- 更新日 : 2025年10月6日
事業縮小による退職勧奨は違法?進め方やしてはいけない対応を解説
会社の経営状態が思わしくない場合は、さまざまな方法で経営改善を試みます。採算が合わない事業を縮小するのも、そのひとつです。
事業を縮小するとなると、人員整理として「退職勧奨」の実施を検討する場合もあるでしょう。しかし、事業の縮小による退職勧奨は、慎重に進めなければ法令違反や訴訟などのトラブルを招く場合があります。
本記事では、事業縮小による退職勧奨の適法性や進め方、してはいけない対応などを解説します。
目次
退職勧奨と解雇の違い
退職勧奨とは、会社が従業員に対して退職を働きかける行為です。あくまで従業員との合意のうえで雇用契約を解消することを目的としています。
退職勧奨と解雇の大きな違いは「従業員の同意があるかどうか」です。退職勧奨は、解雇のように会社が一方的に雇用契約を終了させるものではありません。従業員と話し合い、合意したうえで退職日などを決めていくため、従業員の合意なしでは成立しません。
一方、解雇は従業員の同意なく、会社側の意思表示によって雇用契約を終了させる行為です。退職勧奨のように従業員が同意せずとも実行できますが、解雇を行うには法律で定められた客観的に合理的な理由や社会通念上の相当性が求められます。そのため、退職勧奨よりも厳しい手続きのもとで進めていかなければなりません。
解雇についてより詳しく知りたい人は、以下の記事も参考にしてください。
関連記事:解雇とは?解雇の種類と条件・流れを解説
事業縮小による退職勧奨は違法になる?
事業縮小を理由とした退職勧奨が、直ちに違法となるわけではありません。ただし、進め方や対応を間違えれば、法令違反と判断される可能性があるため、十分注意する必要があります。
事業の採算が取れず人員整理を検討する際、事前に従業員と面談を重ねたり、退職金の上乗せなどの措置を講じたりして適切に進めていけば、法的にも問題なく人員整理を実現できるでしょう。
しかし、従業員の自由な意思に反して執拗に退職を促したり、面談中に不適切な言動があったりした場合は「退職強要」と判断される可能性があります。
労働契約法第3条第5項では、権利の濫用を禁止しています。
労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
退職強要と判断されて従業員から損害賠償請求や訴訟などを起こされると、会社は金銭的な支出が増えるだけでなく、社会的なイメージも悪化しかねません。法令違反にあたらないよう退職勧奨を進めていくには、社会保険労務士や弁護士といった専門家の力を借りながら慎重に進めることが推奨されます。
退職勧奨が「退職強要」にならないための注意点
退職勧奨は、進め方を誤ると従業員に「退職を強要された」と受け取られ、重大なトラブルに発展する可能性がある手続きです。
退職強要と判断されないよう慎重に進めるためには、いくつかの注意点を押さえておく必要があります。注意点をよく理解して、法的に適切な状態で退職勧奨を進めましょう。
何度も長時間の面談を行わない
何度も退職勧奨の面談を設定したり、一回の面談が長時間に及んだりすると、従業員に「退職しなければならない」という精神的なプレッシャーを与えかねません。
過度な重圧がかかる状況は、従業員が自由に意思決定をできる環境とはいえません。従業員が断れないような状況を作ってしまうと、退職強要とみなされる可能性は高まります。面談の回数はできる限り少なくし、従業員が追い詰められるほど長時間の面談は避けるのが望ましいです。
解雇を示唆する言動をしない
面談の最中に「この勧奨に応じなければ解雇も検討せざるを得ない」「このまま会社に残っても、あなたに与える仕事はない」といったような、解雇を示唆する言動は避けるべきです。従業員にとって不利益となる言動があれば、円満な合意による退職勧奨はうまくいきません。
退職勧奨では、あくまでも従業員から適切な合意を得るのが重要です。心理的に追い込んだうえで得た合意は、のちに訴訟などで覆される可能性が高くなります。従業員に不利益を与えないような言動を心がけるのがポイントです。
同意を強要する言動をしない
退職勧奨に同意するよう仕向けるような言動も、退職を強要したと判断される可能性が高いため避けなければなりません。
従業員は退職を促された場合、今後の生活や家族のことなども含めて、じっくり検討・相談する時間が必要です。「今この場で決めてほしい」「ここで退職届を書いてほしい」など、面談の場で決断を迫るような言動は、従業員の自由な意思決定を妨げてしまいます。必ず従業員に考える時間を与え、冷静に判断することを促しましょう。
対象者の選定理由を合理的に示す
事業の縮小を理由に退職勧奨を行う場合、対象となる従業員には、なぜその人が対象となったのか、合理的な理由を説明できるようにしておく必要があります。
合理的な理由としては、以下のようなものが考えられます。
- 一部の部門を閉鎖することによる人員整理をするため
- 会社全体の経営状態の悪化
こうした納得できる理由がなければ、従業員の合意を得ることは難しいでしょう。
また「勤務態度が悪い」「経営陣が気に入らないと思っている」といった感情的な理由で対象者を選ぶことは望ましくありません。こうした理由で退職を促した場合、不当な差別やパワーハラスメントと判断される可能性もあり、訴訟に発展するケースも考えられます。従業員が納得できる理由を提示し、誠実に勧奨を進めましょう。
事業縮小による退職勧奨の進め方
事業縮小による退職勧奨は、主に4つのステップで進めていきます。どのステップにおいても、慎重かつ丁寧に進めないとトラブルになる可能性があるため、注意して進めましょう。
1. 人員選定や優遇措置などの準備を進める
まず、退職勧奨の実施に向けた社内での準備を進めます。主な準備項目は、以下のとおりです。
- 退職勧奨の対象とする人員の範囲
- 人員削減の必要性や対象者の選定基準
- 優遇措置(退職金の上乗せ、再就職支援など)の内容
- 退職勧奨全体のスケジュール
また、労働組合や労働者の代表者と、退職勧奨を開始する前に、勧奨を実施することについて事前に報告・協議しておくことが重要です。労働組合・労働者代表の意向を無視した退職勧奨は、違法となるおそれがあります。
このほかにも、会社の財務状況を正確に把握したり、必要に応じて弁護士のような専門家に相談したりするなど、丁寧かつ万全に準備を整えましょう。
2. 希望退職を募る
退職勧奨を進める前に、まずは希望退職を募るのが一般的です。退職勧奨と希望退職は異なる制度です。しかし、希望退職者で必要な人員削減数を満たせれば、退職勧奨をせずとも人員整理が完了します。事前に希望退職を募っておくだけでも、今後の対応方針を決めやすくなるでしょう。
希望退職を募る際は、以下の順番で進めていきます。
- 全従業員へ希望退職を募ることを説明する
- 募集期間を設定する
- 応募者との個別面談をして退職手続きを進める
この時点で退職者が想定より少ない、またはいない場合は、次のステップである退職勧奨へ移ります。ただし、会社に残ってもらいたい優秀な社員が希望退職を申し出るケースもあるため、その際は慰留に努めましょう。
3. 退職勧奨の面談を実施する
希望退職の結果を踏まえ、必要であれば退職勧奨のステップへ進みます。退職勧奨は、最初に準備した内容に沿って、設定した基準をもとに対象となる従業員と個別面談を行います。
面談は、前述のとおりトラブルを避けるためにも、丁寧かつ慎重に進めるのが肝心です。まずは事業縮小について伝えたうえで、退職をお願いする旨とその理由を説明します。そのうえで退職の検討を促し、後日回答を得るようにしましょう。
もし従業員が合意した場合は、その後、書類の提出があることも伝えておくとよいです。また、最終的な決定権はあくまで従業員本人にあることも、面談の中ではっきりと伝えておきましょう。
4. 勧奨に応じた従業員の退職手続きをする
退職勧奨に応じる意思を示した従業員とは、口頭での合意だけでなく、必ず書面で内容を確認します。退職にかかわる書類として、以下の書類を作成しましょう。
退職合意書 | 退職条件や退職後の約束事項などを記載した書類 |
---|---|
秘密保持誓約書 | 在職中に知り得た情報を外部に漏らしたり不正利用したりしないことを、従業員が会社へ約束する書類 |
作成した書類には、会社と従業員の双方が署名・押印してください。この書面をもって退職の合意が客観的な記録として残り、以降は退職に向けた事務手続きを進めていきます。
なお、退職勧奨による退職は「会社都合退職」として扱われます。そのため、従業員が雇用保険の基本手当を受給できる期間が長くなるのです。主な退職手続きは、社会保険(健康保険・厚生年金)や雇用保険の資格喪失手続き、離職票の発行などです。
健康保険については被保険者期間に空白期間が生じないよう、雇用保険については失業手当の受給がスムーズにできるよう、適切に手続きを進めましょう。
退職時の社会保険の手続きについてより詳しく知りたい人は、以下の記事も参考にしてください。
関連記事:退職に伴う社会保険手続きガイド|従業員本人と会社がやるべきことをそれぞれ解説
事業縮小による退職勧奨に応じてもらうために検討すべきこと
退職勧奨に納得して応じてもらうには、従業員にとってメリットとなる優遇措置を設けるのが効果的です。主な優遇措置としては、退職金の上乗せや、再就職の斡旋などが考えられます。具体的な措置について解説します。
退職金を上乗せする
従業員が退職勧奨に応じるには、相応の条件提示が必要です。とくに金銭面は今後の生活に直接かかわるため、重要な要素となります。一般的には、通常の退職金に加えて、上乗せ分の退職金または解決金を支払うケースが多いです。
上乗せ額の相場は、会社の規模や従業員の年齢、勤続年数などによって変動しますが、給与の3ヶ月分から1年半分程度がひとつの目安とされています。会社は、従業員に退職という人生に大きな影響を与える決断をお願いする立場です。会社としての相応の誠意を示すためにも、十分な金額を提示する必要があります。
再就職を支援する
金銭的な支援に加え、退職後の従業員のキャリアを支援するのも重要です。キャリア支援の具体例としては、以下のようなことが考えられます。
- ハローワークや民間職業紹介事業者の求人情報、就職サポートの提供
- キャリアコンサルタントによる相談機会の設置
- 関連会社などへの転職の斡旋
- 有給休暇の取得の推進
転職・再就職につながるような支援をして、従業員の今後を支えましょう。
退職勧奨を拒否された場合の対応
解雇とは異なり、従業員は退職勧奨を拒否する権利があります。従業員が拒否すること自体は法的になんら問題ありません。しかし、その後の会社の対応の仕方によってはトラブルを招くケースもあるため、注意が必要です。退職勧奨を拒否された際にやってはいけないことを解説します。
基本的に雇用を継続する
退職勧奨に応じなかった従業員については、基本的にそのまま雇用を継続します。これまで通り業務に従事してもらうことになるため、その分の人件費も引き続き発生します。会社としては、退職勧奨をされた従業員と他の従業員との関係性が悪化しないよう、職場環境に配慮するのも大切です。
なお、従業員自身の勤務態度などに問題があり、それを理由とした退職勧奨に応じなかった場合は、注意指導などにより改善を促すことになります。それでも改善の見込みがなければ、最終的に普通解雇に至る可能性があります。
拒否された際にしてはいけない対応
退職勧奨を拒否した従業員に対し、以下のような対応をとってはいけません。
嫌がらせ目的の配置転換や転勤 | 本人のキャリアや能力とまったく関係ない部署へ配置転換したり、合理的な理由なく遠方への転勤を命じたりするのは、人事権の濫用にあたる可能性がある。 |
---|---|
仕事を与えないなどの嫌がらせ | 仕事を与えなかったり、必要な情報共有をしなかったりといった対応によって自主的な退職に追い込むのは、実質的な退職強要と判断されかねない。 |
人格を否定するような言動 | 「その能力では会社に貢献できない」「他の社員の迷惑だ」といった精神的苦痛を与える発言は、パワーハラスメントとみなされる可能性が高い。 |
退職勧奨の執拗な繰り返し | 一度退職勧奨を拒否した従業員に対し、何度も面談を設定して退職を促す行為は、退職強要と判断されるおそれがある。 |
もし配置転換を行うのであれば、事業上の必要性など、正当な理由を提示することが不可欠です。
最終手段として整理解雇も検討
退職勧奨は、最終的な決定権が従業員にあるため、退職したくなければ拒否することもできます。会社は、従業員の意思を尊重しなければなりません。
どうしても人員削減が必要な状況でありながら従業員が退職勧奨を拒否する場合には、最終手段として整理解雇も検討せざるを得ない場合があります。整理解雇とは、人員整理を目的とした解雇のことです。
ただし、整理解雇を行うには、以下の4つの要件(要素)を満たす必要があります。
- 人員削減の必要性:本当に人員を削減しなければ経営が成り立たない状況か。
- 解雇回避努力義務の履行:希望退職者の募集や役員報酬のカットなど、解雇を回避するためにあらゆる手を尽くしたか。
- 合理的な人選基準:解雇対象者の選定基準が客観的で合理的か。
- 手続きの妥当性:労働組合や従業員に対して、十分な説明や協議を行ったか。
これらの厳しい要件(要素)を満たさないと、解雇は無効と判断され、訴訟や損害賠償につながる可能性もあります。解雇に踏み切る際は、退職勧奨以上に厳格な手順で進めなければなりません。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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