• 更新日 : 2025年9月26日

所定労働時間と実労働時間の違いは?給与計算や社会保険への影響を解説

企業の労務管理において基本となる「所定労働時間」と「実労働時間」。これらの言葉の違いを正確に理解していますか。両者は似ているようで、定義も役割も異なります。この違いを曖昧にしていると、残業代の計算ミスや社会保険の加入漏れなど、思わぬ労務トラブルにつながるかもしれません。

この記事では、所定労働時間と実労働時間の基本的な違いから、給与計算や社会保険への影響、実務上の注意点まで、人事労務の担当者が知っておくべき知識をわかりやすく解説します。

所定労働時間と実労働時間の違いは契約か実績か

所定労働時間と実労働時間の最も大きな違いは、会社と従業員の間で交わされた「契約上の労働時間」なのか、実際に従業員が働いた「実績の労働時間」なのかという点にあります。それぞれの定義と、労働基準法で定められた「法定労働時間」との関係性をはっきりさせましょう。

所定労働時間とは企業が定めた労働時間

所定労働時間は、企業と従業員との間で結ばれた雇用契約や、就業規則で定められた労働時間を指します。始業時刻から終業時刻までの時間から、所定の休憩時間を除いた時間がこれにあたります。重要なのは、法律の範囲内で企業が任意に設定できる点です。

  • 定義:就業規則や雇用契約書で定められた、休憩時間を除く労働時間
  • 基準:企業が独自に設定(法定労働時間の範囲内)
  • :始業9:00、終業17:30、休憩1時間の場合、所定労働時間は7.5時間

実労働時間とは実際に働いた労働時間

実労働時間は、所定労働時間とは関係なく、従業員が実際に働いた実績の時間を指します。時間外労働(残業)や休日労働も含まれるため、実労働時間は日々変動するのが一般的です。勤怠管理システムやタイムカードで記録された客観的な労働時間がこれにあたります。

  • 定義:休憩時間を除き、実際に労働したすべての時間(残業や休日労働も含む)
  • 基準:日々の勤怠記録にもとづく実績
  • :所定労働時間が7.5時間でも、1時間の残業をすれば実労働時間は8.5時間

法定労働時間とは法律で定められた上限

法定労働時間は、労働基準法第32条で定められている労働時間の上限です。原則として「1日8時間、1週40時間」とされています。企業は、この法定労働時間を超えて従業員を働かせることは原則できません。所定労働時間は、この法定労働時間の範囲内で設定する必要があります。

  • 定義:労働基準法で定められた労働時間の上限
  • 基準:1日8時間、1週40時間
  • 注意点:これを超えて労働させる場合は、36協定の締結と届出、割増賃金の支払いが必要

出典:労働時間・休日|厚生労働省

項目所定労働時間実労働時間法定労働時間
定義企業が定めた労働時間実際に働いた労働時間法律で定められた上限時間
基準雇用契約・就業規則日々の勤怠実績労働基準法
残業含まない残業・休日労働を含む上限を超える労働には割増賃金が必要

給与計算における所定労働時間と実労働時間の違い

給与、とくに時間外手当(残業代)の計算において、所定労働時間と実労働時間の違いを理解することはきわめて重要です。どちらの時間を基準にするかで、支払うべき賃金が大きく変わるため、正確な知識が求められます。

時間外手当(残業代)計算の基本的な考え方

残業代の計算は、「法定労働時間を超えたかどうか」が大きなポイントになります。残業には「法定内残業」と「法定外残業」の2種類があり、それぞれ割増率が異なります。

  • 法定内残業:
    所定労働時間を超えているが、法定労働時間(1日8時間)の範囲内の残業。割増賃金の支払いは法律上義務付けられていませんが、就業規則で定めている場合はその定めに従います。
  • 法定外残業:
    法定労働時間(1日8時間)を超えた残業。この時間に対しては、25%以上の割増賃金を支払う義務があります。

【具体例】所定7.5時間、実労働9時間の場合の残業代

たとえば、始業9:00、終業17:30(休憩1時間、所定労働時間7.5時間)の従業員が、19:00まで働いたケース(実労働時間9時間)で考えてみましょう。

  1. 所定外労働時間
    実労働時間(9時間) – 所定労働時間(7.5時間) = 1.5時間
  2. 法定内残業時間
    • 法定労働時間の上限(8時間) – 所定労働時間(7.5時間) = 0.5時間
    • この0.5時間分は、割増なしの賃金を支払います。(※就業規則等に定めがあればそれに従う)
  3. 法定外残業時間
    • 実労働時間(9時間) – 法定労働時間(8時間) = 1時間
    • この1時間分に対して、25%以上の割増賃金を支払う必要があります。

このように、実労働時間をもとに、所定労働時間と法定労働時間を基準として残業時間を分解して計算します。

社会保険加入要件で見る所定労働時間と実労働時間の違い

パートタイマーやアルバイトといった短時間労働者の社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入要件を判断する際にも、所定労働時間が基準となります。実労働時間が一時的に増減しても、契約上の時間が判断基準になる点を押さえておく必要があります。

社会保険の加入は「所定労働時間」が基準

短時間労働者が社会保険の被保険者となるかどうかは、主に「1週の所定労働時間」と「1か月の所定労働日数」で判断されます。具体的には、同一事業所で同種の業務に従事する正社員の4分の3以上に該当する場合、加入義務が発生します。

実労働時間が基準になるケースに注意

基本的には所定労働時間が基準ですが、注意が必要なケースもあります。たとえば、雇用契約上の所定労働時間が加入要件を満たしていなくても、実際の労働時間が恒常的に要件(正社員の4分の3以上)を超えている状態が続く場合です。このようなケースでは、契約の実態をふまえて社会保険への加入が必要と判断されることがあります。

契約内容と勤務実態に大きな乖離(かいり)がある場合は、実態に合わせて契約を見直すといった対応が求められるでしょう。

有給休暇の扱いで変わる所定労働時間と実労働時間の違い

年次有給休暇の付与日数や、取得した際の賃金計算においても、所定労働時間や所定労働日数が基準となります。とくにパート・アルバイトの有給休暇付与日数を決める際には、この考え方が重要です。

有給休暇の付与日数は所定労働日数が基準

年次有給休暇の付与日数は、労働基準法で定められています。正社員のような週5日勤務の労働者であれば、勤続年数に応じて10日以上の有給休暇が付与されます。一方、パート・アルバイトなど所定労働日数が少ない労働者については、「週の所定労働日数」や「年間の所定労働日数」に応じて、付与日数が比例的に決まります(比例付与)。ここでも基準となるのは、あくまで契約上の「所定」労働日数であり、月によって変動する実労働日数ではありません。

出典:年次有給休暇の付与日数は法律で決まっています|厚生労働省

有給休暇を取得した日の賃金計算

有給休暇を取得した日に支払う賃金の計算方法は、就業規則などで以下の3つのいずれかを定めることになっています。

  1. 平均賃金
  2. 所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
  3. 健康保険の標準報酬日額

多くの企業では、計算が簡便な「2. 所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」を採用しています。たとえば、所定労働時間が8時間であれば、8時間分の賃金を支払うことになります。この場合も、実労働時間ではなく所定労働時間が計算の基礎となります。

所定労働時間と実労働時間に乖離が生まれる原因と対処法

日々の業務の中で、所定労働時間と実労働時間に多少の差が生まれることは自然です。しかし、この乖離が恒常的に大きい状態は、労務管理上のリスクをはらんでいます。なぜ乖離が起きるのか、そしてどう対処すべきかを考えましょう。

乖離が生まれる主な原因

所定労働時間と実労働時間の乖離は、主に以下のような状況で発生します。

  • 恒常的な残業:業務量が多く、日常的に残業が発生している。
  • 人員不足:退職者の補充が間に合わず、一人あたりの業務負担が増えている。
  • 不適切な勤怠管理:始業前の準備や終業後の片付けなどが労働時間として扱われていない(サービス残業)。
  • 契約と実態の不一致:採用時の契約内容と、実際の業務内容や労働時間がかけ離れている。

乖離を放置するリスクと適切な対処法

乖離を放置すると、未払い残業代の請求リスクや、従業員の健康問題、労働基準監督署による是正勧告などにつながる可能性があります。 乖離に気づいた場合は、まずその原因を特定し、実態に合わせた対応をとることが大切です。たとえば、恒常的な残業が原因であれば、業務プロセスの見直しや人員の補充を検討する必要があるでしょう。また、契約内容と勤務実態が合っていない場合は、従業員と話し合いのうえ、実態に即した雇用契約を結び直すことが、健全な労使関係につながります。

所定労働時間と混同しやすい労働時間の違い

労務管理では、「所定労働時間」や「実労働時間」のほかにも、似たような言葉がいくつか使われます。それぞれの意味を正しく区別して、適切に使い分けることが重要です。

勤務時間と拘束時間の違い

  • 勤務時間:一般的に、実労働時間と同じ意味で使われることが多い言葉です。始業から終業までの時間から休憩時間を除いた、実際に業務に従事した時間を指します。
  • 拘束時間:始業時刻から終業時刻までの、休憩時間を含めたすべての時間を指します。従業員が会社の指揮命令下に置かれている時間全体と考えるとわかりやすいでしょう。
  • 計算式:拘束時間 = 実労働時間 + 休憩時間

総実労働時間

一定期間(月や年など)における実労働時間の合計を指します。時間外労働や休日労働もすべて含まれます。

所定労働時間と実労働時間を理解し適切な労務管理を

この記事では、所定労働時間と実労働時間の違いを中心に、給与計算や社会保険、有給休暇といった実務への影響を解説しました。両者の違いを一言でいえば、「契約上の時間」か「実績の時間」かという点です。

もし、この2つの時間を正確に区別して管理できていない場合、残業代の計算ミスや社会保険の加入漏れといった労務リスクに直結しかねません。

この違いを正しく理解し、実労働時間を客観的な記録にもとづいて正確に把握することは、適切な給与計算や社会保険手続きを行うための大前提といえるでしょう。

自社の勤怠管理や就業規則が、法律や実態に合っているか、この機会に改めて確認してみてはいかがでしょうか。適切な労務管理は、従業員との信頼関係を築き、企業の健全な発展を支える基礎となります。


※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。

※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。

関連記事