• 更新日 : 2025年11月26日

原状回復ガイドラインは社宅にどう適用される?会社と従業員の負担区分をわかりやすく解説

社宅の退去時に発生する「原状回復」は、費用負担をめぐりトラブルになりやすい人事労務担当者の悩みの種です。特に法人契約である社宅では、貸主、会社、入居社員の三者間で誰がどこまで負担するのか、その基準が曖昧になりがちです。

この記事では、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を基に、社宅における原状回復の基本的な考え方、費用負担の範囲、そしてトラブルを未然に防ぐための具体的な対策を、人事労務の初心者にも分かりやすく解説します

原状回復ガイドラインは社宅にどう適用される?

社宅の原状回復を理解する基本は、国土交通省のガイドラインに沿って判断することです。具体的には「借りた状態に完全に戻す義務はない」という原則のもと「経年劣化・通常損耗」と入居者の過失による「特別損耗」を明確に区別し、費用負担の範囲を決定します。

出典:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン (再改訂版)|国土交通省

原状回復の原則は「完全に元通り」にする義務はない

原状回復とは、借り主の故意や過失で生じた損傷を修復する義務を指し、「借りた当時の状態に完全に戻すこと」ではありません。 普通に生活する中で生じる汚れや設備の自然な劣化(経年劣化・通常損耗)は、原状回復の義務に含まれないのが大原則です。この考え方は過去の判例や国土交通省のガイドラインの根幹であり、社宅担当者がまず理解すべき最も重要なポイントです。

ガイドラインが定義する「経年劣化・通常損耗」と「特別損耗」

国土交通省のガイドラインは、修繕費の負担者を判断するため、損耗を2種類に明確に区別しています。 この切り分けが、原状回復費用を判断する上での客観的な基準となります。

  • 経年劣化・通常損耗:時間の経過や通常の生活で生じる自然な損耗(例:日光による壁紙の色あせ、家具の設置による床のへこみ)。これらは家賃に含まれるべきものと見なされ、原則として貸主(大家)が負担します。
  • 特別損耗:借り主の不注意や通常とはいえない使い方で生じた損傷(例:物を落としてできた床の傷、掃除を怠った油汚れ)。これらは借り主の善管注意義務違反にあたり、原則として借主(会社・入居社員)が負担します。

社宅の原状回復でトラブルが起きやすい理由

社宅の原状回復でトラブルが頻発する理由は、主に契約関係の複雑さにあります。一般的な個人契約と異なり、社宅(特に借り上げ社宅)では以下の三者が関わります。

  • 貸主(オーナー・管理会社)
  • 借主(法人=会社)
  • 入居者(従業員)

このため、「誰が」「何を」「どこまで」負担するのかという責任の所在が曖昧になりがちです。「入居者の不注意による損傷だから従業員に請求すべきか?」「いや、法人契約だから会社が一旦支払うべきか?」「そもそもこれは通常損耗ではないのか?」といった問題が発生し、会社と従業員、または会社と貸主との間で認識の齟齬が生まれやすいのです。

国土交通省ガイドラインに基づく費用負担のルールとは?

国土交通省のガイドラインが示す費用負担のルールは「経年劣化・通常損耗は貸主負担」、「故意・過失による特別損耗は借主負担」という明確な区分に基づいています。さらに、借主が費用を負担する場合でも、経過年数を考慮した減価償却が適用されるため、費用の全額を負うとは限りません。

原則は貸主負担:「経年劣化」と「通常損耗」

時間の経過によって自然に発生する「経年劣化」や、普通に生活する上で生じる「通常損耗」の修繕費用は、原則として貸主が負担します。 これは、それらの価値減少は、貸主が受け取る家賃によって既に回収されていると考えられるためです。

例えば、テレビの裏の壁紙が黒ずむ「電気ヤケ」や、画鋲の穴、家具を置いていたことによる床のへこみなどは、通常の使用範囲内と見なされ、会社や従業員が修繕費用を負担する必要は原則ありません。人事担当者は、貸主から提示された見積もりにこれらの項目が含まれていないかをしっかり確認する必要があります。

例外は借主負担:「特別損耗」と善管注意義務違反

入居者である従業員の故意・過失や、通常の使用方法を逸脱したことによって生じた損傷(特別損耗)については、借主が原状回復費用を負担しなければなりません。 これは、借主が負う「善良な管理者としての注意義務(善管注意義務)」に違反したと見なされるためです。

具体的には、以下のようなケースが該当します。

  • 飲み物をこぼしたまま放置してできたカーペットのシミ
  • 引越作業中に家具をぶつけて壁に開けた穴
  • 結露を放置したことによるカビやシミの拡大
  • タバコのヤニによる壁紙の変色や臭い
  • ペットが付けた柱の傷や臭い(ペット飼育が許可されている場合でも)

これらの修繕費用は会社が負担することになりますが、その費用を従業員に求償するかどうかは、別途定めた「社宅管理規程」に基づいて判断します。

【一覧表】貸主負担と借主負担の具体例

ガイドラインの内容を基に、どちらの負担になるかの具体例を表にまとめました。見積もりを精査する際の参考にしてください。

箇所貸主(大家)負担の例借主(会社・従業員)負担の例
壁・天井(クロス)
  • 画鋲やピン等の穴(下地ボードの張替えが不要な程度)
  • テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(電気ヤケ)
  • 日光による変色
  • タバコのヤニ・臭い
  • 落書き等の故意による毀損 ・釘穴、ネジ穴(下地ボードの張替えが必要な程度)
  • 結露を放置して拡大したカビ・シミ
床(フローリング、畳、カーペット)
  • 家具の設置によるへこみ、跡 ・畳の裏返し、表替え(特に損傷がなく次年度の入居者確保のため)
  • ワックスがけ
  • キャスター付き椅子等による傷 ・飲みこぼし等を放置したことによるシミ、カビ
  • 引越作業等で生じた引っかき傷 ・ペットによる傷や臭い
建具(襖、障子、ドア)
  • 日光による変色
  • 網戸の劣化による網の弛み
  • 飼育ペットによる傷、破損
  • 子どもが破った障子や襖の穴
  • 物をぶつけて破損させたドア
設備
  • 鍵の取替え(破損、紛失のない場合)
  • 設備の故障・使用不能(エアコン、給湯器など)
  • 網戸の張替え
  • 日常の清掃を怠ったことによる油汚れや水垢 ・風呂、トイレ等のカビ(掃除を怠った結果)
  • 鍵の破損(不適切使用)、紛失による取替え
その他
  • ハウスクリーニング(専門業者による全体清掃)
  • 借主が通常の清掃を怠った場合のハウスクリーニング費用
  • ゴミの放置による汚損・臭気

負担割合を決める重要な要素:「減価償却」の考え方

借主負担の損傷であっても、修繕費用の全額を負担するとは限りません。ガイドラインでは、経過年数を考慮した「減価償却」の考え方が適用されます。 これは、建物や設備の価値は時間と共に減少するため、新品に交換する場合でも、その価値減少分は貸主が負担すべきという考え方に基づきます。

例えば、壁紙(クロス)の耐用年数は6年とされています。入居から6年以上経過した壁紙を従業員が汚してしまい張り替える場合、その壁紙の価値は既に1円になっていると見なされるため、原則として借主の負担は1円でよいことになります。もし入居3年で張り替える場合は、残りの価値である50%分を借主が負担します。

この減価償却の考え方はトラブル防止のために非常に重要です。貸主から高額な請求があった場合は、対象物の耐用年数と経過年数を確認し、適切な負担割合になっているかを必ずチェックしましょう。

社宅の原状回復で特に注意すべき3つのポイント

社宅の原状回復で特に注意すべきポイントは、契約書に記載された「特約」の有効性、「借り上げ社宅」か「社有社宅」かによる違い、そして敷金の精算プロセスの3点です。これらを事前に理解しておくことが、予期せぬトラブルを防ぐ鍵となります。

1. 契約書の「特約」:有効と認められるための条件

賃貸借契約書に記載された原状回復に関する特約は、単に記載があるだけでは無効とされる場合があり、有効と認められるには客観的・合理的な理由や、借主の十分な認識と合意など、厳格な要件を満たす必要があります。 原則として契約は当事者間の合意で成立しますが、ガイドラインでは、借主に一方的に不利な特約については、以下の3つの要件を満たす必要があるとしています。

  1. 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
  2. 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
  3. 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること

つまり、単に契約書に小さな文字で書かれているだけでは不十分で、契約時に貸主がその特約の存在と内容を借主(会社)に丁寧に説明し、会社側がそれを納得した上で契約している必要があります。不当に借主の負担を増やす特約は、消費者契約法などにより無効と判断される可能性もあります。

2. 社宅の形態による違い:「借り上げ社宅」と「社有社宅」

原状回復の考え方は社宅の形態によって異なり、外部オーナーと交渉が必要な「借り上げ社宅」と、社内ルールが重要となる「社有社宅」では、注意すべき点が異なります。

  • 借り上げ社宅:会社が物件のオーナーや管理会社と賃貸借契約を結び、従業員に貸与する形態です。この記事で解説しているガイドラインに基づく交渉や確認は、主にこの借り上げ社宅で必要となります。
  • 社有社宅:会社が所有する物件を従業員に貸与する形態です。この場合、貸主が会社自身のため外部とのトラブルはありませんが、退去する従業員との間で修繕費用の負担について紛争になる可能性があります。そのため、公平性を保つためにも、社宅管理規程で原状回復のルールを明確に定めておくことが極めて重要です。

3. 敷金の精算:役割の理解と適切な返還請求

敷金は、借主が負担すべき原状回復費用などを担保するために預けるお金であり、退去時には修繕費用が差し引かれて返還されます。 退去時には、まず貸主と借主(会社)が立会いのもとで部屋の状況を確認し、修繕が必要な箇所と費用負担の割合を確定させます。

その後、借主が負担すべき原状回復費用が敷金から差し引かれ、残額が返還されるのが一般的な流れです。もし、修繕費用が敷金を上回る場合は、追加で請求されることになります。敷金が不当に返還されない、あるいは高額な追加請求をされた場合は、その内訳(見積書請求書)を詳細に確認し、ガイドラインに照らして不当な点がないかを精査する必要があります。

ガイドラインを活用して社宅トラブルを防ぐポイント

社宅の原状回復トラブルを回避するためには、場当たり的な対応ではなく、仕組みとして対策を講じることが不可欠です。人事労務担当者は、以下のステップで予防策を徹底しましょう。

社内ルールを明確化する(社宅管理規程の整備)

トラブル防止の最も重要な基盤は、原状回復の費用負担やルールを明記した「社宅管理規程」を整備することです。 これにより、会社と従業員間での認識のズレや、退去時のトラブルを防ぎます。

規程に盛り込むべき主な内容
  • 原状回復の基本的な考え方(通常損耗と特別損耗の区別)
  • 従業員の善管注意義務について
  • 従業員負担となる損傷の具体例(タバコのヤニ、ペットによる傷など)
  • 費用負担の範囲と精算方法(給与天引きの可否など)
  • 入居時および退去時の手続きについて(チェックリストの提出、立会いなど)

この規程を作成し、入居時に従業員の同意を得ておくことで、万が一の際に円滑な費用負担の協議が可能になります。

入居時の状態を証拠化する(チェックリストの活用)

退去時の「言った、言わない」を防ぐため、入居時に写真付きの「入居時状況確認チェックリスト」を作成し、貸主・会社・入居者の三者で共有します。 退去時のトラブルの多くは、「この傷は入居前からあったものか、入居後についたものか」が不明確なことに起因するためです。

壁の傷、床のへこみ、設備の不具合など、気になる点はすべて日付入りの写真と共に記録し、証拠として保管しておきましょう。この一手間が、退去時の無用な争いを防ぐ最も効果的な対策となります。

退去時の費用負担をその場で確定する(三者立会い)

退去時には必ず会社(人事担当者)、従業員、貸主(管理会社)の三者で立会い、その場で損傷箇所と費用負担をガイドラインに沿って確認・協議します。 従業員や貸主だけに任せてしまうと、後から会社にとって不利な内容で話が進むリスクがあります。

会社が主体的に関与し、その場で合意事項を書面に残すことで、後日の紛争リスクを大幅に軽減できます。

従業員の意識を高める(周知・教育の徹底)

従業員自身がルールを理解していなければトラブルは防げないため、入居時オリエンテーションや社内イントラなどで、規程の内容や善管注意義務について定期的に周知・教育を行います。

特に、「結露の放置はカビの原因になり自己負担になる可能性がある」「タバコは室内で吸わない」といった具体的な注意点を伝えることで、従業員の意識を高め、予防可能な損傷(特別損耗)の発生を抑制する効果が期待できます。

ガイドラインを遵守し、社宅の原状回復トラブルを防ぐために

社宅の原状回復は、国土交通省のガイドラインを正しく理解し、「経年劣化・通常損耗は貸主負担」、「故意・過失による特別損耗は借主負担」という大原則を適用することが全ての基本です。

人事労務担当者としては、この客観的な基準を基に、契約時の「特約」の有効性を確認し、敷金の精算プロセスを適切に管理することが求められます。

さらに、本記事で解説した「社宅管理規程の整備」から始まる4つのアクションを体系的に実践することで、担当者の負担を軽減し、予期せぬ費用負担や従業員との紛争を未然に防ぐことができます。ガイドラインという公的な基準と、体系化された社内ルールの両輪で、円滑かつ健全な社宅運営を実現しましょう。


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