- 更新日 : 2025年9月16日
給与計算を支える税法を解説 担当者が知るべき法改正や実務への影響とは
給与計算は、所得税法をはじめとする様々な税法に基づいて行われる、企業の根幹をなす業務です。特に近年は定額減税のような一時的な措置や「年収の壁」といった、法改正への正確な対応が求められています。
この記事では、給与計算がどのような税法に基づいているのかという全体像から、外的要因の変化が今後の年末調整や源泉徴収への影響まで、実務担当者が知っておくべきポイントを解説します。
目次
給与計算を支える税法と関連法規の全体像
給与計算は、単に従業員への報酬を計算するだけでなく、国や地方自治体への納税義務を果たすという重要な役割を担っています。その基盤となるのが、税法をはじめとする各種法令です。
税金に関する法令:所得税法と地方税法
給与計算において最も基本となる税法は「所得税法」です。給与所得者の所得税は、毎月の給与やボーナスから源泉徴収され、その年の最後に給与を支払う際に年末調整で精算されます。この仕組みにより、多くの給与所得者は確定申告を行うことなく、正確な納税を完了できるのです。
一方、地方税法に基づく住民税は、前年の所得に対して課税され、翌年6月から翌々年5月までの12か月間で特別徴収されます。
社会保険に関する法令:健康保険法や厚生年金保険法など
給与計算では税金だけでなく、社会保険料の計算も欠かせません。
健康保険法、厚生年金保険法、雇用保険法、労働者災害補償保険法など、複数の法令が関わってきます。これらの保険料は、従業員と事業主が決められた割合で負担し、給与から控除される仕組みになっています。
なお、令和7年4月1日~令和8年3月31日の雇用保険料率は、一般の事業で労働者負担が5.5/1,000、事業主負担は失業等給付分5.5/1,000に「雇用保険二事業」分3.5/1,000を加えた合計9.0/1,000 となります(農林水産・建設業は別途特例率)。
社会保険料率は定期的に見直されることがあるため、常に最新の情報を把握しておく必要があります。
出典|厚生労働省 令和7(2025)年度 雇用保険料率のご案内
これら法律が給与計算にどう関わっているのか
これらの法律は、給与計算の各プロセスに深く関わっています。
まず、総支給額から各種控除を行う際の計算根拠となります。所得税法は源泉徴収税額表の基準を定め、社会保険各法は保険料率を規定しています。また、年末調整や各種申告書の提出義務なども、これらの法令に基づいています。
企業は単に計算するだけでなく、正確な記録の保管や期限内の納付など、法令で定められた手続きを遵守する必要があります。これらの法令は給与計算業務の根幹をなすものであり、適切な理解と運用が求められます。
関連記事|給与計算に関連する法律とは?労働基準法の賃金支払いの5原則も解説
給与計算で遵守すべき法定期限と罰則規定
給与計算業務において、各種法令で定められた期限を守ることは極めて重要です。
源泉所得税の納付期限は、原則として給与を支払った月の翌月10日までとなっています(期限が土日祝等なら翌営業日)。ただし、給与の支給人員が常時10人未満の事業所は、「源泉所得税の納期の特例」の承認を受けることで、年2回(7月10日と1月20日)にまとめて納付することができます。
社会保険料については、当月分を翌月末日までに納付する必要があります。これらの期限を過ぎると、延滞金が課される可能性があります。
また、年末調整に関する法定調書の提出期限は翌年1月31日、給与支払報告書の市区町村への提出も同じく1月31日となっています。これらの書類提出が遅れると、場合によっては1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性もあるため、スケジュール管理を徹底する必要があります。
出典|国税庁 No.2505 源泉所得税及び復興特別所得税の納付期限と納期の特例
出典|第1 法定調書の提出期限等について
関連記事|社会保険料の納付方法は?納付の仕組みや支払い期限を解説!
労働基準法と給与計算の密接な関係
給与計算は、労働基準法とも密接な関係があります。
労働基準法第24条では「賃金支払いの5原則」が定められており、原則として①通貨払いの原則、②直接払いの原則、③全額払いの原則、④毎月1回以上払いの原則、⑤一定期日払いの原則を遵守する必要があります(一部例外あり)。
特に重要なのは、割増賃金の計算です。1日8時間、週40時間を超える時間外労働に対しては25%以上、休日労働(法定休日)に対しては35%以上、午後10時から午前5時までの深夜労働に対しては25%以上の割増率で計算しなければなりません。また、月60時間を超える時間外労働については、50%以上の割増率が適用されます(中小企業も2023年4月から適用)。
さらに、最低賃金法により定められた地域別最低賃金や特定最低賃金を下回る賃金で労働者を使用することは違法となります。最低賃金は毎年10月頃に改定されることが多いため(都道府県で日付差あり)、給与計算担当者は常に最新の情報を把握し、適切に反映させる必要があります。これらの労働法規に違反した場合、労働基準監督署からの是正勧告や、場合によっては刑事罰の対象となることもあります。
出典|確かめよう労働条件 賃金の額や支払方法などは、労基法等で規制されているのでしょうか?
出典|厚生労働省 月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます
給与計算の核となる「所得税法」の基本原則
所得税法は、給与計算における最も重要な法的根拠です。この法律は、課税対象となる所得の範囲や計算方法、源泉徴収の仕組みなど、給与計算の基本的な枠組みを定めています。
実務担当者として、この基本原則を正しく理解することが、適切な給与計算の第一歩となります。
給与所得の定義と課税対象の範囲(所得税法第28条第1項)
所得税法第28条第1項は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう」と規定しています。この定義は非常に広範囲にわたり、基本給や賞与だけでなく、各種手当や現物給与なども含まれます。
ただし、通勤手当のように一定の要件を満たすものは非課税となる場合があります。実務では、どの支給項目が課税対象となるかを正確に判断することが重要です。
出典|法令検索 所得税法
企業が税金を徴収する「源泉徴収制度」の仕組み
源泉徴収制度は、給与支払者(企業)が従業員に代わって所得税を徴収し、国に納付する制度です。毎月の給与から源泉徴収税額表に基づいて税額を計算し、控除します。この制度により、従業員は税金を分割して納めることができ、追加徴収の場合を除き一度に大きな税負担を負うことを避けられます。
また、国にとっても安定的な税収確保につながるというメリットがあります。源泉徴収義務者である企業は、正確な計算と期限内の納付が法的義務となっています。
所得税の詳しい計算方法について
所得税の計算は、給与収入から給与所得控除を差し引いて給与所得を算出し、そこから各種所得控除を差し引いて課税所得を求め、税率を適用するという流れになります。
詳細な計算方法については、以下の関連記事で詳しく解説していますので、ぜひご参照ください。
関連記事|所得税の計算方法とは?源泉所得税や月額表の見方についても解説
非課税所得の種類と実務上の注意点
所得税法では、一定の要件を満たす手当や給付について非課税とする規定があります。
実務上重要なものの一つとして、通勤手当があります。電車・バス通勤者の場合、1か月当たり15万円まで、マイカー・自転車通勤者の場合は、通勤距離に応じて4,200円から31,600円までが非課税限度額となっています。新幹線や特急列車を利用した場合は、「最も経済的かつ合理的な経路および方法」が非課税となる限度額とされています。
その他の主な非課税所得として、出張旅費(実費弁償的なもの)、宿日直料(1回4,000円まで)、社会保険料の事業主負担分、結婚祝金や香典など社会通念上相当と認められる金品などがあります。特に注意が必要なのは、社宅や寮の貸与です。従業員から一定額以上の家賃を徴収しない場合、経済的利益として給与課税される可能性があります。
実務では、これらの非課税限度額を正確に把握し、限度額を超える部分については適切に課税処理を行う必要があります。
出典|国税庁 No.2582 電車・バス通勤者の通勤手当、No.2585 マイカー・自転車通勤者の通勤手当
出典|須藤学税理士事務所 宿日直手当の非課税規定の使いどころ
関連記事|社宅の家賃相場はどれくらい?東京の相場や計算方法、税制上のメリットを解説
年末調整の仕組みと源泉徴収との関係
年末調整は、その年の最後に給与を支払う際に、1年間の給与総額に対する年税額と、毎月の源泉徴収税額の合計との差額を精算する手続きです。源泉徴収税額表は、月額給与に対して概算で税額を算出するため、各種所得控除や税額控除を正確に反映していません。
年末調整では、扶養控除、配偶者控除、生命保険料控除、地震保険料控除、住宅借入金等特別控除など、各種控除を適用して正確な年税額を計算します。毎月の源泉徴収税額の合計と年税額の過不足を算出し、差額が還付または追加徴収されることになります。
ただし、給与収入が2,000万円を超える人、災害減免法により源泉徴収の猶予を受けている人、2か所以上から給与を受けている人(一定の場合を除く)といった一部の人は年末調整の対象外となり、確定申告が必要です。
企業の給与計算担当者は、これらの要件を正確に把握し、年末調整の対象者を適切に判定する必要があります。
出典|国税庁 No.1900 給与所得者で確定申告が必要な人
給与所得控除の仕組みと計算方法
給与所得控除は、給与所得者の必要経費に相当するものとして、給与収入から一定額を控除する制度です。個人事業主が実際の経費を計上できるのに対し、給与所得者は勤務に必要な経費(スーツ代、書籍代など)を個別に控除できないため、概算経費として給与所得控除が設けられています。
給与所得控除額は給与収入に応じて段階的に設定されており、令和2年分以降は以下のように計算されます。
- 162万5,000円以下:55万円
- 162万5,001円~180万円:収入金額×40%-10万円
- 180万1円~360万円:収入金額×30%+8万円
- 360万1円~660万円:収入金額×20%+44万円
- 660万1円~850万円:収入金額×10%+110万円
- 850万1円以上:195万円(上限)
例えば、年収500万円の場合、給与所得控除額は500万円×20%+44万円=144万円となり、給与所得は500万円-144万円=356万円となります。この給与所得から、基礎控除や扶養控除などの各種所得控除を差し引いて課税所得を算出します。
実務上重要なのは、この給与所得控除後の金額を正確に把握することです。源泉徴収票の「給与所得控除後の金額」欄に記載される金額がこれに該当し、年末調整や確定申告の基礎となる重要な数値です。
なお、特定支出控除という制度もあり、給与所得者でも一定の要件を満たす支出(資格取得費、研修費など)については、給与所得控除額の2分の1を超える部分を控除できる場合があります。
最低賃金上昇で注目される「年収の壁」と税法の関係
最低賃金の継続的な上昇に伴い、パートタイム労働者を中心に「年収の壁」への関心が高まっています。ここでは、税法上と社会保険上の違いを含めて解説します。
税法上の「123万円の壁」と社会保険上の「106万・130万円の壁」
従来、「103万円の壁」と呼ばれてきたのは、給与収入が103万円以下であれば所得税が課税されないラインでした。2025年分の所得税から、従来の「103万円の壁」が「123万円の壁」に引き上げられています。
一方、社会保険の適用基準である106万円・130万円の壁は変更されていないため、実務上は引き続き注意が必要です。
なぜ「年収の壁」が問題になっているのか
最低賃金の上昇により、パートタイム労働者が意図せず年収の壁を超えてしまうケースが増加しています。特に、従来の103万円の壁を意識して就業調整をしていた労働者にとって、最低賃金上昇は労働時間の調整を検討する要因となっていました。
税制改正法案の内容によっては、この問題の一部が解消される可能性がありますが、社会保険の壁は依然として残るため、総合的な対策が求められています。
従業員の働き方の変化と企業に求められる対応
年収の壁に関する税制改正法案の動向により、従業員の働き方にも変化が生じることが予想されます。
企業としては、まず法案の審議状況を注視し、成立した場合には改正内容を正確に理解し、従業員への周知を徹底する必要があります。また、扶養控除申告書の記載内容の確認や、社会保険の適用拡大への対応など、実務面での準備も欠かせません。
定額減税が給与計算に与えた影響
2024年6月から実施された定額減税は、物価高騰への対応として多くの注目を集めました。この制度は一時的な措置として2025年以降は予定されていませんが、ここでは定額減税制度が停止したことで実務にどのような影響があるのかを整理します。
【振り返り】「定額減税」とはどのような制度だったか
定額減税とは、2024年(令和6年)4月1日に施行された「令和6年度税制改正法」に盛り込まれた制度であり、納税者本人とその配偶者や扶養親族1人につき、所得税3万円、住民税1万円の合計4万円が2024年の税金から控除されるものです(控除開始は6月1日以降)。
この制度は、急激な物価上昇に対する国民の負担軽減を目的として実施されました。令和6年分の所得税に係る合計所得金額が1,805万円以下である方(給与収入のみの方の場合、給与収入が2,000万円以下である方)が対象で、高所得者は定額減税の対象から除外されていました。
2024年の月次減税と年末調整での対応を総括
定額減税の実施にあたり、企業の給与計算担当者は多くの対応を迫られました。
給与所得者の場合、2024年6月1日以降、最初に支払われる給与または賞与から源泉徴収される所得税額から、定額減税の控除額が差し引かれました。控除しきれない分があれば、6月以降年内に支払われる給与や賞与で源泉徴収される税額から順次控除されました。
年末調整では、最終的な精算が行われ、扶養親族の人数変更などがあった場合の調整も必要でした。この一連の対応により、給与計算システムの設定変更や給与明細への記載など、実務面で多くの課題に直面しました。
2025年以降の給与計算は通常に戻る点に注意
定額減税は2024年分の所得税と2024年度分の個人住民税について実施され、2025年以降は通常の源泉徴収に戻ることになります。住民税については、2024年7月から2025年5月までの11か月間で分割徴収されていたため、2025年6月以降は通常の12か月での徴収に戻ります。
企業は、定額減税対応で変更したシステム設定を元に戻すなど、適切な移行対応が必要になります。
出典|令和6年度税制改正パンフレット(財務省, 2024-04-25)
これからの年末調整で注意すべき税法上のポイント
2025年の年末調整は、定額減税終了後初めての年末調整となり、税制改正法案が成立した場合には新たな対応も必要となる可能性があります。
ここでは、実務担当者が特に注意すべきポイントを整理します。
定額減税後、通常に戻った年末調整のチェックリスト
2025年の年末調整では、以下の点に特に注意が必要です。
まず、定額減税に関する処理が不要となるため、システム設定を通常の状態に戻すことが重要です。令和7年度税制改正法案が成立したため、改正内容に応じた新たな対応が必要となります。改正の施行時期や適用範囲を正確に把握し、適切な時期に必要な変更を行うことが求められます。
各種控除申告書の変更点と電子化の動向
税制改正法案の成立により、各種控除申告書にも変更が生じる可能性があります。
申告書の電子化も着実に進んでいます。電子申告を導入することで、記入ミスの削減や業務効率化が期待できます。企業としては、電子化への対応を検討しつつ、従業員への丁寧な説明と支援が求められます。
扶養控除や生命保険料控除など、間違いやすい項目の再確認
年末調整では、扶養控除や生命保険料控除など、多くの控除項目があります。特に間違いやすいのは、扶養親族の所得要件の確認です。
令和7年度税制改正により、基礎控除が48万円から58万円に引き上げられ、扶養控除等の対象となる扶養親族の所得要件も給与収入ベースで103万円から123万円に引き上げられています。
あわせて、特定扶養控除の年収上限が150万円に引き上げられ、さらに新しく特定親族特別控除が設けられています。
詳細については、以下の記事もご参照ください。
給与計算と税法の動向を捉え、正確な実務を継続する
給与計算は、単なるルーティンワークではなく、税法という国のルールに則って行われる社会的責務です。定額減税のように、その時々で特別な対応が求められることもあり、法改正や社会の変化といった外的要因を常に把握しておく必要があります。
税法の基本原則を理解し、年末調整などの実務において正確な処理を継続することが、従業員との信頼関係を築き、安定した企業経営を支える基盤となります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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