• 更新日 : 2025年9月26日

長時間労働の基準とは?36協定と過労死ラインをわかりやすく解説

自社の労働時間が「長時間労働」にあたるのか、判断に迷うことはないでしょうか。長時間労働は、従業員の心身の健康を損なうだけでなく、企業の生産性低下や法的リスクにもつながる重要な経営課題です。実は「長時間労働」を判断する基準は一つではなく、法律で定められた複数の段階があります。

この記事では、長時間労働を判断するための基本的な基準である「法定労働時間」、時間外労働の上限を定める「36協定」、そして健康障害のリスクが高まる「過労死ライン」という3つの基準について、それぞれの意味と具体的な時間をわかりやすく解説します。

長時間労働の基準となる法定労働時間とは?

長時間労働を判断する最初の基準は、労働基準法で定められた「1日8時間・週40時間」の法定労働時間です。企業がこの時間を超えて従業員を働かせることは、36協定を締結・届出していない限り法律違反となります。この原則を理解することが、長時間労働の問題を考える上での基本となります。

労働基準法で定められた1日8時間・週40時間

労働基準法第32条では、労働時間の上限を原則として「1日に8時間、1週間に40時間」と定めています。これを「法定労働時間」と呼びます。この時間を超えて従業員を労働させることは、後述する「36協定」の締結・届出がない限り、法律違反(6ヶ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)となります。

休憩や休日に関する基本ルール

労働基準法は、労働時間だけでなく休憩と休日についてもルールを定めています。

  • 休憩: 労働時間が6時間を超え8時間以下の場合は少なくとも45分、8時間を超える場合は少なくとも1時間の休憩を与えなければなりません(第34条)。
  • 休日: 毎週少なくとも1回、または4週間を通じて4日以上の休日を与えなければなりません(第35条)。「法定休日」と呼ばれる。

これらのルールが守られていない場合も、長時間労働の一因となるだけでなく、それ自体が法律違反となるため注意が必要です。

多様な働き方と労働時間の考え方

法定労働時間の原則には、柔軟な働き方を実現するための例外的な制度もあります。代表的なものが「変形労働時間制」や「フレックスタイム制」です。これらの制度を導入した場合でも、無制限な労働が認められるわけではありません。

たとえば、1ヶ月単位の変形労働時間制では、対象期間の労働時間が週平均40時間に収まるように調整する必要があり、制度の対象期間を平均して法定労働時間を超えることはできません。

36協定が定める長時間労働の基準と上限時間

法定労働時間を超えて労働させる(時間外労働)や、法定休日に労働させる(休日労働)場合には、「36協定」の締結と労働基準監督署への届出が不可欠です。この36協定で定められた時間外労働の上限が、長時間労働を判断する基準となり、違反には罰則が科されます。

時間外労働を可能にする36協定の仕組み

36協定とは、労働基準法第36条に基づく「時間外労働・休日労働に関する協定」の通称です。企業と、従業員の過半数で組織する労働組合(または従業員の過半数を代表する者)との間で書面による協定を締結し、これを労働基準監督署に届け出ることで、初めて法定労働時間を超える時間外労働や休日労働が認められます。

原則の上限(月45時間・年360時間)

時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間です。この時間を超える時間外労働は、臨時的な特別な事情がない限り認められません。

臨時的な事情がある場合の上限(特別条項)

決算業務、納期のひっ迫、大規模なクレーム対応など、臨時的かつ特別な事情がある場合に限り、「特別条項付き36協定」を締結することで、原則の上限を超えることができます。しかし、特別条項を適用する場合でも、以下の上限をすべて遵守する必要があります。

  • 時間外労働は年720時間以内
  • 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
  • 時間外労働と休日労働の合計について、「2ヶ月平均」「3ヶ月平均」「4ヶ月平均」「5ヶ月平均」「6ヶ月平均」がすべて1月あたり80時間以内
  • 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6ヶ月が限度

出典:時間外労働の上限規制 – 働き方改革特設サイト – 厚生労働省

時間外労働の上限規制が猶予されていた業種

働き方改革関連法による上限規制は、一部の業種で適用が猶予されていましたが、2024年4月1日からは新たな上限が適用されています。自社が該当する場合は、とくに注意が必要です。

  • 建設事業:
    猶予期間経過後は、上限規制の全てが適用されます。ただし、災害復旧の事業に関しては、猶予期間経過後も月100時間未満、複数月平均80時間以内については規制の適用を受けません。
  • 自動車運転の業務(運送業):
    特別条項付き36協定を締結する場合、時間外労働の上限は年960時間となります(月100時間未満、複数月平均80時間以内、月45時間超は年6回までの規制は適用されません)。
  • 医師:
    医療機関の種類や機能によって異なりますが、一般的な医療機関の場合、特別条項付き36協定により時間外・休日労働の上限が年960時間(特定の条件下では最大1,860時間)となります。

これらの業種では、業務の特性から長時間労働になりやすい傾向がありましたが、現在は罰則付きの上限規制が設けられているため、より一層の労働時間管理が求められます。

過労死ラインが示す長時間労働の基準とは

法律上の上限時間とは別に、従業員の健康を守る観点から、長時間労働を判断する上で重要な基準となるのが「過労死ライン」です。これは脳・心臓疾患の労災認定基準として用いられる時間外労働時間のことで、企業の安全配慮義務を考える上で無視できない指標です。

脳・心臓疾患の労災認定基準

過労死ラインとは、健康障害のリスクが著しく高まると医学的に考えられている時間外労働時間の目安を指します。具体的には、以下のいずれかに該当する場合、業務と脳・心臓疾患(脳梗塞、心筋梗塞など)の発症との関連性が強いと判断されます。

  • 発症前1ヶ月間におおむね100時間を超える時間外・休日労働
  • 発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって、1月あたりおおむね80時間を超える時間外・休日労働

また、2021年9月からは基準が改正され、より実態に即した判断がなされるようになりました。上記の労働時間に達しない場合でも、勤務間インターバルが短い勤務や不規則な勤務、身体的負荷の大きい業務といった他の要因が加われば、総合的に関連性が強いと判断されることがあります。さらに、発症直前の1週間に深夜労働が集中するなど、短期間の過重な業務も判断材料として明確化されています。

出典:脳・心臓疾患の労災認定基準の改正概要|厚生労働省

精神障害の労災認定における長時間労働の基準

うつ病などの精神障害に関する労災認定では、時間外労働時間だけでなく、業務による心理的負荷が総合的に評価されます。その中で、長時間労働は心理的負荷を強める要因として、とくに重要視されます。

以下のような長時間労働が認められる場合、それ自体で心理的負荷の強度が「強」と判断される可能性が高まります。

  • 発症直前の1ヶ月におおむね160時間以上の時間外労働
  • 発症直前の3週間におおむね120時間以上の時間外労働
  • 発症直前の2ヶ月間連続で1月あたりおおむね120時間以上の時間外労働
  • 発病直前の3ヶ月間連続して1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働

長時間労働に加えて、業務内容の大きな変化、達成困難なノルマ、顧客とのトラブル、上司との対立といった他の出来事が重なると、総合的に心理的負荷が強いと評価されやすくなります。

出典:精神障害の労災認定|厚生労働省

長時間労働が引き起こす具体的な問題とリスク

長時間労働は、単に「働きすぎ」という問題にとどまらず、従業員、企業、社会全体にさまざまな悪影響を及ぼします。結論として、従業員の健康被害はもちろん、企業の生産性低下や離職率の増加に直結し、経営そのものを揺るがしかねない重大なリスクです。

従業員の心身への健康被害

過度な長時間労働は、睡眠不足や疲労の蓄積を引き起こし、うつ病などのメンタルヘルス不調や、過労死に至る脳・心臓疾患のリスクを著しく高めます。また、生活習慣の乱れから、高血圧や糖尿病といった生活習慣病の原因となることも少なくありません。

生産性の低下と離職率の増加

疲労した状態での業務は、集中力や判断力の低下を招き、ケアレスミスや事故の増加につながります。結果として、業務の品質が悪化し、企業の生産性は大きく低下するでしょう。また、ワークライフバランスを重視する価値観が広がる中で、長時間労働が常態化している企業は従業員のエンゲージメントを低下させ、優秀な人材の離職を招きます。

企業イメージの悪化と法的リスク

長時間労働が原因で健康被害や過労死が発生した場合、企業は安全配慮義務違反として多額の損害賠償責任を負うことになります。さらに、「ブラック企業」という評判が広まれば、社会的信用は失墜し、採用活動や取引関係にも深刻な悪影響が及ぶでしょう。

企業ができる長時間労働の改善策

長時間労働を是正するためには、精神論ではなく、具体的な仕組みづくりが必要です。結論として、「労働時間の客観的な把握」「業務プロセスの見直し」「マネジメント層の意識改革」を三位一体で進めることが、実効性のある改善につながります。

客観的な労働時間の把握と管理の徹底

改善の第一歩は、現状を正確に把握することです。タイムカード、ICカード、PCの使用ログなど、客観的な記録に基づいて従業員の労働時間を管理・把握することが法律でも義務付けられています。サービス残業などの「見えない労働時間」をなくし、実態に基づいた対策を講じることが重要です。

ITツール活用による業務プロセスの見直し

勤怠管理システムやプロジェクト管理ツールを導入することで、労働時間や業務の進捗を可視化できます。また、定型的な事務作業を自動化するRPA(Robotic Process Automation)や、情報共有を円滑にするビジネスチャットツールなどを活用し、非効率な業務プロセスそのものを見直すことで、生産性を向上させることができます。

マネジメント層の意識改革と評価制度の変更

長時間労働の是正には、管理職の役割が不可欠です。部下の業務量を適切に把握し、効率的な業務指示を行うためのマネジメント研修を実施することが有効でしょう。また、労働時間の長さではなく、成果や生産性に基づいて評価する人事評価制度へ見直すことで、「残業しないと評価されない」という組織風土を変えていく必要があります。

企業が守るべき長時間労働の基準と法的義務

長時間労働の基準を超えた場合、企業は法的な罰則を受けるだけでなく、さまざまな経営リスクを負うことになります。結論として、法律で定められた基準を遵守することは、コンプライアンスの観点からも、企業の持続的な成長のためにも最低限の責務です。

客観的な労働時間把握の義務

2019年の労働安全衛生法の改正により、企業は従業員の労働時間を客観的な方法で把握する義務が課されています(高度プロフェッショナル制度の適用者を除く)。これは、タイムカードの記録やPCの使用時間の記録などが該当し、自己申告制の場合は実態との乖離がないか定期的に確認するなどの措置が必要です。

この義務を怠り、長時間労働を放置していた場合、企業の責任はより重く問われることになります。

基準を超える場合の罰則と企業責任

36協定の上限規制に違反した場合、「6ヶ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金」が科されるおそれがあります(労働基準法第119条)。これは、単なる行政指導ではなく、刑事罰です。労働基準監督署による是正勧告に従わないなど、悪質なケースでは書類送検に至ることもあります。

罰則だけでなく、損害賠償責任や社会的信用の失墜といったリスクも考慮すると、基準の遵守は極めて重要です。

日本における長時間労働の基準と現状の課題

これまで法律や労災認定の基準を見てきましたが、日本の労働時間は国際的に見てどのような状況にあるのでしょうか。結論として、統計上の労働時間は減少傾向にあるものの、依然として長時間労働の問題は根深く、とくにサービス残業などの「見えない労働時間」が課題となっています。

OECD諸国と比べた日本の労働時間

OECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本の年間総実労働時間は減少傾向にあり、他国と比較して突出して長いわけではありません。しかし、これはパートタイム労働者を含む平均値であるため、フルタイムの正社員に限れば依然として労働時間が長い傾向にあると指摘されています。

テレワークやサービス残業による“隠れ残業”

近年、働き方の多様化に伴い、新たな課題も生まれています。とくにテレワークの普及により、仕事とプライベートの境界が曖昧になり、結果として長時間労働につながるケースが見られます。また、タイムカードに記録されないサービス残業や、業務時間外のメール対応といった「隠れ残業」も、正確な労働時間管理を難しくし、長時間労働を温存させる一因となっています。

長時間労働の基準を理解して持続可能な組織へ

長時間労働を判断する基準は、「法定労働時間」「36協定の上限」「過労死ライン」の3つです。法定労働時間を超える場合は36協定が必須であり、さらに健康リスクの観点では過労死ラインを意識した管理が不可欠です。

特例が設けられている業種や精神障害の労災基準も踏まえると、単なる時間管理ではなく、従業員の健康と企業の持続的成長を守る仕組みづくりが求められます。企業は客観的な労働時間の把握と改善策を講じ、健全で持続可能な働き方を実現していくことが重要です。


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