- 更新日 : 2025年3月17日
労災申請を従業員本人が希望しない場合はどうする?デメリットや企業側の対応を解説
労災申請を従業員が希望しない理由には、心理的な不安や経済的な影響、手続きの煩雑さなど、さまざまな要因が関係しています。会社への影響を懸念したり、自身のミスだからと責任を感じたりするケースも少なくありません。また、軽い怪我だから申請するほどではないと判断したり、手続きが面倒だと感じたりすることもあります。しかし、労災保険は従業員の権利であり、将来的なリスクを避けるためにも適切な申請が必要です。本記事では、労災申請をためらう理由と、それに伴うデメリットについて詳しく解説します。
目次
労災申請を従業員本人が希望しない理由
労災保険の申請をためらう従業員の背景には、さまざまな心理的・経済的・手続き的な要因が絡んでいます。企業としてこれらの理由を理解し、適切な対応を検討することが重要です。
労災申請を使わない方がいいと思っている
従業員の中には、労災申請をすることで会社に不利益が生じるのではないかと心配する人もいます。例えば、申請をきっかけに労働基準監督署の調査が入り、会社の法令違反が発覚する可能性を恐れるケースがあります。また、労災保険の利用が増えることで会社の保険料が上がることを気遣う場合も考えられます。
特に建設業などでは、下請業者が元請業者との関係悪化や入札停止処分を避けるために労災申請を控える傾向があり、従業員もその影響を受けることがあります。さらに、申請が部署やチームの評価に影響する可能性を気にする従業員もいるでしょう。
自分の不注意による怪我で躊躇っている
労働災害の原因が自分のミスや不注意によるものだと考えている場合、申請をためらうことがあります。特に軽い怪我の場合は、「大げさにしたくない」「自分の過失だから仕方がない」といった気持ちが働き、申請を躊躇することがあります。また、申請によって自分のキャリアや評価に悪影響があるのではないかと懸念することもあります。
しかし、労災保険は労働者を守るための制度であり、個人が過度に責任を感じる必要はありません。企業側がそのことを従業員に理解してもらうことが大切です。
手続きが面倒だと感じている
労災申請には、書類の準備や手続きが必要なため、それを面倒に感じる従業員もいます。特に軽い怪我の場合、「そこまで手続きをする必要はない」と考えてしまうこともあります。
また、申請方法が分からない、必要な書類をそろえるのが難しいと感じることも、申請をためらう要因となります。企業としては、申請の流れを分かりやすく説明し、必要に応じてサポートを提供することが重要です。
ちょっとした怪我で申請したくないと思っている
「これくらいなら大丈夫」と自己判断し、労災申請をしない従業員もいます。しかし、最初は軽く見えた怪我や病気でも、後から悪化する可能性があります。
労災保険には、治療費の補償だけでなく、休業補償や障害補償も含まれているため、将来的なリスクを考えて申請することが望ましいです。企業は、従業員に対し、軽微な症状でも慎重に対応するよう促すことが必要です。
治療費だけ負担してくれればいいと思っている
会社が「労災を使わなくても、治療費や休業中の給与を負担する」と申し出るケースもあります。この場合、従業員は「会社が負担してくれるなら、労災申請は不要」と考えることがあるでしょう。
しかし、休業期間が長引くと会社の負担が増え、結果的に従業員とのトラブルに発展する可能性もあります。また、企業側が労災事故の報告を避けるためにこのような対応をしているケースもあり、従業員にとっては将来的な補償が受けられないリスクがあります。
労災申請を従業員本人が希望しない場合のデメリット
労災保険の申請をしないことで、一時的には手続きの手間が省けるように感じるかもしれません。しかし、長期的にはさまざまな不利益を受ける可能性があります。これらのリスクを理解し、適切な判断をすることが重要です。
医療費を自費で負担することになる
労災による怪我や病気の治療には、原則として健康保険を利用することができません。そのため、労災保険を申請しない場合、治療費は全額自己負担となります。軽い怪我に見えても、通院や薬代が積み重なれば大きな負担となるでしょう。
また、誤って健康保険を使って治療を受けた場合、後になって医療費の返還を求められることもあります。一方で、労災保険を利用すれば、治療費は原則100%補償されるため、経済的な負担を軽減できます。これらの点を理解したうえで、適切な判断をすることが大切です。
補償や給付が受けられない
労災保険は治療費の補償だけでなく、休業中の収入を支える「休業補償給付」、後遺症が残った場合の「障害補償給付」、死亡時の「遺族補償給付」など、幅広い保障を提供しています。
労災申請をしないということは、これらの手厚い補償を放棄することを意味します。特に、休業が長引いた場合や後遺症が残った場合、労災保険の給付がないことで生活が厳しくなる可能性があります。健康保険の「傷病手当金」と比べても、労災保険の休業補償給付の方が条件が良いため、申請をしないことで大きな損失につながる可能性があります。
特別支給金を受けられない
労災保険には、通常の給付に加えて「特別支給金」という制度があります。これは、労働者の生活を支援するために保険給付に上乗せされるものですが、労災保険を申請しないと受け取ることができません。
さらに、特別支給金は損害賠償請求との調整対象外となるため、他の補償と併用できるメリットがあります。こうした給付を受けられなくなることも、申請しないことによるデメリットの一つです。
長期的なリスクに備えられない
最初は軽いと思っていた怪我や病気でも、時間が経つにつれて悪化したり、合併症が発生することがあります。労災保険を申請していれば、こうした長期的な問題にも適切な治療や補償を受けることができますが、申請しなかった場合はすべて自己負担となります。
また、労災保険には時効があり、一定期間が経過すると申請する権利を失ってしまいます。「今は問題ないから」と申請を見送ることで、将来的に大きな不利益を被る可能性があることを理解しておく必要があります。
今後の労災認定に影響を及ぼす
過去の労災について申請をしなかったことが、後に発生した類似の怪我や病気の労災認定に影響を及ぼす可能性があります。例えば、以前に申請していれば労災と認められたはずの症状が、「過去の怪我と関係がない」と判断され、補償を受けられなくなることも考えられます。
労災申請をしないことは、その時だけでなく、将来的な補償にも影響を及ぼす可能性があるため、慎重に判断することが必要です。
労災申請を従業員が希望しない場合の企業側のリスク
従業員が労災申請を希望しない場合でも、企業には法的な義務があり、適切に対応する必要があります。従業員の意向に配慮するだけでは済まされず、対応を誤ると企業にとって重大なリスクを招く可能性があります。
労災隠しとみなされる
労働災害が発生した場合、従業員が労災申請を希望しなくても、企業は労働基準監督署に事故の事実を報告する義務があります。これは「労働安全衛生法」にもとづくもので、一定の範囲の事故については「労働者死傷病報告書」を提出しなければなりません。
この報告を怠ったり、虚偽の内容を届け出たりすると、「労災隠し」とみなされ、企業は刑事罰の対象となる可能性があります。また、労災隠しが発覚すると、企業の社会的信用が大きく損なわれるだけでなく、行政指導や業務停止などの厳しい処分を受けることもあります。そのため、従業員の意向に関係なく、企業としては正しく報告義務を果たすことが必要です。
損害賠償請求を受ける可能性がある
従業員が労災申請をしない場合、将来的に企業が損害賠償請求を受ける可能性が高まります。本来、労災保険から給付を受けていれば、その分が損害賠償額から差し引かれます。しかし、労災申請がなされなかった場合、企業が全額を賠償する責任を負うことになり、結果的に多額の賠償金を支払うリスクがあります。
労災保険は、労働者の過失の有無に関係なく適用される救済制度であり、企業の訴訟リスクを軽減する役割も持っています。従業員が申請しないことを見過ごすと、結果として企業の財務リスクが増大する可能性があるため、適切な対応が求められます。
労働基準監督署の調査が入る可能性がある
労災保険の利用が増えると、企業の保険料が上昇する可能性があります。労災保険料は、過去の労災給付実績に応じて変動するため、事故が多発すれば保険料率が上がり、企業の負担が増えることになります。
また、労災事故が発生すると、労働基準監督署による調査が入ることがあり、その過程で安全管理の問題や他の法令違反が発覚するリスクもあります。こうした事態を避けたいと考える企業もありますが、これを理由に報告義務を怠ることは違法行為となるため、適正な手続きを取ることが重要です。
企業の評判に悪影響を及ぼす
労災事故が発生すると、企業の評判に悪影響を及ぼす可能性があります。特に死亡事故や重大な労働災害が発生した場合、ニュースで報道されることもあり、企業のブランドイメージや取引先との信頼関係に影響を及ぼします。
一部の企業では、こうした影響を避けるために労災事故を隠蔽しようとするケースもありますが、そのような対応は長期的に見れば大きなリスクとなります。万が一、事故の隠蔽が発覚した場合、企業の信頼は大きく損なわれ、経営への悪影響は避けられません。
企業が健全な運営を続けるためには、労災事故を適切に報告し、再発防止策を講じることが重要です。安全対策を強化し、従業員の健康と安全を守る姿勢を示すことで、社会的信用を維持することができます。
労災申請を従業員が希望しない場合の企業側の対応
従業員が労災保険の申請を希望しない場合、企業は従業員の意向を尊重しつつも、法的義務を果たす必要があります。適切な対応を取ることで、従業員の不安を解消し、企業のリスクを最小限に抑えることができます。
労災申請について正しく伝える
まず、従業員が労災申請をためらっている理由を丁寧に聞くことが重要です。その上で、労災保険の制度内容や申請手続きの流れをわかりやすく説明し、申請のメリットと申請しない場合のデメリットを具体的に伝えます。
特に、医療費の自己負担の可能性、休業補償の有無、後遺障害が残った場合の補償など、従業員にとって重要な点を明確に伝えましょう。また、企業側が申請手続きをサポートする姿勢を示すことで、従業員の不安を軽減できます。
従業員が安心できる環境を整える
従業員が労災申請をためらう理由として、「会社に迷惑をかけたくない」「手続きが面倒」「自分のミスだから申請すべきではない」といった心理的な要因が考えられます。
このような場合は、労災保険は従業員の権利であり、会社にとっても適切な対応を取ることが重要であることを説明しましょう。また、手続きの流れを具体的に示し、企業が可能な範囲でサポートすることで、従業員の負担を減らすことができます。
労災申請の手続きをサポートする
従業員が労災申請を希望する場合、企業はできる限りのサポートを行いましょう。具体的には、申請書の入手、記入方法の説明、必要書類の準備支援などが挙げられます。
また、負傷や病気の影響で従業員が自力で手続きを進めるのが難しい場合は、会社が代理で申請を行う義務があるため、その点も考慮した対応を取る必要があります。
医療機関への受診を促す
労災事故が発生した際には、速やかに適切な医療機関を受診するよう従業員に促しましょう。労災指定の医療機関を受診すれば、窓口で治療費を支払う必要がないため、その情報を提供することも大切です。
また、受診をためらっている場合には、軽い症状でも後から悪化する可能性があることを伝え、早めの診察を受けるよう勧めることが重要です。
事故状況を記録・保管する
労災事故が発生した際には、事故の発生日時、場所、負傷の状況、関係者の証言などを正確に記録し、適切に保管することが必要です。これは、労災保険の申請手続きだけでなく、将来的な紛争や訴訟リスクを回避するためにも重要な対応となります。
目撃者がいる場合は、その証言も記録しておくことで、後の手続きがスムーズに進む可能性が高くなります。
企業と従業員が協力して労災に対応しましょう
労災申請を希望しない従業員の多くは、会社への影響や手続きの煩雑さ、自己責任への意識などを理由に申請を避けがちです。しかし、労災申請をしないことで、医療費の自己負担や十分な補償を受けられないリスクが生じるだけでなく、企業側にも法的な問題や損害賠償のリスクが発生します。企業は、従業員に正しい情報を提供し、適切な申請を促すことが求められます。労働災害が発生した際には、企業と従業員が協力して適切な対応をとることが、双方にとって最善の結果につながるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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