• 更新日 : 2025年11月26日

同一労働同一賃金の判例とは?主要5事件と企業が学ぶポイント

同一労働同一賃金の判例は、企業の待遇制度を考える上で最も重要な指針です。近年の最高裁判決によって、賞与・退職金・各種手当の差が「不合理」と判断される基準が明確になり、すべての人事労務担当者に理解が求められています。

本記事では、同一労働同一賃金の原則を形づくった主要な判例をわかりやすく解説し、そこから導かれる実務上の判断基準と企業が取るべきリスク回避策を整理します。不合理な待遇差を防ぎ、従業員から信頼される人事制度を構築するための第一歩として、ぜひお役立てください。

同一労働同一賃金の代表的な判例とは?

最高裁判所が示した5つの重要な判例が、現在の企業実務における判断の礎となっています。 これらの判例は、賞与、退職金、各種手当といった個別の待遇について、どのような場合に待遇差が「不合理」と判断されるかの具体的な基準を示しています。

これらの判決は、単に正社員と非正規雇用労働者(パートタイム労働者、有期雇用労働者、契約社員など)の待遇を全く同じにすることを求めているわけではありません。それぞれの職務内容、責任の範囲、配置転換の有無といった実態に応じた、均衡の取れた待遇(均衡待遇) と 均等待遇 の実現を求めています。

以下に、主要な5つの判例の概要と注目すべきポイントを解説します。

出典:不合理な待遇差に関する裁判所における判断|厚生労働省

大阪医科薬科大学事件:賞与不支給を不合理ではないとした判例

この事件では、大学の教室事務員として働くアルバイト職員への賞与の不支給が争われました。最高裁は賞与の支給目的を、業務内容の難度や責任の程度が高い正職員の人材確保や定着とし、アルバイト職員へ支給しないことを不合理ではないと判断しました。

アルバイト職員は、定型的な仕事に従事しており、業務内容に共通の部分もあるとはいえ、相当に軽易であることや、賞与の性質が正職員の人材確保や定着にあることが、その理由として挙げられています。

メトロコマース事件:退職金格差をめぐる判例

地下鉄の売店で働く契約社員(フルタイム)に対し、退職金が全く支給されないことの是非が問われた事件です。最高裁は、正社員と業務内容がおおむね共通しているとしても、契約社員は複数の売店を統括するような立場にはなく、売店の業務に専従しているとして、不支給は不合理ではないと判断しました。

この判決では、退職金は職務に対する責任を踏まえた対価の後払い的な性質を持っており、企業の人材確保、定着を目的として支給されるものとされています。そのため、、職務内容の異なる契約社員に支給しないことは、勤務期間を考慮しても不合理とは判断できないとされました。

日本郵便事件:各種手当の格差をめぐる判例

日本郵便の契約社員が、年末年始勤務手当、扶養手当、祝日給など、正社員との各種手当の格差について訴えた一連の事件です。最高裁は、手当ごとにその「支給目的」に立ち返り、個別に判断し、合理性を判断しました。

手当の性質や支給条件に照らしたうえで、その支給趣旨が契約社員にも該当するのであれば、正社員と同様の手当を支給しなければならないと判断した重要な判例です。

長澤運輸事件:定年後再雇用者の待遇差の基準

定年後に同じ会社で嘱託社員として再雇用されたトラック運転手が、定年前の正社員時代と比べて賃金が引き下げられたことについて争いました。最高裁は、業務内容が同じであっても、定年後再雇用という事情(老齢厚生年金の支給など)を考慮すれば、一定の賃金格差は不合理ではないと判断しました。

定年後再雇用者の待遇については、他の非正規雇用労働者とは異なる考慮要素があることを明確にしました。ただし、個別の手当については、その趣旨・目的に照らして不合理性が判断されるため、全ての格差が許されるわけではない点に注意が必要です。

ハマキョウレックス事件:手当不支給を不合理とした判例

運送会社の契約社員が、正社員に支給されている住宅手当、皆勤手当、通勤手当などが自身には支給されないのは不合理だと訴えた事件です。「長澤運輸事件」と並ぶリーディングケースとされています。最高裁は、通勤手当や皆勤手当といった手当の性質・目的に照らし、職務内容が同じ契約社員にこれらを支給しないことは不合理であると結論付けました。

この判決も、手当の性質や支給目的に基づいて個別に不合理性を判断するという流れを確立した点で非常に重要です。企業の担当者は、自社の各手当の目的を明確に定義しておく必要性を改めて認識させられる判例です。

同一労働同一賃金の判例から学ぶ判断基準

待遇差が不合理か否かは「業務内容の実態」「責任の程度」「配置転換の有無」「各待遇の支給目的」という4つの視点から総合的に判断される、ということです。

裁判所は、単に雇用形態や役職名だけで判断するのではなく、働き方の実態を重視しています。人事労務担当者は、これらの基準を自社に当てはめて、待遇差の合理性を点検する必要があります。

業務内容の実態:名目だけでなく現場での役割が重要

待遇差を判断する上で最も基本的な要素は、正社員と非正規雇用労働者の業務内容が実質的に同じかどうかです。 重要なのは、就業規則や雇用契約書に記載された名目上の業務内容ではなく、実際に現場でどのような役割を担っているかという実態です。例えば、同じ「事務職」という名称でも、一方が定型的な入力作業のみ、もう一方が顧客対応や後輩指導まで行っている場合、業務内容は異なると評価される可能性があります。

責任の程度:成果責任やマネジメント責任の違いを明確に

業務に伴う責任の範囲や程度も、待遇差の合理性を判断する重要な要素です。 例えば、以下のような違いは、責任の程度の差として考慮され得ます。

  • 成果責任:ノルマや目標達成に対する責任の度合い
  • トラブル対応:緊急時やクレーム発生時に最終的な責任を負うか
  • 権限の範囲:決裁権限や部下に対する指揮命令権の有無
  • マネジメント責任:部下の育成や労務管理に関する責任

これらの責任の違いを明確に定義し、実際の運用と一致させておくことが重要です。

配置転換やキャリアパスの有無:将来の役割や貢献への期待

職務内容や勤務地の変更(配置転換)の範囲や、将来のキャリアパスの違いも、待遇差を正当化する根拠となり得ます。

正社員には、企業の事業展開に応じて全国的な転勤や部署異動の可能性がある一方、非正規雇用労働者は勤務地や職務が限定されているケースが一般的です。こうした違いは、将来の幹部候補としての育成や、幅広い経験を通じた貢献への期待の差として、基本給や退職金などの待遇に反映されることがあります。

各待遇の「支給目的」:なぜその手当や賞与を支払うのか

日本郵便事件の判例で明確に示された通り、賞与や各種手当といった個別の待遇については、その「支給目的」に照らして待遇差が合理的かを判断することが極めて重要です。 例えば、住宅手当の目的が「転勤の可能性がある従業員の生活を支えるため」であれば、転勤のない従業員に支給しないことは合理的と判断されやすいでしょう。

一方で、皆勤手当の目的が「従業員の安定した出勤を奨励するため」であれば、雇用形態に関わらず、皆勤した全ての従業員に支給するのが本来の趣旨に合致します。企業は、自社の各手当の目的を明確に定義し、説明できるようにしておく必要があります。

なぜ今、同一労働同一賃金の判例が増えているのか?

働き方の多様化が進み、同じ職場で働く正社員と非正規雇用労働者の待遇差が社会的に大きな問題として顕在化したことが背景にあります。 これを受け、法整備が進んだことで、労働者が声を上げやすい環境が整い、労使間のトラブルや訴訟に発展するケースが増えています。

この原則の法的根拠となっているのが「パートタイム・有期雇用労働法(正式名称:短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)」 です。この法律は、大企業では2020年4月、中小企業では2021年4月から全面的に施行され、同一企業内における正社員と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇差を禁止しました。

この法律により、非正規雇用労働者は、正社員との待遇差の内容や理由について、企業に対して説明を求める権利が明記されました。企業側には、その説明を怠ったり、不合理な待遇差を放置したりした場合の法的リスクが生じることになり、これが争点化しやすい直接的な原因となっています。

同一労働同一賃金の判例を踏まえた企業の実務対応

自社の賃金体系や待遇を再点検し、不合理な格差がないかを確認した上で、従業員への説明責任を果たせるように準備することが不可欠です。潜在的なリスクを回避するため、以下のステップに沿って体系的に対応を進めることをおすすめします。

ステップ1:社内基準の見直しと待遇差の点検

まずは、自社の雇用形態ごとの待遇を全て洗い出し、比較・点検することから始めます。

  1. 従業員の分類:正社員、契約社員、パートタイマーなど、雇用形態ごとに従業員をグループ分けします。
  2. 待遇の洗い出し:基本給、賞与、退職金、各種手当(通勤手当、家族手当、住宅手当など)、福利厚生、教育訓練など、全ての待遇項目をリストアップします。
  3. 待遇差の確認:雇用形態ごとに、各待遇項目で差があるかどうかを確認します。
  4. 合理性の検証:差がある項目について、前述の「4つの判断基準(業務内容、責任、配置転換、支給目的)」に照らし、その差が不合理でないか、客観的に説明できるかを一つひとつ検証します。

ステップ2:待遇差に関する説明責任への備え

パートタイム・有期雇用労働法では、非正規雇用労働者から求められた際に、待遇差の内容と理由を説明することが義務付けられています。説明を求められた際に慌てないよう、事前に準備しておくことが重要です。

  • 説明資料の作成:雇用形態ごとの職務内容、責任範囲、賃金テーブル、各手当の支給基準などをまとめた資料を準備します。
  • 説明担当者のトレーニング:人事労務担当者や管理職が、法律の趣旨や自社の制度について正確に説明できるよう、研修を実施します。
  • 説明方法の確立:口頭での説明だけでなく、必要に応じて書面を交付するなど、丁寧な対応を心がけます。

ステップ3:就業規則や賃金規程の更新

点検の結果、不合理と判断される可能性のある待遇差が見つかった場合は、速やかに是正措置を講じ、就業規則や賃金規程、雇用契約書などの関連規程を改定する必要があります。

特に各手当の支給基準や目的については、規程上で明確に言語化しておくことが、将来のトラブルを未然に防ぐ上で非常に有効です。規程改定にあたっては、社会保険労務士などの専門家に相談することも検討しましょう。

違反時のリスクと損害賠償への備え

同一労働同一賃金の原則に違反し、「不合理な待遇差」が認められた場合、企業は正社員との差額賃金の支払いを命じられる可能性があります。 判例によっては、差額分と同額の付加金(損害賠償的な制裁金)を支払うよう命じられるケースもあります。

また、裁判での社会的信用の失墜や採用難など、金銭以外の影響も大きくなります。こうしたリスクを防ぐには、待遇差の合理性を常に検証し、説明責任を果たせる体制を整備しておくことが不可欠です。

活用できる支援制度:キャリアアップ助成金など

非正規雇用労働者の待遇改善や正社員化に取り組む企業を支援するため、国は様々な助成金制度を用意しています。代表的なものが「キャリアアップ助成金」です。

この助成金には、有期雇用労働者を正社員に転換した場合(正社員化コース)や、非正規雇用労働者の基本給を増額改定した場合(賃金規定等改定コース)などに活用できる複数のコースがあります。こうした制度をうまく活用することで、コスト負担を抑えながら、法令遵守と従業員のエンゲージメント向上を両立させることが可能です。詳細な要件は、厚生労働省のウェブサイトや管轄の労働局で確認してください。

以下の記事でも、キャリアアップ助成金について詳しく解説しています。

同一労働同一賃金の判例と政策のこれから

同一労働同一賃金のルールは、厚生労働省によるガイドラインの見直しや、日々蓄積される新たな判例によって常にアップデートされています。企業はこれらの最新動向を正確に把握し、自社の労務管理に潜むリスクを先回りして点検することが不可欠です。

ガイドライン見直しの方向性

現在、厚生労働省は「同一労働同一賃金ガイドライン」の見直しを進めています。これは、2020年の最高裁判決で示された退職金や各種手当(住宅手当、家族手当など)に関する判断を、より明確にガイドラインへ反映させることが目的です。この見直しにより、企業には以下の点が求められます。

  • 判断基準の明確化への対応:これまで「グレーゾーン」とされてきた手当の扱いについて、判断基準がより具体的になる可能性があります。例えば「住宅手当は転勤の可能性がある正社員を対象とするため、格差は合理的」といった最高裁の考え方が明記された場合、企業は自社の手当の目的を再定義し、それに沿った運用が求められます。
  • 説明責任の重要性の高まり:ガイドラインが具体化されることで、企業は従業員に対し「なぜ待遇に差があるのか」を、より一層論理的に説明する責任が重くなります。
  • 不利益変更への慎重な対応:待遇差是正の方法として、安易に正社員の待遇を引き下げることは「望ましくない」とされています。この点について、より踏み込んだ規定が設けられる可能性も念頭に置くべきでしょう。

企業が今後注視すべきポイント

一連の法改正や判例の動向は、日本の雇用システムが大きな転換点を迎えていることを示唆しています。働き方の多様化が進み、多くの非正規雇用労働者が活躍する一方で、待遇格差は依然として大きな課題といえるでしょう。

こうした背景を踏まえ、企業には今後、以下のような対応が求められます。

  • 公正な評価と「ジョブ型」人事制度への移行:雇用形態に関わらず、従業員の貢献度や能力、職務内容を公正に評価し、待遇に反映させる「ジョブ型」に近い人事制度への移行を検討することが有効です。
  • 納得性を高めるための説明責任の徹底:全ての従業員が納得して働ける環境を整備するため、待遇差がある場合には、その理由を客観的かつ合理的に説明できる体制を構築することが、優秀な人材の確保と定着に繋がります。

同一労働同一賃金の判例に学び、不合理な待遇差をなくす

同一労働同一賃金の実現は、過去の判例という具体的な「ものさし」を正しく理解することから始まります。本記事で解説した最高裁判決は、単に待遇差を問題視するだけでなく、①業務の実態、②責任の程度、③配置転換の有無、そして何より④各種手当の「支給目的」といった客観的な基準で待遇差の合理性を判断すべきことを教えてくれます。

これらの学びを自社の賃金制度や就業規則に当てはめて点検し、従業員への説明責任を果たせるよう準備することが、不合理な待遇差をなくすための具体的な第一歩です。法改正や新たな判例の動向を注視しつつ、全ての従業員が納得できる公正な職場環境を構築することが、企業の持続的な成長を支える基盤となるでしょう。


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