• 更新日 : 2025年9月2日

固定残業代制度とは?仕組みからメリット・デメリット、注意点まで徹底解説

「固定残業代」や「みなし残業」という言葉を、給与明細や求人票で目にしたことがある方は多いでしょう。しかし、その仕組みを正しく理解しているでしょうか。本記事では、固定残業代制度について、企業の担当者が知っておくべきことを網羅的に解説します。

制度の仕組みといった基本から、メリット・デメリット、無効にならないための法的要件、具体的な計算方法、導入ロードマップ、よくある失敗例まで、詳しくご紹介します。

固定残業代制度の基本的な仕組み

まずは、固定残業代制度の基本的な仕組みについて、混同されやすい用語との違いも交えながら、わかりやすく解説していきます。

固定残業代制度の定義

固定残業代制度とは、実際の残業時間の多少にかかわらず、あらかじめ定めた一定時間分の残業代(時間外手当)を、毎月固定額で支払う制度のことです。たとえば「固定残業代(30時間分)として5万円を支給する」といった形で給与に含まれます。この場合、実際の残業が10時間でも20時間でも、約束された5万円が支払われます。

ここで最も重要なポイントは、固定残業代制度は「定額で従業員を無制限に働かせてよい」という制度ではないということです。もし、あらかじめ定められた時間(この例では30時間)を超えて残業が発生した場合は、企業はその超過分の残業代を別途、追加で支払う義務があります。この点を誤解すると、法律違反(未払い残業代の発生)につながるため、正確に理解しておく必要があります。

みなし労働時間制との違い

「固定残業制」と「みなし労働時間制」は非常に混同されやすい言葉ですが、以下の通り、全く異なる制度です。

固定残業代制度

実際の残業時間数にかかわらず、一定時間分の残業代を基本給に含めて、あるいは定額の手当として支払う制度です。原則としてタイムカードや勤怠システムで客観的に労働時間を把握できる従業員であれば職種を問わず導入できます。重要なのは、実際の残業時間があらかじめ定められている残業時間を超えた場合、超過分は追加で支払う義務がある点です。

みなし労働時間制

実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ決められた時間を「働いた時間とみなす」特殊な制度です。労働基準法に定められています。対象は、社外で働く営業職や、法律で定められた専門職・企画職などに限定されており、誰にでも適用できるわけではありません。

なお、求人票などで「みなし残業」という言葉が使われている場合、その多くは前者の「固定残業代制度」のことを指しています。

固定残業代なしの給与体系との比較

固定残業代制度をより深く理解するために、固定残業代なしの給与体系と比較してみましょう。両者の違いは、残業代の計算方法にあります。

項目固定残業代なし固定残業代あり
残業代の計算実労働時間に基づいて、残業した時間分だけを支払うあらかじめ定めた固定時間分の残業代を毎月支払う
残業がない月残業代は0円定められた固定残業代が満額支払われる
給与の変動残業時間に応じて毎月の給与総額が変動しやすい固定時間を超えない限り、毎月の給与総額が安定しやすい
超過分の支払い(概念として存在しない)固定時間を超えた分は、追加で支払いが必要

このように「固定残業代なし」は残業した分だけ給与が支払われる非常にシンプルな仕組みです。一方で固定残業代制度は、従業員にとっては残業が少なくても一定の収入が保証され、企業にとっては人件費の見通しが立てやすいといった側面があります。

どちらの制度が良い・悪いということではなく、企業の事業内容や従業員の働き方などによって、どちらが適しているかが異なります。

固定残業代制度のメリット・デメリット

固定残業代制度には、企業側・従業員側の双方にメリットとデメリットがあります。導入を検討する上で、両面を理解しておくことが重要です。

企業側のメリット・デメリット

  • メリット
    • 人件費の管理:残業代が固定され、年間の人件費の見通しが立てやすくなります。
    • 生産性の向上:従業員が効率的に仕事を終えようという動機付けになる可能性があり、生産性アップが期待できます。
  • デメリット
    • コスト増のリスク:実際の残業が少ない月でも固定残業代の支払い義務があり、コスト増になる可能性があります。
    • 運用の手間:法に沿った制度設計や就業規則の変更などに手間がかかります。

従業員側のメリット・デメリット

  • メリット
    • 収入の安定:残業時間の長短にかかわらず毎月の収入が安定するため、生活設計が立てやすくなります。
    • 時間の有効活用:効率的に仕事を終えれば、早く退勤しても給与は変わらないため、プライベートを充実させられます。
  • デメリット
    • 不信感や不公平感:制度への不信感や、残業しない同僚との間に不公平感が生まれることがあります。
    • サービス残業発生の可能性:定額の残業代が支払われているため、固定時間を超えても残業代が支払われないといった形で制度を誤って理解し、、固定時間を超えるサービス残業につながる場合があります。

固定残業代制度が無効と判断されないための法的要件

良かれと思って導入した固定残業代制度も、運用方法を誤ると法的に「無効」と判断されるリスクがあります。無効と判断された場合、過去に遡って未払い残業代の支払いを命じられるなど、企業にとって大きな負担となりかねません。

そうした事態を避けるために、企業は以下の法的要件をすべて満たす必要があります。

1. 固定残業代部分が明確に区分されているか

まず大前提として、給与のうち、どこまでが通常の労働時間分の対価(基本給など)で、どこからが固定残業代なのかを、誰が見てもはっきりと区別できるようにしておく必要があります。これを「明確区分性」と呼びます。

  • OKな例:雇用契約書や給与明細に「基本給 250,000円」「固定残業手当 50,000円(30時間分)」のように、金額と時間数がそれぞれ別の項目として明確に記載されている。
  • NGな例:「月給300,000円(固定残業代を含む)」のように、内訳が一切不明な記載。これでは基本給と固定残業代が一体化しており、区別できません。

参考:固定残業代 を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。|厚生労働省

2. 労働契約や就業規則に根拠があるか

固定残業代制度を導入するには就業規則や雇用契約書に明記し、労働契約の際に従業員に明示する必要があります。具体的には、以下の3点を記載する必要があります。

  • 固定残業代として支払う手当の金額
  • その手当に含まれる残業の時間数
  • 固定残業時間を超えた場合は、差額の割増賃金を追加で支払う旨

この3点セットを明記し、従業員一人ひとりがその内容を理解し、合意している状態を作ることが不可欠です。

3. 固定残業時間を超える差額は支払われているか

これは制度の定義でも触れましたが、最も基本的かつ重要なルールです。あらかじめ定めた固定残業時間を1分でも超えて残業した場合、企業は法律で定められた割増率に基づき、その超過分の残業代を追加で支払わなければなりません。

この義務を果たすためには、日々の労働時間をタイムカードや勤怠管理システムなどで客観的かつ正確に記録・管理する体制が必要です。

4. 固定残業代を除く賃金が最低賃金を下回っていないか

固定残業代は、あくまで時間外労働に対する手当です。そのため、固定残業代を除いた賃金を時給換算した際に、各都道府県別の最低賃金を下回ってはなりません。見かけの月給が高くても、その大部分が固定残業代で、基本給が最低賃金を下回るほど不当に低く設定されているケースは違法となります。

なお、最低賃金との比較では、固定残業代だけでなく、家族手当・通勤手当など法令で定められた一部の手当も除外して計算する必要があります。

確認方法の例

(月給総額 - 固定残業代 - 法令で除外することが定められた手当) ÷ 月の平均所定労働時間 ≧ 最低賃金(時間額)

自社の給与設定がこの基準をクリアしているか、必ず確認してください。最低賃金額は都道府県ごとに異なり、毎年改定されるため、常に最新の情報をチェックすることも重要です。

間違いやすい固定残業代の計算方法と実務上のポイント

固定残業代制度を正しく運用するためには、法的な要件をクリアした上で、金額を正しく計算できることが不可欠です。

固定残業代の適切な金額を設定する計算式

ステップ1:1時間あたりの賃金(基礎時給)を算出する

まず、残業代計算のベースとなる時給を計算します。

1時間あたりの賃金 = 月給 ÷ 1年間における月平均所定労働時間

この計算式で使う「月給」には、以下の手当は含めることができません。

  • 家族手当
  • 通勤手当
  • 別居手当
  • 子女教育手当
  • 住宅手当
  • 臨時に支払われた賃金(結婚手当など)
  • 1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)

ステップ2:固定残業代を算出する

1時間あたりの賃金がわかれば、固定残業代を計算できます。

固定残業代 ≧ 1時間あたりの賃金 × 固定残業時間数 × 割増率

時間外労働(残業)の割増率は、労働基準法で以下のように定められています。

  • 法定時間外労働:1.25倍以上
  • 深夜労働(22時~5時):1.5倍以上(時間外+深夜)
  • 法定休日労働:1.35倍以上
  • 月60時間超の時間外労働:1.5倍以上

月の所定労働時間から基礎時給を算出する

上記の計算で必要となる「月平均所定労働時間」は、会社の年間休日数などから算出します。

月平均所定労働時間 =(365日 - 年間休日数)× 1日の所定労働時間 ÷ 12ヶ月
【計算例】
  • 年間休日数:125日
  • 1日の所定労働時間:8時間
  • 月給(除外手当を除く):250,000円
  1. 年間の総労働時間: (365日 – 125日) × 8時間 = 1,920時間
  2. 月平均所定労働時間:1,920時間 ÷ 12ヶ月 = 160時間
  3. 1時間あたりの賃金(基礎時給):250,000円 ÷ 160時間 ≒ 1,563円 (50銭未満は切り捨て、50銭以上は切り上げ)

超過分の残業代を計算する具体例

【計算例】
  • 1時間あたりの賃金:1,563円
  • 固定残業時間:30時間
  • 実際の残業時間:40時間

この場合、固定時間を超えたのは「10時間」です。

超過分の残業代 = 1時間あたりの賃金 × 割増率(1.25) × 超過した時間数 1,563円 × 1.25 × 10時間 = 19,537.5円

支払うべき金額は19,538円(1円未満の端数処理は前述のとおり)になります。

この月の給与では、通常の給与に加えて、差額の残業代として「19,538円」を追加で支払う必要があります。

固定残業代制度の導入から運用までの実践ロードマップ

ステップ1. 制度の設計

  • 過去の残業実績を分析し、実態に合った固定残業時間を設定する。
  • 法律に基づいた計算式で、適切な固定残業代の金額を決定する。
  • 既存の基本給を引き下げるなど、従業員に不利益な変更は行わない。

ステップ2. 就業規則の変更と届出

  • 就業規則に、固定残業代の「金額」「時間数」「時間超過分の支払い」を明記する。
  • 労働組合または従業員の過半数代表者の意見書を添えて、変更した就業規則を所轄の労働基準監督署へ届け出る。
  • 36協定が未締結の場合は必ず締結し、就業規則と同じく所轄の労働基準監督署に届け出る。

ステップ3. 従業員への説明

  • 説明会などを開催し、制度の目的や仕組みを丁寧に伝える。
  • 質疑応答の時間を十分に設け、個別の疑問や不安を解消する。

ステップ4. 運用開始後の管理と見直し

  • 導入後も、1分単位での正確な勤怠管理を徹底する。
  • 制度が長時間労働の温床になっていないか定期的に確認し、必要に応じて業務フローや制度そのものを見直す。

固定残業代制度の導入で考えられる失敗例とその対策

従業員への説明不足によるエンゲージメントの低下

  • 失敗例:従業員への説明が不十分なまま制度を導入し「基本給が下がったのでは」「サービス残業の強制では」といった不信感を招いてしまう。
  • 対策:導入の目的や仕組みを事前に丁寧に説明し、質疑応答を通じて従業員の理解と納得を得ることが不可欠です。

残業時間管理の形骸化と長時間労働の助長

  • 失敗例:「固定代を払っているから残業時間は管理不要」という誤解が広がり、サービス残業が常態化。制度が長時間労働の温床となってしまう、危険なケースです。
  • 対策:経営層が「定額働かせ放題ではない」と明確に伝え、タイムカードやPCログなどで1分単位の正確な勤怠管理を徹底することが求められます。

基本給の不当な引き下げとみなされるケース

  • 失敗事例:制度導入を機に、従来の基本給を下げて固定残業代の費用を捻出するなど、従業員に不利益な条件変更を行ってしまう。これは違法と判断されるリスクが非常に高い行為です。
  • 対策:制度導入は賃金の「支払い方法の変更」であり、従業員の給与水準を不利益に変更してはなりません。判断に迷う場合は、必ず専門家へ相談しましょう。

固定残業代制度の適切な理解と運用が企業の成長を支える

固定残業代制度は、正しい知識と丁寧な運用が不可欠です。法的なルールを守り、従業員への説明を尽くしてこそ、制度は正しく機能します。従業員との信頼関係を第一に考えた運用が、企業の生産性を高め、成長へとつながる確かな一歩となるでしょう。


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