- 更新日 : 2025年7月11日
就業規則に必要な賃金規定の作成・変更方法は?記載例やテンプレートをもとに解説
就業規則の賃金規定は、従業員の生活に直結し、モチベーションや会社への信頼感を大きく左右する非常に重要な部分を占めます。
しかし、「賃金規定をどのように作成・変更すれば良いのか」「法的な問題点はないか」「そもそも賃金規定がないけれど大丈夫なのか」といった疑問や不安を抱えている経営者や人事労務担当者の方も少なくないでしょう。
この記事では、就業規則の賃金規定の基本的な役割から、作成・変更時の具体的な手順、法改正への対応、さらにはよくある疑問点までわかりやすく解説します。
目次
そもそも就業規則とは
就業規則とは、職場における労働条件や服務規律などを具体的に定めた規則集です。労働基準法第89条に基づき、常時10人以上の労働者を使用する使用者に作成および労働基準監督署への届出が義務付けられています。就業規則に記載すべき事項には、必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」と、会社で制度を設ける場合には記載しなければならない「相対的必要記載事項」があります。
賃金に関する事項は「絶対的必要記載事項」として必ず記載が必要です。
就業規則の賃金規定とは
賃金規定は、就業規則の中でも特に「賃金」に関する事項を具体的に定めた部分を指します。「賃金規程」や「給与規程」といった名称で、就業規則本体とは独立した規程として作成されることも多くあります。
賃金規定(または賃金規程。以下、特に断りがない限り「賃金規定」と表記します)には、主に以下のような内容を定めます。
- 賃金の構成(基本給、諸手当など)
- 賃金の決定方法
- 賃金の計算方法
- 諸手当の種類、支給条件、金額
- 割増賃金の計算方法
- 賃金の締切日と支払日、支払方法
- 昇給に関する事項
- 賞与に関する事項(定める場合)
- 退職金に関する事項(定める場合)
これらの項目を明確に定めることで、従業員は自身の給与がどのような根拠に基づいて支払われているのかを理解し、安心して働けます。
就業規則の賃金規定が必要な理由
就業規則の賃金規定を整備することには、以下のような意義があります。
従業員のモチベーション維持・向上
明確な賃金体系や昇給基準は、従業員の労働意欲を高め、目標達成へのインセンティブとなります。貢献が評価され賃金に反映されると分かれば、納得感を持って業務に取り組めます。
労使間の紛争予防
賃金の計算ミスや未払い、不透明な評価による賃金決定は、労使トラブルの大きな原因です。詳細なルールを定め周知徹底することで、これらのトラブルを未然に防ぎます。特に、賃金規定がない、あるいは内容が不十分な場合、賃金の支払い根拠が曖昧になり、未払い残業代請求などの法的紛争リスクが格段に高まります。
企業の透明性と公正性の担保
客観的で合理的な賃金規定は、企業の透明性と公正性を内外に示します。これは従業員の定着率向上や、採用活動における競争力強化にも寄与します。賃金規定がない企業は、求職者から「制度が整っていないのでは」という懸念を持たれる可能性があります。
法令遵守・コンプライアンスの確保
労働基準法や最低賃金法など、賃金に関する法令は数多く存在します。賃金規定を適切に整備することは、これらの法令を遵守し、企業としての法的リスク(たとえば、労働基準監督署からの是正勧告や罰則など)を回避するために不可欠です。
就業規則の賃金規定における必須項目
賃金規定を作成する際には、労働基準法で定められた事項を網羅することはもちろん、従業員が理解しやすく、かつ誤解が生じないような明確な記述を心がける必要があります。
賃金の定義と原則(労働基準法第24条 賃金支払いの5原則など)
まず、規定が適用される「賃金」の定義を明確にします。労働基準法第11条では、「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と定義されています。
そして、賃金支払いの基本となる「賃金支払いの5原則」(労働基準法第24条)は必ず遵守しなければなりません。
- 通貨払いの原則:原則として通貨で支払う
- 直接払いの原則:直接労働者本人に支払う
- 全額払いの原則:法令で定められたもの(社会保険料、税金等)や労使協定で合意されたもの以外は全額支払う
- 毎月1回以上払いの原則:少なくとも毎月1回以上支払う
- 一定期日払いの原則:支払日を具体的に特定して支払う
賃金の構成要素と種類
従業員に支払われる賃金の構成要素と種類を明確に定めます。
賃金の計算方法と支払い方法
賃金を正確に計算し、滞りなく支払うためのルールを定めます。
- 賃金の計算期間(賃金締切日)
「毎月1日から末日まで」や「毎月16日から翌月15日まで」のように起算日と締切日を明記します。 - 賃金の支払日
「毎月25日」など具体的に定めます。支払日が休日にあたる場合の取扱いも定めておくと丁寧です。 - 支払い方法
原則は通貨払いですが、従業員の同意を得れば銀行口座振込が可能です。 - 控除する項目
法令で定められたもの以外(親睦会費等)を控除する場合は、必ず労使協定が必要です。
昇給に関する規定
昇給は従業員のモチベーションに大きく関わるため、ルールを明確にします。
- 昇給の有無、時期、判断基準
「毎年4月」など定期的な昇給時期や、勤務成績、能力、経験、会社の業績などを総合的に勘案する旨を記載します。 - 定期昇給と臨時昇給
定期昇給以外に臨時昇給を行うか否かを定めます。
割増賃金(残業代、休日出勤手当、深夜労働手当)の計算方法
法定労働時間と所定労働時間を定義し、法定割増率(時間外25%以上、月60時間超50%以上、休日35%以上、深夜25%以上)を明記します。家族手当、通勤手当、住宅手当など計算基礎から除外できる賃金も明確にしましょう。
固定残業代制度(みなし残業代制度)を導入する場合は、①固定残業代に相当する時間数と金額、②それを超える時間外労働、休日労働、深夜労働に対しては別途割増賃金を支払うこと、③固定残業代がどの割増賃金(時間外、休日、深夜)に該当するのかの内訳、を明確に記載することが極めて重要です。これらの記載が不十分な場合、制度自体が無効と判断されるリスクがあります。
欠勤、遅刻、早退時の賃金控除
ノーワーク・ノーペイの原則に基づき、労働の提供がなかった時間は原則として賃金を支払う義務がないことを明記します。月給制の場合の控除方法も具体的に定めます。
休職期間中の賃金
私傷病による休職期間中は、原則として無給であることを明記します。健康保険の傷病手当金など、利用可能な公的支援制度があることを情報提供として記載しておくと親切です。
賃金規定の作成・変更時の注意点
賃金規定は一度作成したら終わりではありません。法改正や経営状況、従業員のニーズに合わせて適宜見直しが必要です。
- 労働基準法など関連法規の遵守
- 最低賃金法
地域別最低賃金および特定(産業別)最低賃金を下回る設定はできません。 - 男女同一賃金の原則(労働基準法第4条)
性別による不合理な賃金格差は禁止です。 - 均等待遇(労働基準法第3条)
国籍、信条、社会的身分による差別的取扱いは禁止です。 - 労働契約法
就業規則の不利益変更に関する規定などを遵守します。
- 最低賃金法
- 従業員への説明と意見聴取
労働者代表の意見を聴取し、意見書を作成・添付します(労働基準法第90条)。 - 労働基準監督署への届出
作成・変更した就業規則(賃金規定を含む)は、所轄の労働基準監督署長に届け出ます(常時10人以上の労働者を使用する事業場)。 - 従業員への周知義務
作成・変更した規定は、労働者に周知しなければなりません(労働基準法第106条第1項)。
最低賃金の記載方法
就業規則や賃金規定には、「賃金は最低賃金法を遵守する」と記載するのが一般的です。最低賃金額は毎年改定されるため、具体的な金額を記載すると都度変更が必要になります。
そのため、「適用される最低賃金額を下回らないものとする」または「最低賃金法その他関係法令の定めるところによる」といった抽象的な表現で法令遵守を明記する方が実務的です。重要なのは、実際に支払う賃金が常に最新の最低賃金をクリアしているか管理することです。
不利益変更になる場合の注意点
賃金規定の変更が、従業員にとって不利益な内容を含む場合(いわゆる「不利益変更」)は、特に慎重な対応が求められます。原則として労働者の個別合意が必要であり、合意がない場合の変更には労働契約法第10条に定める厳格な合理性が求められます。ここでの「合理性」は以下のような観点から判断されます。
- 変更の必要性(経営環境の変化など)
- 不利益の程度と代替措置の有無
- 従業員への説明内容と周知状況
- 労使交渉・協議の経緯
- 変更後の就業規則の内容の相当性
この「合理性」の判断は非常に厳格であり、専門家への相談が不可欠です。
賃金規定の無料テンプレート
厚生労働省のウェブサイトでは「モデル就業規則」が公開されており、その中に賃金に関する規定例も含まれています。
また、マネーフォワード クラウドでも就業規則の作成・見直しに使える無料のテンプレートをご用意しております。自社に合わせてカスタマイズしてご活用ください。
これらのテンプレートやモデルは、あくまで雛形です。必ず自社の実情に合わせて内容を検討し、必要な修正や追記を行ってください。特に、記載例を参考にしつつも、法的な要件を満たしているか、専門家にも確認することをおすすめします。
賃金規定を就業規則本体と別に作成する場合の注意点
賃金規定を就業規則本体と別に定めることには、本体のスリム化、専門的で詳細な規定の作成、改定時の管理のしやすさといったメリットがあります。 この場合、就業規則本体に「賃金の詳細は別途定める賃金規程による」といった委任規定を必ず明記してください。また、両規程の内容に矛盾が生じないよう整合性を確保し、賃金規程も就業規則本体と同様に従業員へ必ず周知することが重要です。
賃金規定に関する最新の法改正やトレンド
労働法制は社会情勢の変化に合わせて頻繁に改正されます。賃金規定もこれらの法改正や社会のトレンドに対応していく必要があります。
同一労働同一賃金の原則と賃金規定への反映
正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇差の解消を目指す「同一労働同一賃金」の原則(パートタイム・有期雇用労働法、労働者派遣法)への対応は必須です。
- 基本給、賞与、各種手当
職務内容、職務成果、能力、経験などが同じであれば、雇用形態に関わらず同一の待遇を原則とし、違いを設ける場合は客観的・合理的な理由が必要です。各賃金項目の趣旨・目的に照らして個別に検討し、規定に反映させます。 - 福利厚生・教育訓練
これらについても不合理な差は認められません。 - 説明義務
非正規雇用労働者から待遇差について説明を求められた場合、使用者は説明する義務があります。
働き方改革関連法と賃金規定の見直しポイント
- 時間外労働の上限規制
法律で定められた上限時間を超える時間外労働は原則として命じられません。固定残業代制度もこの上限に留意が必要です。 - 年次有給休暇の時季指定義務
年10日以上の年休が付与される労働者への年5日の時季指定義務化に伴い、関連するルールを規定に明記することが望ましいです。 - フレックスタイム制の清算期間延長
清算期間が3ヶ月まで延長可能になりましたが、賃金計算や時間外労働の取扱いが複雑になるため、規定を整備する必要があります。
テレワーク導入時の賃金規定の考慮点
賃金規定の作成や見直しは専門家に相談しましょう
賃金規定は、単に給与計算のルールを定めたものではなく、従業員の生活を支え、モチベーションを左右し、ひいては企業の成長にも深く関わる非常に重要なものです。
しかし、賃金制度の設計や賃金規定の作成・変更は、専門的な知見が求められる複雑な業務です。特に、賃金規定がない状態からの新規作成、不利益変更を伴う場合、同一労働同一賃金への対応などは、慎重な検討と法的な整合性の確保が不可欠です。
もし、賃金規定の作成や見直しに関して少しでも不安や疑問があれば、社会保険労務士などの専門家に相談することを強くおすすめします。専門家のアドバイスを受けることで、法的なリスクを回避し、自社の実情に即した最適な賃金規定を構築できるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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