- 更新日 : 2025年7月18日
育休ハラスメントをなくすために企業がすべきことは?事例・原因・対策を徹底解説
育児休業を取得する社員へのハラスメント、いわゆる「育休ハラスメント」は、育児休業の申出・取得を理由に上司や同僚が嫌がらせや不利益を与え、就業環境を損なう行為です。この記事では、育休ハラスメントの具体的な事例、生じる原因、防止のための対処法、違法となるケース、そして発生した場合の企業の対応について、分かりやすく解説していきます。
目次
育児休業におけるハラスメント(育休ハラスメント)とは?
育休ハラスメントは、職場において、上司や同僚からの言動により、育児休業等の制度利用を申し出たり、取得・利用したりした労働者の就業環境が害されることです。妊娠・出産自体を理由とする嫌がらせも含まれます。
主な種類は以下の二つです。
- 制度等の利用への嫌がらせ型: 育休などの制度利用を妨害する行為。
- 状態への嫌がらせ型: 妊娠・出産したこと自体を理由とする行為。特に女性労働者が対象となりやすく、キャリア継続への意欲を削ぐ深刻な影響があります。
関連用語として、パタニティハラスメント(パタハラ)は主に男性の育休取得時の嫌がらせ、マタニティハラスメント(マタハラ)は女性が妊娠・出産・育児に関連して受ける嫌がらせを指します。
育休ハラスメントに関わる法律
育休ハラスメント対策の根幹となるのは、男女雇用機会均等法と育児・介護休業法です。
- 男女雇用機会均等法: 性別を理由とする差別を禁止し、妊娠・出産等を理由とする不利益な取り扱いを禁じます。事業主にはマタハラ防止措置が義務付けられています。
- 育児・介護休業法: 労働者の育休等の権利を保障し、それを理由とする不利益な取り扱いを禁止します。事業主には育休ハラスメント(パタハラ含む)防止措置が義務付けられています。
これらの法律は改正を重ね、事業主の責任が強化されており、違反した場合は指導や企業名公表のリスクがあります。
育休ハラスメントはなぜ起こる?
育休ハラスメントは、個人の偏見だけでなく、組織的な要因も関わっています。原因を理解することが対策につながるでしょう。
原因1:無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)
「育児は女性の仕事」「男性は仕事優先」といった無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)が、ハラスメント言動の根底にあることが多いです。厚生労働省の調査でも「価値観の違い」が背景として指摘されています。本人に悪気がない場合でも相手を傷つけるため、研修等で自身の偏見に気づき、コントロールする術を学ぶことが重要です。
原因2:育休制度への理解不足
育休制度や、それが法で保障された権利であることへの理解不足が、上司や同僚、時には本人にさえ見られます。制度を知らないための不適切な反応や、「業務が回らない」という懸念が、取得希望者への圧力となることがあります。制度の周知徹底と、休業時の業務分担や代替要員確保の仕組み整備が不可欠です。
原因3:ハラスメントが生まれやすい職場の風土
慢性的な人手不足、長時間労働、業務の属人化が進んだ職場では、育休取得者への負担感や不満が生じやすく、ハラスメントに繋がりやすいです。また、「休みを取りづらい雰囲気」や、過去の育休取得者への否定的対応があった職場も危険です。厚生労働省の調査では、ハラスメント経験者が「残業が多い/休暇を取りづらい」職場環境を指摘しています。働き方改革を含めた組織全体の変革が求められます。
育休ハラスメントの具体的な事例
育休ハラスメントは、露骨なものから巧妙なものまで様々です。具体的な事例から判断基準を学びましょう。
事例1:制度利用を妨害する言動や不利益を示唆する言動
- 育休取得相談時に「男のくせに」「昇進に響くぞ」等の否定的な発言。
- 「休むなら昇進は見送り」「別の部署への異動も考えておけ」等の不利益を示唆する発言。
- 妊娠報告に対し「迷惑だ」「早めに辞めて」等の退職の強要。
- 「人手不足だから無理」「育児は妻が」等、制度利用を諦めさせようとする発言。
事例2:育休取得や復帰後の嫌がらせ・不当な扱い
- 復帰後に元の業務から外されたり、能力に見合わない仕事しか与えられなかったりする、いわゆる「干される」状況。
- 同僚からの「迷惑だ」といった嫌味や孤立させる行為。
- 女性社員に対し「妊婦はいつ休むか分からないから」と主要業務から外し雑務を強いる。
- 復帰社員に「子育て中の人に責任ある仕事は無理」と簡単な業務しか与えない、または遠回しに退職を促す。
- 復帰社員に「休んでいた間の迷惑を同僚に謝罪させろ」と上司が強要したり、過剰な業務量を割り当てる。
ハラスメントはオフィス内だけでなく、実質的に職務の延長と考えられる宴席等も「職場」と見なされます。巧妙な言い回しや無言の圧力も被害者を苦しめます。
育休ハラスメントが法律違反となる「不利益な取り扱い」とは
育休ハラスメントは法律違反の可能性があり、企業にはこれを防止する義務と法的責任があります。
男女雇用機会均等法と育児・介護休業法は、育休を理由にした解雇やあらゆる不利益取扱いを明確に禁止しています。
さらに行政通達では、育休を“きっかけ”に行われた不利益措置も原則として違法と解され、たとえ口頭での嫌味や配置換えの示唆であっても、育休との因果関係が認められれば違反となり得るとされています。
1.雇用の終了・退職の強要
育休を申請した時点で「長期間現場を空けられると困る」と告げて解雇通知を出したり、期間雇用の社員に「次回は契約を更新しない」と宣言したりするケースです。ほかにも、面談のたびに「子育てに専念したほうが良いのでは」と再就職支援のパンフレットを渡して事実上の退職を迫る、あるいは復帰直前になって「ポジションがなくなった」と退職合意書への署名を求める、といった形で退職を強要する例も典型的な不利益取扱いにあたります。
2.契約条件や雇用形態の不利益変更
「時短勤務は正社員には難しいから」という説明で、本人の同意なく契約社員やパートタイムに転換させ、基本給や賞与水準を引き下げる事例です。また、復帰予定者を同一職種のまま遠隔地の事業所へ転勤させたり、フルタイムだった勤務時間を一方的に短縮して給与を減額したりするケースも、育休を理由とする差別的取り扱いとして問題になります。
3.人事評価・賃金・昇進での差別的扱い
育休で離脱していた期間をそのまま通年の業績評価にカウントし、ボーナスを大幅に減額したり、昇格審査で「長期離脱はマネジメント適性を損なう」という理由をつけて不合格にしたりする行為は違法リスクが高いといえます。復帰と同時に役職を外され、部下もプロジェクトも与えられず、等級テーブルを下位に書き換えられて年収が数十万円下がる、といった降格措置も典型例です。
4.配置・業務内容での冷遇
これまで営業リーダーとして顧客訪問を担っていた社員が、復帰した途端に電話発信だけを行うアウトバウンドチームに回される、あるいは技術職が「自宅でもできるはず」と決めつけられて書類整理やデータ入力しか任されない、こうした例は能力発揮の機会を奪う不利益取扱いに当たります。さらに、「人員が足りているから」として出社を禁じ自宅待機を命じたり、社内のメーリングリストや会議招集から外して情報を遮断したりする行為も、職務上の冷遇として問題視されます。
5.教育・研修・キャリア形成機会の排除
昇格に必須の管理職研修や、業務上不可欠な資格取得支援の対象リストから復帰予定者を除外するケースも当てはまります。出張が伴う大きなプレゼンや海外プロジェクトについて「育児中には無理だろう」と決めつけ、代わりに別の社員に割り振る行為もキャリア形成の機会を奪う不利益な措置と評価されます。
6.職場環境を害するハラスメント言動
「また抜けられたらチームが回らない」「子持ちは甘えている」といった揶揄や嫌味を日常的に繰り返す、あるいは席を離して情報共有チャットにも招待しないなどの孤立化を図る言動は、就業環境を著しく害する行為に当たります。復帰後に「休んでいた分を取り返せ」として山積みの未処理案件を短納期で押し付けたり、逆に「責任を持たせられない」と極端に仕事量を減らして手持ち無沙汰な状態にしたりする例も、ハラスメントとして評価されます。
育休ハラスメントを防ぐために企業が取るべき対処法
育休ハラスメント防止には、組織的かつ継続的な取り組みが不可欠です。
対策1:経営層からの強いメッセージと方針の明文化
経営トップが「育休ハラスメントは許さない」という明確な方針を示し、全従業員に繰り返し周知徹底します。この方針は就業規則やハラスメント防止規程に具体的に明記し、ハラスメントの内容、禁止事項、行為者への厳正な対処を定めます。
- 禁止される行為の範囲
- 加害者・黙認者に科す懲戒の種類と手続き
- 被害申告があった場合の初動対応の期限と責任部署
就業規則に盛り込む条文の例
以下は厚生労働省のモデル就業規則や各種規定例を参考にした抜粋案です。自社の規模・業種・懲戒基準に合わせて調整してください。
第○条(妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの禁止)
1 従業員は、妊娠・出産、育児休業その他本規則に定める制度の利用又は利用の申出を理由として、解雇、契約更新拒否、降格、減給、配置転換、職務剥奪、嫌がらせその他一切の不利益な取扱いをしてはならない。
2 前項に違反する行為を行い、又は黙認した従業員は、本規則に定める懲戒処分の対象とする。
3 会社は、ハラスメントを受けたと申し出た従業員の就業環境が害されないよう必要な措置を講ずるとともに、相談したことを理由とする不利益取扱いを一切行わない。
第○条の2(相談窓口)
1 本条に基づき、ハラスメントに関する相談窓口を総務人事部ハラスメント防止室に設置する。外部窓口として顧問社労士事務所の専用電話も併設する。
2 相談を受けた担当者は、申し出を受理した日の翌営業日までに暫定的な安全確保措置の要否を判断し、10営業日以内を目途に事実調査を開始する。
3 調査の結果、ハラスメントが認められた場合は、以下の手順で措置を講じる。
(1)被害者に対する就業上又は精神的ケア
(2)行為者への懲戒処分および再発防止研修の命令
(3)職場環境の是正と再発防止策の実施状況を3ヶ月後に再点検する
第○条の3(懲戒)
妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント行為に該当すると判断された従業員には、行為の態様・結果・反省の有無等を踏まえ、けん責、減給、出勤停止、降格または懲戒解雇のいずれかを科す。黙認・隠蔽行為も同等に扱う。懲戒の決定に当たっては、コンプライアンス委員会の議を経て代表取締役が最終決定する。
第○条の4(初動対応と責任部署)
ハラスメントの申告があった場合、総務人事部長を責任者とし、同部門が一次対応・調査・措置の全プロセスを統括する。調査に当たり必要と判断したときは、外部専門家(社労士・弁護士等)を招致し、公正中立な検証を行う。
対策2:信頼できる相談窓口と、適切な運用体制
安心して相談できる窓口の設置は法的義務です。社内の人事部門とは独立した内部ホットラインに加え、外部の産業カウンセラーや弁護士事務所にも直接つながるルートを用意し、イントラネットや入社時研修で必ず周知します。担当者には守秘義務・傾聴スキル・法的知識を習得させ、相談後の対応フローも明確化します。また、相談後に不利益な取扱いを受けないよう、相談しやすい環境と適切な対応・フォローアップが大切です。
対策3:全従業員へのリスキリングと意識改革
従業員一人ひとりが「何がハラスメントに当たるのか」を自分事として理解することも重要です。新入社員、管理職、役員という階層ごとに研修を設計し、ハラスメントの定義、判例、損害賠償リスクを学ぶほか、アンコンシャス・バイアス(「子どもが小さい社員は戦力外」という思い込みなど)にも気づけるワークを取り入れます。ケーススタディやロールプレイングを通じて実際の場面を疑似体験させ、育休制度の意義やチームで業務をカバーし合うメリットを腹落ちさせることで、職場風土そのものを変えます。
対策4:就業規則への明記と育休を取得しやすい職場設計
就業規則に育休ハラスメントの定義、禁止、具体例、懲戒処分、相談窓口、プライバシー保護、不利益取扱いの禁止、再発防止措置等を明記します。厚労省が公開する最新の「育児・介護休業等に関する規則の規定例」には、出生時育児休業や時差出勤の就労ルールと併せてハラスメント防止条文も含まれており、社内規程をアップデートする際の参考になります。
規程を整えるだけでは不十分です。休業者が出ても業務が滞らないように、代替要員のプール、人事異動の早期調整、マニュアル化とクラウド共有を進めることで周囲の過度な負担を防ぎます。加えて、管理職や男性社員が率先して育休を取得し、成功事例を社内SNSや朝礼で共有すると、「制度はあるが使いにくい」という空気が大きく変わります。
育休ハラスメント発生時の企業の対応
万が一育休ハラスメントが発生した場合、会社は冷静かつ迅速に対応することが問題解決と被害拡大防止に不可欠です。
対応1:事実確認は“迅速・公正・機密厳守”を徹底する
従業員からの相談を真摯に受け止め、迅速かつ公正に対応する義務があります。相談者のプライバシーに最大限配慮し、中立的立場で事実確認を行います。被害者、行為者、必要に応じて第三者から丁寧に事情を聴取し、客観的事実を把握します。聴取内容の正確な記録が重要です。先入観を持たず、相談者の心理的影響にも配慮し、協力者が不利益を受けないよう秘密保持を徹底します。
対応2:被害者救済と行為者処分を“同時並行”で行う
ハラスメント行為が認められた場合、就業規則等に基づき、被害者への配慮措置(例:行為者との物理的距離確保、業務内容調整、メンタルヘルスケア提供、行為者からの謝罪機会設定)と、行為者への適切な措置(例:懲戒処分、研修受講命令、配置転換)を速やかに行います。双方のプライバシー保護に細心の注意を払います。対応が不適切だと安全配慮義務違反等を問われる可能性があります。
対応3:再発防止は“個別→組織全体”へ波及させる
個別の問題解決で終わらせず、組織全体で再発防止に取り組みます。ハラスメント発生の原因・背景を分析し、具体的な再発防止策(研修内容見直し、育休を取得しやすい業務体制・風土づくり強化、相談窓口機能改善、社内啓発強化、規程再点検・改定など)を策定・実施します。定期的な従業員アンケート等で実態把握と対策効果検証も大切です。
育休ハラスメントのない、職場環境の実現に向けて
育休ハラスメント防止は、法的義務の履行に加え、社員一人ひとりが尊重され能力を発揮できる、真に働きがいのある職場を築くための重要な取り組みです。企業と社員が共に意識を高め、対策を実践することで、誰もが安心して子育てと仕事を両立し、いきいきと働き続けられる社会の実現に繋がります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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