- 更新日 : 2025年11月26日
役職手当は残業代の計算基礎に含める?正しい計算方法と注意点を解説
人事労務担当者にとって、給与計算、特に残業代の算出は正確さが求められる重要な業務です。なかでも役職手当を残業代の計算基礎に含めるべきか否かは、多くの方が悩むポイントではないでしょうか。この判断を誤ると、未払い残業代のリスクに直結します。
本記事では、役職手当と残業代の関係における法律上の原則から、例外となる管理監督者の具体的な判断基準、そして最大のリスクである「名ばかり管理職」問題まで、分かりやすく解説します。
目次
役職手当は残業代の計算基礎に含めるのが原則?
役職手当は残業代(割増賃金)を計算する際の基礎となる賃金に含めるのが法律上の大原則です。その理由と法律上のルールを以下で解説します。
役職手当が「労働の対価」にあたるため含める
役職手当は「役職という勤務に対する対価」として支払われる、労働の対価たる賃金に該当します。これは、従業員個人の事情(例:扶養家族がいる、特定の地域に住んでいる)に応じて支払われる家族手当や住宅手当とは異なり、あくまで役職の責任や職務内容そのものに紐づいているためです。
そのため、残業代の計算基礎となる所定内賃金に含めなければなりません。言い換えれば、役職手当は通常の労働時間の単価を構成する一部であり、時間外労働ではその単価を基に割増計算を行うのが当然の帰結となります。
この点を誤解し「管理職だから残業代は出ない」という安易な判断をしてしまうと、後に深刻な未払い賃金問題に発展する可能性があるため、特に注意が必要です。
除外できる手当に定めがないため含める
労働基準法および同法施行規則(第21条)において、残業代の計算基礎から除外できる手当が、以下のように限定的に定められています。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当(一律支給の場合は算入が必要)
- 臨時に支払われた賃金(結婚手当など)
- 1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
このリストに役職手当は含まれていません。したがって、法律で除外が認められていない以上、原則として残業代の基礎賃金に算入する必要があります。
例外的に役職手当を残業代の計算基礎に含めないケース
原則として残業代の計算基礎に含める役職手当ですが、法律上、例外的に含めなくてよいケースが一つだけ定められています。しかし、その条件は非常に厳格であり、多くの企業が誤解しがちなポイントでもあります。ここでは、その例外ケースについて詳しく見ていきましょう。
例外となるのは労働基準法上の管理監督者
労働基準法第41条で定められた管理監督者は、労働時間、休憩、休日の規定の適用が除外されます。そのため、管理監督者に対しては、残業代(深夜割増分を除く)を支払う義務がなく、結果として役職手当も計算基礎に含める必要がありません。
管理職という役職名だけでは判断できない
多くの企業が誤解しているのが「部長」「課長」といった役職名がついていれば、自動的に労働基準法上の管理監督者になるという考えです。しかし、法律上の管理監督者か否かは、役職名ではなく、実際の権限や待遇といった実態に基づいて厳格に判断されます。
管理監督者であるかを判断する3つの具体的基準
裁判例などでは、以下の3つの基準を実質的に満たしているかで判断されます。
| 判断基準 | 内容 |
|---|---|
| 職務内容、責任と権限 | 経営方針の決定に参画するなど、経営者と一体的な立場で、事業全体に関わる重要な職務と責任、権限を有しているか。 |
| 勤務態様、出退勤の自由 | 自身の労働時間を自らの裁量で決定できるか。遅刻や早退で賃金が減額されるなど、出退勤について一般社員と同様の管理を受けていないか。 |
| 地位にふさわしい待遇 | 役職手当を含め、基本給や賞与などの賃金が、その地位にふさわしい額で優遇されているか。 |
これら3つを総合的に見て判断されるため、単に役職手当が少し高い、部下がいるというだけでは管理監督者とは認められません。
例えば「職務内容、責任と権限」については、部下の採用や人事考課、解雇に関する実質的な権限や、自部門の予算管理を任されているかどうかが問われます。
「勤務態様」では、タイムカードで厳密に出退勤が管理されていたり、遅刻や早退に上長の許可が必要だったりする場合は、自由な裁量があるとは言えません。
「待遇」については、年収が一般社員の最高額よりも大幅に上回っているなど、その責任に見合った明確な優遇措置が求められます。
役職手当を含めた残業代の正しい計算手順
残業代を正しく計算するには、いくつかのステップを正確に踏む必要があります。ここでは、役職手当を計算基礎に含める際の具体的な計算手順を、順を追って詳しく解説します。
ステップ1. まずは1時間あたりの賃金を算出する
残業代計算の全ての土台となるのが、従業員の「1時間あたりの賃金(基礎時給)」です。 これは、以下の計算式で求められます。
まずはこの2つの要素「割増賃金の基礎となる賃金月額」と「1ヶ月の平均所定労働時間」をそれぞれ正確に把握することが第一歩です。
ステップ2. 計算の基礎となる賃金に役職手当を含める
計算式の分子にあたる「割増賃金の基礎となる賃金月額」には、基本給だけでなく、原則として各種手当を含める必要があります。
前述の通り、法律で除外が認められている手当(通勤手当、家族手当など)以外は、すべて計算の基礎に算入しなければなりません。したがって、役職手当は、この「割増賃金の基礎となる賃金月額」に必ず含めてください。
ステップ3. 1ヶ月の平均所定労働時間を正確に計算する
次に、計算式の分母となる「1ヶ月の平均所定労働時間」を算出します。これは、月によって日数が変動するため、以下の計算式で年間の平均値を求めるのが一般的です。
例えば、年間休日が125日、1日の所定労働時間が8時間の場合、(365日 − 125日) × 8時間 ÷ 12ヶ月 = 160時間となるため、平均的な月間の所定労働時間は160時間になります。
ステップ4. 具体的な例で基礎時給を計算してみる
それでは、ここまでの情報を使って実際に基礎時給を計算してみましょう。
- 月給:300,000円
- 役職手当:50,000円
- 1ヶ月の平均所定労働時間:160時間
計算式
この2,188円が、この従業員の残業代を計算するための「1時間あたりの賃金(基礎時給)」となります。
ステップ5. 算出した時給に割増率を乗じて残業代を確定する
最後に、算出した基礎時給に、発生した残業の種類に応じた割増率と残業時間数を乗じることで、最終的な残業代が確定します。
主な割増率は以下の通りです。
- 時間外労働(法定):1.25倍以上※月60時間超の部分は1.5倍以上
- 休日労働(法定):1.35倍以上
- 深夜労働(22時~翌5時):0.25倍以上
- 時間外労働が深夜に及んだ場合:1.25倍(時間外) + 0.25倍(深夜) = 1.5倍以上
例えば、この従業員が月に10時間の時間外労働をした場合の残業代は、 2,188円 × 1.25 × 10時間 = 27,350円 となります。
そもそも役職手当とは?基本をおさらい
役職手当とはその名の通り、企業内の特定の役職に対して支払われる手当のことです。部長、課長、リーダーといった役職に就くことで増える責任の重さや職務の複雑性に対して支給されます。
役職手当を設ける主な目的は、従業員のモチベーション向上や人材の定着です。より上位の役職を目指すインセンティブとして機能するほか、重要な職責を担う従業員に報いる意味合いがあります。これは、特定のスキルや資格に対して支払われる資格手当や、実費を弁償する通勤手当とは性質が異なる、役割そのものに紐づいた賃金と言えます。
役職手当については以下の記事で詳しく紹介しています。
「名ばかり管理職」と未払い残業代のリスクとは?
ここでは、企業にとって極めて大きな法的リスクとなる「名ばかり管理職」について、その定義と具体的なリスクを解説します。
名ばかり管理職の定義と問題点
管理監督者の3つの判断基準を満たしていないにもかかわらず、会社が一方的に管理職であるとして残業代を支払わないケースを「名ばかり管理職」と呼びます。これは、従業員に不利益を与えるだけでなく、次に解説する通り、企業にとって深刻な未払い賃金問題に発展する大きなリスクを内包しています。
未払い残業代と付加金のリスク
もし従業員から「名ばかり管理職」であると訴えがあり、それが認められた場合、企業は以下のような深刻なリスクを負います。
- 未払い残業代の遡及請求:過去最大3年分の未払い残業代を、役職手当を含めた正しい基礎賃金で再計算して支払う義務が生じます。
- 付加金の支払い命令:訴訟において悪質と判断された場合、裁判所の命令により、未払金と同額の「付加金」の支払いを命じられる可能性があります。これは実質的に支払額が倍になる強力なペナルティです。
- その他の経営上のダメージ:上記に加え、労働基準監督署からの是正勧告や、訴訟による企業イメージの悪化なども避けられません。
なお、賃金請求権の時効は当面3年ですが、将来的には5年に延長される可能性があります。
役職手当と残業代で間違いやすい実務ポイント
役職手当と残業代の計算においては、原則や例外の他にも、人事担当者が実務で判断に迷いやすいポイントがいくつか存在します。ここでは、代表的な4つのポイントを解説します。
役職手当と固定残業代の扱い
役職手当に固定残業代(みなし残業代)を含めること自体は可能ですが、就業規則や雇用契約書で、通常の役職手当部分と固定残業代部分を金額・時間数ともに明確に分けて定める必要があります。
この区分が曖昧な場合、役職手当の全額が「役職に対する手当」と見なされ、残業代の計算基礎に全て含めるよう指導される可能性があります。また、固定残業時間を超えて残業した従業員には、その差額を追加で支払う義務があることも忘れてはなりません。
管理監督者と深夜・休日労働の割増賃金
管理監督者であっても深夜労働に対する割増賃金(22時~翌5時の労働に対し0.25倍以上)は支払う義務があります。法定休日の割増賃金については支払い義務がありません。
労働基準法で管理監督者が適用除外となるのは、あくまで「労働時間、休憩、休日」の規定です。「深夜」に関する規定は適用除外となっていないため、深夜割増賃金は必ず支払う必要があります。多くの企業が見落としがちなポイントのため、注意しましょう。
計算例
例えば、基礎時給が2,188円の管理監督者が、月に10時間の深夜労働(22時~翌5時)を行った場合、支払うべき深夜割増賃金は以下のようになります。
この場合、時間外労働の1.25倍は適用されませんが、深夜割増分の0.25倍にあたる5,470円は、別途給与に加算して支払う必要があります。
月途中入退社における日割り計算
月の途中で入退社した社員の残業代を計算する場合も、1時間あたりの賃金(基礎時給)の算出方法は原則として変わりません。 ステップ1で算出した「(満額の)割増賃金の基礎となる賃金月額 ÷ 1ヶ月の平均所定労働時間」の基礎時給を用います。
例えば、日割り計算された給与額を基に時給を再計算する(例:日割り給与 ÷ その月の総所定労働時間)といった方法は、基礎時給が本来の額より不当に低くなったり高くなったりする可能性があり、原則として認められません。
役職手当と最低賃金の関係
役職手当に固定残業代が含まれる場合、その部分は最低賃金の計算から除外されるため、結果的に最低賃金を下回る可能性があります。
最低賃金は時給換算でチェックされますが、その計算基礎に含められる手当と、含められない手当が法律で決まっています。役職手当の純粋な手当部分は計算に含められますが、固定残業代として支払っている部分は含めることができません。給与設計の際は、固定残業代部分を除いた金額で時給換算しても、最低賃金を下回らないか必ず確認が必要です。
役職手当と残業代、正しい計算基礎でリスクを回避
本記事では、役職手当を残業代の計算基礎に含めるという原則から、計算の具体的な手順、そして例外となる管理監督者の判断基準までを詳しく解説しました。
特に重要なのは、管理監督者の定義が役職名ではなく、権限や勤務態様、待遇といった実態で厳格に判断される点です。この判断を誤り「名ばかり管理職」としてしまうと、未払い残業代や付加金といった大きな金銭的リスクを負うことになります。
また、管理監督者であっても深夜労働の割増賃金は必要であることや、固定残業代制度の正しい運用など、実務で見落としがちなポイントも確認しました。
正しい知識を基に自社の就業規則や給与規程を再点検し、法令を遵守した適切な労務管理を行いましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
人事労務の知識をさらに深めるなら
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。
関連記事
藤沢市の給与計算代行の料金相場・便利なガイド3選!代表的な社労士事務所も
藤沢市は湘南エリアの中心として、多くの企業やスタートアップが集まる活気ある地域です。こうした環境下で企業運営を行う際、給与計算は正確かつ効率的に行うことが求められますが、専門知識や時間の確保は容易ではありません。多くの企業が給与計算代行サー…
詳しくみる賞与にも雇用保険料はかかる!計算方法とかからないパターン・死亡退職の場合
正社員の方はもちろんパート・アルバイトであっても、企業に勤めていれば雇用保険料が徴収されます。 それは賞与についても変わりません。 この記事では賞与にかかる雇用保険料の計算方法や、例外的に雇用保険料がかからないパターンについて紹介していきま…
詳しくみる給与計算に関連する法律とは?労働基準法の賃金支払いの5原則も解説
給与計算は、労働基準法をはじめとするさまざまな法律によって規定されています。特に労働基準法第24条では賃金支払いの5原則が定められており、給与計算や支払いはこれを基に行われるのが原則です。 本記事では、給与計算に関連する法律や労働基準法第2…
詳しくみる産前産後休暇は有給・無給?有給休暇は使える?もらえるお金を解説
出産前や出産直後の状態で、働くことが容易ではなく、出産費用などを賄うことが困難な方もいるでしょう。しかし、無理に働いて体調を崩し、悪影響が出ては元も子もありません。出産費用や出産後の生活支援、母体保護のための制度として、産前産後休業や出産手…
詳しくみる定額減税で毎月いくら入る?税額と手取りについて解説!
2024年に実施される定額減税の額は1人4万円です。内訳として、所得税3万円、住民税1万円が控除されます。配偶者または扶養親族がいる場合には、その人数分控除されるため、単身者では4万円、4人家族だと16万円の手取り増加になります。定額減税は…
詳しくみる割増賃金は手当も含まれる?残業代の計算方法を解説
残業代などの割増賃金を計算する際、毎月支払われるさまざまな手当を計算に含めるべきか、迷うことはないでしょうか。結論からいうと、割増賃金の計算には、原則としてすべての手当が含まれます。しかし、法律で定められた特定の7つの手当は、例外的に計算の…
詳しくみる