- 更新日 : 2025年8月6日
社会保険料の滞納・未払いで何が起こる?会社と従業員への影響と対策
社会保険料を滞納すると、事業主にとっても従業員にとっても深刻なリスクを招きます。経営が厳しい中で「とりあえず支払いを後回しに」という判断をすると、延滞金や差し押さえ、信用低下といった重大な問題に発展しかねません。本記事では、社会保険の滞納に関する基本的なルールと影響、対応策について詳しく解説します。
目次
社会保険料の滞納によるリスクとは?
社会保険料の滞納が発生すると、法的な手続きが段階的に進められます。最初は書面での通知ですが、対応を放置すると、最終的には事業主の意思とは関係なく強制的に財産を徴収される「差し押さえ」に至ります。
まずはどのような流れでリスクが顕在化するのかを把握しておきましょう。
延滞金が発生する
法定の納付期限を過ぎると、自動的に延滞金が加算されます。延滞金の割合は、2025年1月1日から同年7年12月31日については、延滞税特例基準割合1.4%、納付期限の翌日から3ヶ月を経過する日まで2.4%、納付期限の翌日から3ヶ月を経過する日の翌日以降8.7%となっています。
なお、延滞税特例基準割合とは、厳しい社会情勢に鑑み、社会保険の保険料などの納付が困難となっている事業主等の経済的負担を軽減するため、延滞金の割合を納期限または納付期限から一定期間軽減する措置を講ずることとしたものです。
督促や催告を受ける
社会保険料を定められた納付期限(毎月末日)までに支払いがないと、日本年金機構から「督促状」が送付されます。この督促状には、滞納している保険料額と、新たに指定された納付期限が記載されています。
この時点で速やかに納付すれば、問題は深刻にならずに済みますが、対応が遅れると、強制的な徴収手続きに至る場合があります。
差し押さえが実施される
督促状を無視すると、電話や訪問による催告、内容証明郵便による「最終催告書」の送付と、警告のレベルが上がります。それでも納付されない場合、年金事務所は法律に基づき、金融機関や取引先への照会といった「財産調査」を行います。
そして、差し押さえるべき資産が特定されると、最終的には「差押予告書」などが送付され、その後に預金口座や売掛金、不動産などの「差し押さえ」が実行されます。
このように、社会保険料の滞納は速やかに対処しない場合、事業所の信用や継続性を大きく損なう事態を招きます。
社会保険料の滞納は会社と従業員にどう影響する?
社会保険料の滞納は、事業主と従業員の双方に深刻な不利益をもたらします。事業主は金銭的負担と信用の失墜という二重のダメージを受け、従業員は日々の生活や将来の安心を脅かされます。これらの影響を正確に理解し、問題の重大さを認識することが必要です。
会社への影響①:高利率の延滞金が発生する
社会保険料の納付期限の翌日から、ペナルティとして「延滞金」が発生します。
納付期限から3ヶ月以内であれば軽減措置として特例基準割合に応じた比較的低い利率ですが、それを過ぎると年「14.6%」という高利率が適用されます。
例えば、100万円を3ヶ月(90日)滞納した場合、法令で定められた軽減税率(※)が適用され、約6,000円程度の延滞金が発生します。しかし、滞納が1年を超えると延滞金は数万円に膨れ上がり、経営資金を大きく圧迫します。
※特例基準割合を年1.4%と仮定した試算
会社への影響②:会社の信用低下
滞納が長期化し差し押さえに至ると、金融機関は信用格付けを引き下げ、融資の更新や新規借入の審査が厳しくなります。
不動産が差し押さえられるとその事実は登記簿に記載され、第三者にも知られる状態になります。さらに、売掛金が差し押さえ対象となった場合は、その事実が直接取引先に通知されるため、「資金繰りに問題のある会社」として敬遠される可能性があります。
さらに、公共職業安定所(ハローワーク)では、滞納企業に対する求人票の掲載を制限するケースもあり、人材確保にも支障をきたすでしょう。
従業員への影響①:健康保険証の利用制限
事業主が健康保険料を長期間にわたって滞納すると、従業員やその家族が持つ通常の健康保険証が使用できず、被保険者資格証明書に切り替えられることがあります。この場合、医療機関での窓口負担は10割自己負担であり、後日払い戻しを請求する手間と金銭的な負担を従業員に強いることになります。
従業員への影響②:将来の年金額の減少
厚生年金保険料を滞納すると、従業員の年金記録に「未納期間」として反映される場合があります。
日本年金機構は原則として事業主からの納付情報をもとに個人の年金記録を作成しています。滞納が続くと、従業員の年金記録に納付実績が正しく反映されないおそれもあります。
ただし、従業員は給与明細など天引きの証拠があれば、年金事務所に申し立て記録を訂正してもらうことが可能です。
これにより、将来の年金受給額が減少するだけでなく、最低受給要件(原則10年)を満たせなくなるケースすら起こり得ます。
従業員への影響③:退職者への影響
退職後も事業主の滞納による影響は残るとされています。例えば、健康保険の任意継続制度を利用しようとする退職者は、事業主の保険料の滞納の影響で制度を利用できないことも考えられるでしょう。
離職票の発行が遅れたり、雇用保険の記録が正常に反映されていなかったりする場合、失業手当の申請・支給に遅れが生じることもあります。これらは退職者との間にトラブルを引き起こす要因にもなるため、注意が必要です。
社会保険料の滞納で今すぐできる対応策
資金繰りの悪化などで社会保険料を支払えない状況でも、速やかに年金事務所へ相談することで、分割納付や猶予制度といった、法律に基づく救済措置を受けられる可能性があります。
速やかに年金事務所へ相談する
支払いが困難と判断したら、まずは年金事務所に電話または来所で連絡します。督促状を待つのではなく、能動的に動く姿勢が求められます。訪問時には、直近の決算書、資金繰り表、納付可能額の目安など、財務状況を示せる資料を用意しましょう。担当者は、事業主に支払いの意思があるかを重視しており、誠実な対応こそが交渉の出発点になります。
分割納付(分納)の計画を立てる
納付額が高額で一括では払えない場合、現実的な対応策として分割納付が認められます。納付希望の月数、毎月支払える金額、初回納付予定日を記した「納付計画書」を作成し、年金事務所に提出します。原則として毎月一定額を納めることになりますが、柔軟に調整可能な場合もあるため、正直な希望額を提示することが重要です。信用を得るには、提出後も計画通りに遅延なく納付することが求められています。
納付の猶予制度の利用を検討する
「災害」「重大な損失」「経営者の病気」など、やむを得ない事情がある場合は、社会保険料の納付を猶予してもらう制度があります。原則1年間、納付義務を猶予でき、期間中は延滞金が全額または一部免除されるメリットがあります。ただし、申請には詳細な書類(損益計算書、税務申告書など)や証拠資料が必要で、申請後の審査も厳格です。要件に合致するかは年金事務所で事前確認するのが適切です。
換価の猶予制度の利用を検討する
すでに差し押さえを受けている事業所であっても、希望すればその財産をすぐに売却されないよう申請することが可能です。事業継続に不可欠な設備や運転資金が差し押さえの対象になった場合、猶予が認められれば売却を一定期間(通常1年)待ってもらえます。納税の意思と計画があれば、延滞金の一部が免除される制度も併用できるため、申請する価値はあるでしょう。
専門家(税理士・社労士)の助言を求める
滞納が続き、どこから手をつけていいかわからない場合は、税理士や社会保険労務士のサポートを受けることが効果的です。税理士は、収支改善のアドバイスや納付計画の策定支援、銀行交渉のアドバイスなどを行います。
一方、社労士は年金事務所との窓口になり、申請手続きや説明資料の作成をサポートしてくれます。初回相談は無料という場合もあるため、それを有効活用しつつリスクを回避するのが大切です。
社会保険料の滞納が経営に与える深刻なリスクとは?
社会保険料の滞納は、単なる延滞金の発生や差し押さえといった直接的なペナルティにとどまりません。企業の信用力そのものが疑われ、金融、取引、公共事業、人材採用といったあらゆる経営活動に悪影響が及びます。目先の支払い遅れが、将来の成長機会を奪うことになりかねません。
金融機関からの融資への影響
社会保険料を滞納すると、融資申請時などに必要となる「社会保険料納付証明書」などの提出ができないため、金融機関に対して信用を証明できなくなります。
融資申請時には、社会保険を含む公租公課の納付状況が重視されるため、新たな融資が受けられないばかりか、既存の借入についても返済条件の見直しや与信の引き下げを受ける可能性があります。
取引先との関係悪化を想定する
社会保険料滞納によって売掛金が差し押さえられると、その情報は取引先に通知され、事業主の財務状況に対する不信感を与えます。「支払い不能のリスクがある」と判断されれば、契約更新の見送りや取引額の縮小、最悪の場合は契約打ち切りとなることもあるでしょう。一度失った取引信用を回復するには、長期間にわたる誠実な対応と実績が求められます。
公共事業の入札資格の喪失を理解する
国・自治体が実施する公共調達に参加するには、社会保険料を完納していることが必須条件です。入札参加資格申請の際には、完納証明書の提出が求められ、未納状態では自動的に参加資格を失うことになります。これにより、安定した収益源となる大型案件や長期契約の機会を逸し、成長戦略にダメージを受けます。
採用活動への悪影響を認識する
社会保険未加入や滞納の情報は、求職者にも届く時代です。SNSや転職口コミサイトで「社会保険料が未払いの会社」「保険証が使えない」といった書き込みが拡散すると、企業の評判に大きなダメージを与えます。人材不足が続く状態で、採用力を失うことは、長期的な競争力の低下に直結します。
社会保険料を滞納した状態で会社解散は可能か?
事業所の経営継続が困難になり、解散や清算を検討する際、滞納している社会保険料の取り扱いが大きな問題となります。法人としての納付義務は事業所の解散後も一定の手続きを経て清算対象となるため、支払義務を回避することはできません。
さらに、状況によっては代表者個人が責任を負うこともあり、無責任な解散は重大な法的リスクを伴います。
清算手続きにおける滞納金の扱い
事業所を解散・清算する場合、滞納している社会保険料は、税金などと同様に優先的に支払うべき債務です。
事業所の全資産を換金しても支払いきれない場合、法人の納付義務は法人格の消滅とともになくなりますが、その前に資産を株主へ分配することはできません。
代表者個人の支払い責任
株式会社の場合、法人の滞納が直ちに代表者個人の責任になることはありません。しかし、代表者が会社の債務を個人で連帯保証している場合や、会社の財産を不当に個人へ移すなど悪質なケースと判断された場合は、第二次納税義務者として個人資産から支払う責任を問われる可能性があります。
事業承継やM&Aへの影響
事業承継やM&Aを行う際、買い手側は売り手企業の財務状況を厳しく調査します。社会保険料の滞納は「簿外債務」として扱われ、企業価値を大きく下げる要因となるでしょう。スムーズな事業承継のためには、事前に滞納問題を解決しておくことが不可欠です。
社会保険料の滞納は経営継続にかかわる問題
社会保険料の滞納は、延滞金の発生や差し押さえによる資金の逼迫、従業員への不利益、取引先や金融機関との信用関係の悪化、そして最終的には事業承継や会社解散にも影を落とす結果となります。
万が一支払いが困難になった場合でも、放置せず、年金事務所への相談や分割納付の申請など、法律上の救済措置を早急に講じることが必要です。また、経営判断としては、日頃から資金繰りの見直しを徹底し、滞納を防ぐ仕組みを構築しておくことが、持続的な企業運営のために不可欠です。
将来の成長と信用を守るためにも、社会保険の滞納をしないよう今ある義務を計画的に果たしていきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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