- 更新日 : 2025年3月17日
会社が労災を嫌がるのはなぜ?デメリットや対処方法、認められない事例なども解説
業務中に予期せぬ怪我に見舞われた際、従業員が当然のように考える労災保険の申請。しかし、実際には会社側が労災申請を嫌がるケース多く見られます。この記事では、会社が労災申請を嫌がる背景にある様々な理由を深掘りするとともに、もし会社が非協力的な場合に従業員がどのように行動すべきかについて、具体的な対策を解説します。これにより、労働者の皆様が安心して労災保険制度を利用し、自身の権利を守るための一助となれば幸いです。
目次
そもそも労災とは
労災とは、業務中や通勤中に発生した事故や病気に対して、労働者を保護するための制度です。正式には「労働者災害補償保険」といい、労働者が仕事を原因として負傷・疾病・障害・死亡した場合に、必要な補償を受ける権利があります。
労災保険は、厚生労働省が管轄し、労働者を1人でも雇用する事業主は原則として加入が義務付けられています。これにより、業務上の事故によって生じた治療費や休業補償などが、労災保険から給付される仕組みになっています。
労災保険の対象となるケースには、以下のようなものがあります。
- 業務災害
仕事中の事故や作業による負傷・病気 - 通勤災害
通勤途中での事故
この制度は、労働者が安心して働ける環境を守るために設けられたものであり、会社が労災申請に協力しない場合でも、労働基準監督署を通じて労災保険の給付を受けることが可能です。
労災における会社の義務
会社は、労働者を1人でも雇用している場合、労災保険に加入する義務があります。さらに、労災事故が発生した際には、以下のような対応を行う義務があります。
- 労働者の負傷や疾病を労働基準監督署に報告する義務
- 労災保険給付の申請手続きに必要な証明などを可能な範囲で協力する義務
- 労働者が安全・健康に働けるように配慮する義務
これらの義務を怠った場合、会社は労働基準監督署から指導を受けたり、労災隠しなどの違反行為が発覚すると罰則を受ける可能性があります。
労災における従業員の権利
労働者は、業務上や通勤時に負った怪我・病気・障害・死亡について、労災保険から給付を受ける権利があります。
また、会社が労災であることを認めない場合でも、労働基準監督署に直接労災申請を行い、その判断を仰ぐことが可能です。労災申請を行ったことを理由に、会社が不当な解雇や減給、その他の不利益な扱いをすることは禁止されています。
具体的に受けられる労災保険の給付には、以下のようなものがあります。
- 療養補償給付(治療費の補償)
- 休業補償給付(休業中の補償)
- 障害補償給付(障害が残った場合の補償)
- 遺族補償給付(死亡した場合の遺族への補償)
会社が労災申請を嫌がる理由
会社が労災申請に消極的な理由には、さまざまな事情が関係しています。ここでは、その主な理由を詳しく解説します。
労災保険料の増加を避けるため
会社が労災申請を避けたがる理由の一つに、労災保険料の増加があります。労災保険料は、事業主が全額負担する仕組みとなっており、その保険料率は過去3年間の労災給付実績によって変動します。
労災の発生が多い事業所では、翌年度以降の保険料が上がる可能性があり、会社にとってはコスト増のリスクになります。このため、労災申請をできるだけ避けようとする企業もあります。
労働基準監督署の調査避けるため
労災事故が発生すると、会社は労働基準監督署に報告する義務があります。この報告がきっかけで、監督署が以下のような調査を行うことがあります。
- 労災の発生原因
- 会社の安全管理体制
- 労働安全衛生法の遵守状況
特に、重大な事故や類似の事故が繰り返し発生している場合、監督署が会社に立ち入り調査を行う可能性が高まります。その結果、安全対策の不備や法令違反が発覚すると、会社は指導を受け、改善措置を求められることになります。このような調査や指導を避けるため、会社が労災申請に消極的になるケースがあります。
損害賠償リスクや責任追及を回避するため
労災事故が発生した場合、会社が労働者に損害賠償を求められる可能性があります。労災保険は、以下のような費用を補償します。
- 治療費
- 休業中の補償(休業補償給付)
しかし、慰謝料や逸失利益(後遺障害が残った場合の将来的な収入の損失)などは労災保険の対象外となるため、労働者が会社に対して別途損害賠償請求を行うことがあります。
さらに、重大な労災事故が発生した場合、会社や経営者が刑事責任を問われる可能性もあります。このようなリスクを避けるために、労災申請を認めたがらない企業もあります。
企業イメージの低下を防ぐため
労災事故が発生すると、従業員の安全を軽視しているのではないか、コンプライアンス意識が低いのではないかという疑念を抱かれる可能性があります。
また、安全管理が不十分な企業だと判断されると、労災事故の情報が広まり、取引先の信用低下や採用活動への悪影響が生じることもあります。このようなリスクを避けるために、労災申請を渋る企業もあるのです。
労災申請の手続きが煩雑なため
労災保険の申請には、多くの書類作成や手続きが必要となります。具体的には、以下のような業務が発生します。
- 申請書類の作成
- 労働基準監督署への報告・対応
- 関係各所とのやり取り
特に、中小企業では労務担当者の人員が限られており、労災申請の負担が大きいことが問題視されることがあります。このような事務処理の負担を減らすため、会社が労災申請を避けようとするケースもあります。
会社が労災申請を拒否した場合のペナルティ
会社が労災事故を故意に報告しなかったり、虚偽の報告を行ったりすることは「労災隠し」と呼ばれ、労働安全衛生法に違反する犯罪行為です。このような行為が発覚した場合、会社にはさまざまなペナルティが科される可能性があります。
刑事責任
会社が意図的に労災事故を隠したり、虚偽の報告をしたりした場合、労働安全衛生法違反となり、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
さらに、会社の安全配慮義務違反が原因で重大な労災事故が発生し、労働者が死亡または重傷を負った場合には、業務上過失致死傷罪に問われる可能性もあります。この場合、会社の代表者や責任者が刑事罰を受けることになります。
行政責任
労働基準監督署は、労災事故の発生について調査を行い、会社の安全管理体制に問題があると判断した場合、改善指導や勧告を行います。
また、悪質な労災隠しや重大な法令違反が確認された場合、会社の名称が公表されることがあります。これにより、企業の社会的信用に大きな影響を及ぼす可能性があります。
民事責任
労災事故によって労働者が治療費や休業損害、慰謝料などの損害を被った場合、会社は賠償責任を負うことになります。
また、会社が労災保険への加入を怠っていた場合、本来労災保険から支払われるはずの給付額の100%または40%を会社が負担しなければならないことがあります。
社会的責任
労災隠しや安全管理の不備が明るみに出ると、会社の社会的信用が失墜し、取引先や顧客の減少、採用活動への悪影響などにつながる可能性があります。
会社が労災申請を拒否した場合の本人のデメリット
会社が労災申請を拒否した場合、労働者本人にはさまざまな不利益が生じます。本来であれば労災保険から補償を受けられるはずなのに、適正な手続きを踏まなければ、経済的・健康的なリスクを負うことになる可能性があります。ここでは、具体的なデメリットについて解説します。
治療費が自己負担となる
労災保険が適用されれば、治療費は全額補償され、窓口での自己負担は不要です。しかし、会社が労災申請を拒否すると、労災保険を利用できず、健康保険を使って治療を受けることになってしまいます。
健康保険では、本来労災に該当する治療費は対象外とされており、後日、健康保険組合から治療費の返還を求められることがあります。また、健康保険の場合、自己負担額(通常3割)が発生するため、経済的な負担が増加します。
休業中の収入補償が受けられない
労災保険では、休業補償給付として休業4日目から賃金の80%が補償されます。しかし、労災申請をしないと、この補償を受けることができません。
健康保険の傷病手当金を利用する方法もありますが、その場合は賃金の約3分の2しか支給されず、補償額が大幅に減ってしまいます。さらに、傷病手当金は最長1年6カ月の制限があるため、長期療養が必要な場合には十分な補償を受けられないリスクがあります。
後遺障害が残った場合の補償が受けられない
労災保険では、業務上の怪我や病気で後遺障害が残った場合、障害補償給付を受けることができます。これにより、障害の程度に応じた一時金や年金が支給されるため、生活への影響を最小限に抑えることが可能です。
しかし、労災申請を拒否された場合、この補償を受けることができず、長期的に生活に支障が出る可能性があります。特に、重い後遺症が残った場合には、収入を得ることが難しくなり、経済的に困窮するリスクが高まります。
会社に対する損害賠償請求できない
労災保険とは別に、会社に対して損害賠償請求を行うことも可能ですが、そのためには事故が業務上のものであることを証明する必要があります。
しかし、労災申請を行わないと、事故が正式に記録されず、会社側に過失があったことを証明するのが難しくなります。結果として、慰謝料や逸失利益の請求が困難になり、被害者側が泣き寝入りするケースも少なくありません。
今後の安全対策が改善されない
会社が労災を隠したり、申請を拒否したりすると、同じような労災事故が繰り返される可能性があります。
労災が適切に報告されれば、労働基準監督署が会社の安全管理体制を調査し、必要な改善指導を行うことができます。しかし、労災申請を行わないと、会社の安全対策が見直されず、同じ職場で再び事故が発生するリスクが高まります。結果として、他の労働者も同じような怪我や病気に苦しむことになりかねません。
会社に居づらく気まずい雰囲気になる
労災申請を拒否されるような会社では、労働者の権利を軽視する傾向がある場合も多く、以下のような不当な扱いを受けるリスクがあります。
- 労災申請を主張したことで嫌がらせを受ける
- 怪我や病気を理由に、解雇や配置転換をされる
- 労災ではなく自己責任とされ、評価を下げられる
本来、労災申請を行ったことで不当な扱いを受けることは法律で禁止されています。しかし、会社の圧力を恐れて申請を諦めてしまうケースも少なくありません。もし不当な扱いを受けた場合は、労働基準監督署や弁護士に相談し、適切な対処を取ることが重要です。
会社が労災申請を嫌がる場合の対処方法
労災保険の申請は労働者の権利であり、会社の一存で拒否できるものではありません。会社が労災申請に協力しない場合でも、労働者は労働基準監督署に相談したり、自身で申請したりすることができます。
労災申請を自分で行う
会社が労災申請に協力しない場合でも、労働者自身で労災保険給付の申請を行うことが可能です。
労災保険給付請求書は、労働基準監督署の窓口や厚生労働省のウェブサイトから入手できます。 必要事項を記入し、会社が記入すべき証明欄が空欄になってしまう場合でも、その旨を労働基準監督署に伝えれば、会社の証明がなくても申請を受理してもらえる場合があります。
労働基準監督署に相談する
会社が労災申請を拒否したり、労災隠しの疑いがある場合は、管轄の労働基準監督署に相談しましょう。
労働基準監督署は労災保険給付の申請窓口であり、労働者からの相談に対応しています。必要に応じて会社に対して指導や調査を行うこともあります。
全国の労働基準監督署の所在地や連絡先は、厚生労働省のウェブサイトで確認できます。
労働問題に詳しい弁護士に相談する
会社との交渉が難しい場合や、損害賠償請求を検討している場合は、労働問題に詳しい弁護士に相談するのも有効な方法です。
弁護士は、労災に関する法的手続きのアドバイスを提供し、会社との交渉や裁判をサポートしてくれます。
また、法テラスなどの無料相談窓口を利用すれば、費用を抑えて弁護士の助言を受けることも可能です。
労働組合や労働者支援団体に相談する
会社に労働組合がある場合は、労働組合を通じて会社と交渉することも選択肢の一つです。
労働組合は、労働者の権利を守るための組織であり、労災申請を含む様々な労働問題について支援を行っています。
また、地域によっては、労働者を支援する団体が存在するため、情報収集を行い、適切な支援を受けることも検討しましょう。
会社が労災を申請しても認められないケース
労災保険は、業務上の事故や通勤中の災害による怪我や病気を補償する制度ですが、すべてのケースが労災として認められるわけではありません。 申請をしても労働基準監督署の審査で認定されないことがあります。最後に、労災が認められにくい具体的なケースについても紹介します。
業務との因果関係が不明確な場合
労災が認められるためには、怪我や病気の原因が業務と直接関係していることが証明される必要があります。例えば、以下のようなケースでは業務との因果関係が認められず、労災申請が却下されることがあります。
- 仕事中に発生したが、業務とは関係のない事故
例:休憩時間中に私的な用事で転倒した場合 - 発症の原因が明確ではない慢性的な病気
例:腰痛が業務によるものなのか、加齢によるものなのか判断が難しい場合 - 持病が悪化した場合
例:高血圧や糖尿病が業務とは無関係に悪化した場合
業務との関連性を証明するためには、事故の発生状況を詳細に記録し、証拠を集めることが重要です。診断書の記載内容や、上司や同僚の証言も労災認定に影響します。
通勤災害でも条件を満たさない場合
通勤災害も労災の対象ですが、一定の条件を満たさない場合は認められません。以下のようなケースでは、通勤中の事故であっても労災と認定されない可能性があります。
- 寄り道や私的な用事をしていた場合
例:仕事帰りに友人と食事をしていた途中で事故に遭った場合 - 通常の通勤ルートを大きく外れていた場
例:業務とは無関係に、遠回りをしていた場合 - 自転車やバイクの無謀運転による事故
例:自身の過失が大きい場合
通勤災害として認められるためには、会社に届け出た通勤ルートをできるだけ正しく守ることが大切です。もし寄り道をしていた場合でも、業務上必要なものであれば(例えば、仕事用の道具を購入するための立ち寄りなど)、労災が認められる可能性があります。
労働者の重大な過失による事故
業務中の事故でも、労働者側の重大な過失が原因と判断された場合、労災認定が困難になることがあります。
- 飲酒や違法行為による事故
例:勤務中に酒気帯びで作業をしていた場合 - 安全規則を無視した行動による事故
例:ヘルメットや安全帯を着用せずに高所作業をしていた場合 - ふざけていた結果の事故
例:同僚とふざけていた際に怪我をした場合
ただし、労働者の過失があっても、会社の安全管理体制に問題があると判断されれば、労災として認められることもあります。
職場のルールを守り、事故が発生した場合は、自分に過失がないことを証明するために、事故発生時の状況を詳細に記録しておくことが大切です。
精神疾患が業務起因と認められない場合
過労やパワハラが原因で精神的な病気(うつ病など)を発症した場合、労災が認められることがあります。しかし、業務との因果関係が証明されない場合は、労災認定が難しくなります。
- 仕事以外の要因が大きい場合
例:家庭の問題やプライベートなストレスが主な原因と判断された場合 - 過重労働が立証できない場合
例:タイムカードの記録がなく、長時間労働を証明できない場合 - パワハラの証拠がない場合
例:具体的な発言や証拠が残っていない場合
精神疾患の労災認定を受けるためには、勤務時間の記録や、職場でのストレスが原因であることを示す証拠(診断書、メールのやり取り、同僚の証言など)を集めることが重要です。
持病が悪化した場合
もともと持病があった場合、業務による悪化と認められなければ、労災として認定されません。
- 腰痛や関節痛が年齢的なものと判断された場合
- 心筋梗塞や脳卒中が、生活習慣病として判断された場合
- 過去の怪我が業務とは無関係に悪化した場合
ただし、明らかに業務が悪化の原因となった場合(例えば、過労が原因で心筋梗塞を発症した場合)は労災として認定されることがあります。
持病を持っている場合でも、業務によって悪化した証拠(医師の診断書、過去の健康診断記録など)を揃えることで、労災認定を受けやすくなります。
会社が労災を嫌がっても自身の権利と健康を守りましょう
労災保険は、労働者の安全と健康を守るための重要なセーフティネットです。会社が労災申請に抵抗を示す背景には様々な理由がありますが、労災申請は労働者の正当な権利であり、会社の一存で拒否されるべきものではありません 。もし会社が非協力的な態度を示した場合でも、従業員は決して諦めることなく、自身の健康と権利を守るために積極的に行動することが重要です。医療機関への受診、証拠の収集、自身での申請、そして専門機関への相談といった手段を講じることで、正当な補償を受けることが可能です。労災問題に直面した際には、一人で悩まず、積極的に外部の支援を活用してください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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