- 更新日 : 2025年3月31日
労働基準法第76条とは?休業補償の金額や支払期間などをわかりやすく解説
労働基準法第76条に基づく休業補償は、労働災害で働けなくなった労働者の生活を支えるための制度です。業務上のケガや病気で休業する場合、企業は平均賃金の60%を補償する義務があります。この記事では労働基準法第76条の基本内容(休業補償の内容・金額・支払期間)を解説し、企業の人事・法務担当者が実務で注意すべきポイントや最新動向、裁判例も紹介します。
目次
労働基準法第76条とは
労働基準法第76条は、労働者が業務上の負傷や疾病によって療養のため働けない場合に、使用者(企業)が休業期間中の賃金補償を行うよう定めた規定です。この規定は、仕事中の事故や職業病で休業を余儀なくされた労働者の生活保障が趣旨となっています。
企業側に過失がない場合でも適用され、業務上の事由による休業であれば必ず補償が必要です。これは、労働者の安全と収入を保障する労働基準法上の強行規定で、違反すれば法的制裁の対象にもなります。
労働基準法第76条の休業補償
労働基準法第76条の休業補償は、業務上の負傷または疾病により労働者が休業し、その間賃金を受けない場合に支給されます。通勤途中を除く職場での事故や作業が原因のケガ、または職業病(過労による疾病や職場での感染症など)で、医師の指示により療養・安静が必要で働けないケースです。
休業補償は療養のため労働できない期間中ずっと支払われ、労働者の生活を下支えします。
ポイントは、全ての労働者が対象となることです。正社員はもちろん、契約社員・パート・アルバイト・派遣社員など労働基準法上の労働者であれば、業務上災害による休業時に休業補償を受ける権利があります。
また、この補償は労働者の過失の有無に関係なく支払われます。たとえ会社に落ち度がない労災事故の場合でも、労基法第76条に基づき補償しなければなりません。これは労災保険の有無にかかわらず法的義務として課されるものです。
ただし、業務外(私傷病)の休業は第76条の休業補償の対象外です。仕事と関係のないケガや病気で休む場合、会社は法定の補償義務を負いません(この場合は有給休暇の取得や健康保険の傷病手当金等で収入をカバーすることになります)。
また、通勤途上の事故による休業は労災保険の通勤災害給付対象ですが、労基法上の「業務上」災害ではないため第76条の休業補償義務は直接には発生しません。このように休業補償は業務上災害に限定される点を押さえておきましょう。
休業補償と休業手当の違い
同じ「休業」でも労働基準法第26条の休業手当とは適用場面が異なる点に注意が必要です。
休業手当(第26条)は会社都合で労働者を休ませる場合に平均賃金の60%以上を支払う制度ですが、休業補償(第76条)はあくまで業務上の災害による休業に適用されるものです。
新型コロナ感染拡大による休業要請など会社による休業は休業手当、第76条に基づく休業補償は該当しません。一方、業務中のケガで療養休職する場合は休業手当ではなく休業補償の対象となります。
このように原因事由によって適用条文が異なるため、企業担当者は両者を混同しないよう注意しましょう。
休業補償の金額の算出方法
休業補償の金額は、法律上「平均賃金の100分の60(=60%)」と定められています。平均賃金とは労働基準法第12条で定義されたもので、通常、事故発生前の直近3か月間に支払われた賃金総額をその期間の総日数(暦日数)で割った額です。
計算時には銭未満を切り捨てる決まりがあり、算出された1日あたりの平均賃金額の60%が休業1日につき支払われる補償額となります。
直近3か月の給与総額が90万円で期間日数が90日であれば平均賃金は1日1万円となり、休業補償として支払う金額は1日あたり6,000円以上です。
この60%という補償率は最低基準であり、企業が自主的にそれ以上の金額を支給することも可能です。実務では、労災発生時に最初の数日間は賃金100%を保証する企業や、休業期間中の手当を就業規則で定めている企業もあります。
労働基準法上は60%が義務ですが、上乗せ補償を支払っても差し支えありません(むしろ従業員思いの施策といえます)。
なお、第76条に基づく休業補償やその上乗せ分は所得税法上非課税とされており、給与所得には該当しません。例えば就業規則により法定60%を超える見舞金等を支給する場合も、「心身に被った損害に対する補填」と扱われ非課税所得となります。
これは休業補償が賃金ではなく補償であることの反映で、労働者にとって手取り額を確保しやすいメリットがあります。
また、業務上の災害に対しては労災保険法に基づく給付(いわゆる「休業補償給付」および「休業特別支給金」)が用意されており、平均賃金の80%相当額が労働者に支給される仕組みがあります。
休業4日目以降については政府の労災保険から平均賃金の60%が給付され、さらに20%相当の特別支給金が上乗せ支給されるため、結果的に休業補償給付だけで賃金の80%が保障されます。この特別支給金は恒常的に支給されているもので、第76条の定める60%を超える部分は国がカバーしている形です。
一方、休業開始から最初の3日間(待期期間)については労災保険から給付が出ないため、その期間は企業が休業補償を行う必要があります。
多くの企業ではこの3日間について労基法の義務通り平均賃金の60%を支給していますが、冒頭のとおり余裕があれば100%支給も可能です。
初期3日間は会社負担、4日目以降は労災保険給付により補償というのが実務上一般的な流れとなります。
休業補償の支払期間
休業補償の支払期間は、「労働者が療養のため労働できない期間中」つまり治療に専念する期間全体が対象です。怪我や病気が治癒し、医師から就業可能と判断されるまで、休業が続く限り補償を支払います。
極端な例では、治療が長期に及ぶ場合でも原則として療養中は休業補償を継続する必要があります。もっとも、労災保険から休業補償給付が行われる場合には使用者の補償義務は免除されます。これは労働基準法第84条による定めで、労災保険など公的給付が労基法上の補償に相当する場合には二重給付を防ぐため会社の責任が免除されるものです。
したがって、適切に労災申請が行われ労災保険から給付が支給されている間、企業は重複する休業補償を支払う必要はありません。ただし労災保険給付は月々の上限額があるため、高給取りの従業員で80%給付を受けても実賃金の80%に満たないケースでは、不足分を会社が補填する配慮をする企業もあります(法的義務ではありませんが、従業員との信義上検討されることがあります)。
休業補償に関する企業の義務
企業には、休業補償を適切な時期に支払う義務もあります。労基法第76条自体に支払期日の定めはありませんが、その性質上通常の賃金支払日に補償金を支払うのが望ましいと解釈されています。
労働基準法施行規則第39条でも「災害補償は毎月1回以上行うこと」と規定されているため、少なくとも休業した月の月末までにその月分の補償を支払わないと遅延とみなされると解されています。実務では、休業補償は給与計算に合わせて通常の給与支払日に毎月まとめて支給するのが一般的です。
月末締め翌月○日払いの会社なら、休業期間中も毎月○日に休業補償相当額を支払います。これを怠ると賃金遅配と同様にトラブルとなる可能性があるため注意してください。
さらに、補償額の見直し(スライド)義務にも留意が必要です。労働基準法第76条に基づき休業補償を行う場合、もし休業中に賃金水準が変動したときには補償額を改訂(スライド)しなければならないとされています。
長期療養中に事業場のベースアップ等で他の労働者の賃金が上がった場合、休業補償の基礎となる平均賃金もそれに応じて調整すべきという考え方です。実際には労災保険給付の方で毎年見直し(スライド率の公表)が行われていますが、企業が独自に休業補償を支払っている場合にも同様の対応が求められます。休業開始時の平均賃金に基づく60%を固定しておけばよいわけではない点も押さえておきましょう。
最後に、休業補償期間中の企業のその他の義務にも触れておきます。労働基準法上、第75条で「療養補償」(治療費の負担)も定められており、通常こちらは労災指定病院での治療により労災保険が適用されますが、万一労災非適用の事態では会社が必要な療養費を負担する義務があります。
また、第77条では後述する障害が残った場合の障害補償、第79条では死亡時の遺族補償なども規定されています。これらも労災保険給付によって代替されるため、多くの場合直接会社が支払う場面はありませんが、会社は労災保険への加入と手続きを適切に行うことでこれら補償責任を果たす必要があると言えます。
労働基準法第76条の休業補償に関する注意点
企業の人事・法務担当者が休業補償制度を適切に運用するために注意すべきポイントを解説します。法律の遵守はもちろん、従業員とのトラブル防止や円滑な労災対応のために押さえておきたい事項です。
速やかに労災発生の報告を行う
業務上の事故や疾病が発生したら、まず労働基準監督署へ労災発生の報告(労働者死傷病報告の提出義務があります)を速やかに行います。その上で、労災保険の請求手続きも怠らないようにしましょう。
休業が4日以上に及ぶ場合、従業員は「休業補償給付支給請求書」を提出することで労災保険から給付を受けられますが、企業側も所定欄に証明(休業期間や賃金額の確認)をする必要があります。
労災保険への加入は全ての事業所で義務付けられており、未加入は重大な法令違反です。適切な労災申請と報告により、公的給付と会社補償の連携がスムーズに行われます。
休業開始後3日間の補償を行う
休業開始後最初の3日間の補償は会社の責任です。この期間について、法律上は平均賃金の60%以上を支払えば足りますが、前述のように会社の裁量で100%近く支払うケースもあります。
重要なのは、賃金全額支払の原則との関係です。休業補償は賃金とは別枠の補償ですが、最初の休業日は「事故当日の賃金を控除しない」扱いにするのが一般的です。
就業中の負傷で勤務途中に早退させた場合でも、その日の給与は通常満額支給し、休業補償は翌日からカウントします。こうした対応は労使間の信頼関係維持にも有益です。また、休業補償の支払いは通常の給与支払日に合わせて月1回以上行います。
仮に休業が長引く場合でも、1か月分ずつ区切って毎月払うことで遅配を防ぎましょう(まとめて後払いするのは好ましくありません)。万一支払いが遅れて訴訟になれば、民法上の遅延損害金(年3%程度)の支払いを命じられる可能性もあります。
従業員に過失がある場合も補償を行う
労働者側に重大な過失があった場合でも、基本的に休業補償の支払義務は免れません。ただし例外的な免責規定として労働基準法第78条があります。同条は、「労働者が故意または重大な過失によって業務上災害を発生させた場合」で所轄労基署長の認定を受けたときは、使用者は休業補償(および障害補償)を行わなくてもよいと定めています。
この適用例は極めて限定的で、例えば労働者が明らかな規則違反や犯罪行為によって負傷した場合などが想定されます。
仮に会社が「従業員の不注意が原因だから補償しない」と独自判断することは許されず、必ず労基署長の認定が必要です。労基署長の認定なしに支払いを拒めば労基法違反となるので注意してください。
また、労災保険法上も労働者の故意・重過失による災害時は給付が一部減額される規定があり、故意に直接の原因となる事故を生じさせたときは補償を行わないともされています。
故意に事故を起こしたような場合でない限り、従業員に過失がある場合でもまずは所定の補償を行い、その後必要に応じて労基署に免責申請を検討するという手順になります。
いずれにせよ例外扱いは慎重にすべきで、安易に「自己責任だから不支給」としないよう留意しましょう。
労働基準法第76条の休業補償に関する判例
伸栄製機事件(最高裁昭和41年12月1日判決)では、休業補償の支払時期について「少なくとも当該休業期間の属する月の末日が過ぎれば債務不履行(支払遅滞)となる」と判断されました。この判例は前述のとおり毎月支払いを求めたもので、企業は支払遅延に注意すべきことが示されています。
神奈川都市交通事件(最判平成20年1月24日)では、タクシー乗務員が労災の休業補償給付を打ち切られた後に会社に休業補償を求めた事案で、労災保険給付が受けられる場合は会社の補償責任が免除されるとの法理(労基法84条)が改めて確認されました。
つまり、労働者が本来労災給付を受給すべき場面では会社に追加の60%補償を請求することはできないということです。このように労災保険との調整が判例でも強調されています。
企業に過失がある労災では労基法上の補償とは別に民事上の損害賠償責任を問われるケースもありますが、その際も会社が既に支払った休業補償分は賠償額から控除されると定められています(労基法84条2項)。
逆に言えば、会社の重大な安全配慮義務違反などがあれば休業補償60%では足りず追加の賠償を命じられる可能性もあります。労災事故対応では、これら判例のポイントも踏まえて適正な補償と予防策を講じることが求められます。
労働基準法第76条の休業補償をしっかりと確認しましょう
労働基準法第76条の休業補償は、業務上の負傷・疾病で働けなくなった労働者の生活を支えるため、企業に課される重要な義務です。
休業中は少なくとも平均賃金の60%を補償し、初期3日間は企業負担、それ以降は労災保険と連携して給付するのが一般的な流れとなっています。企業の人事・法務担当者は、この制度の基本内容(支給条件・金額・期間)を正確に理解し、迅速かつ適正な手続きによって従業員に不利益が生じないよう対応する必要があります。
違法な未払い・不十分な支給は労基法違反となり罰則の対象ともなり得るため、休業補償の計算や支払いスケジュールに誤りがないよう十分注意しましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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