- 更新日 : 2025年10月6日
アルコール依存症による退職勧奨は違法?安全配慮義務と対応を解説
アルコール依存症を理由に退職勧奨が行われるケースは、企業にとって大きな課題です。依存症は病気であり、治療や休職を含めた適切な対応が求められます。一方で業務への支障が続く場合、懲戒処分や退職勧奨に発展することもあるでしょう。
本記事では、法的な位置づけや注意点、企業が取るべき対応を解説します。適法な手続きとリスク回避のポイントも紹介するので、人事担当の方は参考にしてみてください。
目次
アルコール依存症を直接的な理由とする退職勧奨は難しい
アルコール依存症を直接的な理由として、退職勧奨に踏み切るのは不適切です。退職勧奨は、合意形成を前提とする働きかけであり、威迫や長時間の説得は「退職強要」にあたります。
アルコール依存症が疑われる従業員に対しては、事実の客観化が必須です。たとえば、次のような点で、業務に支障が出ている事実を列挙しましょう。
- 欠勤
- 遅刻
- 職務遂行能力の低下
- 安全上の懸念
退職勧奨を行う際は、面談の目的や所要時間を事前に伝え、議事録を残しましょう。また、従業員に回答の猶予を与え、冷静な判断を促すことも重要です。
厚生労働省が示す契約終了ルールの整備・書面化・周知などを徹底することで、強要との線引きを明確にできます。
参考:厚生労働省 | 労働契約の終了に関するルール 4 退職勧奨について
退職勧奨は従業員に退職を促すこと
退職勧奨は、会社が従業員に対して、自主退職を提案する制度です。解雇と異なり、従業員の同意と、任意性の確保が前提となります。
退職勧奨には合意が必要
退職勧奨の本質は「双方の合意」であり、従業員の任意性が必要です。企業が強引に面談を繰り返し、長時間にわたり辞職を迫れば、退職強要となります。裁判に発展した場合、任意性を疑われ、退職が取り消されるでしょう。
任意性を守るには、目的を限定した短時間の面談を設定し、説明内容を議事録に残すのが効果的です。また、労働者に一定の検討期間を与えることで、従業員自身の判断である事実を補強できます。
退職に至らない場合は、休職制度や配置転換といった選択肢の提示も、検討しましょう。
病気・性別のみを理由とした退職勧奨は違法
病気や性別にもとづく退職勧奨は、労働契約法や男女雇用機会均等法で、明確に禁止されています。したがって、アルコール依存症を直接的な理由とした退職勧奨は、違法です。
たとえば、「業務に具体的な支障がある事実」を示さず、単に病名を理由に退職を迫れば、不当な退職勧奨と判断されかねません。
実務では、医師の診断を踏まえて、業務上の支障や改善策を説明する必要があります。相談のうえで、配置転換や休職といった選択肢を検討する取り組みが必要です。
参考:
労働契約法 | e-Gov 法令検索
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律 | e-Gov 法令検索
アルコール依存症の従業員の特徴
アルコール依存症が疑われる従業員には、次の特徴が現れます。業務への影響を記録することで、退職勧奨に必要な客観的事実を集められるでしょう。
遅刻・早退が増える
アルコール依存症になると、睡眠の質が下がるため、起床困難や倦怠感がみられます。結果として、出社時刻が安定せず、朝礼・会議・締切などの時間を守れなくなるでしょう。チームの再割り当てや顧客への再連絡が必要となり、業務効率の低下が避けられません。
遅刻による業務上の支障があった場合は、遅刻・早退の日時、影響した業務、フォロー内容を記録しましょう。記録が蓄積することで、支障が出ていることを、事実として理解してもらいやすくなります。
体調不良がみられる
アルコール依存症は、肝機能障害や高血圧などの身体的症状と同時に、精神的な不調を併発するケースもみられます。うつ症状や不安障害などによる症状は、次の通りです。
- 倦怠感
- 頭痛
- 吐き気
上記の症状が悪化すると、作業の中断や突発的な欠勤が増えるでしょう。精神的な不調を放置すると、本人の業務遂行能力だけでなく、同僚へのしわ寄せや、職場全体の生産性低下にも直結します。
企業側は、体調不良が確認された時点で産業医や専門医の受診を促しましょう。また、診断書の任意提出を依頼するのが望ましいです。
企業には安全配慮義務があるため、体調不良の放置は、労災リスクや法的責任につながるおそれがあります。
酒臭さがある
勤務中の酒臭さは、アルコール依存症の特徴的なサインです。前夜の大量飲酒や、出勤前の飲酒により、体内にアルコールが残ることで酒臭さくなります。
社内では、同僚や上司が不快感を抱くため、チームワークの悪化やスメルハラスメントに発展するでしょう。さらに、取引先との商談や顧客対応の場面で酒臭さが感じられると、企業全体の信用低下が避けられません。
酒臭さが繰り返し確認された場合、注意指導や面談を通じて、改善を促す必要があります。
アルコール依存症の従業員を放置するリスク
アルコール依存症の従業員を放置するリスクについて、以下より詳しく解説していきます。
会社の安全配慮義務違反となる
労働安全衛生法により、企業には「安全配慮義務」が課せられています。予見できる健康・安全リスクを低減する責務があるため、従業員の病気を知りながら、放置するのは厳禁です。
産業医や主治医の所見を得て、就業可否や配置転換を含む、就労上の措置を速やかに検討しましょう。たとえば、勤務前飲酒の禁止徹底、アルコール検知器の運用、深夜帯における単独業務の回避などが有効です。
安全配慮措置を怠ると、労災認定や損害賠償請求のリスクがあります。
取引先とトラブルを起こす
アルコール依存症による勤務態度の乱れは、取引先との関係悪化を招きます。酒気を帯びたまま商談に参加したり、不適切な発言を繰り返したりすると、顧客は不信感を抱くでしょう。
さらに、集中力の低下や、欠勤の増加によって納期が守れなくなるリスクも考えられます。放置すると、契約違反や損害賠償請求に発展するでしょう。
信用は、企業にとって大切な資産です。従業員の行動が信用に影響しないよう、早めに対処しましょう。
アルコール依存症の従業員に対する企業の対応3選
アルコール依存症を抱える従業員に対して、企業は以下のように対処する必要があります。
治療をすすめる
アルコール依存症は「意志の弱さ」ではなく、医学的な治療対象です。企業は懲戒や退職勧奨を急がず、まず受診と支援を行う必要があります。産業医、人事、管理職が役割分担し、本人の同意を前提に支援しましょう。
具体的な対応は、次の4ステップです。
- 事実の整理
- 受診勧奨
- 情報提供
- フォロー
最初に、勤務中の飲酒や遅刻など、具体的事実を整理します。事実確認と安全確保を念頭に、業務配慮を検討しましょう。同時に、専門医療機関や依存症外来の受診をすすめて、症状の改善を試みます。
治療中は、公的な相談窓口や家族向け情報など、サポートに関する情報提供も必要です。職場で仕事を続ける場合は、治療計画と両立できる勤務方法を検討しましょう。
休職の検討を促す
欠勤や勤務中断など、業務の継続が困難な場合は、休職も検討に入ります。従業員の健康を守るのはもちろん、企業の安全配慮義務を満たすため、時には休職も必要です。休職により、治療に集中できれば、復職後の安定性も高まります。
休職制度の正確な呼称は、「私傷病休職」です。医師の診断書を提出し、期間や条件を明示したうえで発令します。症状によっては、健康保険から傷病手当金が支給される場合もあるため、生活の安定に役立つでしょう。
参考:心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き
復職時の前提条件を相談する
ある程度の段階まで治療が進んだら、産業医や主治医と相談して、復職の検討も可能です。復職を認める際には、医学的根拠にもとづいた慎重な判断が欠かせません。
企業は、医師の診断書を求め、復職可否や就業制限の有無を確認します。従業員と具体的な条件を話し合い、双方が納得できる形に調整することが大切です。
復職後は、無理なく勤務を続けられるよう、勤務時間や業務内容を調整しましょう。たとえば、最初は短時間勤務から始めて、段階的に勤務時間を延ばすのが有効です。また、負担の少ない業務を任せたり、定期面談や産業医フォローを継続したりする取り組みも欠かせません。
【退職勧奨】アルコール依存症の改善がみられない場合の懲戒処分
企業の合理的配慮や受診勧奨にもかかわらず、改善がみられない場合は、懲戒処分や退職勧奨を検討することになります。しかし、突然の退職勧奨や、懲戒は厳禁です。比例原則にもとづき、軽い処分から順に運用しましょう。
1. 出勤停止や減給
軽度の懲戒処分としては、出勤停止や減給が妥当です。就業規則の規定、労使の周知、運用の一貫性を確認し、段階的に処分の内容を決めましょう。
まず、事実調査と弁明機会の付与を行い、注意指導や指示の履行状況を確認します。違反の性質、発生頻度、業務への影響度を踏まえ、日数や減額率を設定しましょう。
処分内容が決まったら、通知書の作成が必要です。次の4点を記載し、妥当性を証明します。
- 処分理由
- 根拠条項
- 期間・額
- 再発時の対応方針
長期の出勤停止や高率の減給は、比例原則に反するため、避けるのが賢明です。
2. 退職勧奨
退職勧奨は、企業と従業員の合意にもとづいて進めるものです。アルコール依存症による勤務態度の改善が難しいと判断されても、一方的に退職勧奨を行うことは避けましょう。
退職勧奨の対象となる従業員に対しては、まず面談を行います。業務への支障や懲戒リスクを説明し、再発防止策が困難な場合の選択肢として、退職を提示する形にしましょう。
ただし、複数回にわたる面談や、退職届の即日提出を迫る行為は「強要」とみなされます。面談時間は短時間に区切り、代替案や支援策を併せて提案するのが適切です。
3. 諭旨解雇・懲戒解雇
アルコール依存症による業務支障が重大で、改善がみられない場合の最終手段が、解雇です。解雇には「諭旨解雇」と「懲戒解雇」があり、方法が異なります。
諭旨解雇は退職勧奨に近く、退職届の提出を条件に処分を軽減する形式です。一方、懲戒解雇は最も重い処分であり、社会的評価にも直結します。
しかし、懲戒解雇は「最後の手段」です。解雇の際には、弁明の機会付与、合理的理由の提示、議事録の保管などの手続きが求められます。正規の手順を経ない解雇は、後に裁判で不当解雇と判断され、無効となるリスクがあるでしょう。
アルコール依存症を理由とした退職勧奨の注意点
アルコール依存症を理由とする退職勧奨の際は、以下のポイントに注意しましょう。
「業務への支障」を争点とする
病気であることや、性別・障がいを理由とした退職勧奨は厳禁です。アルコール依存症であることを、直接的な理由とした退職勧奨も、違法となるリスクがあります。
アルコール依存症を理由に退職勧奨を行う際は、就労実態に焦点を当てましょう。たとえば、次のポイントが挙げられます。
- 遅刻・早退・欠勤の件数と期間
- 業務ミスの種類と頻度
- 顧客対応への影響
- 同僚のフォロー負担
- 就業環境への影響
評価の視点は「相当性」と「比例原則」です。就業規則に定める懲戒事由に該当するか、処分が過重でないかを点検します。加えて、退職以外の代替案を尽くしたかも重要です。
指導内容を証拠化する
退職勧奨をすすめる際には、注意指導や面談の経緯を記録に残しましょう。日時・出席者・発言要旨・合意内容を文書化し、手続き内容の透明性を確保します。
たとえば、面談日時・場所・同席者・発言要旨を記録し、本人の認識や回答を正確に残しておくと、後の紛争予防が可能です。面談に、人事担当者のような第三者を同席させると、任意性と公正性を補強できます。
精神的苦痛を与える面談は避ける
退職勧奨は、従業員に心的負担を与える場です。威圧的な言動や、机を叩くなどの脅迫行為を行うと、違法リスクが高まります。また、長時間や複数回の面談も、「強要」です。
面談は目的を絞り込み、30分程度を目安に短時間で区切りましょう。必要に応じて休憩を挟んだり、体調がすぐれない場合は日程を改めたりする配慮も必要です。また、説明は客観的事実をもとに、冷静な口調を心がけましょう。
【判例】アルコール依存症を理由とする退職勧奨が適法となったケース
アルコール依存症を理由とした退職勧奨のうち、裁判で適法と判断された事例を紹介します。本件の争点は、任意性・合理的理由の有無・手続きの相当性の3点です。
まず、面談自体は複数回行われたものの、それぞれが短時間に区切られていました。また、依存症により欠勤や勤務態度の乱れが続き、業務への支障が顕著になっていたことを、勤怠記録や業務報告により示しています。
さらに、企業は退職勧奨に至る前に、改善指導や医師の受診勧告、休職制度の検討など、段階的な措置を実施していました。以上の事項から、退職勧奨は適切な手段であると判断しています。
アルコール依存症を理由とした退職勧奨であっても、任意性・合理性・相当性を満たすことで、適法と判断されるでしょう。逆に、要件を欠くと、強要や威迫があったと判断されかねません。
参考:裁判所 | 判例
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