- 更新日 : 2025年11月25日
懲戒処分の減給に上限ルールはある?計算方法や要件を解説
従業員の企業秩序違反に対する制裁である懲戒処分としての「減給」には、労働基準法で定められた厳格な上限ルールがあります。そのため、企業がペナルティとして自由に給料を減額できるわけではありません。
実務では、この上限額の計算や、そもそも処分が法的に有効かどうかの要件(就業規則の規定や処分の相当性)を正しく理解しておく必要があります。
本記事では、懲戒処分における減給の上限ルール、具体的な計算方法、適法に行うための要件についてわかりやすく解説します。
目次
懲戒処分における減給とは?
懲戒処分における「減給」とは、従業員が企業秩序に違反した(=懲戒事由に該当した)ことに対する制裁として、本来支払われるべき賃金額から一定額を差し引く処分を指します。
これは懲戒処分の一種であり、企業が従業員に対して科すことができる罰則の一つです。
懲戒処分の主な種類
懲戒処分には、その重さによっていくつかの段階があります。減給は、一般的に「けん責」より重く、「出勤停止」よりは軽い処分として位置づけられます。
- 戒告(かいこく)・けん責:
始末書(反省文)の提出を求めず、口頭または文書で厳重注意を行います(けん責では始末書を求める場合もあります)。将来を戒める、最も軽い処分です。 - 減給:
本記事で解説する賃金から一定額を差し引く処分です。 - 出勤停止:
一定期間、従業員の就労を禁止する処分です。その間の賃金は支払われません(ノーワーク・ノーペイの原則)。 - 降格(懲戒処分としての場合):
役職や職位を引き下げる処分です。これに伴い役職手当が減るなど、実質的な減給につながることもあります。 - 諭旨解雇(ゆしかいこ):
企業が従業員に退職を勧告し、従業員がそれに合意して退職届を提出する形式をとる解雇です。懲戒解雇よりは一段軽い処分とされます。 - 懲戒解雇:
最も重い処分であり、即時解雇を指します。通常、退職金は支払われないか、大幅に減額されます。
減給処分の減給に上限ルールは定められている?
懲戒処分としての減給には、労働基準法第91条によって上限ルールが定められています。
このルールの背景には、懲戒処分によって労働者の賃金が過度に差し引かれ、生活が脅かされる事態を防ぐ目的があります。企業は、この法定の上限を超えて減給処分を行うことはできません。
ルール1:1回の事案に対する減給額の上限
1つの懲戒事由(違反行為)に対する減給額は、「平均賃金の1日分の半額」を超えてはなりません。
例えば、無断欠勤を1回したことに対する減給処分額は、その従業員の平均賃金1日分の半分までしか差し引けない、ということです。
ルール2:一賃金支払期における減給総額の上限
複数の懲戒事由(例:同月内に無断欠勤と業務命令違反を繰り返した)によって複数回の減給処分を行う場合でも、その合計額は「一賃金支払期(通常は1ヶ月)における賃金総額の10分の1」を超えてはなりません。
この2つのルールは両方とも満たす必要があります。
参照:労働基準法 第九十一条 制裁規定の制限|e-Gov法令検索
減給処分の減給の上限額を計算するには?
懲戒処分としての減給に関する上限ルールを正しく適用するには、「平均賃金」と「賃金総額」を正確に計算する必要があります。ここでは、月給制の従業員を例に計算方法を解説します。
① 平均賃金を計算する
平均賃金は、原則として「事由が発生した日(懲戒処分の対象となる違反行為があった日)の直前3ヶ月間に、その労働者に支払われた賃金の総額を、その期間の総日数(暦日数)で割った金額」です。
- 8月10日に懲戒事由が発生
- 直前3ヶ月:5月26日~8月25日(この期間の賃金締切日は6月25日、7月25日、8月25日)
- この3ヶ月間に支払われた賃金総額:30万円 × 3ヶ月 = 90万円
- この期間の総日数(暦日数):30日(6月)+31日(7月)+31日(8月)= 92日
- 平均賃金(1日分): 90万円 ÷ 92日 = 9782.6円
※賞与や臨時に支払われた賃金は、原則として賃金総額に含めません。 ※日給制や時給制の場合は計算方法が異なる(最低保障額)場合があります。
② 1回の減給額を計算する
上記の例(平均賃金 9,782.6円)で考えます。
労働基準法第91条の「1回の減給額の上限」は、「平均賃金の1日分の半額」です。
つまり、8月10日の違反行為1回に対する減給額は、最大でも4,891円(円未満は四捨五入)までとなります。
③ 減給の総額の上限(期間内)
次に、同じ従業員が同じ月(8月26日~9月25日の賃金支払期)に、別の違反行為(例:9月5日に業務命令違反)を繰り返し、2回の減給処分を受けたとします。
この場合の「減給総額の上限」は、「一賃金支払期における賃金総額の10分の1」です。
- この賃金支払期の賃金総額(月給):30万円
- 総額の上限: 30万円 × 0.1 = 3万円
この従業員は、1回あたり4,891円の上限内で、合計3万円まで減給される可能性があります。 仮に1回の減給額を上限いっぱいの4,891円とした場合、
- 8月10日の事案:4,891円の減給
- 9月5日の事案:4,891円の減給
- 合計減給額: 9,782円
この合計額(9,782円)は、総額の上限である3万円を下回っているため、法的には問題ありません。
複数の事案が重なった場合の注意点
もしこの従業員が同じ月に10回の違反行為を繰り返し、1回あたり4,891円の減給を科した場合、合計は4,8910円となります。 しかし、この賃金支払期の総額上限は3万円です。
したがって、たとえ10回分の違反があったとしても、その月に減給できる総額は3万円までとなります。超えた分(18,91910円)を翌月の給与から差し引くことも認められません。
懲戒処分による減給を行うための必須要件は?
懲戒処分による減給を行うためには、労働基準法の上限ルールを守ることは大前提ですが、就業規則への明記や従業員への周知、処分の相当性など一定の要件をすべて満たす必要があります。
要件1:就業規則への明記(処分の根拠)
懲戒処分(減給を含む)を行うためには、あらかじめ就業規則に「どのような行為が懲戒処分の対象となるのか(懲戒事由)」、そして「それに対してどのような処分を行うのか(処分の種類・程度)」が具体的かつ明確に記載されていなければなりません。
就業規則に根拠のない処分は、原則として無効です。
要件2:就業規則の従業員への周知
就業規則が作成されていても、それが従業員に周知されていなければ効力を持ちません。
従業員がいつでも内容を確認できる状態(例:社内イントラネットへの掲載、事業所内の見やすい場所への備え付け、書面での配布)にしておく必要があります。
要件3:処分の相当性(重すぎないこと)
重要な要件の一つが「処分の相当性」です。これは、従業員の行った違反行為の性質、態様、重大さ、本人の反省度合いなど、諸般の事情を考慮して、科す処分が客観的にみて重すぎないか、という観点です。
労働契約法第15条では、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」懲戒処分は無効となると定められています。
(例) 1回の軽いミスや、わずかな遅刻1回に対して、いきなり上限いっぱいの減給処分を行うことは、相当性を欠き、権利の濫用として無効になるおそれがあります。
懲戒処分の減給と混同しやすい賃金カットの例は?
懲戒処分の「減給」とは異なり、労働基準法第91条の上限ルールが適用されない「賃金カット」もあります。これらは制裁(ペナルティ)ではなく、労働契約や評価に基づくものです。
人事評価による降格・基本給の減額
能力不足や成績不良、役職の変更などを理由とした「人事評価」の結果、基本給や役職手当が減額されることがあります。これは懲戒処分ではないため、労基法91条の制限は受けません。
ただし、これも就業規則や賃金規程、あるいは労働契約上の明確な根拠に基づいている必要があり、人事権の濫用にあたる場合は無効となることがあります。
欠勤や遅刻による賃金控除
従業員が遅刻、早退、欠勤などにより働かなかった時間分の賃金を支払わないことは、「ノーワーク・ノーペイの原則」に基づき当然認められます。
例えば、1時間の遅刻に対し、1時間分の時給相当額を給与から差し引く(控除する)ことです。これは制裁としての「減給」ではないため、上限ルールの対象外です。 ただし、遅刻1時間に対し、ペナルティとして2時間分の賃金を差し引くような場合は「減給」にあたり、上限ルールの適用を受けます。
賞与(ボーナス)の査定による減額
賞与(ボーナス)は、その支給額や算定基準が企業の裁量に委ねられている部分が大きいです。 勤務評価(査定)や企業の業績に基づき、あるいは懲戒事由に該当したことをふまえて賞与を減額または不支給とすることは、就業規則や賞与規程に定めがあれば、一般的に労基法91条の「減給」にはあたらないと解釈されています。
懲戒処分の減給に関する実務上の疑問 Q&A
懲戒処分の減給に関して、経営者や人事担当者が実務で直面しがちな疑問について解説します。
Q1:減給処分に期間の定めはありますか?
よく「減給3ヶ月」といった表現を聞くことがありますが、労働基準法第91条の「減給」は、特定の賃金支払期(通常は1ヶ月)において給与から一定額を差し引く行為そのものを指します。
「3ヶ月間、毎月減給し続ける」という意味ではありません。 もし、ある違反行為1回に対して、3ヶ月間にわたって毎月の給与から上限額(例:3万円)を差し引き続けた場合、2ヶ月目以降の減給は法的根拠のないもの(=無効)であり、労働基準法違反となります。
ただし、懲戒処分としての「降格」処分(前述)を行い、その結果として役職手当などが3ヶ月(あるいはそれ以降も)支給されなくなるケースは、これとは異なります。
Q2:能力不足を理由に懲戒処分として減給できますか?
従業員の「能力不足」や「成績不良」を原則として懲戒処分の対象(企業秩序の違反)とするのは、通常困難となっています。
懲戒処分は、遅刻、無断欠勤、業務命令違反、ハラスメント、機密漏洩といった「規律違反」に対して科されるものです。 能力不足に対しては、まず教育、指導、配置転換、あるいは人事評価制度にもとづく「降格」や「基本給の見直し」で対応するのが一般的です。これを懲戒処分としての「減給」とすることは、処分の相当性を欠き、無効となる可能性が高いでしょう。
Q3:年俸制の従業員の場合、減給ルールはどう適用されますか?
年俸制であっても、労働基準法が適用される労働者である限り、懲戒処分の減給ルール(労基法91条)は適用されます。
年俸制では「一賃金支払期」が問題となりますが、多くの場合は年俸額を12分割(または14分割などで賞与分を除く)して毎月支払っているはずです。その場合、その「毎月の支払期」が「一賃金支払期」にあたります。
- 総額の上限: 毎月支払われる賃金(年俸の分割支給額)の10分の1
平均賃金の計算も、原則どおり直前3ヶ月間に支払われた賃金総額(年俸の分割支給額×3)を暦日数で割って算出します。
Q4:上限ルールに違反して減給したらどうなりますか?
労働基準法第91条の上限ルールを超えて減給を行った場合、その処分は法的に無効となります(上限を超えた部分、場合によっては全体が無効)。
- 労働基準監督署による是正勧告や指導の対象となります。
- 労働基準法違反として、罰則(30万円以下の罰金)が科されるおそれがあります(同法第120条)。
- 従業員から、違法に差し引かれた賃金の支払いを求める訴訟(労働審判や裁判)を起こされるリスクがあります。
懲戒処分の減給は上限ルールと適正な手続きの理解から
懲戒処分として従業員の給料を減額(減給)する場合、企業が守るべき上限ルールが労働基準法第91条に定められています。具体的には、「1回の減給額は平均賃金1日分の半額まで」、かつ「1ヶ月の減給総額は月給総額の10分の1まで」という2つの上限です。
しかし、この金額のルールを守るだけでは十分ではありません。懲戒処分が法的に有効と認められるには、就業規則に処分の根拠が明記され、その規則が従業員に周知されており、かつ違反行為に対して処分内容が重すぎない(相当性がある)ことが必須です。上限ルールや手続き要件を無視した処分は無効となるだけでなく、企業にとって法的なリスクを招くことになります。適正な労務管理のために、懲戒処分のルールを正確に理解しておきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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