• 更新日 : 2025年10月6日

適応障害で休職中の従業員に退職勧奨はできる?法的リスクと注意点を解説

近年、精神障害による休職者が増加傾向にあるなかで、適応障害で休職中の従業員に対して退職勧奨をしてもよいのか、企業側で判断に迷うケースが少なくありません。メンタルヘルスへの配慮と企業としての対応のバランスに頭を抱えることもあるでしょう。

本記事では、適応障害による休職者への退職勧奨の可否や法的リスク、トラブルを避けるための適切な対応手順を解説します。

適応障害で休職中の従業員に退職勧奨をするのは違法?

適応障害で休職中の従業員に対して退職勧奨を行うこと自体は、法律で明確に禁止されているわけではありません。しかし、内容や進め方によっては「退職強要」と見なされ、違法と判断される可能性があります。

退職勧奨とは、会社が従業員に自主的な退職を打診する行為のことです。適応障害などの精神疾患を抱える従業員に対して行う場合は、とくに慎重な対応が求められます。

また、会社には労働契約法第5条にもとづく安全配慮義務があり、従業員の心身の状態に応じて必要な配慮を行い、安心して療養に専念できる環境を整える責任があります。

休職期間中の退職勧奨は極めて慎重に行うべきであり、必要がある場合は産業医や弁護士などの専門家に相談したうえで、適切な配慮をもって進めることが重要です。

退職勧奨の概要や休職中の退職勧奨の違法性については、以下の記事で詳しく解説しています。あわせてご確認ください。

関連記事:
退職勧奨とは?円滑な進め方や言い方、通知書のひな形や文例を紹介
休職中に退職に追い込むことは違法?法的な観点から解説

適応障害で休職中の従業員に退職勧奨をする場合の法的リスク

適応障害で休職中の従業員に退職勧奨をする場合に、会社が抱える可能性のある主な法的リスクを解説します。

1. パワハラと認定されるリスクがある

適応障害で休職している従業員に対して、病状に配慮せず退職を強く勧めた場合、パワハラと認定される可能性があります。とくに精神的に不安定な状態での退職勧奨は、本人に過度な心理的負担を与えるため、民法上の不法行為と判断されるリスクがあります。

この場合、会社は慰謝料の支払いを命じられることがあり、相場は20~100万円程度です。

実際に「中倉陸運事件」では、うつ病により障害等級3級の認定を受けた従業員に対して退職勧奨を行い、わずか数日で退職させた会社に対して、慰謝料80万円の支払いが命じられました。

参考:中倉陸運事件|全国労働基準関係団体連合会

このように、精神疾患を抱える従業員への不適切な退職勧奨は、状況次第で違法と判断されるリスクが現実に存在します。

違法な退職勧奨が原因で退職に至った場合には、慰謝料に加えて損害賠償や退職が無効となった場合の給与(バックペイ)の支払いが発生する可能性もあります。

損害賠償について詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてみてください。

関連記事:損害賠償とは?種類や慰謝料との違い、金額の決め方などを簡単に解説

2. 退職が無効になるリスクがある

退職勧奨はあくまで「合意による退職」が前提です。しかし、適応障害を抱える従業員に対して繰り返し退職を迫った場合は、労働者の自由意思が認められず「強迫」に該当する可能性があります。

民法第96条によると「強迫による意思表示」は取り消すことが可能であり、精神的な圧力下で交わされた退職合意は無効と判断される場合があります。

その結果、従業員は労働者としての地位を回復し、会社は復職を受け入れなければなりません。さらに、退職から復職までの間に発生した給与の支払いも命じられ、会社にとって深刻な経済的リスクとなり得ます。

民法第96条についての詳細は、以下の記事をご確認ください。

関連記事:民法96条とは?取消しの要件や手続きをわかりやすく解説

3. 安全配慮義務違反として損害賠償責任を負う可能性がある

適応障害を抱える従業員に不適切な退職勧奨を行った場合、会社は従業員の心身の健康・安全を確保する「安全配慮義務」に違反したと判断されることがあります。

病状の理解が不十分なまま退職を促し、結果として症状を悪化させた場合、会社が損害賠償責任を負うリスクを否定できません。重度の精神疾患や自殺に至り、数千万円規模の賠償が認められた判例も存在します。

たとえ退職勧奨に明確な意図がなくても、従業員の健康に悪影響を及ぼした場合には、会社として法的責任を問われる可能性があるため注意が必要です。

安全配慮義務については、以下の記事で詳しく解説しています。

関連記事:安全配慮義務とは?範囲や違反した場合の罰則、注意点を解説!

適応障害で休職中の従業員に退職勧奨をする前に検討すべきこと

適応障害で休職中の従業員に対して、いきなり退職勧奨を行うことは適切ではありません。まずは「退職勧奨が必要かどうか」を慎重に見極める必要があります。

ここでは、退職勧奨に進む前に検討すべき4つの視点を紹介します。

1. 就業規則における自然退職の規定を確認する

退職勧奨を検討する前提として、自社の就業規則を確認することが重要です。

多くの企業では、就業規則に「休職期間満了までに休職事由が消滅しない場合は、休職期間の満了の日をもって当然退職とする」旨が明記されています。

つまり、休職期間が満了し、かつ復職可能との診断が得られなければ、会社側があらためて退職勧奨を行わなくても自然に退職扱いとなるケースがあるのです。

退職勧奨はあくまで従業員との「合意による退職」であり、不要な場面で行うと逆にトラブルの原因にもなりかねません。まずは自社の就業規則において、休職規定の存在と休職満了時の処遇が自然退職に該当するかどうかを確認しましょう。

就業規則について詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてみてください。

関連記事:
就業規則とは?作成手順や記載項目を解説!
就業規則の法的効力は?発生要件や発生日、適用範囲、優先順位などのポイントを解説

2. 復職の可能性を検討する

適応障害で休職した従業員にとって、退職が唯一の解決策というわけではありません。本人の体調が回復すれば、元の職場に復職できる場合もあるため、その可能性を慎重に判断しましょう。

復職には、心身の負担を軽減するリワーク支援や試し出勤制度など、職場復帰を段階的にサポートする仕組みを活用することが効果的です。

リワークは医療機関や専門施設で行われ、ストレス対処法の習得や生活リズムの回復に役立ちます。試し出勤制度は、従業員の負担を抑えつつ職場環境への再適応を促す点が大きなメリットです。

こうした制度を活用することで、再発リスクを減らし本人の自信と職場への適応力を高めることが期待できます。

復職やリワークについての詳細は、以下の記事をご確認ください。

関連記事:
復職とは?休職から復職の流れや復職支援の取り組み、対応について解説
リワークとは?支援プログラムの内容や効果を解説

3. 産業医・主治医との連携を強化する

適応障害の治療と職場復帰を円滑に進めるには、産業医や主治医との連携体制を強化し、従業員の健康状態を正確に把握することが欠かせません。

医師の診断書や治療方針にもとづき、治療経過や症状の程度に応じた勤務時間の調整や業務内容の変更など、本人の心身負担を軽減する具体的な配慮を職場に取り入れましょう。

産業医や主治医との連携を密にすることで復職計画の実効性が高まり、職場復帰後の再発予防にもつながります。医療機関との情報共有は従業員の安心感を高めるため、会社と従業員双方にとって大きなメリットがあります。

このような連携体制を構築することで、退職を選ばずに済む可能性が高まり、退職勧奨に伴う法的なリスクを回避することが可能です。

産業医との連携方法については、以下の記事を参考にしてみてください。

関連記事:産業医の役割とは?医療行為はできない?役立たずと言われる理由や選任するポイントも解説

4. 職場環境の改善や配置転換の可能性を探る

適応障害の背景には、職場の人間関係や業務内容がストレス要因となっている場合があります。

こうした場合は、退職勧奨の前に従業員の特性や適性にあう部署への配置転換や、職場環境の改善を積極的に検討しましょう。対人ストレスの軽減や仕事内容の見直し、リモートワークの導入など、本人が働きやすくなる環境作りも効果的です。

職場での柔軟な対応によりストレスの原因を減らすことで、症状の改善やパフォーマンスの向上が期待できます。こうした配慮を行うことで、退職に頼らず従業員が長期的に働き続けられる環境を整えることが可能です。

こうした取り組みを経ても改善が見込めない場合に、初めて退職勧奨を検討するのが望ましいといえます。

適応障害の従業員を配置転換する場合は、以下の記事を参考にしてみてください。

関連記事:うつ病になった従業員を部署異動させるのは義務?配置転換のポイントもあわせて解説

退職勧奨をトラブルなく進めるための具体的な手順

適応障害を理由とした退職勧奨では、対応を誤ると「違法な退職勧奨」や「退職強要」と判断される恐れがあります。

ここでは、適応障害を抱える従業員に対して、法的トラブルを避けつつ退職勧奨を円滑に進めるための6つのステップをわかりやすく解説します。

STEP1:就業規則を確認する

退職勧奨を進める前に、就業規則における休職制度・退職事由の定めを確認しましょう。

就業規則に「休職期間満了時に復職できなければ当然退職とする」旨が明記されていれば、退職勧奨を行わずとも自然退職という形で雇用契約が終了する可能性があります。

このような制度面を確認したうえで、退職勧奨が本当に必要かどうかを見極めましょう。

就業規則の休職規定については、以下の記事で詳しく解説しています。あわせてご確認ください。

関連記事:就業規則の休職規定|必須項目・記載例からモデル就業規則、退職時の注意点まで解説

STEP2:退職勧奨の方針を社内で決定する

退職勧奨を進めるにあたっては、「なぜ」退職を促すのかを明確にし、関係者間で方針を共有することが重要です。

これは、退職勧奨が主観的な判断や個人の感情によるものと受け取られるリスクを避けるためです。

ただし、適応障害を抱える従業員のプライバシー保護の観点から、共有範囲は人事労務部門や直属の上司、産業医など必要最小限に限定し、情報漏洩に十分注意しましょう。

経営者・直属の上司・人事担当者が連携し、対象者選定の合理的な基準と目的を文書で整理しておくことも大切です。

退職勧奨の決定が個人の独断ではなく、会社としての正式な方針であることを示すことで、後の労務トラブル回避につながります。

STEP3:対象従業員との面談を実施する

対象従業員との面談は、プライバシーに配慮して個室などの落ち着いた環境で実施し、退職勧奨の目的や背景を丁寧に伝えることを意識しましょう。適応障害を抱える従業員にとっては非常にセンシティブな話題であるため、配慮を欠いた言動は避けなければなりません。

面談では、業務への影響やこれまでの対応履歴を客観的に説明し、あくまでも選択肢のひとつとして「退職」を提案するスタンスを崩さないことが大切です。

STEP4:回答期限を伝え、検討を促す

退職勧奨を提示した直後に返答を求めると、違法な「退職強要」と判断されるリスクがあります。

そのため、3日〜1週間程度の検討期間を設定し、「〇月〇日までにご返答をいただけますか」と具体的な期限を明確に伝えることが適切です。

適応障害を抱える従業員の場合、家族や医師と相談する時間が必要となることも多いため、意思決定を急かさない姿勢が信頼関係の維持につながります。次の面談の日程もこの段階で設定しておくとスムーズです。

STEP5:退職時期や金銭面の条件を話し合う

従業員が退職に前向きな意思を示したら、退職時期や退職金、未消化有給の取り扱いなどの条件を具体的に協議します。

適応障害で就労継続が難しい状況にある従業員にとっては、経済的な不安が退職をためらう大きな要因です。そのため、まずは退職後に利用できる公的支援制度(例:失業給付)について丁寧に説明することが大切です。

退職勧奨による離職は「特定受給資格者」に該当する可能性が高く、所定給付日数が延長されたり、給付制限なしで早期に失業手当を受給できたりする場合があります。こうした制度を理解してもらうことで、従業員の不安が軽減され、合意形成がスムーズに進むことがあります。

転職支援などの非金銭的なサポートを提案することも効果的です。

STEP6:退職日や条件を合意し、必要書類を交付する

すべての条件について双方が合意に至ったら、退職日・金銭条件・未払い分の精算内容などを文書に明記し、必要書類を速やかに交付します。

合意段階で重要なのは、退職が従業員本人の自由意思にもとづくものであることを客観的に証明できる状態を整えることです。書類は後々の証拠となるため、内容に不備がないかを再確認し、交付・保管の履歴も残しておきましょう。

適応障害で休職中の従業員に退職勧奨をする際の注意点

適応障害で休職中の従業員に退職勧奨を行う場合には、精神的配慮と法的リスク回避が欠かせません。

ここでは、会社が退職勧奨を進めるうえで注意すべきポイントを詳しく解説します。

1. 退職勧奨の理由や条件を明確に伝える

適応障害の従業員に退職勧奨を行う場合、まずは退職を提案する理由と背景を明確に説明することが大前提です。

適応障害の従業員は心身ともに不安定な状態にあるため、「退職を求められる理由がわからない」という状況は、さらなる混乱や不信感につながります。曖昧な説明では不信感を生み、かえって精神状態に悪影響を与える恐れがあります。

そのため、「業務上の支障が長期にわたっている」「主治医や産業医の診断の結果、復職の見通しが立っていない」といった具体的な事情を伝えたうえで、退職後の不安を軽減するための条件もあわせて提示しましょう。

具体的には、特別退職金の支給や退職後の支援(例:転職サポートや健康保険の手続き)などがあります。

退職日や退職金の支給基準など、制度面の詳細も丁寧に説明することで、トラブルの防止につながります。

2. 面談は複数回に分け、配慮を徹底する

退職勧奨の面談では、精神的負担を軽減するためにも一度で結論を出さず、複数回に分けて進めることが基本です。1回の面談時間は30分以内が望ましく、従業員の体調や反応に細心の注意を払いながら、冷静かつ丁寧な対応を心掛けましょう。

面談はプライバシーが守られた場所(例:個室の会議室など)で実施し、周囲の目から隔離された環境を整える必要があります。

面談の内容を記録するために録音を行うことも効果的です。録音は万が一の法的トラブルに備えると同時に、会社の誠実な対応を示す手段としても有効です。

従業員側も録音しているケースがあるため、常に録音されている前提で、丁寧な言葉遣いと冷静な態度を意識しましょう。

3. 退職の合意を書面で明文化する

退職勧奨が合意に至った場合には、合意内容を書面に残しておく必要があります。後日「退職を強制された」「実質的に解雇だった」と従業員側から主張されるリスクを回避するためです。

書面には、面談で確認した次の合意内容を漏れなく記載します。

  • 退職理由
  • 合意日時
  • 退職日
  • 退職金の金額
  • 支払い条件

これらの内容を「退職勧奨同意書」や「退職届」の形式で残しておくことで、会社として正当な対応であったことを示す証拠になります。

書面は従業員が納得したうえで署名・押印することが前提であり、書面に無理やり署名させるような行為は避けなければなりません。法的トラブルを防ぐためにも、従業員に写しを交付し、会社側も確実に文書保管しておくことを忘れないようにしましょう。

退職勧奨同意書については、以下の記事を参考にしてみてください。

関連記事:退職勧奨同意書とは?作成するケースや書き方、注意点を解説


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