• 更新日 : 2025年11月26日

従業員は異動を拒否できる?就業規則を根拠とした企業の対応策

従業員への人事異動は、組織活性化や人材育成に不可欠な経営判断です。しかし、従業員から「異動を拒否したい」と言われた場合、企業はどう対応すべきでしょうか。実は、その可否を判断する上で極めて重要になるのが就業規則の存在です。本記事では、異動を拒否できるのかという疑問に答えながら、法的根拠となる就業規則の定め方や、トラブルを防ぐための企業の具体的な対応策をわかりやすく解説します。

原則、従業員は異動を拒否できない

まず結論からお伝えすると、企業が発令した正当な人事異動(配置転換)の命令を、従業員は原則として拒否することはできません。これは、企業の持つ「配転命令権」という権利に基づいています。

企業の配転命令権とは

配転命令権とは、企業が業務上の必要に応じて、従業員の職務内容や勤務場所を変更できる権利のことです。労働契約を結ぶ際、職種や勤務地を限定する特別な合意がない限り、従業員は企業の包括的な人事権に同意していると解釈されます。そのため、就業規則に異動に関する規定があれば、企業はその根拠に基づいて異動を命じることができ、従業員はそれに従う義務が生じるのです。

拒否が認められる例外

ただし、企業の配転命令権は無制限ではありません。異動命令が企業の権利濫用にあたる場合は、その命令は無効となり、従業員は拒否することが可能です。具体的にどのようなケースが権利濫用と判断されるのかは、後の章で詳しく解説します。重要なのは、「原則は拒否できないが、例外的に拒否できる場合もある」という点を理解しておくことです。

異動命令の根拠となる就業規則と企業の対応策

異動命令を適法に行うためには、その根拠が就業規則に明確に定められていることが大前提です。ここでは、なぜ就業規則が重要なのか、そして企業が取るべき具体的な対応策について解説します。

就業規則が法的根拠になる理由

労働契約法では、企業が合理的な内容の就業規則を作成し、それを従業員に周知させていれば、その就業規則の内容が労働契約の内容になると定められています。つまり、就業規則に「業務の都合により、従業員に異動を命じることがある」という趣旨の規定があれば、それが企業と従業員の間のルールとなり、異動命令の強力な法的根拠となるのです。

対応策①:異動命令の可能性を明記する

まず最も重要な対応策は、就業規則に異動(配置転換)に関する条項を設けることです。例えば、「会社は業務上の必要がある場合、従業員の就業場所または職務内容の変更を命じることができる」といった包括的な規定を明記しましょう。これにより、入社したすべての従業員に対して、将来的に異動の可能性があることを事前に示し、同意を得たことになります。

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対応策②:雇用契約書を確認する

就業規則と合わせて、個別の従業員と交わす雇用契約書の内容も確認が必要です。もし雇用契約書で「職務内容:経理」「勤務地:東京本社」のように職種や勤務地を明確に限定する合意(職種限定・勤務地限定の合意)をしている場合、その合意が就業規則よりも優先される可能性があります。その従業員を限定の範囲外へ異動させることは、原則として契約違反となり、本人の同意がなければ認められません。

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対応策③:就業規則を周知する

作成した就業規則は、必ず全従業員に周知しなければ効力を持ちません(労働基準法第106条)。周知の方法としては、事業所の見やすい場所への掲示、書面での配布、社内ネットワークなど従業員がいつでもアクセスできる場所への保管などが挙げられます。就業規則を作成しただけで、従業員がその内容を知らない状態では、いざという時に異動命令の根拠として主張できないため注意が必要です。

異動拒否が認められる例外ケースと企業の注意点

就業規則に根拠があっても、異動命令が無効になる場合があります。それは、異動命令が「権利の濫用」にあたると判断されるケースです。ここでは、企業が特に注意すべき3つのポイントを解説します。

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注意点①:不当な動機・目的での異動

異動命令の裏に、業務上の必要性とは関係のない不当な動機や目的がある場合、権利濫用と判断される可能性が高まります。例えば、特定の従業員を自主退職に追い込むための嫌がらせとして異動させる、内部告発をしたことへの報復として閑職に追いやる、といったケースです。異動はあくまで企業の事業運営のために行われるべきであり、私的な制裁の手段として用いることは許されません。

注意点②:業務上の必要性が乏しい異動

異動には、相応の「業務上の必要性」が求められます。例えば、「欠員補充」「事業拡大に伴う人員配置」「人材育成」といった理由は、一般的に業務上の必要性が認められやすいでしょう。一方で、「その従業員でなければならない理由が特にない」「他の従業員でも代替可能である」にもかかわらず、特定の従業員を異動させる場合、業務上の必要性が低いと判断され、権利濫用を疑われる要因となり得ます。

注意点③:従業員に著しい不利益が生じる異動

異動命令によって従業員が被る生活上の不利益が、異動の必要性と比較してあまりにも大きい場合も、権利濫用と判断されることがあります。特に裁判例で重視されるのが、病気の家族の介護や、子どもの育児への影響です。例えば、転勤により従業員本人以外に介護できる家族がいなくなる、といったケースでは、従業員の不利益が著しく大きいと判断され、異動命令が無効になる可能性があります。

従業員に異動を拒否された場合の手続き

実際に従業員から異動を拒否された場合、企業は感情的にならず、適切な手続きに沿って冷静に対応することが重要です。

拒否理由をヒアリングする

まずは、なぜ従業員が異動を拒否するのか、その理由を丁寧にヒアリングしましょう。一方的に業務命令として押し通そうとすると、トラブルが悪化するだけです。もしかしたら、企業側が把握していなかった家庭の事情(育児や介護など)があるかもしれません。従業員の言い分に真摯に耳を傾け、対話の姿勢を示すことが、円満な解決への第一歩です。

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不利益を軽減する代替案を検討する

ヒアリングした内容を踏まえ、従業員が被る不利益を少しでも軽減できるような代替案を検討・提示することも有効です。例えば、転勤を伴う異動であれば、単身赴任手当の増額、社宅の提供、異動時期の調整といった配慮が考えられます。企業の配慮を示すことで、従業員の納得感を得やすくなり、状況が好転する可能性があります。

業務命令として再指示する際の注意点

対話を尽くしてもなお、従業員が正当な理由なく異動を拒否し続ける場合は、最終的に「業務命令」として再度指示することになります。その際は、この命令が就業規則に基づく正当なものであること、そして従わない場合は懲戒処分の対象となりうることを冷静に、かつ明確に伝えましょう。後のトラブルに備え、面談の記録を作成するなど、対応の経緯を記録しておくことも重要です。

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特に注意すべき異動トラブルのケース

働き方の多様化や法改正に伴い、異動をめぐるトラブルの様相も変化しています。ここでは、近年の状況を踏まえ、企業が特に注意すべき3つのケースを紹介します。

職種や勤務地限定の合意がある場合

近年増加している「限定正社員」のように、雇用契約の段階で職種や勤務地を限定する明確な合意がある従業員に対しては、本人の同意なくその範囲を超える異動を命じることは原則としてできません。たとえ就業規則に包括的な異動規定があったとしても、個別の合意が優先されます。採用時にどのような約束をしたか、今一度雇用契約書を確認することが不可欠です。

テレワークからオフィス出社への変更

新型コロナウイルス感染症の拡大を機に普及したテレワークですが、これを縮小し、オフィス出社を基本とする異動(勤務場所の変更)を命じる際にトラブルとなるケースが増えています。入社時からテレワークを前提としていた場合や、就業場所にテレワークが含まれると解釈できる場合、一方的な出社命令は権利濫用と判断されるリスクがあります。テレワークに関するルールを就業規則で明確化しておくことが重要です。

育児・介護への配慮義務

2025年4月から改正育児・介護休業法が段階的に施行されており、企業には従業員の仕事と家庭の両立を支援する配慮義務がより一層強く求められています。特に、子の看護や家族の介護を理由に異動が困難な従業員に対しては、形式的に異動を命じるだけでなく、その従業員の状況に配慮することが法律で定められています(育児介護休業法第26条)。状況のヒアリングや代替措置の検討を怠った場合、異動命令は無効と判断される可能性が高まっています。

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就業規則を根拠に異動の労務トラブルを防ぐ

従業員は、原則として正当な理由なく企業の異動命令を拒否することはできません。その大前提となるのが、根拠として明確に定められた就業規則の存在です。企業側の対応策として、就業規則に異動の可能性を明記し、全従業員に周知することが不可欠です。ただし、業務上の必要性や従業員の不利益を考慮しない命令は、権利濫用と判断されるリスクがあります。特に育児や介護への配慮は年々重要度を増しています。就業規則を適切に整備・運用し、いざという時には丁寧な対話を行うことが、無用な労務トラブルを避け、健全な組織運営を維持する鍵となります。


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