- 更新日 : 2025年9月16日
【事例で学ぼう】労基法の是正勧告 企業の労務リスクと予防対策とは
ある日突然、労働基準監督署から届く「是正勧告書」。これは、法令遵守が求められる企業経営において、決して無視できない重要なシグナルです。
本記事では、どのような違反が是正勧告につながるのかを具体的な事例で詳しく解説します。
「そもそも是正勧告とは?」という方は、まずは以下の関連記事をご覧ください。
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事例で学ぶ是正勧告
実際にどのような違反が是正勧告の対象となるのか、ありがちな10の事例を通じて具体的に見ていきましょう。これらのケースは、多くの企業で起こりやすい違反パターンであり、日頃から注意が必要な項目です。
事例①:36協定の上限を超えた違法な長時間労働
36協定を締結していても、その限度時間を超えて労働させた場合は重大な法令違反となります。
ある物流企業では、36協定で月45時間の時間外労働を定めていたにも関わらず、繁忙期に月100時間を超える残業が常態化し、是正勧告を受けました。
2019年4月からは時間外労働の上限規制が法制化され、原則として月45時間・年360時間、特別条項を付けても年720時間・月100時間未満(休日労働含む)・複数月平均80時間以内という上限が設けられています。これを超えた場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金の対象となり、企業名公表のリスクも高まります。
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事例②:割増賃金(残業代)の未払いや計算間違い
残業代の計算ミスや未払いは、ありがちな違反事例の一つです。
あるIT企業では、固定残業代制度を採用していたものの、みなし残業時間を超えた分の割増賃金を支払っていなかったケースがあります。ある小売業では深夜労働の割増率を25%ではなく通常の時間外労働と同じ扱いにしていたため、深夜割増分の差額支払いを命じられました。
事例③:「名ばかり管理監督者」への残業代不払い
管理監督者の範囲を誤って解釈し、残業代を支払わないケースも多発しています。
ある飲食チェーン店では、店長を管理監督者として扱い残業代を支払っていませんでしたが、実態は出退勤の自由がなく、経営に関する決定権限もないことから「名ばかり管理職」と判断され、過去3年分の残業代の支払いを命じられました。
管理監督者の判断基準は、①経営者と一体的な立場での職務内容、②出退勤の自由裁量、③地位にふさわしい待遇の3要件すべてを満たす必要があり、役職名だけで判断することはできません。
出典|日本の人事部 「管理職」の時間外労働と管理監督者の基準について
事例④:労働時間の不適切な記録・管理
タイムカードの改ざんや、実労働時間を適切に記録していないケースも是正勧告の対象です。
ある運送業では、記録と運転日報の間に大きな乖離があり、実際の労働時間を隠蔽していたことが発覚しました。また、在宅勤務が普及する中、テレワーク時の労働時間管理が不適切で、パソコンのログ記録と申告された労働時間に大きな差異があった事例も報告されています。
2019年4月からは労働時間の客観的な把握が義務化されており、自己申告制の場合でも実態調査を行う必要があります。
出典|厚生労働省 客観的な記録による労働時間の把握が法的義務になりました
事例⑤:年次有給休暇の取得義務違反
2019年4月から、年10日以上の有給休暇が付与される労働者に対して、年5日の取得が義務化されました。
ある企業では、年休の日数が年10日以上の労働者全員(パートタイム労働者を含む)について、年休の時季指定を怠り、年5日間を取得させていませんでした。さらに、是正勧告後も改善の意思が見られなかったため、会社と代表者が送検されています。
出典|介護経営ドットコム 送検事例にみる年次有給休暇の正しい管理方法
事例⑥:定期健康診断の未実施
労働安全衛生法では、常時使用する労働者に対して年1回の定期健康診断の実施が義務付けられています。
あるサービス業の企業では、正社員には健康診断を実施していたものの、週30時間以上勤務するパートタイム労働者への実施を怠っていたため是正勧告を受けました。また、深夜業に従事する労働者に対しては年2回の健康診断が必要ですが、これを年1回しか実施していなかった24時間営業の店舗も違反を指摘されています。
健康診断の費用は会社負担が原則です。受診時間は労働時間として認めなければならない旨の法的義務はありませんが、実務上は労働時間として認め、賃金を支払うことが望ましいです。
事例⑦:長時間労働者への医師による面接指導の未実施
月80時間を超える時間外・休日労働を行い、疲労の蓄積が認められる労働者から申し出があった場合、医師による面接指導を実施する義務があります。
あるIT企業では、該当者がいたにも関わらず面接指導の制度自体を設けていなかったため、是正勧告を受けました。2024年4月からは、この基準が建設業や運送業にも適用されており、産業医の選任や面接指導体制の整備が急がれています。面接指導の結果に基づいて、必要に応じて労働時間の短縮や配置転換などの措置を講じることも求められます。
出典|厚生労働省 建設業・ドライバー・医師等の時間外労働の上限規制 (旧時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務)
事例⑧:危険・有害な作業環境の放置
製造業や建設業では、安全配慮義務違反による是正勧告も見られます。
ある金属加工工場では、プレス機械に安全装置を設置していなかったため、作業員が指を切断する事故が発生し、機械の使用停止命令とともに是正勧告を受けました。また、化学工場では有機溶剤を使用する作業場で局所排気装置が故障したまま放置され、作業環境測定でも基準値を超える有害物質が検出されたケースがあります。
フォークリフトの無資格運転や、高所作業時の安全帯未着用など、基本的な安全対策の不備も指摘されています。
事例⑨:労働条件の不利益な変更
労働条件を労働者の不利益に変更する場合は、原則として労働者の個別同意が必要です。
ある企業では、業績悪化を理由に一方的に基本給を10%カットしましたが、労働者の同意を得ていなかったため違法と判断されました。
労働条件の不利益変更には、①労働者の受ける不利益の程度、②変更の必要性、③変更後の内容の相当性、④労働組合等との交渉状況などを総合的に判断する必要があります。
事例⑩:解雇予告手当の不払い
解雇を行う場合は、30日前の予告または30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)の支払いが必要です。
ある飲食店では、業績不振を理由に即日解雇を行いましたが、解雇予告手当を支払わなかったため労働基準法違反となりました。また、試用期間中の労働者であっても、14日を超えて雇用されている場合は解雇予告手当が必要ですが、これを知らずに即日解雇した企業も是正勧告を受けています。
なお、懲戒解雇の場合でも、労働基準監督署の除外認定を受けない限り、解雇予告手当の支払い義務は免除されません。
是正勧告がもたらす企業の「労務リスク」
是正勧告を受けることで、企業は様々なリスクに直面します。これらのリスクは相互に関連し、企業経営に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
リスク①:刑事罰(送検)への発展と社会的信用の失墜
是正勧告に従わず、改善が見られない場合、労働基準監督署は検察庁への書類送検を行います。
現在、厚生労働省は労働基準関係法令違反で送検された企業名を定期的に公表しており、多数の企業が公表対象となっています。送検されると、労働基準法違反の場合は6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。
さらに深刻なのは、企業の社会的信用の失墜です。送検の事実はメディアでも報道され、「ブラック企業」というレッテルを貼られることで、取引先との関係悪化や株価下落などの経営への直接的な打撃を受けることになります。
出典|労働基準関係法令違反に係る公表事案 (令和6年7月1日~令和7年6月30日公表分)
リスク②:企業名公表によるブランドイメージの低下
2017年1月から、違法な長時間労働が複数の事業場で認められた企業については、是正勧告の段階でも企業名が公表される制度が強化されました。
具体的には、1年以内に2か所以上の事業場で、月80時間を超える時間外・休日労働が認められ、かつ是正勧告を受けた場合、労働局長による企業トップへの指導とともに企業名が公表されます。公表された企業名は厚生労働省のウェブサイトに約1年間掲載され、誰でも閲覧可能な状態となります。
出典|厚生労働省 違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について
リスク③:従業員のエンゲージメント低下と離職率の増加
是正勧告を受けたという事実は、社内の従業員にも大きな動揺を与えます。
「自分の会社は法令違反をしている」という認識は、従業員の会社への信頼を損ない、モチベーションの低下につながります。特に若手社員や優秀な人材ほど、コンプライアンス意識が高く、法令違反を繰り返す企業からの離職を選択する傾向があります。さらに、社内での噂や不安が広がることで、職場の雰囲気が悪化し、生産性の低下にもつながります。
リスク④:採用活動への悪影響と人材獲得コストの増大
企業名が公表されると、新卒・中途採用において致命的な影響を受けます。
求職者によっては、企業研究の際に労働環境や法令遵守状況をチェックしており、是正勧告や送検の履歴がある企業は敬遠されやすくなります。
その結果、応募者数が減り、採用基準を下げざるを得なくなったり、人材紹介会社への手数料が増加したりと、採用コストが大幅に上昇します。
リスク⑤:未払い賃金等の遡及支払いで発生する財務的ダメージ
残業代の未払いが指摘された場合、過去5年間(当面の間は3年間)に遡って支払い義務が生じます。100名規模の企業で、月平均20時間のサービス残業があった場合、3年間の遡及支払い額は数千万円に達することもあります。
さらに、遅延損害金として一定の利率が加算される可能性もあります。これらの予期せぬ支出は、企業のキャッシュフローを圧迫し、設備投資や新規事業への投資を断念せざるを得なくなるなど、企業の成長戦略にも大きな影響を与えます。
是正勧告を受けた場合の対応フロー
是正勧告を受けた場合は、迅速かつ適切な対応が求められます。以下のステップに沿って、確実に改善を進めていくことが重要です。
STEP1:指摘内容の正確な把握と改善計画の策定
是正勧告書を受領したら、まず記載されている違反条項と指摘事項を正確に理解することが重要です。
法令の条文を確認し、何がどのように違反しているのかを明確にします。次に、違反の原因を分析し、根本的な改善策を検討します。この段階で社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。
改善計画は、単に表面的な対応ではなく、再発防止の観点から業務プロセスや管理体制の見直しを含めた包括的なものにする必要があります。改善に必要な期間や費用を見積もり、実現可能な計画を立てることが大切です。
STEP2:是正報告書の作成と提出
是正報告書は、指摘された違反事項をどのように改善したかを具体的に記載する重要な書類です。
福井労働局が公開している記載例によれば、違反条項ごとに「是正の状況」と「是正年月日」を明記する必要があります。
例えば、労働条件通知書の未交付を指摘された場合は「労働条件通知書を作成し、全従業員に交付しました」と記載し、実際の通知書を添付します。未払い賃金があった場合は、支払い証明となる領収書や振込明細を添付することが求められます。
是正報告書は期限内に提出することが原則ですが、改善に時間を要する場合は、担当監督官に相談し、段階的な改善計画を示すことも可能です。
STEP3:改善策の実行と社内への周知徹底
是正報告書の提出後も、改善策を確実に実行し続けることが重要です。
就業規則の変更や労働時間管理システムの導入など、ハード面の整備だけでなく、管理職研修の実施や従業員への説明会の開催など、ソフト面の対策も欠かせません。特に、なぜ違反が発生したのか、今後どのような体制で法令遵守を徹底するのかを全従業員に理解してもらうことが再発防止につながります。
また、改善後も定期的に内部監査を実施し、改善策が適切に運用されているかをチェックする仕組みを構築することが大切です。
補足:是正勧告の内容に不服がある場合の対応
是正勧告の内容に事実誤認がある、または法令解釈に疑義がある場合は、まず担当監督官と話し合いの機会を設けることが重要です。
客観的な証拠資料を準備し、冷静に自社の見解を説明します。ただし、是正勧告は行政指導であるため、行政不服審査法に基づく不服申立ての対象にはなりません。どうしても納得できない場合は、弁護士を通じて労働局との協議を行うことも検討できますが、対立的な姿勢は避け、建設的な解決を目指すことが賢明です。
むしろ、指摘を真摯に受け止め、より良い労働環境の構築に向けた改善の機会と捉えることが、長期的には企業の発展につながります。
関連記事|労働基準監督署の調査の流れは?対応方法から指摘されやすいポイントまで解説
将来の是正勧告を防ぐための予防対策
是正勧告を受けないためには、日頃からの予防的な取り組みが不可欠です。以下の対策を実施することで、労務リスクを大幅に軽減できます。
勤怠管理や給与計算プロセスの見直しとシステム化
適切な労働時間管理は、労務管理の基本です。
タイムカードやICカードなどの客観的な記録方法を導入し、実労働時間を正確に把握する体制を整えます。最近では、顔認証やGPS機能を活用した勤怠管理システムも普及しており、不正打刻やサービス残業を防ぐ効果があります。
また、給与計算においては、複雑な割増賃金の計算を正確に行うため、給与計算ソフトの導入を検討することも有効です。システム化により、人為的ミスを防ぎ、法令に準拠した適正な賃金支払いが可能になります。定期的に勤怠データと給与データの整合性をチェックし、不整合がある場合は速やかに原因を究明する仕組みも必要です。
就業規則と36協定の定期的なメンテナンス
就業規則や36協定は、一度作成したら終わりではありません。
法改正や社内制度の変更に応じて、定期的な見直しが必要です。特に2024年4月からは建設業やドライバー、医師などにも時間外労働の上限規制が適用されるなど、働き方改革関連の法改正が続いています。
年に1回は専門家によるチェックを受け、法改正への対応漏れがないか確認することをお勧めします。また、36協定は有効期限があるため、期限切れにならないよう管理体制を整備し、労使で十分に協議した上で適切に更新することが重要です。
従業員が気軽に相談できるハラスメント相談窓口の設置
労働基準監督署への申告の多くは、従業員からの通報がきっかけとなっています。
社内に問題を相談できる窓口があれば、外部への通報を防ぎ、早期に問題を解決できる可能性が高まります。ハラスメント相談窓口を設置し、労働時間や賃金、職場環境に関する相談も受け付ける体制を整えます。
相談窓口は、人事部門から独立した中立的な立場で運営することが重要で、相談者のプライバシーを守り、不利益な取り扱いを受けないことを明確に保証する必要があります。定期的に従業員満足度調査を実施し、潜在的な問題を早期に発見することも効果的です。
社会保険労務士など外部専門家との連携強化
労働法令は頻繁に改正され、その内容も複雑化しています。自社だけですべてに対応することは困難であり、専門家の支援を受けることが賢明です。
顧問社会保険労務士と契約し、定期的な労務監査を実施してもらうことで、法令違反のリスクを事前に発見し、改善することができます。また、労働基準監督署の調査が入った際も、専門家の立ち会いにより適切な対応が可能になります。
さらに、従業員向けの研修や管理職向けの労務管理セミナーを開催してもらうことで、組織全体のコンプライアンス意識を高めることができます。
労基法の是正勧告への対応は企業の成長基盤となる
是正勧告は、企業にとって労務管理体制の弱点を可視化し、改善する好機にもなります。
指摘された違反事例への対応はもちろん、その背景にある根本的な課題に向き合い、適切な対策を講じること。それが、従業員が安心して働ける職場環境を構築し、企業の持続的な成長を実現するための重要な基盤となります。リスクを正しく理解し、予防的な対策を進めることで、より強く健全な企業体制を築き上げていきましょう。
労働基準法の遵守は、単なる法的義務ではなく、従業員との信頼関係を築き、優秀な人材を確保し、企業価値を高めるための投資でもあります。是正勧告が届いたときは、より良い職場環境づくりのための指針として活用し、働きがいのある職場を実現していくことが、これからの企業経営には求められています。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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