- 更新日 : 2025年11月5日
報酬制度とは?目的や種類、インセンティブとの違いから設計・管理方法まで徹底解説
報酬制度は、従業員のモチベーション向上、優秀な人材の確保・定着を左右する、企業の経営戦略と密接に連動し、その実現を支える基盤となる、極めて重要な人事制度です。
本記事では、人事労務の担当者が知っておくべき報酬制度の基本的な意味から、その目的、主な種類、インセンティブ制度との違い、そして具体的な設計・運用方法や注意点まで、網羅的に解説します。自社の賃金制度を見直す際の参考にしてください。
目次
報酬制度とは?
報酬制度とは、従業員が提供する労働やその成果・貢献に対して、企業が支払う金銭的および非金銭的な対価の全体を、体系的に定めた仕組みのことです。
この「報酬」には、月々の給与や賞与(ボーナス)といった金銭的なものだけでなく、人事マネジメント分野における「総報酬(トータルリワード)」という考え方においては、昇進の機会(役職)、ストックオプション、福利厚生、キャリア開発、働きがいのある環境といった非金銭的な要素も、従業員にとっての価値として広く含めて捉えられます。
企業のビジョンや経営戦略に基づき、「何を評価し、どのように報いるか」という方針を明確に示すことで、従業員の行動を促し、組織全体の目標達成へと導く役割を担っています。そのため、単なる給与支払いルールではなく、人事制度の中核をなす重要な仕組みと位置づけられています。
報酬制度がなぜ重要視されるのか?
報酬制度が重要視されるのは、従業員のエンゲージメント(仕事への熱意や貢献意欲)を高め、企業の持続的な成長を促進する原動力となるからです。
現代のビジネス環境では、人材の流動化が進み、優秀な人材を獲得・維持するための競争が激化しています。このような状況下で、従業員が「この会社で働き続けたい」と感じるためには、自身の貢献が公正に評価され、適切な処遇として反映されているという納得感が不可欠です。魅力的な報酬体系は、採用市場における企業の競争力を高めると同時に、既存社員の離職を防ぎ、ひいては生産性の向上にも繋がる重要な経営課題となっています。
報酬制度を導入する主な目的は?
報酬制度を導入する目的は多岐にわたりますが、一般的に「従業員の動機付け」「人材の確保と定着」「公正な評価の実現」が主な柱とされています。
これらに加え、公正性や透明性の担保、組織文化との整合、費用対効果の最適化といった目的も含まれます。これらは相互に関連し合い、最終的に企業の業績向上に貢献します。
従業員のモチベーション向上
適切な報酬制度は、従業員のモチベーションを直接的に刺激する最も効果的な手段の一つです。自分の努力や成果が、昇給や賞与といった目に見える形で報われることで、従業員は「もっと頑張ろう」という意欲を高めます。
会社がどのような行動や成果を評価するのかが報酬制度を通じて明確になるため、従業員は日々の業務において何をすべきかを理解しやすくなり、組織が目指す方向へと行動が促されます。
優秀な人材の確保と定着
企業の競争力は、そこで働く人材によって大きく左右されます。自社の事業戦略に必要なスキルや経験を持つ優秀な人材を採用し、長く活躍してもらうためには、他社と比較して魅力的な報酬制度が不可欠です。特に専門職や高度なスキルを持つ人材にとって、その価値を正当に評価する報酬体系は、企業を選ぶ上で極めて重要な判断基準となります。
また、既存の従業員にとっても、公正で満足度の高い処遇制度は離職率を低下させ、組織全体の知識やノウハウの蓄積に繋がるでしょう。
公平・公正な評価と処遇の実現
従業員が報酬制度に対して抱く不満は、金額そのものだけでなく「評価や処遇が不公平だ」という感情から生じるケースが少なくないと言われています。
客観的で透明性の高いルールに基づいた報酬制度を構築・運用することで、従業員は「自分の働きが正しく評価されている」という納得感を得ることができます。この納得感は、上司や会社への信頼感を醸成し、組織の一員としてのエンゲージメントを深める上で非常に重要です。
報酬制度にはどのような種類がある?
報酬制度は、企業文化や事業戦略によってさまざまな形がありますが、日本の実務で広く用いられる代表的な分類として「年功型」「成果主義型」「役割・職務型」の3つのタイプが挙げられます。
実際にはこれらを組み合わせたハイブリッド型や、個人のスキルを基準にするなど、多様な制度が存在します。それぞれの特徴を理解し、自社に合った制度を選択・組み合わせることが重要です。
| 制度の種類 | 特徴 | メリット・デメリット |
|---|---|---|
| 年功型報酬制度 | 勤続年数や年齢に応じて給与が上昇する | 【メリット】
【デメリット】
|
| 成果主義型報酬制度 | 個人の業績や成果に基づいて給与が決定される | 【メリット】
【デメリット】
|
| 役割・職務型報酬制度 | 担当する役割(ミッション)や職務の大きさ・責任に応じて給与が決定される | 【メリット】
【デメリット】
|
年功型報酬制度
年功型報酬制度は、年齢や勤続年数といった属人的な要素を重視して賃金を決定する、日本で古くから採用されてきた伝統的な制度です。従業員は長期的に働くことで安定した昇給が見込めるため、企業への帰属意識を高め、人材の定着に繋がりやすいというメリットがあります。
一方で、個人の成果や能力が給与に反映されにくいため、特に優秀な若手社員のモチベーション低下を招くリスクや、組織全体の高齢化が進んだ場合に、人件費が想定以上に増加するリスクがあるといった点が課題として挙げられます。
成果主義型報酬制度
成果主義型報酬制度は、個人の業績や目標達成度といった成果(アウトプット)を評価し、それを報酬に直接結びつける制度です。年齢や社歴に関わらず成果次第で高い報酬を得られるため、適切に設計・運用されれば、従業員の競争意欲を刺激し、組織全体の生産性向上に繋がる効果が期待できます。
その一方で、この制度を効果的に機能させるにはいくつかの注意点があります。評価基準の設計や運用は非常に難しく、もし公平性を欠いてしまうと、かえって従業員の不満を招く原因になりかねません。また、過度に個人プレーを助長しチームワークが損なわれたり、長期的な視点ではなく短期的な成果ばかりが追求されたりする可能性も考慮する必要があります。
役割・職務型報酬制度(ミッショングレード制)
役割・職務型報酬制度は、従業員が担う役割(ミッション)や職務(ジョブ)の重要度や難易度、責任の範囲を基準に報酬を決定する制度です。「ミッショングレード制」や「ジョブ型」とも呼ばれます。同一の役割・職務であれば、年齢や性別に関わらず同じ水準の報酬が支払われるため、いわゆる「同一労働同一賃金」の考え方と親和性が高いのが特徴です。
専門性の高い職務に適しており、スペシャリスト人材の確保に有効ですが、各役割・職務の価値を客観的に評価する「職務評価」の導入や、職務内容を明記した「ジョブディスクリプション(職務記述書)」の整備が、制度の根幹をなす重要な要素となります。ただし、全職務で一斉に整備するのではなく、段階的に導入するケースも見られます。
報酬制度とインセンティブ制度はどう違う?
報酬制度とインセンティブ制度は「安定」と「変動」という役割の違いで明確に区別できます。報酬制度は、全従業員の生活基盤となる基本給や手当といった安定的な給与の仕組み全体を指します。それに対しインセンティブ制度は、その安定的な給与に上乗せされる、個人の業績や成果に連動した変動的な報酬のことです。
具体的に、報酬制度は基本給や役職手当といった、毎月固定的に支払われる給与で構成され、長期的な生活を支えます。一方、インセンティブ制度の代表例には、業績に連動する賞与(ボーナス)や、特定の目標達成に対する報奨金(スポットインセンティブ)などがあります。これらは短期的な成果意欲を高める目的で設定されます。
このように、両者は互いに補完しあう関係にあります。まず、報酬制度によって安定した生活が保障されているからこそ、従業員は安心して業務に集中できます。その上で、インセン”ティブ制度が「頑張れば報われる」という明確な目標を示すことで、さらなる挑戦や高い成果への意欲が引き出されるのです。この2つを効果的に組み合わせることが、従業員のモチベーションを最大化する鍵となります。
報酬制度はどのように設計すれば良い?
報酬制度の設計は、企業の理念や経営戦略を反映させる重要なプロセスです。一般的には、「現状分析」「方針決定」「制度設計」「シミュレーション」「導入・周知」という5つのステップで進めます。
ステップ1. 現状の分析と課題の洗い出し
まず、自社の現状を客観的に把握することから始めます。既存の賃金体系やその構成(基本給、手当、賞与の比率)、総人件費の推移、従業員の年齢構成や給与分布などをデータで分析します。あわせて、従業員満足度調査やヒアリングを通じて、現行制度に対する従業員の意見や不満点を収集し、「評価基準が曖昧」「若手の給与が低い」といった課題を具体的に洗い出します。
ステップ2. 基本方針とコンセプトの決定
次に、経営戦略やビジョンに基づき、新しい報酬制度が目指す方向性(コンセプト)を決定します。「年功序列から成果主義へ移行する」「安定性を重視しつつ、挑戦する社員に報いる」「専門性を評価する」など、自社がどのような人材を評価し、どのような文化を醸成したいのかを明確にします。この基本方針が、以降の具体的な制度設計のブレない軸となります。
ステップ3. 具体的な制度内容の設計
基本方針に基づき、制度の骨格を具体的に設計します。主に以下の3つの要素を連動させながら検討します。
- 等級制度:従業員の能力や役割のレベルを区分する階層のことです。この等級が、給与や役職の基準となります。
- 評価制度:等級を決定したり、昇給・賞与額を算定したりするための評価基準や方法を定めます。成果、能力、行動(コンピテンシー)など、何をどのくらいのウエイトで評価するかを決定します。
- 賃金テーブル(給与テーブル):各等級に対応する給与額の範囲を定めた一覧表です。基本給の上限・下限や、評価結果に応じた昇給額などを具体的に設定します。
ステップ4. 新制度導入のシミュレーション
設計した新制度を導入した場合、人件費全体がどのように変動するか、また従業員一人ひとりの給与がどう変わるかをシミュレーションします。想定外の大幅な人件費増や、特定の従業員に極端な不利益が生じないかなどを検証し、必要に応じて賃金テーブルなどを修正します。このプロセスは、制度の妥当性を確認し、経営上のリスクを回避するために不可欠です。
ステップ5:従業員への説明と導入
最終的な制度が固まったら、従業員へ丁寧に説明し、理解と納得を得ることが、制度を円滑に導入する上で非常に重要です。
なぜ制度を改定するのかという背景や目的、新しい制度の具体的な内容、自分たちの評価や給与が今後どう変わるのかなどを、説明会や面談を通じて真摯に伝えます。十分な周知期間を設け、スムーズな移行を目指します。
設計した報酬制度はどのように管理・運用すれば良い?
報酬制度は、一度設計して終わりではなく、社会情勢や企業の成長に合わせて継続的に見直し、適切に運用していくことが極めて重要です。
評価制度との連携
報酬の根拠となる評価が、公平かつ客観的に行われる仕組みを維持することが不可欠です。評価者の目線合わせを行うための研修を定期的に実施したり、評価結果を本人にフィードバックする面談を義務付けたりするなど、評価制度が形骸化しないための運用ルールを徹底します。評価への納得感が、報酬への納得感に直結します。
賃金テーブルのメンテナンス
世の中の賃金水準は常に変動しています。同業他社の賃金動向や、国が定める最低賃金の改定などを定期的にチェックし、自社の賃金テーブルが市場競争力を失っていないか、法令を遵守できているかを確認し、必要に応じて見直し(メンテナンス)を行います。
従業員からのフィードバック収集
制度を運用する中で生じる問題点や改善点を把握するため、定期的に従業員サーベイや面談を実施し、意見を収集する仕組みを持つことが望ましいです。従業員からのフィードバックを真摯に受け止め、制度のマイナーチェンジに活かしていくことで、より自社にフィットした実用的な制度へと進化させることができます。
報酬制度を運用する上での注意点とは?
報酬制度の運用を成功させるためには、特に「透明性と公平性の確保」「経営戦略との連動」「法規制の遵守」という3つの点に注意する必要があります。
透明性と公平性の確保
報酬制度を運用する上で最も重要なのは、そのプロセスが従業員にとって透明であり、結果が公平であることです。評価基準や報酬の決定プロセスを可能な限り従業員に公開し、「誰が、何を、どのように評価するのか」を明確にしましょう。「上司の好き嫌いで評価が決まる」といった不信感は、従業員のモチベーションを著しく低下させる原因となります。
経営戦略や事業内容との一貫性
報酬制度は、企業が目指す方向性(経営戦略)と一致している必要があります。例えば、企業が「チームでの協業によるイノベーション創出」を掲げているにもかかわらず、報酬制度が極端な個人成果主義であれば、従業員はチームへの貢献よりも個人の目標達成を優先してしまい、戦略と現場の行動にズレが生じてしまいます。自社が求める人材像や行動指針と、報酬制度が連動しているか常に確認しましょう。
労働関連法規の遵守
報酬制度は、労働基準法、最低賃金法、パートタイム・有期雇用労働法(同一労働同一賃金の原則)など、さまざまな法律の規制を受けます。残業代の未払いや最低賃金割れ、不合理な待遇差などが生じないよう、法的な要件を正しく理解し、遵守しなければなりません。制度設計や改定に際しては、社会保険労務士などの専門家に相談することも有効な手段です。
自社に最適な報酬制度で、企業の成長を加速させる
本記事では、報酬制度の基本的な考え方から、その目的、種類、設計・運用の具体的な方法までを解説しました。報酬制度は、単に給与を支払うためのルールではなく、企業の理念を形にし、従業員を導き、組織を成長させるための強力なエンジンです。
自社の現状と目指す姿を明確にした上で、この記事で紹介した視点をもとに給与体系を見直し、従業員一人ひとりが意欲的に働ける、自社に最適な報酬制度を構築してください。継続的な見直しと改善を重ねることが、企業の持続的な成長の鍵となります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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