- 更新日 : 2025年7月11日
クリニックの就業規則|作成義務からサンプルの活用、従業員の確認ポイントまで解説
クリニックや個人病院、歯科医院を経営する上で、就業規則は極めて重要な役割を担います。しかし、その作成義務の有無、具体的な内容、変更手続き、あるいは従業員としてどのように理解し活用すべきかについて、不安や疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
この記事では、クリニックの就業規則に関するあらゆる疑問を解消できるようわかりやすく解説します。
目次
クリニックの就業規則の作成義務
就業規則とは、労働者の賃金や労働時間、休憩、休日、休暇といった労働条件や、職場で守るべき規律などを具体的に定めたものです。
労働基準法では、常時10人以上の労働者を使用する事業場において、就業規則の作成と労働基準監督署への届出を義務付けています。この「労働者」には正社員だけでなくパート等も含まれます。
この義務は、クリニックが医療法人であるか個人経営であるかを問いません。10人未満の場合でも、労務管理の明確化やトラブル防止のために作成することが強く推奨されます。
クリニックの就業規則がない場合のリスク
就業規則がない場合、経営者側には労務トラブルの頻発、懲戒処分の無効、採用難、法的責任追及などのリスクがあります。従業員側には、労働条件の不明確さ、不公平な処遇、権利行使の困難といった不利益が生じかねません。就業規則がない状況は、経営者・従業員双方にとって好ましくなく、安定した職場環境のためには整備が不可欠です。
クリニックの就業規則を作成・変更する方法
クリニックの経営者や人事担当者が、実際に就業規則を作成したり、既存のものを変更したりする際の具体的なステップと、特に注意すべきポイントを解説します。
ステップ1. 現状分析と課題の洗い出し
まずは、自院の現状を正確に把握し、就業規則で何を定めるべきか、どのような課題を解決したいのかを明確にします。
- 現在の従業員の構成(職種、雇用形態、年齢層、勤続年数など)
- 労働時間、シフト体制、休憩・休日の運用実態(変形労働時間制の採用状況含む)
- 賃金体系、各種手当の種類と支給基準、評価制度
- 過去に発生した労務トラブルやヒヤリハット事例、従業員からの要望
- 院内で守るべき独自のルール(患者対応マニュアル、感染対策ルール、情報セキュリティポリシーなど)
- 最新の労働関連法規への対応状況
これらを洗い出すことで、就業規則に盛り込むべき内容や、改定の方向性が見えてきます。
ステップ2. 記載事項の検討
就業規則には、必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」と、クリニックで制度を設ける場合に記載しなければならない「相対的必要記載事項」があります。
- 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
- 賃金(臨時の賃金等を除く)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
- 退職手当に関する事項
- 臨時の賃金等(賞与など)、最低賃金額に関する事項
- 食費、作業用品などの労働者負担に関する事項
- 安全衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
- 表彰及び制裁の種類・程度に関する事項
- その他当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合に関する事項(休職、育児・介護休業など)
これらの事項を網羅し、自院の実情に合わせて具体的に規定していきます。なお、上記以外にも服務規律や理念、福利厚生などを「任意的記載事項」として、就業規則に記載することも可能です。
ステップ3. クリニック特有の規定
一般的な企業とは異なる、クリニックならではの特性を考慮した規定を盛り込むことが、実効性のある就業規則を作成する上で非常に重要です。
- 患者プライバシー保護・守秘義務
患者の個人情報(氏名、病歴、検査結果など)や診療情報の取扱い、守秘義務の徹底は最重要項目です。電子カルテのアクセス権限、SNS等への不適切な投稿禁止、退職後の守秘義務なども明記しましょう。 - 身だしなみ・接遇
患者に安心感と信頼感を与えるための身だしなみ基準や、丁寧な言葉遣い、共感的な応対マナーを具体的に定めます。
- シフト制
多くのクリニックではシフト制が採用されています。シフトの作成ルール、通知時期、変更手続きなどを明確にします。 - 当直・オンコール
医師や看護師等の当直・オンコール体制について、手当の額、呼び出し時の対応、待機場所、翌日の勤務への配慮を具体的に定めます。労働時間に該当するか否かの判断も重要です。 - 時間外労働・休日労働
緊急時の対応など、やむを得ない時間外労働や休日労働が発生する可能性について、その命令手続きや割増賃金の計算方法を明記します。36協定の締結・届出も必須です。 - 休憩時間
診療時間との兼ね合いで休憩が取りにくい場合もありますが、法定の休憩時間(労働時間が6時間超で45分、8時間超で1時間)を確実に付与できるよう運用ルールを定めます。一斉付与の原則の例外適用についても検討が必要です。
- 職種別賃金体系
医師、看護師、薬剤師、医療事務、検査技師、歯科衛生士など、職種ごとに異なる賃金テーブルや評価制度を設ける場合は、その基準を明確にします。 - 諸手当
資格手当、役職手当、危険手当、当直手当、オンコール手当、皆勤手当、通勤手当、住宅手当など、クリニック特有の手当について、支給対象、金額、算定方法を定めます。 - 賞与・退職金
賞与は支給する場合、支給時期、算定基準、査定期間を明記します。退職金制度を設ける場合は、特に慎重な制度設計が必要です。
- 感染対策
院内感染防止のための具体的なルールを徹底します。針刺し・切創事故、血液・体液曝露などの予防と発生時の対応フローも重要です。 - ハラスメント対策
パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、マタニティハラスメントの禁止を明記し、相談窓口の設置、事実確認、対応手順、再発防止策、プライバシー保護、不利益取扱いの禁止などを定めます。患者やその家族からの暴力・迷惑行為(いわゆるペイシェントハラスメント)への対応方針や、従業員保護のための措置も重要です。 - ストレスチェック・過重労働対策
従業員のメンタルヘルス不調を未然に防ぐための取り組みとして、ストレスチェック制度の実施(50人未満の事業場は努力義務)や、長時間労働者に対する医師による面接指導の実施について規定します。
医療技術や知識の向上、接遇スキルアップのための研修参加支援、院内勉強会の実施、資格取得支援制度などについて規定し、人材育成の方針を示します。
患者情報だけでなく、クリニックの経営情報や人事情報、技術情報など、業務上知り得た秘密を在職中および退職後も一定期間保持する義務を明記します。違反した場合の措置についても触れておくことが考えられます。
ステップ4. 従業員代表の意見聴取
就業規則を作成または変更する際には、労働者の過半数で組織する労働組合、またはそれがない場合は労働者の過半数を代表する者(従業員代表)の意見を聴かなければなりません。この従業員代表は民主的な手続きで選出される必要があります。
意見聴取は形式的なものではなく、従業員の意見を真摯に聞き、可能な範囲で反映させることが円滑な運用に繋がります。聴取した意見は意見書として記録し、届出時に添付します。
ステップ5. 労働基準監督署への届出
作成または変更した就業規則は、従業員代表の意見書を添付し、所轄の労働基準監督署長に届け出る義務があります。これは労働基準法に基づく手続きで、紙媒体での届出のほか、電子申請(e-Gov)も可能です。
通常、就業規則(変更)届、意見書、新しい就業規則2部を提出し、1部は受付印が押されて返却されます。この届出を怠ると法違反となるため注意が必要です。
ステップ6. 周知徹底の方法
作成・変更した就業規則は、従業員に周知しなければ効力が発生しません(労働基準法第106条)。周知方法としては、以下のいずれかの方法で行う必要があります。
- 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること
- 書面を労働者に交付すること
- 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること
単に届け出るだけでなく、説明会開催や質疑応答の機会を設けるなど、内容を確実に従業員に理解させることが、就業規則を実効性あるものにするために重要です。
クリニックの就業規則の作成を専門家に依頼するメリット
就業規則の作成・変更は専門知識を要するため、社会保険労務士などの専門家に依頼するメリットは大きいです。最新法改正への的確な対応、労務リスクの低減、クリニック等の実情に即した最適なカスタマイズが期待できます。また、客観的視点からの助言や、煩雑な手続き代行による時間・労力削減も魅力です。助成金活用提案の可能性もあり、費用はかかりますが、将来的なトラブル回避を考えると有効な投資と言えるでしょう。
クリニックの就業規則のテンプレート・サンプルの注意点
厚生労働省のウェブサイトでは「モデル就業規則」が公開されており、マネーフォワード クラウドでも就業規則に使える無料のテンプレートをご用意しております。
就業規則のテンプレート・サンプルを利用する場合は、いくつかの注意点があります。
- 最新の法制度の確認
テンプレートが最新の労働基準法や関連法規に適合しているか、専門家による確認が必要です。法改正は頻繁に行われるため、古い情報のままではリスクがあります。 - クリニックの特有の規定の確認
医療機関特有の事情が考慮されているか確認する必要があります。服務規律、当直・オンコール、感染対策、患者プライバシー保護といった重要な規定が不足していないか確認しましょう。 - カスタマイズの重要性
テンプレートはあくまで一般的なものであり、自院の規模、診療科目、理念、運営方針、労働条件の実態と合致するようカスタマイズする必要があります。
テンプレートはあくまでたたき台とし、必ず社会保険労務士などの専門家のアドバイスを受けながら、自院の理念や実情に合わせて丁寧にカスタマイズすることが、本当に役立つ就業規則を作る上で不可欠です。
クリニックの就業規則で従業員が確認すべきポイント
クリニックで働く医師、看護師、医療事務などの従業員の方々にとって、就業規則は自分自身の労働条件や権利、職場で守るべきルールを定めた大切なものです。ここでは、従業員として就業規則のどこを重点的に確認すべきかを解説します。
自分の労働条件
日々の働き方に直結する最も基本的な項目です。
- 始業・終業時刻、休憩時間:自分の勤務時間や休憩が正確に定められているか。
- 休日:週休日数、曜日の特定方法、祝日の扱いなど
- シフト制のルール:シフトの決定方法、通知時期、変更の可否や手続き
- 年次有給休暇:付与日数、取得手続き、計画的付与の有無
- 特別な休暇制度:産前産後休業、育児休業、介護休業の取得条件や手続き、慶弔休暇の日数や対象者
- 時間外労働・当直・オンコール:命令の有無、手続き、手当の計算方法
賃金に関する規定
給与明細だけではわかりにくい、賃金の詳細を確認しましょう。
- 基本給の決定方法:年齢、経験、能力など、何に基づいて決まるのか。
- 諸手当の種類と支給基準:資格手当、役職手当、危険手当、通勤手当など、どのような手当が誰にいくら支給されるのか。
- 昇給の時期や基準:いつ、どのような評価で昇給する可能性があるのか。
- 賞与(ボーナス):支給の有無、算定基準、支給対象期間、在籍要件。
- 退職金制度:制度の有無、支給対象者、算定方法、支払時期。
これらの内容は、雇用契約書(労働条件通知書)と合わせて確認することが重要です。
服務規律と懲戒規定
職場で守るべきルールと、それに違反した場合のペナルティについて理解しておきましょう。
- 服務規律:患者対応の基本姿勢、個人情報保護の徹底、身だしなみ、報告・連絡・相談の義務などが具体的に示されています。
- 懲戒規定:どのような行為が処分の対象となるのか(例:無断欠勤、ハラスメント、情報漏洩など)、そして、譴責・減給・出勤停止・解雇といった処分の種類や手続きが明記されています。
これらを事前に理解しておくことは、意図しないルール違反を避け、万が一の場合にも公正な処遇を受けるために重要です。
ハラスメント防止規定
安心して働くためには、ハラスメントのない職場環境が不可欠です。
- ハラスメントの禁止:パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、マタニティハラスメント等の禁止が明記されているか。
- 相談窓口:院内または院外に相談窓口が設置されているか、その連絡先はどこか。
- 対応プロセス:相談後の調査や対応手順、プライバシー保護、相談者への不利益取扱いの禁止などが定められているか。
- ペイシェントハラスメントへの対応:患者やその家族からのハラスメントに対するクリニックの方針や、従業員を守るための措置が記載されているかも確認しておくとよいでしょう。
安全衛生に関する規定
医療現場で働く上で、自身の安全と健康を守るための規定は非常に重要です。
- 院内感染防止策:具体的なルール(手洗いや消毒、マスク着用など)や、針刺し事故・有害物質曝露等の予防策、発生時の対応フローが定められているか。
- 健康管理:定期健康診断やストレスチェックの実施、メンタルヘルスケアに関する相談窓口の設置、長時間労働者に対する医師による面接指導など、心身の健康を守るための規定があるか。
クリニックの就業規則に関するよくある質問
ここでは、クリニックの就業規則に関して多く寄せられる質問とその回答をまとめました。
変形労働時間制を導入する場合に就業規則に記載すべき事項は?
クリニックでは、診療時間や曜日に合わせて柔軟な働き方を実現するため、変形労働時間制を導入するケースが多くあります。1ヶ月単位や1年単位など制度の種類に応じ、対象労働者の範囲、対象期間と起算日、各日の労働時間、総労働時間枠などを明確に記載しましょう。特に1年単位の場合は労使協定の締結・届出が必須です。労働時間の特定方法、時間外労働の考え方、休日・休暇の確保、妊産婦等への配慮も重要であり、複雑なため専門家への相談を推奨します。
就業規則と実際の労働条件が異なる場合の対処法は?
就業規則と実際の労働条件が異なる場合には、その労働条件が就業規則を上回っているか否かで優先関係が異なります。雇用契約において、就業規則に満たない労働条件を定めた場合は、その労働条件は無効です。この場合、無効となった労働条件には、就業規則で定める基準が適用されます。一方で、就業規則を上回る労働条件が雇用契約で定められている場合には、雇用契約における条件が有効となります。
就業規則の内容と実際の労働条件に相違がある場合、まずは上司や人事担当者、院長に具体的に相談しましょう。就業規則の該当箇所を示して説明するとスムーズです。それでも改善されない場合は、労働基準監督署、労働組合(加入していれば)、または弁護士や社会保険労務士といった専門機関への相談を検討してください。相談の際は、就業規則、雇用契約書、給与明細、タイムカードなどが証拠となるため、保管しておくとよいでしょう。
クリニックの就業規則を整備し、働きやすい環境づくりを
クリニックにおける就業規則は、安定した経営と働きやすい職場環境を実現するための基盤です。経営者にとっては、労務リスクを管理し、組織を円滑に運営するための不可欠なツールとなり、従業員にとっては、自らの権利を守り、安心して働くための拠り所となります。
この記事で解説したポイントを参考に、自院の就業規則を見直したり、従業員として内容を再確認したりするきっかけとなれば幸いです。特に、法改正への対応や、変形労働時間制の導入、クリニック特有の事情を盛り込んだ実効性のある就業規則の作成・運用には、専門的な知識が不可欠です。テンプレートやサンプルを参考にしつつも、必ず自院の状況に合わせたカスタマイズを行い、すべてのスタッフが安心して能力を発揮できる職場環境を目指してください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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