
原付・自転車での貨物運送事業者 | |
芸能関係作業従事者 | |
アニメーション製作作業従事者 | |
創業支援等措置に基づき事業を行う者 | |
ITフリーランス | |
柔道整復師 | |
あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師 | |
歯科技工士 |
個人事業主が労災保険に入るメリット
労災保険は労災事故があった場合などに給付を行う、政府が管掌する社会保険制度です。労働基準法上の労働者を対象にしているため、本来であれば個人事業主は加入できませんが、一定の個人事業主は任意で労災保険に特別加入することができます。個人事業主による労災保険の特別加入には、次のようなメリットがあります。
手厚い補償が受けられる
労働者を保護する目的から、労災保険の給付内容はとても手厚いものになっています。個人事業主も労災保険へ特別加入することで、万が一の場合に備えることができます。
安心して加入できる
労災保険は政府管掌であるため、安心して加入できます。
個人事業主も労災保険の特別加入を上手に活用しよう
個人事業主は本来、労災保険に加入できません。しかし近年は範囲が拡大され、原付・自転車での貨物運送事業者、芸能関係作業従事者、アニメーション製作作業従事者、創業支援等措置に基づき事業を行う者、ITフリーランス、柔道整復師、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師、歯科技工士が加入できるようになりました。
労災保険に特別加入することによって、個人事業主でも仕事中にケガをした場合に手厚い補償を受けることができます。安心して加入できる点も大きなメリットです。対象になっている個人事業主は、活用を検討してみましょう。
よくある質問
労災保険の特別加入とは、どのような制度ですか?
労災保険で保護すべきだとして、本来は加入できない者の加入を特別に認める制度です。詳しくはこちらをご覧ください。
何の個人事業主が労災保険へ特別加入できますか?
原付・自転車での貨物運送事業者、芸能関係作業従事者、アニメーション製作作業従事者、創業支援等措置に基づき事業を行う者、ITフリーランス、柔道整復師、あん摩マッサージ指圧師等、歯科技工士です。詳しくはこちらをご覧ください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
人事労務の知識をさらに深めるなら
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。
労災保険の関連記事
新着記事
労働基準法第36条とは?時間外労働(残業)や休日労働、36協定をわかりやすく解説
労働基準法第36条は、時間外労働(残業)や休日労働を労働者にさせるための条件を定めた条文です。この条文に基づいて締結される「36協定」が、企業と労働者の間で残業を行うための前提となります。 この記事では、36協定の基本的な仕組みや締結方法、…
詳しくみる労働基準法第37条とは?時間外・休日・深夜の割増賃金をわかりやすく解説!
労働基準法第37条は「時間外・休日・深夜の割増賃金」について定めた条文です。人事労務担当者にとって、労務管理の基本となる重要な規定です。 本記事では、労働基準法第37条の条文内容や目的をわかりやすく解説し、時間外労働や休日労働に対する割増賃…
詳しくみる労働基準法第41条とは?適用除外・管理監督者などわかりやすく解説
労働基準法第41条は、一定の要件を満たす労働者について労働時間や休憩、休日に関する規定を適用しない、いわゆる「適用除外」について定めた条文です。 労働時間制度の運用に不安がある場合は、社会保険労務士や弁護士といった労務の専門家に相談すること…
詳しくみる労働基準法第56条とは?未成年者・年少者・児童の労働についてわかりやすく解説
労働基準法第56条は、事業主が一定年齢未満の年少者(未成年者)を働かせることを原則禁止する規定です。本記事では、労働基準法第56条の基本内容(適用対象や具体的な制限事項、例外規定)を解説し、違反時の罰則や企業が負うリスクについて説明します。…
詳しくみる労働基準法第61条とは?18歳未満の深夜業禁止についてわかりやすく解説
労働基準法第61条は、満18歳未満の年少者を午後10時から午前5時まで深夜に働かせることを原則禁止する規定です。企業の人事・法務担当者として、この条文の基本内容や例外、違反時の罰則、そして実務上の注意点を正しく理解することが重要です。特に1…
詳しくみる労働基準法第64条の3とは?重量物の上限ルールをわかりやすく解説!
労働基準法第64条の3は、労働者が扱う重量物(重い物体)に関する制限を定めた規定です。特に女性労働者の健康と安全を守ることを目的としており、過重な肉体負担による事故や健康障害を防止する狙いがあります。 例えば、労働災害の約6割が職場における…
詳しくみる