- 更新日 : 2025年9月26日
労働安全衛生法の概要、2025年の改正をわかりやすく解説
労働安全衛生法(安衛法)は、職場で働くすべての人の安全と健康を守るための重要な法律です。しかし、その内容は多岐にわたり、専門用語も多いため、「自社にどのような義務があるのか」「最近の法改正にどう対応すればよいのか」など、戸惑いを感じる経営者や人事労務担当者の方も多いのではないでしょうか。
労働安全衛生法への対応を怠ると、罰則だけでなく、企業の信頼失墜にもつながりかねません。この記事では、労働安全衛生法の基本的な考え方から、事業者に課せられた主な義務、最新の法改正のポイントまで、体系的にわかりやすく解説します。
目次
労働安全衛生法とは?
労働安全衛生法(安衛法)は、労働者の安全と健康を守り、あわせて快適な職場環境の実現を推進することを目的とした法律です。労働災害を未然に防ぐため、事業者が最低限守るべき基準や、具体的な措置を定めています。
労働安全衛生法の目的
労働安全衛生法の第1条では、労働災害を防止するための基準を定め、事業者が計画的に対策を講じ、総合的・計画的に安全衛生対策を推進することを目的としています。最終的には、労働者の安全と健康を守り、快適で働きやすい職場環境を実現することが目指されています。
労働安全衛生法 第一章
第一条 この法律は、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする
労働基準法との関係
労働者の保護という点では、労働基準法と労働安全衛生法は共通しています。もともと、安全衛生に関する規定は労働基準法の中に含まれていました。しかし、高度経済成長期に労働災害が急増したことを背景に、より専門的で包括的な対策を講じるため、1972年に独立した法律として「労働安全衛生法」が制定されました。
- 労働基準法:
労働時間、賃金、休日など、労働条件に関する最低基準を定める法律。 - 労働安全衛生法:
職場の安全衛生に関する具体的な基準や措置を定め、労働災害を防止するための法律。
このように、労働基準法が労働条件の土台を定め、労働安全衛生法がその上で専門的な安全衛生のルールを定めている、と理解すると分かりやすいでしょう。
労働安全衛生法に基づく事業者の主な義務
労働安全衛生法では、事業者が労働者の安全と健康を守るために講じるべき、さまざまな義務が定められています。これらの義務は、企業の規模や業種によって内容が異なります。
安全衛生管理体制の整備
事業者は、職場の安全衛生を管理するための体制を整える義務があります。事業場の規模に応じて、安全衛生に関する専門的な管理者を選任し、職務を遂行させなければなりません。
管理者等の種類 | 選任が必要な事業場の規模・業種 |
---|---|
総括安全衛生管理者 | 林業、建設業、製造業、運送業、清掃業:100人以上 製造業、電気業、水道業、機械修理業など:300人以上 その他の業種:1000人以上 |
安全管理者 | 林業、建設業、製造業、運送業など:50人以上 |
衛生管理者 | 全業種:50人以上 |
産業医 | 全業種:50人以上 |
安全衛生推進者・衛生推進者 | 安全管理者・衛生管理者の選任を要する事業場以外:10人以上50人未満 |
危険または有害な業務への対策
事業者は、業務にともなう危険や健康障害を防止するため、必要な措置を講じる義務があります。
- リスクアセスメントの実施:
職場に潜む危険性や有害性を特定・評価し、そのリスクを低減するための対策を検討・実施します。 - 化学物質の管理:
危険性・有害性が確認されている化学物質を取り扱う場合、ラベル表示や安全データシート(SDS、化学物質の危険性や取扱い注意を記した書類)の交付などが義務付けられています。 - 機械や設備に関する措置:
プレス機械やクレーンなど、とくに危険性の高い機械については、法律で定められた構造規格を満たし、定期的な自主検査を行う必要があります。
労働者への安全衛生教育
事業者は、労働者を雇い入れた際や、作業内容を変更した際に、その業務に関する安全衛生教育を行う義務があります。また、クレーンの運転やフォークリフトの運転など、とくに危険な業務に従事させる場合は、法律で定められた「特別教育(専門的な知識と技術に関する教育)」を実施しなければなりません。
健康診断の実施と健康の保持増進
事業者は、労働者の健康を確保するため、定期的な健康診断を実施する義務があります。対象となるのは「常時使用する労働者」で、これには正社員だけでなく、一定の要件を満たすパート・アルバイトなども含まれます。
- 一般健康診断:
1年以内ごとに1回、定期的に実施します。 - 特殊健康診断:
有害な業務(高圧室内業務、有機溶剤業務など)に従事する労働者に対し、原則として6ヶ月以内ごとに1回、実施します。 - 長時間労働者への医師による面接指導:
時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる労働者から申し出があった場合、医師による面接指導を実施する義務があります。
健康診断は、実施して終わりではありません。事業者は、診断結果で「異常の所見がある」と診断された労働者に対し、その健康を保持するために必要な措置について、医師の意見を聴取する義務があります。そして、その意見をふまえ、必要に応じて作業内容の変更や労働時間の短縮といった、働き方に関する配慮(就業上の措置)を講じなければなりません。
ストレスチェック制度の実施義務
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防ぐため、年に1回、ストレスチェックを実施することが義務付けられています。 この制度は、労働者が自身のストレス状態に気づき、セルフケアを促すことを目的としています。検査結果は実施者(医師など)から直接本人に通知され、本人の同意なく事業者が結果を知ることは禁じられています。事業者には、検査で「高ストレス者」と判定された労働者から申し出があった場合に、医師による面接指導を設定する義務があります。
安全(衛生)委員会とは?設置基準と役割
安全(衛生)委員会は、労働者の危険防止や健康障害防止に関する重要事項について、労使が一体となって調査審議し、事業者へ意見を述べるために設置される組織です。一定規模以上の事業場では、設置が法律で義務付けられています。
安全(衛生)委員会の設置基準
安全(衛生)委員会の設置義務は、事業場の規模と業種によって決まります。
- 安全委員会を設置すべき事業場:
- 林業、建設業、製造業、運送業など:常時50人以上
- 上記以外の安全管理者の選任を要する業種:常時100人以上
- 衛生委員会を設置すべき事業場:
- 業種を問わず、常時50人以上
なお、安全委員会と衛生委員会の両方を設置すべき事業場は、それぞれの委員会の設置に代えて、両方の役割を兼ねる「安全衛生委員会」を設置することができます。
委員会の構成メンバーと役割
安全衛生委員会は、労使双方の代表者で構成されなければなりません。
- 総括安全衛生管理者(またはそれに準ずる者):議長
- 安全管理者、衛生管理者、産業医:委員
- 安全・衛生に関する経験を持つ労働者:委員
委員の半数については、過半数労組または過半数代表者の推薦に基づき指名しなければなりません。委員会は、毎月1回以上開催し、労働災害の原因や再発防止策、安全衛生に関する年間計画、健康診断の結果に基づく対策など、幅広い事項を調査審議します。ここで審議された内容は議事録として記録・保存し、労働者に周知することが定められています。
【2024年・2025年】労働安全衛生法の主な法改正ポイント
労働安全衛生法は、社会情勢や働き方の変化、新たなリスクの発生に応じて、改正が行われています。ここでは、2025年や2024年に施行された、または今後施行される予定の改正点を解説します。
熱中症対策の義務化(2025年6月1日〜)
夏場の気温上昇に伴い、職場での熱中症による死傷者数が深刻な状況にあることを受け、2025年6月1日より、熱中症対策が法律上の義務となりました。これまでの努力義務や行政指導から、事業者が必ず遵守すべきルールへと強化されています。
改正により、事業者には熱中症対策についての「体制整備」「手順作成」「関係者への周知」が義務付けられることになりました。
化学物質の自律的な管理への移行(2024年4月〜)
2024年4月より、職場における化学物質の管理方法は、国が定めた基準を守るだけの「法令準拠型」から、事業者が自らリスクを評価し対策を講じる「自律的な管理」へと転換されました。
背景として、これまでの規制では、国がリスト化した物質以外は管理が事業者の判断に委ねられ、危険性が不明な化学物質による労働災害が発生していました。この状況を改善するため、より包括的な管理体制が求められました。
- 化学物質管理者の選任:
リスクアセスメント対象物質を扱う全ての事業場において、専門的講習を修了した者の中から化学物質管理者を選任し、ラベル表示の確認やリスクアセスメントの実施管理などを担当させることが義務付けられています。 - リスクアセスメントと措置:
事業者は、取り扱う化学物質の危険性・有害性を調査(リスクアセスメント)し、その結果に基づいて労働者の健康障害を防止するための具体的な措置(代替物の使用、作業方法の改善、保護具の着用徹底など)を講じなければなりません。
テールゲートリフター特別教育の義務化(2024年2月〜)
トラック荷台の昇降装置(テールゲートリフター)を使用する荷役作業での墜落・転落事故を防ぐため、2024年2月より、操作業務に従事する労働者に対する特別教育の実施が事業者に義務付けられています。事業者は、対象者に学科と実技を合わせた合計6時間以上の教育を受けさせなければ、その業務に就かせることはできません。
背景として、テールゲートリフターからの墜落による死亡災害が後を絶たず、安全な操作方法の知識不足が原因の一つとされていたことが挙げられます。
石綿(アスベスト)対策の強化(段階的施行)
アスベストによる健康被害の防止策も継続的に強化されています。特に、建築物の解体・改修工事における規制が厳しくなり、2023年10月からは、一定の知識・技能を持つ建築物石綿含有建材調査者による事前調査が義務化されました。これにより、資格者でなければ解体・改修工事前のアスベスト調査を行うことができなくなっています。
今後の改正動向について
労働安全衛生法は、今後も時代の変化に合わせて改正が続けられます。現在、厚生労働省の審議会などでは、多様化する働き方(リモートワークなど)における健康管理のあり方や、ストレスチェック制度に留まらない、より踏み込んだ職場におけるメンタルヘルス対策などが継続的に議論されています。企業は、現行法の遵守はもちろん、これらの新しい動きにも常に注意を払っていく必要があります。
労働安全衛生法に違反した場合のリスクと事例
労働安全衛生法に定められた義務を怠った場合、事業者は法的な罰則だけでなく、さまざまな経営上のリスクを負うことになります。
法律に基づく罰則
違反した条文の内容に応じて、厳しい罰則が科せられます。最も重いものは、製造等禁止物質規定違反で「3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金」が科される可能性があります。安全管理者の未選任など、体制不備に対しても「50万円以下の罰金」といった罰則が定められています。
違反による経営上のリスク
法的な罰則以上に、企業にとって大きなダメージとなるのが経営上のリスクです。
- 社会的信用の失墜:
労働災害の発生や法律違反が報道されれば、「ブラック企業」といった評判が立ち、企業イメージやブランド価値が大きく損なわれます。 - 人材採用への悪影響:
労働環境が悪いという評判は、とくに若年層の応募者減少に直結し、将来的な人材確保が困難になります。 - 従業員の士気低下と離職率の増加:
安全が軽視される職場では、従業員の会社に対する不信感が高まり、モチベーションの低下や、優秀な人材の流出につながります。
職場の安全衛生水準を向上させるための取り組み
法律で定められた義務を遵守することは最低限のラインです。従業員がより安心して働ける職場環境を実現するためには、さらなる自主的な取り組みが求められます。
5S活動の徹底
職場の安全衛生の基礎となるのが「5S」です。これは、「整理・整頓・清掃・清潔・躾(しつけ)」の頭文字をとったもので、職場環境を維持・改善するための基本的な活動です。
- 整理:要るものと要らないものを分け、不要なものを処分する。
- 整頓:必要なものを、誰でもすぐに取り出せるように置き場所を決める。
- 清掃:職場を常にきれいな状態に保つ。
- 清潔:整理・整頓・清掃を維持し、衛生的な状態を保つ。
- 躾:上記4つを習慣づけ、ルールを守る文化を醸成する。
ヒヤリ・ハット活動の推進
「ヒヤリ・ハッとした」経験、つまり重大な事故には至らなかったものの、一歩間違えれば大惨事になりかねなかった出来事の情報を、職場で共有・分析する活動です。これは、「1件の重大事故の背後には、29件の軽微な事故と300件のヒヤリ・ハットが隠れている」とされるハインリッヒの法則に基づいています。
これらの情報を収集し、原因を究明して対策を講じることで、重大な労働災害を未然に防ぐことができます。
労働安全衛生法とは働く人を守るための基本法
労働安全衛生法とは、労働災害を防ぎ、働く人の安全と健康を確保するための法律です。労働基準法と相互に補完しながら、事業者には安全衛生管理体制の整備、教育、健康診断、ストレスチェックなど多くの義務が課されています。
近年は、化学物質管理の自律化や熱中症対策の義務化など、改正が進んでおり、企業には最新動向への対応が求められます。
法令遵守は単に罰則を避けるためだけでなく、従業員が安心して働ける職場環境の整備や、企業としての信頼を保つことにも直結します。安全衛生の水準を継続的に高めることが、企業の成長を支える重要な取り組みとなります。
関連:労働安全衛生法のストレスチェック制度とは?条文をもとに対象者や項目、罰則などを解説
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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