- 更新日 : 2025年11月21日
職場のハラスメント対策|企業の義務と具体的な防止策を解説
2022年4月から、すべての企業でパワーハラスメント防止措置が義務化され、職場のハラスメント対策は重要な経営課題となりました。ハラスメントは従業員の心身に影響を与えるだけでなく、生産性の低下や離職に繋がり、企業にとって大きな損失となります。本記事では、法律で定められた企業の義務から、すぐに取り組める具体的な防止策、そしてハラスメントが発生しにくい組織文化の作り方までを、専門家の視点からわかりやすく解説します。
目次
企業のハラスメント対策に関する法的義務
職場のハラスメント対策は、努力目標ではなく、法律によって事業主に課せられた「義務」です。特に「パワーハラスメント防止法」の施行により、その責任はより明確化されました。まずは、企業として最低限遵守しなければならない法的な義務について、正確に理解することから始めましょう。
パワハラ防止法の概要と対象
「パワハラ防止法」とは、正式名称を「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)」といいます。この法改正により、職場でのパワーハラスメントを防止するために、事業主が雇用管理上の必要な措置を講じることが義務づけられました。の義務は、大企業に続き2022年4月1日からすべての中小企業にも適用されています。
事業主が講ずべき4つの措置
法律では、事業主が具体的に講ずべき措置として、以下の4つを定めています。これらはハラスメント対策の根幹となるため、必ず実施しなければなりません。
- 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
- 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
- プライバシー保護や不利益な取扱いの禁止など、併せて講ずべき措置
対象となるハラスメントの種類
法律で対策が義務付けられているハラスメントは、パワーハラスメントだけではありません。代表的なものとして、性的な言動による「セクシュアルハラスメント(セクハラ)」、妊娠・出産・育児休業等に関する「マタニティハラスメント(マタハラ)」や「パタニティハラスメント(パタハラ)」も含まれます。近年では、性的指向や性自認に関する「SOGIハラ」など、個人の多様性を侵害する言動もハラスメントとして問題視されています。
マタハラ・パタハラ防止の義務
マタニティハラスメントやパタニティハラスメントの防止は、「男女雇用機会均等法」および「育児・介護休業法」によっても事業主の義務とされています。具体的には、妊娠・出産したこと、育児休業や介護休業を申し出た・取得したことなどを理由として、解雇や降格、減給といった不利益な取り扱いを行うことは明確に禁止されています。これらのハラスメントに関しても、防止方針の周知や相談体制の整備が求められます。
ハラスメント対策の具体的な進め方 3ステップ
法的な義務を理解した上で、次は何から手をつければよいのでしょうか。ここでは、ハラスメント対策を実効性のあるものにするための具体的な進め方を、3つのステップに分けて解説します。中小企業でも無理なく取り組める実践的な内容ですので、ぜひ参考にしてください。
ステップ1:方針の明確化と周知
まず、会社として「ハラスメントは一切許さない」という明確な方針を定め、それを全従業員に周知徹底します。就業規則にハラスメントに関する規定を盛り込むことが効果的です。その上で、社内ポスターの掲示やハンドブックの配布、社内メールでの定期的なアナウンスなどを通じて、経営トップからの強いメッセージとして繰り返し伝えましょう。
ステップ2:相談窓口の設置と運用
従業員が安心して相談できる窓口の設置は、ハラスメント対策の要です。人事部門の担当者などを窓口とする「内部窓口」と、弁護士や社会保険労務士事務所といった「外部窓口」の両方を設けるのが理想的です。相談者のプライバシーが厳守されること、相談したことで不利益な扱いを受けないことを明確に伝え、誰でも利用しやすい運用を心がけることが重要です。
ステップ3:発生時の迅速な対応
万が一ハラスメントが発生してしまった場合に備え、迅速かつ適切に対応するためのフローをあらかじめ定めておきます。相談を受け付けた後、中立的な立場で速やかに事実関係を確認し、被害者と加害者の双方からヒアリングを行います。事実が確認できた場合は、加害者への懲戒処分や配置転換、被害者のケア、そして再発防止策の検討・実施といった対応を毅然と行います。
ハラスメント防止研修のポイント
ハラスメントを防止するためには、従業員一人ひとりの意識改革が不可欠です。その有効な手段が、定期的なハラスメント防止研修の実施です。ここでは、研修を形骸化させず、実りあるものにするためのポイントを解説します。
研修の目的と重要性
研修の目的は、単に「やってはいけないこと」を伝えるだけではありません。ハラスメントが個人の尊厳を傷つけ、職場環境を悪化させる行為であることを深く理解させ、組織全体のリスク管理意識を高めることにあります。定期的な研修は、会社の本気度を従業員に示すメッセージとなり、ハラスメントを許さないという企業文化の醸成に繋がります。
対象者別の研修内容
研修は、すべての従業員を対象に実施すべきですが、特に管理職にはより深い理解が求められます。一般社員向けには、ハラスメントの定義や相談窓口の利用方法といった基礎知識を、管理職向けには、部下からの相談対応や発生時の初期対応、自身の言動がパワハラと受け取られないためのマネジメント手法など、より実践的な内容を盛り込むのが効果的です。
研修を効果的にする工夫
一方的な講義形式の研修だけでは、なかなか自分事として捉えにくいものです。具体的な事例を基にしたグループディスカッションや、判断に迷うグレーゾーンの事案について考えるケーススタディなどを取り入れましょう。これにより、従業員が主体的に考える機会が生まれ、ハラスメントに対する感受性を高めることができます。オンライン研修ツールを活用するのも良い方法です。
カスタマーハラスメント(カスハラ)への対策
近年、顧客や取引先から従業員への理不尽な要求や暴言といった「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が深刻な問題となっています。企業には、社内の人間関係だけでなく、社外からのハラスメントに対しても従業員を守る責任があります。
カスハラとは
カスタマーハラスメントとは、顧客からのクレームのうち、その内容や言動が社会通念に照らして著しく不当であり、従業員の就業環境を害するものを指します。商品の欠陥に対する正当な要求や意見とは明確に区別されます。具体的には、土下座の強要、長時間の拘束、暴言、脅迫、セクハラ行為などが該当します。
従業員を守るための対応マニュアル
カスハラから従業員を守るためには、組織としての対応方針を明確にし、具体的な対応手順を定めたマニュアルを作成することが不可欠です。マニュアルには、対応時の基本姿勢、言ってはいけない言葉、エスカレーション(上司や他部署への引き継ぎ)の基準、記録の取り方などを明記します。従業員を一人で対応させず、組織全体で取り組む姿勢を示すことが重要です。
2025年6月には、カスハラ対策を企業に義務付ける改正労働施策総合推進法が成立し、2026年中の施行が予定されています。義務化前にマニュアルを整備しておけば、改正法施行後の対応もスムーズに進められるでしょう。
外部機関との連携
従業員の安全が脅かされるような悪質なケースや、金銭の要求が伴うような脅迫的なケースについては、ためらわずに警察や弁護士といった外部の専門機関に相談できる体制を整えておくことも大切です。顧問弁護士や所轄の警察署の連絡先をマニュアルに記載し、いつでも連携できるように準備しておきましょう。
ハラスメントを未然に防ぐ組織文化づくり
これまで解説してきた対策は、いわば問題が起きた際の「対処療法」やルールによる「抑止」です。しかし、本当に目指すべきは、ハラスメントがそもそも発生しにくい、風通しの良い組織文化、すなわち「予防」です。最後に、そのための取り組みについて解説します。
心理的安全性の確保
「心理的安全性」とは、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態のことです。「こんなことを言ったら評価が下がるかも」「無知だと思われるのが怖い」といった不安がなく、誰もが対等に意見を交わせる職場では、ハラスメントの芽が育ちにくくなります。ミスを報告しやすい環境は、ハラスメントの早期発見にも繋がります。
コミュニケーションの活性化
ハラスメントの多くは、コミュニケーション不足からくる誤解や不信感が引き金となります。上司と部下が定期的に1対1で対話する「1on1ミーティング」の導入や、部署内での雑談を交えたミーティングの実施など、日頃から縦と横のコミュニケーションを円滑にする仕組みを取り入れましょう。互いの人柄や価値観への理解が、ハラスメントの抑止力となります。
経営層からのメッセージ発信
ハラスメントを許さないという組織文化を根付かせる上で、強力なのは経営層からの継続的なメッセージです。社長や役員が、朝礼や社内報、会議の場などで、自らの言葉でハラスメント防止の重要性や会社の姿勢を繰り返し語ることが、従業員の意識に強く響きます。トップの揺るぎない決意が、組織全体の文化を変える原動力となるのです。
ハラスメント対策で全ての従業員が働きやすい職場へ
企業のハラスメント対策は、法的な義務を果たすことはもちろん、従業員が安心して能力を発揮できる職場環境を作るための重要な投資です。まずは、自社の方針を明確に示し、相談窓口を整えることから始めましょう。そして、研修や日々のコミュニケーションを通じて、ハラスメントを許さないという意識を組織全体に浸透させることが不可欠です。本記事で解説した具体的な防止策を実践し、従業員一人ひとりが尊重される、健全で生産性の高い職場環境を実現してください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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