- 更新日 : 2025年11月26日
借り上げ社宅の契約における注意点は?法務・税務など押さえるべき点を徹底解説
借り上げ社宅制度は、従業員の福利厚生や採用力強化に有効な施策ですが、成功の鍵はすべて「契約」段階にあり、契約内容がその後の運用を左右します。契約時の見落としが、将来の追徴課税や法務トラブルといった重大なリスクに直結するためです。
この記事では、人事労務担当者が知っておくべき借り上げ社宅の注意点を「法務」「税務」「運用トラブル」「社内ルール」といった側面から体系的に解説します。契約前の基本から見直しのポイントまで、実用的なチェックリストも交えてご紹介しますので、ぜひ制度運用の参考にしてください。
目次
借り上げ社宅の契約における注意点【法務リスク】
借り上げ社宅の契約を成功させるには、特有の法務リスクを理解することが不可欠です。「借り上げ社宅はやめとけ」と言われるようなトラブルの多くは、この契約段階での確認不足が原因です。ここでは、失敗を避けるための法務上の注意点と、それによって回避できる具体的なリスクを合わせて解説します。
転貸禁止条項を確認し「転貸承諾書」を取得する
貸主から「転貸承諾書」を必ず書面で取得してください。一般的な賃貸借契約には無断転貸を禁じる条項(民法第612条)があり、承諾なしに従業員を住まわせると契約解除のリスクがあります。
原状回復と中途解約のルールを明確にする
賃貸借契約書の中でも、特に以下の2点は会社の予期せぬコスト負担に直結するため、極めて重要です。
- 原状回復の範囲:退去時の費用負担をめぐるトラブルを防ぐため、国土交通省のガイドラインに沿った負担範囲(経年劣化は貸主負担など)を契約書に明記します。
- 中途解約条項:従業員の急な退職による「空室リスク」に備え、予告期間や違約金の条件を必ず確認します。
従業員との間で「社宅使用契約書」を締結する
貸主との契約とは別に、入居する従業員とも「社宅使用契約書」を締結します。この契約書には、家賃負担や退去ルールに加え、以下の点も明記し、入居後のトラブルを予防します。
- 同居人の条件:無断での同棲や家族以外の同居を禁止するなど、同居に関するルールを定めます。
- 物件の利用ルール:会社が指定した物件に入居する場合など、物件を自由に選べないことへの理解を求め、利用上の注意点を記載します。
- 各種費用の負担者:更新料、火災保険料、保証会社利用料などの費用負担者を明確にします。
以下の記事では、社宅使用契約書について雛形をもとに詳しく解説しています。
借り上げ社宅の契約における注意点【税務・会計】
借り上げ社宅の税務・会計上で最も重要なポイントは、従業員から徴収する家賃を「適正な金額」に設定し、会社負担分との差額が給与として課税されるのを防ぐことです。このルールは契約内容と社内規程に反映させる必要があり、設定を誤ると節税メリットが失われ、税務調査で指摘を受けるリスクがあります。
従業員社宅の「適正家賃」ルールを理解する
従業員から徴収する家賃が、国税庁の定める賃貸料相当額の50%未満である場合、その差額が給与とみなされ課税対象となります。福利厚生として非課税の恩恵を受けるためには、従業員から賃貸料相当額の50%以上を家賃として徴収する必要があります。
この賃貸料相当額の計算は専門知識を要するため、必ず税理士などの専門家に確認しましょう。
役員社宅の課税計算ルールを把握する
役員に社宅を貸与する場合、従業員とは別の、より厳格な計算式が適用されます。固定資産税評価額や床面積を基に賃貸料相当額を算出し、それを全額徴収しない限り、差額が「役員賞与」と認定されるリスクがあります。役員賞与は法人税の計算上、経費(損金)に算入できないため、会社にとって大きな負担となります。
敷金・礼金・更新料などの会計処理を整理する
社宅契約にかかる費用の会計処理は、その性質によって異なります。
税務・会計のルールを定期的に見直す
税制改正や会計基準の変更により、社宅の取扱いルールが変わる場合があります。
年1回程度を目安に、税理士や会計士と連携して最新情報を確認し、自社の処理方法が法令に適合しているか点検しましょう。
そもそも借り上げ社宅とは?仕組みと契約形態をおさらい
借り上げ社宅とは会社が物件を借りて従業員に又貸しする「転貸(てんたい)」という法的な枠組みであり、その契約形態は節税メリットのある「法人契約」と、給与課税となる「個人契約」に大別されます。
これまでの章で解説した数々の注意点の背景には、借り上げ社宅の基本的な仕組みがあります。この基本を理解することが、適切な制度運用の第一歩です。
借り上げ社宅の仕組み
借り上げ社宅とは、会社が不動産会社やオーナーから一般的な賃貸物件を借り、それを従業員に貸し出す(転貸する)制度です。会社が建物を所有する「社有社宅」とは異なり、必要な時に必要な数だけ物件を確保できる柔軟性と、固定資産税などの維持管理コストがかからない点が大きなメリットです。主に、転勤者の住居確保、福利厚生の充実による従業員満足度の向上、採用活動におけるアピールポイントといった目的で導入されます。
契約形態の種類と違い
契約形態には、会社が主体となる「法人契約」と、従業員が主体となり会社が補助する「個人契約」の2種類があります。それぞれの仕組みとメリット・デメリットを見てみましょう。
| 契約形態 | 仕組み | メリット・デメリット |
|---|---|---|
| 法人契約 (契約名義:会社) | 会社が貸主と契約し、従業員に転貸する。 | 【メリット】
【デメリット】
|
| 個人契約 (契約名義:従業員) | 従業員が貸主と契約し、会社が住宅手当として家賃補助を支給する。 | 【メリット】
【デメリット】
|
以下の記事でも、借り上げ社宅について詳しく紹介しています。
借り上げ社宅の契約の流れと必要書類
借り上げ社宅の契約を円滑に進めるための鍵は①貸主の承諾取得、②会社と貸主の契約、③会社と従業員の契約という3つのステップを順番に踏むこと、そして各段階で必要な書類を事前に準備しておくことです。この全体像を理解することが、手戻りやトラブルを防ぐ鍵となります。
契約の主な流れ
ここでは、一般的な契約の流れをステップごとに確認しましょう。特に貸主の承諾や従業員との契約など、会社が当事者となる重要なステップを省略すると大きなトラブルに繋がるため、この手順を守ることが重要です。
- 対象者の決定(転勤・採用時など)
- 物件選定(従業員が選べる場合と、会社が指定する場合がある)
- 貸主の承諾取得(転貸承諾書を必ず書面で取得)
- 賃貸借契約締結(法人契約)
- 従業員との社宅使用契約書の締結
- 入居・原状確認・保険加入
社内手続きと並行して貸主や不動産会社との調整も発生するため、各ステップのスケジュールに余裕を持って進めるのがおすすめです。
契約時に必要となる主な書類
法人契約においては、会社の信頼性を証明するための書類と、実際に入居する従業員の身元を確認する書類の両方が求められます。
- 登記簿謄本(履歴事項全部証明書)
- 会社の印鑑証明書
- 会社概要パンフレット など
- 身分証明書のコピー(運転免許証など)
- 住民票
- (場合によっては)収入証明書
- 物件の賃貸借契約書
- 転貸承諾書(貸主から会社へ)
- 社宅使用契約書(会社から従業員へ)
すべての書類が揃って初めて正式な契約締結に進めます。特に「転貸承諾書」は法的に不可欠なため、必ず貸主から取得するようにしましょう。会社謄本や印鑑証明書は「発行後3ヶ月以内」など有効期限が定められている場合が多いため、従業員への案内と並行して、早めに準備を進めることをおすすめします。
借り上げ社宅の運用で注意すべきトラブルと対策のポイント
制度を運用していく中では、入居者の入れ替えや予期せぬ事故など、様々なトラブルが発生する可能性があります。退去時の原状回復や入居者トラブルなど、運用時の問題は後を絶ちません。これらのリスクを未然に防ぐには、契約書や社宅規程に具体的なルールを盛り込んでおくことが不可欠です。事前に対策を講じておくことで、被害を最小限に抑えることができます。
退去時の手続きを明確にする
退去時の手続きはルール化し、チェックリストなどを用いて管理しましょう。従業員任せにせず、会社の担当者が退去の立会いを行い、室内状況を確認することが理想です。鍵の返却漏れや、原状回復費用の清算に関する認識の齟齬が起きないよう、退去前に書面で手続きの流れと費用負担について再確認を促します。
損害・事故・火災発生時の責任を明確にする
法人契約の場合、入居する従業員が火災や水漏れ事故を起こした場合、借主である会社が貸主に対して損害賠償責任を負う可能性があります。このようなリスクに備え、会社として「施設賠償責任保険」に加入することを検討すべきです。また、従業員にも個人で「家財保険」への加入を義務付けるなど、保険でカバーする範囲を明確にしておきましょう。
居住者変更や同棲・家族同居のルールを定める
従業員の結婚や出産により同居人が増える場合など、入居状況に変更がある際は、速やかに会社へ届け出ることを義務付けます。物件によっては同居人の追加が契約違反となるケースもあるため、会社が貸主や管理会社へ確認・連絡する必要があります。これらのルールは「社宅使用契約書」に明記しておきましょう。
借り上げ社宅の契約を支える社内ルールと管理体制の作り方
優れた賃貸借契約も、その土台となる公平な社内ルールがなければ形骸化します。ここでは、契約内容と連動させ、トラブルを防ぐための社内規程と管理体制について解説します。
社宅制度規程を作成しルールを明文化する
全てのルールの基礎となる「社宅制度規程」を必ず作成します。この規程は、税務調査や内部監査の際に、福利厚生費として正しく運用されていることを示す重要な証拠資料にもなります。対象者の範囲、家賃の会社負担割合、利用できる期間の上限、更新・退去の条件などを具体的に明文化しましょう。
家賃徴収・支払いフローを明確にする
業員負担分の家賃をどう徴収するのか、フローを明確にします。給与から天引き(賃金控除)する方法が管理上は最も確実です。その際は、社内規程に控除のルールを明記しておきましょう。総務・人事・経理の各部門間で、誰がどの情報を管理し、いつ共有するのか(契約更新、解約、入居者変更など)を決め、円滑な連携体制を構築することが重要です。
契約・更新・解約の管理体制を整える
契約書の保管・更新期限・解約手続きなどの管理を明確化します。
社宅ごとに「契約管理台帳」を作成し、物件情報・契約期間・貸主連絡先を一元管理すると、更新漏れや違約リスクを防げます。
担当者が変わってもスムーズに引き継げるよう、手順書を整備しておくと効果的です。
社宅運用のPDCAを定期的に実施する
運用後は、年1回程度を目安に制度の効果を検証します。 「従業員の満足度」「コスト効率」「トラブル件数」などを指標に分析し、課題があれば制度や契約ルールを改善しましょう。
このPDCAサイクルを継続することで、長期的に信頼性の高い社宅運用が実現します。
借り上げ社宅の契約を見直すタイミングと改善のポイント
社宅制度は一度作ったら終わりではありません。社会情勢や法改正、会社の状況に合わせて、定期的に見直しと改善を行うことが、制度を陳腐化させないために重要です。
運用コストとトラブル発生状況を見直す
「更新料や管理費、原状回復費用が想定以上にかかっている」「特定の物件でトラブルが頻発している」といった状況がないか、定期的に運用実績を分析します。退去率や従業員の満足度なども含めて評価し、不動産会社の変更や物件選定基準の見直し、規程の改定など、継続的な改善を図りましょう。
法改正・税制改正への対応を定期的に確認する
民法改正による原状回復ルールの変更や、住宅関連の税制改正は、社宅の契約・運用ルールに直接影響します。契約更新のタイミングや、少なくとも年に一度は専門家と連携し、自社の規程や契約書が最新の法令に適合しているかを確認する体制を整えましょう。
見直し結果を制度運用に反映する
見直しの結果を踏まえて、社宅制度規程や契約書雛形、社内手続きを更新します。
改定後は、従業員・関係部署への説明会やマニュアル更新を実施し、運用ルールを全社で統一します。
これにより、制度の透明性と信頼性が向上し、継続的な改善サイクルが確立されます。
借り上げ社宅契約のチェックリスト
最後に、契約手続きを進める上で最低限確認すべき項目をチェックリストにまとめました。抜け漏れ防止にご活用ください。
| チェック項目 | 確認ポイント |
|---|---|
| □ 転貸承諾書 | 貸主から社宅利用(転貸)に関する承諾書を書面で取得しているか? |
| □ 契約名義と用途 | 契約書の借主は「法人名義」か?用途は「社宅」と明記されているか? |
| □ 社宅使用契約書 | 入居する従業員と、ルールを明記した契約書を別途締結しているか? |
| □ 家賃負担割合 | 従業員負担額は、給与課税されない適正な範囲(賃貸料相当額の50%以上)か? |
| □ 火災保険 | 法人として施設賠償責任保険等に加入しているか?従業員の保険加入は? |
| □ 退去・原状回復 | 国交省ガイドラインに基づき、費用負担の線引きが社内規程で明文化されているか? |
| □ 中途解約条項 | 従業員の急な退職に備え、違約金や予告期間を確認したか? |
| □ 社宅規程 | 上記すべてを網羅した、拠り所となる社内規程が整備・周知されているか? |
借り上げ社宅契約の注意点を押さえて、円滑な運用を実現しよう
借り上げ社宅の契約を成功させる鍵は、法務・税務・運用の各側面に潜む注意点を体系的に理解することにあります。
特に、貸主からの「転貸承諾」の取得と、給与課税を避けるための「適正家賃」の設定は、絶対に外せない最重要ポイントです。これらの法的・税務的要件をクリアした上で、全ての運用の土台となる「社宅規程」を整備し、従業員との間でもルールを明確にすることが、将来のトラブルを未然に防ぎ、借り上げ社宅が持つ節税メリットを最大限に引き出すための確実な道筋となります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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