- 更新日 : 2025年11月26日
同一労働同一賃金は定年後再雇用者にどう適用される?給与格差の判例と実務ポイントを解説
近年、高年齢者雇用安定法の改正もあり、定年後の再雇用が一般的になりました。しかし、多くの企業で課題となるのが、正社員時代と、労働時間を短縮したパートタイマーや嘱託社員として再雇用された後の待遇差です。
同一労働同一賃金の原則は、定年後の継続雇用制度においても重要な論点となります。この記事では、定年後再雇用における賃金格差の考え方、法的根拠、重要な判例、そしてパートタイムで働き続ける際の具体的な注意点を分かりやすく解説します。
目次
定年後再雇用で同一労働同一賃金はどのように適用される?
定年後再雇用者に対しても、同一労働同一賃金の原則は適用されます。つまり、正社員と比べて不合理な待遇差を設けることは法律で禁止されています。しかし、定年を挟むことによる「諸般の事情」が考慮されるため、一定の待遇差は認められる傾向にあります。
原則として「不合理な待遇差」は禁止される
定年後にパートタイマーや嘱託社員として再雇用された場合でも、パートタイム・有期雇用労働法に基づき、正社員と職務内容や責任の範囲が同じであれば、不合理な待遇差を設けることは許されません。
この法律の目的は、雇用形態(正社員、契約社員、パートタイマーなど)を理由とする不合理な待遇の違いをなくすことです。ここでいう「待遇」とは、基本給や賞与だけでなく、各種手当、福利厚生、教育訓練など、あらゆるものが含まれます。したがって、「定年後再雇用だから」という理由だけで、一律に賃金を大幅に引き下げることは、法に抵触するリスクがあります。
定年後再雇用で給与が下がるのは、なぜ許される(認められる)場合があるのか?
定年退職という大きな節目を一度経て、新たな労働契約を結び直すという点が、待遇差の合理性を判断する上で重要な要素となります。 判例では、定年後再雇用者の待遇差を判断する際、以下の「諸般の事情」を総合的に考慮することが認められています。
これらの事情を総合的に考慮した結果、待遇差が「不合理ではない」と判断されれば、定年前より給与が下がること自体は容認されます。ただし、その差が社会通念上、あまりにも大きい場合は不合理と見なされる可能性があります。
そもそも定年後再雇用制度とは?
定年後再雇用制度とは、従業員が定年に達した後、本人の希望に応じて企業が再び雇用契約を結び、働き続けてもらう制度です。高年齢者雇用安定法により、企業には希望者全員を65歳まで雇用する措置が義務付けられており、この制度はその主要な受け皿となっています。
定年後再雇用制度は、高年齢者雇用安定法で定められた「高年齢者雇用確保措置」の一つです。企業は以下のいずれかの措置を講じる義務があります。
- 65歳までの定年引き上げ
- 定年制の廃止
- 65歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入
多くの企業では、定年(多くは60歳)は維持しつつ、希望者を嘱託社員や契約社員として改めて雇用する「再雇用制度」を導入しています。特に、本人の希望や体力的な配慮から、フルタイムではなく労働時間を短縮したパートタイマーとして契約を結ぶケースが非常に多く見られます。
これにより、企業は豊富な経験とスキルを持つ人材を継続して活用でき、労働者側は安定した収入と社会とのつながりを維持できるというメリットがあります。 なお、2021年の法改正により、70歳までの就業機会を確保することが企業の努力義務とされ、高齢者雇用の重要性はますます高まっています。
定年後再雇用制度については、以下の記事でも詳しく紹介しています。
定年後再雇用における同一労働同一賃金の重要判例
定年後再雇用の待遇差をめぐる裁判では、最高裁判所が重要な判断をいくつか示しています。これらの判例は、実務上のルールを考える上での道しるべとなります。
長澤運輸事件(最高裁 平成30年6月1日判決)
この判例では、定年後再雇用された嘱託社員の賃金引き下げや、手当の不支給などの待遇差について、最高裁は一部を除き「不合理ではない」と判断しました。 この事件は、定年後に嘱託として再雇用されたトラック運転手が、定年前の正社員と同じ業務に従事しているにもかかわらず、賃金(基本給、手当、賞与など)を引き下げられたのは不合理だと訴えたものです。
最高裁は、以下の点を考慮して、基本給や賞与などの差は不合理ではないと結論付けました。
- 老齢厚生年金の支給が予定されていること
- 不足分を補うための調整給が支払われていたこと
- 定年時に退職金が支払われていること
一方で、精勤手当については、その目的が「従業員の皆勤を奨励する」ことにあるため、業務内容が変わらない嘱託社員に支給しないのは不合理であると判断しました。この判例は、待遇差の合理性を会社全体で判断するのではなく、個々の賃金項目や手当の趣旨・目的に立ち返って個別に判断すべきという重要な考え方を示しました。
名古屋自動車学校事件(最高裁 令和5年7月20日判決)
この事件は、自動車学校に勤務していた教習指導員に対して、定年退職後に基本給を引き下げたことは、不合理な差別だとして勤務先に対して定年前賃金との差額支払いを求めた事件です。
この事件において最高裁は、基本給と賞与の相違を旧労働契約法20条に基づいて不合理とした控訴審の判決について、同条の解釈誤りがあるとして破棄差し戻しを命じました。この事件について最高裁は、旧労働契約法20条の趣旨を踏まえれば、労働条件の相違が基本給や賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められる場合があると判断しています。これまでの判例が基本給や賞与については、会社の裁量を認め、法20条違反と判断していなかった点とは大きく異なります。
定年後再雇用のトラブルを防ぐための基本原則
定年後再雇用者の待遇を決定する際に、雇用形態にかかわらず担当者が常に意識すべき普遍的な方針を解説します。
また、厚生労働省はどのような待遇差が不合理にあたるかを示した「同一労働同一賃金ガイドライン」を公表しています。このガイドラインには、基本給や賞与、各種手当について、問題となる例・ならない例が具体的に示されており、実務上の判断に迷った際の重要な指針となります。迷ったらこのガイドラインを参考にしましょう。
原則1. 待遇差に関する説明義務を果たす
企業は、再雇用者から求められた場合、正社員との待遇差の内容やその理由について説明する義務があります。曖昧な説明はトラブルのもとです。「なぜ基本給が違うのか」「なぜこの手当が支給されないのか」といった問いに対し、客観的かつ具体的に説明できるよう、根拠を整理しておきましょう。
原則2. 賃金・手当の目的を明確にする
待遇差が不合理と判断されるリスクを避けるため、就業規則や賃金規程において、各手当の支給目的を明確に定義しておくことが不可欠です。「住宅手当は、転居を伴う異動がある正社員の生活保障のため」のように目的が明確であれば、合理的な説明がしやすくなります。
【補足】なぜ「定年時の給与の60%」が一律に認められないのか
かつて下級審の判決で「定年時の基本給の60%を下回る限度で不合理」という判断が示され、人事労務の実務でこの「60%ルール」が注目された時期がありました。
しかし、最終的な最高裁判所の判決では、このような単純な割合で判断することは否定されました。なぜなら、基本給には「勤続給」「職務給」「職能給」など様々な性質があり、それぞれの性質や目的に立ち返って合理性を判断すべきだとされたからです。
したがって「60%だから大丈夫」という安易な判断は非常に危険です。重要なのは、割合ではなく、なぜその金額になるのかを合理的に説明できるかという点になります。
原則3. 待遇差の合理性を定期的に見直す
一度設定した制度が、未来永劫にわたって合理的であり続けるとは限りません。法改正や新たな判例の登場、社会情勢の変化に合わせて、定年後再雇用者の待遇が不合理なものになっていないか、定期的に見直すことが求められます。
【ケース別】パート再雇用で担当者が確認すべき5つの実務ポイント
上記の基本原則を踏まえ、ここでは特に「パートタイマー」として再雇用するケースに絞り、担当者が確認すべき具体的な実務ポイントを解説します。
実務ポイント1. 社会保険(健康保険・厚生年金)の加入要件を確認する
パートタイマーでも、週の所定労働時間および月の所定労働日数が正社員の4分の3以上ある場合は、原則として社会保険への加入義務があります。また、この基準未満でも、従業員51人以上の企業等では「週20時間以上」「月額賃金8.8万円以上」などの要件を満たすと加入対象となります。再雇用後の働き方が加入要件を満たすか事前に確認し、本人に丁寧に説明することが重要です。
実務ポイント2. 雇用保険の加入と「高年齢雇用継続給付」を案内する
雇用保険は、「週の所定労働時間が20時間以上」かつ「31日以上の雇用見込み」があれば、年齢にかかわらず加入対象となります。特に、60歳以上65歳未満の被保険者で、再雇用後の賃金が60歳時点の75%未満に低下した場合、一定の要件を満たせば「高年齢雇用継続給付」を受給できる可能性があります。この給付金は従業員の生活を支える重要な制度なので、企業は情報提供や手続きに協力することが望まれます。
これは、給与が大幅に下がった従業員の生活を支える、雇用保険による給付金制度です。対象となる従業員には、企業から積極的に案内することで、再雇用後の経済的な不安を和らげることができます。
実務ポイント3. 年次有給休暇の付与日数を再計算する
年次有給休暇の日数を計算する際、勤続年数は定年前から通算されます。これは非常に重要なポイントです。ただし、所定労働日数が減少する(例:週5日から週3日へ)場合は、その新しい日数に応じた日数が付与されます(比例付与)。勤続年数をリセットしてしまわないよう注意し、パートタイム労働者の付与日数テーブルに基づき、正しく日数を計算し直す必要があります。
実務ポイント4. 労働条件通知書を必ず再交付する
定年退職と再雇用は、形式上、一度労働契約が終了し、新たな契約を結び直すことを意味します。そのため、必ず新しい労働条件通知書を交付し、双方の合意内容を書面で明確に残さなければなりません。特に以下の項目は、認識の齟齬が生まれないよう、丁寧に確認しましょう。
- 契約期間:1年更新が一般的
- 業務内容:変更点はあるか
- 労働時間・休日:パートタイムとしての勤務体系
- 賃金・手当:時給や支給される手当の種類
- 契約更新の有無と基準:次の更新はどのような基準で行うか
労働条件通知書については、以下の記事でもテンプレや書き方などを紹介しています。
実務ポイント5. 住民税の徴収方法を確認する
定年退職により、住民税の徴収方法が(給与天引きの)「特別徴収」から(本人納付の)「普通徴収」に一度切り替わることがあります。
再雇用後の給与から引き続き特別徴収(給与天引き)を継続するのか、本人が普通徴収で納付するのかを、市区町村のルールを確認しながら本人と合意しておく必要があります。特に、退職した翌年度は、前年(正社員時代)の高い所得に基づいた税額が請求されるため、本人の手取り額に大きな影響を与えます。この点を事前に説明し、徴収方法を明確にしておかないと、「手取りが想像以上に少なかった」というトラブルの原因になります。
同一労働同一賃金を守り、定年後再雇用を成功させよう
定年後再雇用における同一労働同一賃金は、不合理な待遇差を禁じる一方、退職金などを考慮した合理的な差は認めています。60%ルールのような安易な基準に頼らず、賃金の目的を明確にし、ガイドラインを参考に説明責任を果たすことが不可欠です。特にパート勤務では社会保険などの実務手続きも正しく運用し、経験豊富な人材が活躍できる環境を整えることが、高齢者雇用の成功の鍵となります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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