• 更新日 : 2025年10月6日

統合失調症の従業員に退職勧奨できる?進め方やリスク・注意点を解説

従業員に退職をお願いする退職勧奨は、事業の縮小にともなう人員整理など、さまざまなシーンで実施が検討されます。なかには、統合失調症を抱える従業員に退職勧奨しようと考えている人もいるのではないでしょうか。

本記事では、統合失調症の従業員への退職勧奨の可否や退職勧奨の前にすべきこと、注意点などを解説します。従業員と円満に退職合意したい人は、参考にしてください。

統合失調症の従業員に退職勧奨できる?

統合失調症を患っている従業員への退職勧奨は、ハードルが高いものです。法令違反にならないよう、慎重な対処が求められます。

統合失調症は、幻聴や幻覚、実際にはないことが起きているように感じられる、判断力が低下するなど、さまざまな症状が現れる精神疾患です。症状によっては、職場内でのコミュニケーションや業務の進行に影響が出てくる可能性もあります。

統合失調症の従業員に対する退職勧奨の難しさと、解雇との違いについて解説します。

退職勧奨のハードルは高い

統合失調症の従業員へ退職勧奨を行うことは、法律上ただちに禁止されているわけではありませんが、難しいのが実情です。統合失調症であること自体を退職勧奨の理由とすることはできません。もし対応を間違えれば、従業員から「退職を強要された」「病気を理由に不当に退職を迫られた」と受け取られかねないためです。

労働基準法では、業務上の疾病で療養中の従業員の解雇を厳しく制限しています。

労働基準法 第十九条

使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。

引用:e-Gov法令検索「労働基準法第19条」

また、同法第81条では、療養開始後3年を経過しても病気が治らない場合に、平均賃金の1,200日分の打切補償を支払うことで解雇制限が解除される規定があります。

上記はあくまで解雇の際の制限です。しかし、病気の従業員を退職させるということは、従業員の人生を大きく変える可能性もあります。退職勧奨を行うには、「統合失調症の症状により、合理的配慮を尽くしても業務を遂行できない」「他の従業員の負担が著しく増大し、会社の事業運営に具体的な支障が出ている」といった、客観的でやむを得ない理由が求められます。

いきなり解雇に踏み切るのはリスクが高いため、話し合いによる解決を目指す退職勧奨から進めていくとよいでしょう。

退職勧奨と解雇の違い

退職勧奨と解雇の最も大きな違いは、従業員の合意があるかどうかという点です。退職勧奨は、あくまで会社が従業員に退職をお願いするものであり、従業員と会社双方の合意が必要です。従業員が合意して初めて退職が決定し、合意がなければ退職とはなりません。

解雇は、従業員の合意がなくても、会社が一方的に雇用契約を終了させられます。ただし、解雇を実施するには、退職勧奨よりもはるかに厳しい要件を満たさなければなりません。

労働契約法 第十六条

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

引用:e-Gov法令検索「労働契約法 第16条」

とくに、経営上の理由による整理解雇の場合、裁判所は以下の4つの要件(要素)を総合的に考慮して、その有効性を判断します。

  1. 人員削減の必要性:本当に人員削減をする必要があるか
  2. 解雇回避努力義務の履行:解雇に踏み切る前にあらゆる手を尽くしたか
  3. 合理的な人選基準:対象者の選定に明確な理由があるか
  4. 手続きの妥当性:法的に適切な手順を踏んだか

現行の法制度では、会社が従業員を簡単に解雇できないようになっています。そのため、解雇手続きに踏み切る際は、退職勧奨以上に慎重に進めなければならないのです。

解雇についてより詳しく知りたい人は、以下の記事も参考にしてください。

関連記事:解雇とは?解雇の種類と条件・流れを解説

統合失調症の従業員に退職勧奨する前にすべきこと

統合失調症の従業員へ退職勧奨を検討する前に、会社として果たすべき義務が2つあります。従業員が精神疾患を患った際の基礎的な対応であるため、忘れずに行ってください。

安全配慮義務を果たす

安全配慮義務とは、会社が従業員の生命や身体の安全を確保しつつ、健康に労働ができるよう配慮するものです。労働契約法第5条で、以下のとおり定められています。

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

引用:e-Gov法令検索「労働契約法 第5条」

退職勧奨を検討する前に、まずは従業員の健康回復を最優先に考えなければなりません。たとえば、主治医や産業医と連携して従業員の現状を正確に把握し、必要であれば休職を命じて療養に専念させるといった措置が求められます。健康状態が思わしくないなかで退職勧奨を行ったり、重労働を強いたりすると、義務違反となる可能性があるでしょう。

合理的配慮の提供義務を果たす

合理的配慮の提供義務とは、障がいのある従業員から、働くうえでの配慮を求める申出があった際に、会社が負担にならない範囲で対応するものです。基本的には従業員と対話をしたうえで、柔軟な対応をとります。

たとえば、精神的に不安定になった際は別室で休憩や仕事をさせる、業務の時間やルールなどで柔軟に対応できるものについては弾力性をもたせる、といった配慮が考えられます。

こうした義務を果たしても、なかなか状況が改善されないケースもあるでしょう。その際に、初めて選択肢の一つとして退職勧奨を検討するという流れになります。

退職勧奨が違法となった際のリスク

もし実施した退職勧奨が実質的に解雇に該当し、かつ違法と判断された場合、退職は無効となります。従業員が職場に戻ってくるうえ、会社が支払う金銭も増えます。また、企業の社会的信用が低下する可能性も高いでしょう。

再び従業員の扱いで頭を悩ませることのないよう、適切な方法で退職勧奨を進めなければなりません。

雇用継続による処遇の再考

退職勧奨が違法とされた場合、従業員は職場に復帰し、雇用関係は継続します。会社としては、従業員が働きやすいように再度処遇を検討する必要があります。

本人への謝罪や他の従業員への説明はもちろん、再発防止策を講じたり、配慮のあり方を具体的に決めたりするのが重要です。また、本人の能力や体力にあった職務についてもらうために、配置転換なども検討しましょう。

バックペイや慰謝料の支払い

退職が無効と判断されると、訴訟などで争っていた期間も含めて、従業員が在籍していたものとして取り扱われます。そのため、会社はその期間中の給与を、過去に遡って支払わなければなりません。これは「バックペイ」と呼ばれる費用です。バックペイは、会社にとっては大きな金銭負担となるため、必ず備えておかなければなりません。

また、違法な退職勧奨によって精神的苦痛を味わったとして、従業員が会社を相手に慰謝料を請求する可能性も少なくないでしょう。慰謝料請求となると、バックペイに加えて訴訟費用もかかるため、支出がさらに増えてしまいます。最悪の場合、経営そのものに影響をおよぼす可能性もあります。

従業員とのトラブルを防ぐための対処法

統合失調症の従業員とのトラブルを防ぐためには、休職や復職の支援を丁寧に行うのが重要です。退職勧奨よりも、まずは従業員が療養に専念できる環境を整え、その後の可能性を探るようにしましょう。

休職制度を適切に運用する

従業員の病状が重い場合、まずは会社の就業規則にもとづいて従業員に休職を命じ、療養に専念してもらうのが大切です。休職を命じる際は、主治医の診断書を提出してもらい、産業医の意見も適宜仰ぎながら、慎重に検討しましょう。

休職中には、健康保険から傷病手当金を受け取れる可能性があるため、その制度についても従業員に説明しておくとよいです。傷病手当金は、業務外の病気やケガの療養で働けず、給与が支払われない場合に、給与のおおよそ3分の2が、通算1年6ヶ月間支給される制度です。

統合失調症は回復まで時間を要することもあります。就業規則の休職期間を確認しつつ、制度の利用を検討してもらうとよいでしょう。

復職支援を続ける

休職期間中は、たとえ退職勧奨を考えていたとしても、復職支援に努めるのが重要です。定期的に従業員と連絡を取り、現在の状況を確かめるようにしましょう。

もし従業員から復職したいとの申出があったら、まずは主治医と相談するよう促します。主治医から復職可能との診断書が提出されたら、産業医の意見も聞きつつ、リハビリ出勤などを通じて段階的な職場復帰を目指します。焦らず着実に進めていくのがポイントです。

休職期間中も面談をする

休職中は定期的な連絡に加えて、面談を行うのも有効です。プライバシーに十分配慮したうえで、面談の機会を設けるとよいでしょう。

面談では、体調について聞いたり、会社の近況を伝えたりするほか、今後の展望についても話しておくと、お互いの意思疎通が図れます。この段階で、本人から復帰が難しいという話が出た場合、退職勧奨に踏み切る可能性も出てきます。

統合失調症の従業員の退職勧奨の進め方

統合失調症の従業員への退職勧奨は、通常のケースとは進め方がやや異なります。まずは休職して療養に専念してもらい、その後の面談で本人の意思を確認しながら、今後について話し合っていきます。療養期間をはさむため時間はかかりますが、丁寧に進めていきましょう。

1. 休職の手続きを進める

退職の話をする前に、まずは従業員に休養してもらい、健康状態を回復させることを優先します。会社の安全配慮義務にもとづき休職命令を出し、該当の従業員を休ませ、心身ともに休めるよう配慮してください。

この段階で退職を促すような言動は、退職強要とみなされる可能性があるので、避けましょう。まずは健康の回復を最優先に考えていると従業員に伝えてください。

2. 面談をして今後について話し合う

前述のとおり、休職期間中は定期的に面談を行います。そして、休職期間が満了に近づいても症状があまり改善しない場合や、従業員本人から将来について相談があった際に、あらためて今後のキャリアについて話し合います。

そのうえで、会社として復帰後の業務を用意することが難しい状況などを丁寧に説明し、選択肢の一つとして退職をお願いして、従業員に退職するかどうかを決定してもらいましょう。

この際、退職金の上乗せといった優遇措置についても話しておくと、従業員が今後の生活を考えながら判断しやすくなるでしょう。

3. 退職手続きを進める

従業員が自らの意思で退職を決定した場合、あとでトラブルになるのを防ぐために「退職合意書」を作成し、双方で署名・押印します。作成時は、会社から十分な説明を受け、本人の自由な意思で退職を決めたことを明記しておくとよいでしょう。

退職理由は、会社からの働きかけによる退職のため「会社都合」となります。これにより、従業員は雇用保険の基本手当(失業保険)をスムーズに受給可能です。その後は、社会保険の手続き準備など、退職日までに必要な事務を済ませて、退職日当日を迎えます。

退職時の社会保険の手続きについてより詳しく知りたい人は、以下の記事も参考にしてください。

関連記事:退職に伴う社会保険手続きガイド|従業員本人と会社がやるべきことをそれぞれ解説

統合失調症の従業員の雇用継続が難しい場合の対応

退職勧奨は従業員が拒否することもできるため、話し合いを尽くしても雇用継続となるケースもあります。しかし、休職や復職支援など手を尽くしても、どうしても雇用を継続することが難しい場合もあるでしょう。そうした際の最終的な対応策を解説します。

普通解雇を実施する

あらゆる手を尽くしても雇用継続が難しいと判断した場合、最終手段として普通解雇に踏み切ることになります。ただし、普通解雇は統合失調症であること自体を理由にはできません。以下のように具体的かつ客観的な理由がなければ、解雇は無効と判断される可能性が高いです。

  • 統合失調症の症状により、合理的配慮を尽くしても業務をまったく遂行できず、自社の求める能力基準に著しく達していない。
  • 他の従業員の業務に多大な支障が生じており、会社の業績に深刻な影響がある。

実際に、最高裁でも統合失調症の従業員に対する解雇を無効と判断した判例として「日本ヒューレット・パッカード事件」があります。普通解雇を検討する際は、必ず弁護士などの専門家とよく相談し、不当解雇とならないよう万全の準備のもとで進める必要があります。

参考:労働基準判例検索-全情報

自然退職とする

会社の就業規則に「休業期間が満了してもなお傷病が治癒せず、復職できない場合は、休職期間の満了をもって自然退職(または自動退職)とする」といった規定が設けられているケースがあるでしょう。この場合、規定に則り、休業期間の満了をもって雇用契約が終了します。

ただし、この場合であっても、休職期間中の会社の対応や、復職可否の判断が適切であったかが問われます。適切な休職命令を出さなかったり、疾患を知りながら重労働をさせたりといった安全配慮義務違反があれば、自然退職も無効となるケースがあるため注意が必要です。


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