- 更新日 : 2025年11月26日
同一労働同一賃金の抜け道とは?手法や企業が注意すべきリスクと対策を解説
2020年4月から施行された「同一労働同一賃金」(パートタイム・有期雇用労働法)とは、同じ企業で働く正社員と非正規雇用労働者との間で、仕事内容が同じであれば待遇も同じに、違いがあればその違いに応じた合理的な待遇としなければならない、というルールです。この原則により、企業は基本給や賞与、各種手当、福利厚生などにおける不合理な待遇差を解消する義務を負っています。
しかし、対応に苦慮する中で「抜け道」のような手法を探す声も聞かれます。本記事では、そのような安易な対策がもたらすリスクを解説するとともに、法令を遵守しながら合法的に待遇差を設け、従業員に説明するための具体的な方法を人事労務の初心者にも分かりやすく解説します。
目次
同一労働同一賃金の「抜け道」とされる手法とは?
結論から言うと、法的なリスクを完全に回避できる都合の良い「抜け道」は存在しません。しかし、一部の企業では法の趣旨を誤解し、形式的な対策を抜け道と考えてしまうケースが見られます。これらの手法は、労働実態を重視する法律や裁判所の判断基準から見ると、極めてリスクの高いものです。
手法1. 業務内容を抜け道に使う
正社員と非正規雇用労働者の待遇差を正当化するために、職務記述書(ジョブディスクリプション)上の業務内容や責任範囲を意図的に少しだけ変える、という手法です。
- 正社員の業務に「トラブル発生時の最終対応」と一行だけ追加する。
- 非正規雇用労働者の業務範囲から、実際にはほとんど発生しない特定の業務を外す。
法律や裁判所が重視するのは、書類上の記載ではなく業務の実態です。もし非正規雇用労働者が実態として正社員と同様のトラブル対応を行っていたり、業務範囲に実質的な差がなかったりする場合、形式的な変更は意味をなさず、その待遇差は不合理と判断されます。
手法2. 名称変更を抜け道に使う
「パートタイマー」「契約社員」といった名称を「限定正社員」「専門嘱託」などの別の名称に変更するだけで、働き方の実態が何も変わらないケースです。
- 契約社員を「地域限定正社員」という名称に変え、給与や手当は据え置く。
- 実質的な業務は同じまま、雇用契約書の名称だけを変更する。
同一労働同一賃金は、雇用契約の名称ではなく、あくまで働き方の実態で待遇の妥当性を判断します。呼称を変えただけで、職務内容、責任の程度、配置転換の範囲などが従来と全く同じであれば、待遇差を説明する合理的な理由にはなり得ません。
手法3. 就業規則の不備を抜け道に使う
「非正規雇用労働者の就業規則には賞与や退職金の規定がない。だから支払わなくても問題ない」という考え方です。
- 正社員の就業規則には存在する各種手当の規定を、非正規雇用労働者向けのものには意図的に記載しない。
就業規則に規定がないこと自体は、待遇差を正当化する理由にはなりません。労働者から説明を求められた際に「規定がないから」と回答することは、企業が果たすべき説明責任を放棄したと見なされる可能性があります。
重要なのは、各手当や待遇の「目的」に照らして、非正規雇用労働者に支給しないことが合理的かどうかです。規定の有無は、その合理性を判断する上での絶対的な基準にはなりません。
手法4. 定年後再雇用を抜け道に使う
定年後の再雇用(嘱託社員など)であることを理由に、仕事内容がほとんど変わらないにもかかわらず、一方的に賃金などの待遇を大幅に引き下げる手法です。
- 定年まで営業職だった正社員を、定年後に嘱託社員として再雇用する。
- 営業先や業務内容、責任範囲は定年前と全く同じにもかかわらず、「嘱託社員だから」という理由だけで基本給や各種手当を大幅にカットする。
しかし、定年後再雇用であっても、有期労働契約を締結している場合はパートタイム・有期雇用労働法の対象となります。したがって、正社員(この場合は定年前の自身)との待遇差について、客観的・合理的な説明が必要です。
単に「嘱託社員だから」「再雇用だから」という理由だけでは説明になりません。「役職から外れて管理業務がなくなった」「勤務時間が短くなった」など、具体的な職務内容や責任範囲の変更に基づいて待遇を決定し、その理由を本人に丁寧に説明する必要があります。
同一労働同一賃金の抜け道を使うリスクと企業への影響
前章で解説したような、法の趣旨を理解しない形式的な対応は、企業経営に深刻なリスクをもたらします。安易な「抜け道」探しは、結果的に違法状態を招き、企業の成長を阻害する要因となりかねません。具体的には、以下のようなリスクが考えられます。
リスク1. 法令違反による訴訟と損害賠償
法令違反による訴訟と損害賠償 パートタイム・有期雇用労働法に基づき、待遇差に納得できない従業員から訴訟を起こされるリスクです。裁判で「不合理な待遇差」と判断された場合、企業は正社員との差額賃金(損害賠償)の支払いを命じられる可能性があります。こうした訴訟に発展すれば、金銭的な負担だけでなく、企業の信用失墜にも繋がり、経営に大きな金銭的ダメージを与えかねません。 加えて、注意すべきは「同一労働同一賃金の対象外だから安心」というわけではない点です。
例えば、正社員同士であっても国籍や信条、社会的身分などを理由に待遇差を設ければ労働基準法第3条の「均等待遇」の原則に違反します。また、パート社員同士で性別を理由とした待遇差を設ければ、男女雇用機会均等法第6条に違反する恐れがあります。
このように、別の法律に違反するリスクは常に存在し、たとえ刑事罰がなくとも従業員から損害賠償を請求される可能性があることを、強く認識しておく必要があります。
リスク2. 人材の流出と採用難
不合理な待遇は、従業員のモチベーションを著しく低下させます。「努力しても報われない」という不満は、生産性の低下や離職に直結します。また、企業の評判は口コミやSNSですぐに広まるため、「従業員を大切にしない会社」というイメージが定着し、新たな人材の採用も困難になるでしょう。
リスク3. 企業の社会的信用の低下
法令を遵守しない企業であると見なされ、社会的な信用が低下するリスクです。労働局からの助言・指導や是正勧告に従わない悪質なケースでは、企業名が公表される可能性もあります。企業名が公表されれば、顧客や取引先からの信頼を失い、事業活動そのものに悪影響が及ぶことも十分に考えられます。さらに、「ブラック企業」と認識されて採用活動に支障が出たり、ブランドイメージが毀損したりするなど、長期的な経営リスクにも発展しかねません。
同一労働同一賃金の抜け道とグレーゾーンの境界線
これは、同一労働同一賃金の原則を理解せず、企業側が「形式的な違いは設けた」と自己判断しているものの、実態が伴っていないために最もトラブルに発展しやすい危険な領域です。多くの企業が抜け道と考えがちな安易な対策が、後から違法と判断される典型的なパターンと言えます。
ケース1. 職務記述書と実態の乖離
職務記述書に「正社員のみクレームの最終対応を行う」と記載しているが、実際には非正規社員も同じように最終対応を行っているケースです。
ケース2. 実態のないキャリアコース
将来的に管理職になるためのキャリアコースを正社員にのみ設定しているが、実際には何年も昇進実績がないケースです。
結局、同一労働同一賃金で最終的に問われるのは書類上の体裁ではなく「働き方の実態」です。このような形式的な抜け道に頼った待遇差は、従業員から説明を求められた際に合理的な根拠を示せず、訴訟などに発展するリスクが常に伴います。
同一労働同一賃金で合法的な待遇差を設ける方法
その待遇差が「合理的」であると認められるための具体的な判断基準と、従業員から求められた際に企業が果たすべき法的な義務について、ポイントを絞って解説します。 待遇差には客観的・合理的な理由が必要 非正規雇用労働者と正社員の間に待遇差を設けること自体が禁止されているわけではありません。
待遇差には客観的・合理的な理由が必要
非正規雇用労働者と正社員の間に待遇差を設けること自体が禁止されているわけではありません。その待遇差が、職務内容や責任の程度、配置転換の範囲などの違いに応じた「客観的・合理的」なものであり、その理由を従業員にきちんと説明できるのであれば、法的に問題ありません。
重要なのは、「なぜその待遇差があるのか」を論理的に説明できることです。感情論や慣習ではなく、客観的な事実に基づいて説明責任を果たすことが求められます。
説明義務の重要性
パートタイム・有期雇用労働法では、非正規雇用労働者から正社員との待遇差の内容や理由について説明を求められた場合、企業は遅滞なく説明する義務があります(第14条)。この説明を拒否したり、曖昧な回答をしたりすると、それ自体が法律違反とみなされる可能性があります。
説明を求められた際に慌てないためにも、あらかじめ以下の点を整理し、説明資料を準備しておくことが望ましいでしょう。
- 比較対象となる正社員の選定
- 待遇差がある項目(基本給、賞与、各手当など)の洗い出し
- 待遇差のそれぞれについて、その理由の明確化
- 今後の改善予定がある場合は、その内容とスケジュール
口頭での説明に加えて、書面を交付するなど、丁寧な対応が労使間の信頼関係を築く上で重要です。
待遇差が合理的と判断される3つの要素
待遇差が合理的かどうかは、主に以下の3つの要素を総合的に考慮して判断されます。
| 判断要素 | 説明 | 具体例 |
|---|---|---|
| 1. 業務の内容・範囲 | 担当している業務の種類、内容、難易度、与えられている権限の範囲など。 |
|
| 2. 責任の程度 | 業務の結果について負う責任の度合い、役職、ノルマの有無など。 |
|
| 3. 人材活用の仕組み | 配置転換(転勤や部署異動)の有無やその範囲、キャリアアップの仕組みなど。 |
|
これらの要素に明確な違いがあり、その違いが賃金や手当の差に適切に反映されていれば、その待遇差は「合理的」と判断されやすくなります。
同一労働同一賃金の抜け道に陥らないための基本方針と考え方
同一労働同一賃金への対応は、単なる法改正への対応ではなく、自社の人事制度や働き方を見直し、生産性を向上させる絶好の機会です。抜け道を探すのではなく、以下のステップに沿って本質的な対策を進めましょう。
ステップ1. 雇用形態ごとの待遇の現状把握と比較
まずは、自社の正社員、契約社員、パートタイマーなど、雇用形態ごとにどのような待遇(基本給、手当、福利厚生など)が適用されているかをすべて洗い出し、一覧表などを作成して可視化します。この作業を通じて、どの項目で待遇差が生じているかを正確に把握します。
ステップ2. 待遇差がある場合は理由を整理・明確化
ステップ1で明らかになった待遇差の一つひとつについて、「なぜその差が存在するのか」という理由を明確にしていきます。この際、前述した「業務内容」「責任の程度」「人材活用の仕組み」という3つの要素に照らし合わせて、客観的かつ合理的な理由であるかを検証します。理由が曖昧なものや、単なる慣習に基づいているものは見直しの対象となります。
ステップ3. 不合理な待遇差の是正計画を策定・実行
待遇差の理由が不合理であると判断された場合、または合理的な説明が困難な場合は、その差を解消するための是正計画を立てます。待遇改善には原資が必要となるため、いつまでに、どのような方法で是正するのか、優先順位をつけて計画的に進めることが重要です。例えば、「来年度から通勤手当を統一する」「3年後までに賞与の支給基準を見直す」といった具体的な計画を策定します。
ステップ4. 就業規則への明記と従業員への丁寧な説明
是正内容が固まったら、就業規則や賃金規程などの関連規程を改定し、変更点を明確に記載します。そして最も重要なのが、従業員への丁寧な説明です。なぜ制度を変更するのか、変更によって何がどう変わるのかを説明会などで伝え、理解を得ることが、円滑な制度移行と良好な労使関係の維持に不可欠です。
同一労働同一賃金の抜け道をなくすには?
同一労働同一賃金への対応は、人事制度の見直しや賃金テーブルの改定など、専門的な知識とコストがかかる場合があります。しかし、国や公的機関が提供する支援策をうまく活用することで、企業の負担を大幅に軽減することが可能です。
キャリアアップ助成金を活用して費用負担を軽減する
非正規雇用労働者の待遇改善に伴う企業の費用負担を支援するため、厚生労働省はキャリアアップ助成金という制度を設けています。この助成金を活用すれば、コンプライアンス対応をしながら、人材への投資コストを一部補うことができます。
特に、同一労働同一賃金の対応に直結するのが以下のコースです。
- 賃金規定等改定コース:パートタイマーや有期雇用労働者などの基本給の賃金規定等を増額改定し、実際に昇給させた場合に助成されます。
- 賞与・退職金制度導入コース:非正規雇用労働者を対象に、新たな賞与制度や退職金制度を導入し、実際に支給または積立てを行った場合に助成されます。
これらの助成金は、制度改定の負担を軽減するだけでなく、従業員のエンゲージメント向上にも繋がる有効な施策です。申請には細かな要件があるため、まずは厚生労働省のウェブサイトで最新の情報を確認することをおすすめします。
抜け道を生まないための社内体制を構築する
一時的な是正対応だけでなく、社内全体で「不合理な待遇差を生まない仕組み」を作ることが、抜け道を防ぐための根本的な解決策となります。具体的には、以下のような体制づくりが有効です。
- 人事・労務・現場管理者の情報共有体制を整える:部署間で人事方針や待遇ルールの解釈が異なると、意図せず不合理な差が生まれます。人事と現場の定期ミーティングなどで、共通認識を持つことが大切です。
- 職務記述書(ジョブディスクリプション)の定期見直し:業務内容や責任範囲の変化に合わせて記述書を更新することで、「形式的な違いによる抜け道」を防げます。
- 説明責任を果たすための文書整備:待遇差の理由をいつでも説明できるよう、社内基準や決定プロセスを記録・共有しておくと、トラブル防止につながります。
抜け道リスクを避け、健全な労使関係を築くために
本記事で解説した通り、同一労働同一賃金の抜け道を探すという発想は、企業の法的リスクを高めるだけでなく、従業員の信頼を失う危険な行為です。重要なのは、法律の趣旨を正しく理解し、自社の人事制度や待遇の現状を客観的に見直すことです。不合理な待遇差があれば是正し、合理的な待遇差については、その理由をいつでも明確に説明できるように準備しておくことが、これからの企業経営には不可欠です。この機会を、公正な評価制度を構築し、すべての従業員が意欲的に働ける職場環境を作るための前向きなステップと捉えましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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