- 更新日 : 2025年4月2日
カスハラの労災認定基準は?事例や精神疾患の認定率、企業側の対策などを解説
近年、日本社会において顧客からのハラスメント、いわゆるカスハラの問題が深刻化しており、社会的な関心が高まっています。特に、2023年に労災認定基準が改正され、カスハラによる心理的負荷が明確に労災の対象として追加されたことは、この問題に対する認識が深まっていることを示唆しています。
の記事では、カスハラの定義から具体的な事例、労災認定の基準や申請方法、企業が取るべき対策まで詳しく解説します。
目次
そもそもカスハラとは
厚生労働省では、カスハラ(カスタマーハラスメント)を以下のように定義しています。
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの
この定義の重要な点は、クレームの内容だけでなく、その要求を実現するための手段や態様が社会的に許容される範囲を超えているかどうか、そしてそれによって従業員の就業環境が損なわれているかどうかという点にあります。
したがって、顧客の主張に一部正当性がある場合でも、その手段や方法が常識を逸脱し、従業員に過度な負担や精神的な苦痛を与える場合は、カスハラに該当する可能性があります。
また、東京都のカスハラ防止条例では、「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と定義されており、こちらも就業環境への悪影響を重視する点で共通しています。日本弁護士連合会も、カスハラを不当な要求や社会的に不相当な手段による言動と捉えており、法的な観点からもその不当性が指摘されています。さらに、企業によっては独自にガイドラインを定めている場合もあります。
このように、カスハラの定義は様々ですが、その核心は、顧客からの行為が社会的に許容される範囲を超え、従業員の就業環境を害するものであるという点に集約されます。
カスハラの具体的な事例
カスハラの具体的な例は多岐にわたりますが、大きく分けて「妥当性を欠く要求」と「社会通念上不相当な言動」の2つに分類できます。
- 企業が提供する商品やサービスに瑕疵や過失が認められない場合に行われる商品の交換や再度のサービス提供の要求
- 企業の提供する商品・サービスとは関係のない個人的な損害賠償の要求
- 合理的な理由のない金品や過剰なサービスの要求
- 制度上対応できないことや契約内容を超える
これらの要求は、顧客が自身の立場を濫用し、企業や従業員に無理強いするものであり、業務の適正な範囲を超えています。
- 従業員に対する暴行・傷害
- 大声での威嚇や脅迫
- 「死ね」「バカ」などの暴言や人格否定
- 土下座の要求
- 長時間にわたる拘束や執拗な言動
- SNSやインターネット上での誹謗中傷や個人情報の公開
- プライバシーの侵害
- 性的な言動
これらの行為は、従業員に精神的苦痛を与えるだけでなく、身体的な危害や業務妨害につながる可能性もあります。小売業、運輸業、飲食業、宿泊業 、医療福祉業、コールセンターなど、顧客と直接接する機会が多い業種では、特にカスハラの被害が発生しやすい傾向にあります。
企業におけるカスハラの現状
厚生労働省の「令和5年度 労働者健康状況調査 結果の概要」によると、過去3年間に勤務先でカスハラを一度以上経験した労働者の割合は15.0%に上ります。相談件数も増加傾向にあり、カスハラ問題への関心と対策の必要性が高まっています。
カスハラが従業員に与える影響は深刻であり、怒りや不満、不安などの精神的な苦痛、仕事に対する意欲の減退、睡眠障害、さらには通院や服薬が必要になるケースも報告されています。また、業務パフォーマンスの低下や離職、休職につながることもあり、企業にとっても人材の損失や業務効率の低下といった悪影響が生じます。金銭的な損失、ブランドイメージの低下、他の顧客への悪影響など、企業経営にも無視できない影響が出てきています。
カスハラによる精神障害は労災認定される?
労災とは、労働災害の略であり、仕事をしている途中や通勤の途中でケガをしたり、病気になったり、あるいは亡くなったりすることを指します。
カスハラが原因でうつ病や適応障害、PTSDといった精神疾患を発症した場合も、労災として認められる可能性があります。特に最近では、顧客からの執拗な迷惑行為や暴言などが原因で精神疾患にかかるケースが増えており、カスハラが労災認定されることが珍しくなくなっています。
労災の認定基準
カスハラによる精神疾患が労災として認定されるためには、「業務遂行性」と「業務起因性」の2つ要件を満たす必要があります。
- 業務遂行性
労働者が労働契約に基づいて事業主の支配・管理下にある状態で災害が発生したこと - 業務起因性
業務と負傷または疾病との間に相当因果関係があること。
また、カスハラによる精神疾患が労災と認定されるためのポイントとしては、以下の3つが挙げられます。
- うつ病や適応障害、PTSDなど、労災認定対象の精神疾患を医師から診断されていること
- 発病前の約6か月以内に強いストレスを受けていたことが認められること
- 個人的な事情や他の原因ではなく、カスハラによるストレスが原因の精神疾患だと明らかに認められること
例えば、顧客から長時間にわたり暴言を吐かれたり、無理難題を押しつけられて精神疾患になった場合や、顧客の迷惑行為が繰り返し行われ、それに会社が十分対応しなかったことが原因で病気になった場合などが該当します。
2023年の労災認定基準改正
2023年9月1日、厚生労働省は「心理的負荷による精神疾患の労災認定基準」を改正し、業務による心理的負荷評価表に「顧客や取引先、施設利用者から著しい迷惑行為を受けた」という項目を新たに追加しました。これにより、カスハラが原因で精神疾患を発病した場合の労災認定がより明確になりました。
改正後の基準では、カスハラによる心理的負荷の程度が「強」と評価されるケースとして、以下のような例が挙げられています。
- 治療を要する程度の暴行等を受けた場合
- 人格や人間性を否定するような言動を反復・継続するなどして執拗に受けた場合
- 威圧的な言動など、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為を、反復・継続するなどして執拗に受けた場合
- 心理的負荷としては「中」程度の迷惑行為を受けた場合であっても、会社に相談してもまたは会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった場合。
一方、「中」程度の心理的負荷と評価されるケースとしては、治療を要しない程度の暴行を受けた場合(ただし、行為が反復・継続していない場合に限る)、人格や人間性を否定するような言動を受けた場合(ただし、行為が反復・継続していない場合に限る)、威圧的な言動など、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為を受けた場合(ただし、行為が反復・継続していない場合に限る)などが挙げられます。
「弱」程度の心理的負荷と評価されるのは、「中」に至らない程度の言動を受けた場合です。
カスハラによる労災申請の具体的な手順
カスハラが原因で精神疾患になった場合に労災を申請するには、次のような流れで進めます。
1. 会社へ速やかに報告する
カスハラ被害に遭った場合は、まずできるだけ速やかに会社に報告します。会社に対して早期に報告をすることで、被害の事実や状況を会社が把握していたという証拠になります。この報告が、後の労災認定手続きで重要な意味を持ちます。
2. 医療機関を受診し、診断書を取得する
次に、強い不安感、不眠、うつ症状など精神疾患が疑われる症状が現れた場合は、精神科や心療内科などの医療機関を受診します。その際には医師に対して、「顧客から受けたハラスメントが原因だと思われる」と明確に伝え、診断書にその原因を具体的に記載してもらうことが重要です。
3. 労災申請書類を記入する
労働基準監督署から労災の申請書を入手し、カスハラの具体的な内容や、精神疾患の症状がいつから出ているかなどを詳しく記入します。申請書には事業主の署名や押印が必要ですが、会社が協力してくれない場合は、労働基準監督署に相談し、個人でも手続きを進めることが可能です。
4. 労働基準監督署に申請する
申請書類が完成したら、診断書や被害を証明する録音、メモ、証言などの記録と共に、労働基準監督署へ提出します。提出後は労働基準監督署による調査が始まり、本人の申告内容や診断書、職場での聞き取り調査などが行われます。この際に、カスハラの事実や精神疾患との因果関係を明確に示す証拠が特に重要です。
5. 正式に労災認定される
労働基準監督署の調査の結果、カスハラが原因の精神疾患だと認められれば、正式に労災認定されます。その後、医療費が全額支給されるほか、治療のため休業した場合には給料の約8割相当の休業補償を受け取ることができます。
カスハラによる労災申請の審査期間と認定率
労災申請書類を提出後、一般的に審査が完了するまでには約3か月から6か月程度かかります。精神疾患の場合、審査は身体的な怪我より慎重に行われる傾向があり、医師の診断書やカスハラ行為の証拠が明確であればあるほど、スムーズに審査が進む可能性が高まります。
なお、厚生労働省が公表した令和5年度(2023年度)の「過労死等の労災補償状況」によれば、精神障害に関する労災請求件数は3,575件、支給決定件数は883件で、認定率は約34.2%となっています。 つまり申請してもすべてのケースが認定されるわけではなく、申請にあたっては具体的な証拠の保全が非常に重要となります。
参考:令和5年度「過労死等の労災補償状況」を公表します|厚生労働省
カスハラによる労災認定の事例
カスハラによる労災認定の具体的な事例として、あるハウスメーカーに勤務していた20代男性の例があります。この男性は顧客から長期間にわたって電話で一方的な叱責や暴言を受け、「バカ」などと人格を否定されるような言動を繰り返されました。さらに、業務範囲を超える要求を執拗に繰り返されたことで精神的に追い詰められ、最終的に自殺に至りました。このケースでは、カスハラが明確な原因となって精神疾患を引き起こし、自殺という深刻な結果を招いたため、労災として正式に認定されました。
また別の例として、大阪市にある食品会社で勤務していた26歳の男性が、日常的に顧客からの無理難題を押しつけられ、強い心理的ストレスを抱えた末に自殺したケースがあります。このケースでは、当初は労災として認定されませんでしたが、遺族が労災認定を求めて提訴したため、大きな注目を集めました。こうした事例が増えたことで、カスハラの労災認定が社会的にも広く認知されるようになっています。
このように、カスハラが労災認定がされるケースには共通の特徴があります。それは、カスハラ行為が「執拗に繰り返されること」「精神的な負担が非常に大きいこと」、そして「企業が適切な対応を行わなかったこと」です。顧客の行為が社会的に許される範囲を明らかに超え、人格や人間性を否定するような暴言や、威圧的な態度を長期間繰り返された場合、労災認定の可能性は高くなります。
カスハラによる労災認定が却下された場合の対応
万が一、労災認定が認められなかった場合でも、「審査請求」や「再審査請求」という不服申し立ての制度があります。
- 審査請求
不認定の決定を知った日から3か月以内に労働者災害補償保険審査官に対して申請します。 - 再審査請求
審査請求の結果に対しても不服がある場合は、さらに2か月以内に労働保険審査会に対して再審査請求を行うことができます。
これらの手続きは、専門的知識が求められることが多いため、弁護士や社会保険労務士など専門家に相談することをおすすめします。
企業が取るべきカスハラ対策
カスハラを未然に防ぎ、発生時に適切に対応するためには、企業全体としての体制づくりと従業員への支援が不可欠です。以下では、企業が講じるべき主な対策を紹介します。
組織体制の整備と相談窓口の設置
まずは、カスハラ対策を担う担当部署や責任者を明確にし、全社的に共有します。カスハラが発生した際に迅速かつ的確な対応を行うための土台となります。また、従業員が安心して相談できる社内の窓口を設け、必要に応じて外部の専門機関とも連携できる体制を整えることが重要です。加えて、対策マニュアルや規程を整備し、従業員全員に周知しておくことで、対応に迷わない環境が生まれます。
従業員への教育・研修の強化
実効性あるカスハラ対策には、従業員一人ひとりの理解と対応力が欠かせません。企業は、定期的にカスハラ研修を実施し、カスハラに該当する行為や対処方法を学ぶ機会を提供する必要があります。実際の事例を使って判断力を養い、冷静に対応するためのトレーニングを行います。管理職には、部下の相談対応や問題解決に関する専門的な指導を行い、現場での対応力を高めます。
カスハラの防止に向けた仕組みづくり
企業は、カスハラを許容しないという姿勢を明確に示すことで、顧客側への抑止効果を高める必要があります。公式ウェブサイトや掲示物などを通じて、迷惑行為に対して毅然とした対応を取ることを伝えましょう。また、業務分担や人員配置の見直しにより、従業員の負担を軽減し、対応の質を保つことができます。近年ではAIを活用した顧客対応支援ツールも普及し、早期にトラブルを把握する仕組みづくりも進んでいます。
カスハラ防止に向けた環境づくりを行いましょう
カスハラは深刻な精神疾患や休職・離職といった問題を引き起こすため、企業における積極的な対策と従業員自身の正しい知識が不可欠です。2023年の労災認定基準改正によって、被害者はこれまで以上に保護されるようになりましたが、労災認定率は高くはなく、早期の対応が重要となります。企業はカスハラ防止に向けた環境づくりを行い、従業員は被害に遭ったら早期に行動を起こすことが求められます。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
人事労務の知識をさらに深めるなら
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。
関連記事
労災は使わない方がいい?メリット・デメリットを徹底比較
仕事中や通勤途中にケガや病気をしたとき、労災保険を使うかどうか悩む方は非常に多くいます。「会社に迷惑をかけるのではないか」「申請手続きが面倒そう」など、不安や疑問は尽きないものです。この記事では、そんな不安を解消するために、「労災を使わない…
詳しくみる介護保険料はいつから支払う?40歳の誕生月から?
介護保険料の支払いは、40歳になった誕生月から発生します。いつまでという基準はなく、生涯にわたり支払う保険料です。今回は、いつから介護保険料の支払いが発生するのかを具体例をもとに解説します。また、介護保険料がいくら引かれるのかなど、基本情報…
詳しくみる社会保険は口座振替できる?手続きや提出方法を解説!
社会保険料は会社が国に保険料を納付する義務のある保険料です。皆さんの会社では、社会保険料を納付する際にどのような手続きをされているでしょうか。 今回は、社会保険料の納付の手続きについて、支払方法にはどのような種類があるか、口座振替はできるの…
詳しくみる派遣スタッフは社会保険に加入できる?条件や手続きについて解説!
社会保険は病気・ケガ・労働災害・失業・高齢化などの誰にでも発生しうるリスクに対して、社会全体で備えることを目的に運用されている制度です。派遣スタッフであっても加入条件を満たせば社会保険には加入しなければなりません。 そこでこの記事では社会保…
詳しくみる男性の育休とは?期間や給付金、法改正に伴う企業の取り組みを解説
男性の子育て支援を目的に、産後パパ育休の新設などさまざまな法改正が行われているため、企業の担当者は育休に関する諸制度や法改正を正しく理解することが重要です。 本記事では、男性の育休について解説します。育休の種類や期間、育休中の給与や従業員向…
詳しくみる育児休業(育休)とは?産休~育休の給付金や手続き、延長について解説
育児休業(育休)とは、原則として1歳に満たない子どもを養育する従業員が取得できる休業のことです。近年は改正が行われ、より育休取得の推進が求められています。人事でも手続きについて把握し、スムーズに進めていかなければなりません。 本記事では育児…
詳しくみる