• 更新日 : 2025年4月18日

人的資本経営の開示項目とは?情報開示の19項目や具体例を解説

人的資本経営の情報開示は、企業の競争力向上のために重要です。

2023年から上場企業等には開示義務が課されており、とくに「7分野19項目」に基づく情報開示が求められています。本記事では、人的資本の具体的な開示項目と内容、事例を紹介します。

人的資本の情報開示とは|企業が人的資本の情報を公開すること

人的資本とは、企業に属する人材が持つ知識やスキル、経験、能力などを指します。人的資本の情報開示とは、企業が人的資本に関する情報を公開することです。具体的には、以下の内容が含まれます。

内容詳細
従業員のスキルや経験・研修制度

・資格取得支援 など

労働条件・雇用形態

・賃金体系

・福利厚生 など

エンゲージメントのレベル・従業員満足度

・働きがい など

ダイバーシティの状況・女性管理職比率

・外国人雇用

・障がい者雇用 など

企業が情報開示する理由は、透明性を高め、外部のステークホルダーからの信頼を得るためです。また、持続可能な成長やリスク管理の観点からも重要であり、経営戦略の一環として開示が求められています。

人的資本の情報開示については、下記の記事で詳しく解説しているため、ぜひあわせてご覧ください。

人的資本の情報開示は2023年より義務化された

人的資本の情報開示は、2023年3月期の決算から義務化されました。義務化の背景には、企業のサステナビリティ課題への対応や情報開示の重要性の高まりがあります。

2021年6月、東京証券取引所は「コーポレートガバナンス・コード(CGコード)」を改訂し、企業に人的資本の情報開示を求めるようになりました。

さらに、2023年1月にはCGコードの改訂により「改正開示府令」が交付・施行され、3月には内閣府令により人的資本の情報開示が正式に義務化されました。

日本における人的資本の開示項目「7分野19項目」とは

日本における人的資本の情報開示では、「7分野19項目」が定められています。

人的資本の開示項目は、企業が持続可能な成長を実現するために、従業員のスキルや多様性、働き方などに関する情報を明確にすることを目的としています。正確な情報開示は、投資家やステークホルダーから信頼を得るうえで重要です。

以下では、それぞれの項目について解説します。

分野1. 人材育成

人材育成は、企業の成長を支える重要な要素です。人材育成分野では「リーダーシップ・育成・スキルと経験」の項目を開示することが求められています。

開示内容は、主に以下のとおりです。

  • 研修時間や研修費用
  • 研修参加率
  • 複数分野の研修受講率
  • スキル向上プログラムの種類や対象
  • パフォーマンスとキャリア開発の定期的なレビューを受けた従業員の割合
  • 研修と人材開発の効果

参考:人的資本可視化指針|非財務情報可視化研究会

企業は、従業員の能力をどのように引き出し、将来のリーダーを育成しているのかを明確にすることが重要です。人材育成の開示を通じて、企業の成長戦略や人材確保・定着の取り組みを示せます。

分野2. エンゲージメント

エンゲージメントとは、従業員の企業に対する愛着やモチベーションを示す重要な指標です。人的資本の情報開示では、企業が「従業員エンゲージメント」をどのように向上させているかを示す必要があります。

エンゲージメントの向上は、離職率の低下や生産性の向上につながり、企業全体のパフォーマンスを高めます。そのため、企業はエンゲージメントを可視化し、継続的な改善が必要です。

具体的な開示内容は、以下のとおりです。

  • 従業員エンゲージメント調査
  • ストレスチェック
  • 顧客満足度調査などのデータ

    参考:人的資本可視化指針|非財務情報可視化研究会

    エンゲージメントの情報開示により、企業の職場環境や組織文化の透明性を高め、ステークホルダーの信頼を得られます。

    分野3. 流動性

     

    流動性の分野では、企業の採用・維持・後継者計画(サクセッション)に関する項目の開示が求められます。人的資本の情報開示では、企業がどのように優秀な人材を確保し、定着させているかを示す必要があります。

    具体的な開示内容は、以下のとおりです。

    • 離職率や定職率
    • 新規雇用の総数・比率
    • 離職の総数
    • 採用・離職コスト
    • 人材確保や定着の取り組み
    • 移行支援プログラム
    • 後継者計画に関する指標(後継者有効率・カバー率・準備率)

      参考:人的資本可視化指針|非財務情報可視化研究会

      求人ポジションの採用充足にかかる期間も開示対象のため、企業は事前にデータを整理しておきましょう。

      労働市場の流動性が高まるなか、企業の人材確保・定着に向けた対応が重要視されており、流動性に関する情報開示が求められています。

      分野4. ダイバーシティ

      ダイバーシティとは、多様な人材が公平に活躍できる環境を整えるための指標です。具体的な開示項目は、「ダイバーシティ・被差別・育児休業」です。企業がどのように多様性を促進し、格差の是正に取り組んでいるかを示す必要があります。

      主な開示内容は、以下のとおりです。

      • 属性別の従業員・経営層の比率
      • 男女間の給与差
      • 正社員と非正規社員の福利厚生の差
      • 最高報酬額支給者の年間報酬額のシェア
      • 育児休業後の復職率や定着率
      • 男女別の家族関連休業取得比率
      • 育児休業取得者数
      • 賃金格差を是正するための措置

        参考:人的資本可視化指針|非財務情報可視化研究会

        企業は、ダイバーシティを促進する制度の導入や賃金格差の是正に取り組み、すべての従業員が働きやすい環境を整えることが重要です。

        分野5. 健康・安全

        健康・安全とは、従業員の精神的・身体的健康を守り、職場の安全性を確保するための重要な指標です。人的資本の開示項目は、「精神的健康・身体的健康・安全」で、企業が従業員の健康をどのように守り、安全な職場環境を維持しているかを示す必要があります。

        主な開示内容は以下のとおりです。

        • 労働災害の発生件数・割合、死亡数
        • 労働災害による損失時間
        • ニアミス発生率
        • 業務上のインシデントが企業に与えた金銭的影響額
        • 安全衛生マネジメントシステムの導入状況
        • 健康・安全に関する研修の受講率
        • 医療・ヘルスケアサービスの利用促進策

          参考:人的資本可視化指針|非財務情報可視化研究会

          企業が従業員の健康と安全を守る取り組みを明確にすることで、従業員の満足度や生産性の向上につながります。また、適切な情報開示は、企業の信頼性やブランド価値の向上にもつながるでしょう。

          分野6. 労働慣行

          労働慣行とは、企業が従業員の働きやすい環境をどのように整えているかを示す指標です。人的資本の情報開示では、公正な労働条件の確保や労働者の権利保護に向けた取り組みを明確にする必要があります。労働慣行では、以下の開示項目の公開が必要です。

          • 労働慣行
          • 児童労働・強制労働
          • 賃金の公平性
          • 福利厚生
          • 組合との関係

            労働慣行の具体的な開示内容は、以下のとおりです。

            • 長時間労働者の割合
            • 児童労働・強制労働に関する説明
            • 男女間および正規・非正規間の給与差
            • 福利厚生の種類やコスト
            • 結社の自由や団体交渉権の保障状況
            • 業務停止件数

              参考:人的資本可視化指針|非財務情報可視化研究会

              企業がワークライフバランスを支援することで、従業員の満足度向上や優秀な人材の確保・維持につながります。適切な労働慣行の開示は、企業の信頼性向上にもつなげられるでしょう。

              分野7. コンプライアンス・倫理

              コンプライアンス・倫理とは、企業が高い倫理基準を遵守し、公正かつ健全なビジネス運営を維持しているかを示す指標です。人的資本の開示項目は「コンプライアンス」で、法令遵守や人権保護に関する取り組みを明確に示す必要があります。

              具体的な開示内容は、以下のとおりです。

              • 人権レビューの対象となった事業所の総数・割合
              • 深刻な人権問題の件数
              • 差別事例の件数と対応措置
              • 苦情の件数
              • 懲戒処分の件数と種類
              • サプライチェーンにおける社会的リスクの説明

              参考:人的資本可視化指針|非財務情報可視化研究会

              コンプライアンス・倫理に関する情報を開示することで、企業はステークホルダーの信頼を得られるだけでなく、持続可能な成長にもつながります。

              人的資本に関する有価証券報告書への開示義務項目

              企業は人的資本に関する情報を有価証券報告書で開示することが義務付けられました。情報開示により、企業の持続可能な成長や経営の透明性が強化されることが期待されています。

              以下では、それぞれの開示義務項目を解説します。

              分野1. サステナビリティに関する情報

              人的資本に関するサステナビリティ情報は、企業の持続可能な成長に向けた取り組みを示す重要な指標です。有価証券報告書で開示を求められる項目は以下のとおりです。

              • 人材育成方針
              • 社内環境整備方針
              • 1と2の指標や目標の記載

              現時点では「記載欄」が設けられているものの、具体的な記載基準は定められていません。そのため、企業ごとに柔軟に記載できます。理想的な開示方法としては、ガバナンスや戦略、リスク管理、指標および目標の4つの構成に基づくことが推奨されています。

              2023年3月期の有価証券報告書から開示が義務化されており、投資家との対話を通じて内容を改善し、より充実した情報提供を目指すことが重要です。

              サステナビリティについては、下記の記事で詳しく解説しているため、ぜひあわせてご覧ください。

              分野2. 従業員に関する情報

              企業は、有価証券報告書の「従業員の状況」欄において、人的資本に関する情報を開示する義務があります。「従業員の状況」欄はこれまでも存在していましたが、従業員数や平均給与などに加えて、追加として開示が求められることになりました。具体的な追加項目は以下のとおりです。

              • 女性管理職比率
              • 男性育休取得率
              • 男女間賃金格差

                女性活躍推進法では、従業員が101人以上の事業主に対し、上記のような情報開示が義務付けられています。

                また、育児・介護休業法では、従業員1,000人超の企業に対し、男性の育児休業取得状況の年1回の公表が義務付けられています。さらに、令和7年4月1日からは300人超1,000人以下の企業にも義務が拡大される予定です。

                情報を開示することで、投資家や求職者が企業の人的資本戦略を評価し、ダイバーシティ推進やキャリア形成支援に対する企業の姿勢を把握することが可能です。

                企業の透明性向上は、長期的な企業価値の向上につながります。

                世界における人的資本の情報開示項目

                世界における人的資本の情報開示の指針として、「ISO 30414」が策定されています。ISO 30414は、スイス・ジュネーブに本部を置く国際標準化機構(ISO)が定めた、人的資本に関する国際的なガイドラインです。

                ISO 30414では、人的資本に関する開示項目が、以下の11のカテゴリに分類されています。

                開示項目詳細
                コンプライアンスと倫理ビジネス規範に対するコンプライアンスの測定指標
                コスト採用や雇用、離職などの労働力コストに関する測定指標
                ダイバーシティ労働力とリーダーシップチームの特徴を示す指標
                リーダーシップ企業のリーダー層の特性や育成に関する指標
                組織文化企業の価値観や従業員のエンゲージメントに関する指標
                健康・安全従業員の健康管理や職場の安全性を示す指標
                生産性従業員のパフォーマンスを評価する指標
                採用・異動・離職労働力の流動性や採用の成功度を示す指標
                スキルと能力従業員のスキルアップや教育投資に関する指標
                後継者計画経営層や幹部人材の継続的な育成に関する指標
                労働力企業全体の人員構成や労働環境を示す指標

                上記の指標を活用することで、企業は労働環境や従業員の能力開発、経営層の育成状況などを可視化できます。

                ISO 30414では合計58の指標が定義されており、カテゴリごとに具体的な測定基準が設けられています。人的資本に関する情報を開示することで、企業の人的資本の状態を定量的に評価し、透明性を向上させることが可能です。

                人的資本の情報開示例

                近年、人的資本の情報開示を積極的に行う企業が増えています。人的資本の情報開示は、投資家や求職者が企業の戦略を評価しやすくし、企業の透明性向上も可能です。以下では、具体的な事例を紹介します。

                1. 三井物産株式会社

                三井物産株式会社では、2024年に人的資本レポートを公開し、従業員の多様性や成長を重視する取り組みが明示されました。

                人的資本レポートでは、世界中の多様な社員が生み出す価値創造のプロセスや新人事制度の導入、女性活躍推進による生産性向上の取り組みなどが紹介されています。

                さらに、社員エンゲージメント向上への取り組みをデータとともに詳しく開示しており、信頼性と透明性が高まっているといえるでしょう。

                三井物産株式会社は、2024年にISO 30414の認証を取得し、人的資本の定量化・分析を進めています。人的資本に関する取り組みは、「未来をつくる人をつくる」というビジョンのもと、持続的な企業価値向上を目指す方針の一環です。

                参考:三井物産の人材マネジメント | 「未来をつくる」人をつくる(人的資本レポート2024)

                2. 双日株式会社

                双日株式会社は、2024年に「統合報告書2024」を公開し、「事業と人材のギアチェンジ」をコンセプトに、成長が期待される主要事業や施策を紹介しました。

                「中期経営計画2026」を支える人材戦略では、双日らしい成長ストーリーの実現を目指し、「事業創出力」と「事業経営力」の強化を掲げています。また、人材KPI(動的)として個人の成長と組織力の強化を重視し、2030年代に女性課長比率50%を目標とするなど、多様性推進の取り組みを継続していることが特徴です。

                さらに、「成長市場 面展開」「ビジネスモデルの変革・深化」「バリューチェーン上の事業領域の拡大」という3つの成長パターンを掲げ、人材戦略を基盤とした持続的な成長を目指しています。

                参考:統合報告書|IR資料室|IR情報(投資家情報)|双日株式会社

                3. ニデック株式会社

                ニデック株式会社は、2024年に「統合報告書2024」を公開し、財務資本や製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本についての情報を開示しました。

                人的資本拡充に向けた取り組みでは、2023年4月1日に創業50周年を迎え、日本電産株式会社からニデック株式会社へ社名を変更し、第2創業期として進化を図る方針を示しています。

                また、企業の人事基盤として、等級・報酬・評価の基幹制度をはじめ、組織管理・異動ルール・福利厚生を公正・公明・公平な観点で整備しています。人的資本の公開により、グループ全体の一体化や次世代への経営の強みの継承を目指し、中長期的な視点で人事戦略を実行されました。

                参考:統合報告書2024 | ニデック株式会社

                人的資本経営の開示項目を活用して企業価値を高めよう

                人的資本経営の開示は、企業価値向上の重要なカギです。

                「7分野19項目」や有価証券報告書での開示義務に対応することで、投資家やステークホルダーからの信頼を獲得できます。具体的な情報を積極的に発信することで、企業の透明性を高め、競争力を強化できます。人的資本を戦略的に活用し、持続的成長を実現しましょう。


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