- 更新日 : 2025年4月2日
うつ病の労災認定は難しい?申請手続きや事例、デメリット、証拠収集の注意点などを解説
近年、仕事による強いストレスや心理的負荷が原因でうつ病などの精神障害を発症し、労災申請を検討する方が増えています。しかし、労災認定の基準や申請の手続きは複雑で、多くの方が不安や疑問を抱えているのではないでしょうか。
この記事では、うつ病の労災認定基準から具体的な申請手順、成功・失敗事例、申請に伴うメリットとデメリット、さらに専門家のサポートや企業が取るべき対応まで、初心者にもわかりやすく徹底解説します。
目次
うつ病の労災認定基準
うつ病などの精神障害が労災と認定されるためには、厚生労働省が定める以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。
1.認定基準の対象となる精神障害を発病していること
まず最初に重要なポイントは、労災として認められるのは「世界保健機関(WHO)」が定めた「国際疾病分類第10回修正版(ICD-10)」に記載されている精神疾患に限定されるということです。具体的には、このICD-10の第V章「精神および行動の障害」の中に含まれている病気が対象です。うつ病は「F3 気分(感情)障害」というカテゴリーに分類されており、労災の対象になる精神障害の一つとして明確に位置付けられています。
ただし、この基準に含まれない精神疾患もあります。例えば、認知症(F0に分類される病気)やアルコールや薬物依存による障害(F1に分類される病気)は、労災の対象から外されています。この基準は、労災認定が医学的根拠に基づいて客観的に行われることを示しています。
このように、対象となる精神障害を明確に決めることで、労災認定を客観的で公正に行い、本当に仕事が原因で精神障害になった人に適切な支援を届けることを目的としています。
2.発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
うつ病が労災として認められるためには、「発病前のおおむね6か月の間に、仕事上で強い心理的負荷(ストレス)を受けていたこと」が必須の条件となります。ここでいう「強い心理的負荷」とは、単に本人が強く感じたかどうかという個人的な主観ではなく、同じ職種・同じ立場の一般的な労働者が受けた場合に強いストレスと感じる状況かどうかで判断されます。
具体的な判断基準としては、「業務による心理的負荷評価表」(厚生労働省が作成した評価基準)に基づき、負荷の強さを「強」「中」「弱」の3段階で評価します。その評価で「強」と判断される場合に、労災として認定される要件を満たします。
「強い心理的負荷」と評価される典型的な例としては、以下のようなケースがあります。
- 上司等からの身体的・精神的なハラスメントを受けた
- 同僚等からの酷いいじめや嫌がらせを受けた
- 非正規社員の仕事上の差別や不利益な取扱いが著しく大きく、人格否定のようなものだった
- 転勤で新たな業務に従事して、その後月100時間程度の時間外労働を行った
- 発病直前の1ヶ月で約160時間を超えるような時間外労働を行った
または1ヶ月に満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間に120時間以上の)時間外労働を行った - 生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、又は永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした
- 業務に関連して、他人を死亡または生死にかかわる重大なケガを負わせた(故意は除く)
- 強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクハラを受けた
3.業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
最後に、うつ病が業務以外の私生活や個人の性格、病歴などの要因で発病したわけではないと認められる必要があります。
仕事以外のストレス要因の具体例としては、離婚、夫婦の別居、家族や身近な人の死亡、自然災害や犯罪の被害、多額の金銭的損失、深刻な家庭トラブルなどがあります。これらの私生活上の出来事があった場合、労災認定の判断において考慮されます。
さらに、過去に精神疾患の病歴(既往歴)があったり、アルコール依存や薬物依存が原因でうつ病を発症した場合も、労災認定の際に慎重に調査されるポイントになります。
しかし、私生活にこうした出来事があったとしても、「うつ病発症の主な原因が仕事上のストレス(心理的負荷)である」と判断されれば、労災として認定される可能性は十分にあります。
実際には、「業務以外の心理的負荷」と「業務上の心理的負荷」の両方を総合的に検討し、どちらが主な原因となったかを客観的な証拠に基づいて判断します。
うつ病の労災を申請する流れ
うつ病が仕事が原因で発症した可能性がある場合、労災として申請することができます。ただし、申請を成功させるには正しい手順をしっかりと理解することが重要です。ここでは、うつ病で労災申請を行う際に必要な手続きを詳しく解説します。
医療機関で診断を受ける
労災を申請する前に、まずは精神科や心療内科を受診し、医師から「うつ病」やその他労災の対象となる精神障害であることを診断してもらう必要があります。受診する際には、仕事上のストレスや心理的負担の内容を詳しく医師に伝え、カルテや診断書に明確に記録してもらうことが重要です。
労災認定に必要な証拠を集める
うつ病の労災申請が認定されるかどうかは、「業務と発病との因果関係」が明確かつ客観的に証明できるかにかかっています。そのため、労災申請の成功には十分な証拠の収集が不可欠です。
特に、タイムカードや出勤簿、業務日誌、PCのログイン履歴などの労働時間を証明する客観的な記録は、長時間労働や過重労働の証拠として重要な役割を果たします。また、パワハラやいじめが原因の場合は、具体的な言動の日時や場所、加害者の名前、目撃者の情報を記載したメモやメール、録音データが非常に効果的です。
さらに、同僚や上司の証言書も重要です。パワハラの様子や長時間労働の状況について、目撃者に証言を依頼すると、信頼性が高まります。医師の診断書や意見書には、発病時期、症状の詳細、業務との関連性について詳しく記載してもらうことが労災認定には効果的です。
これらに加えて、仕事内容の変化を示す人事異動の記録、会社が安全配慮義務を怠ったことを証明できる資料なども、労災申請では重要な証拠となります。
労働基準監督署に必要書類を提出する
証拠をしっかり収集できたら、労災保険の給付請求書に必要事項を記載し、診断書や証拠書類と一緒に、会社を管轄する労働基準監督署に提出します。請求書は、厚生労働省のWebサイトから簡単にダウンロードできます。
参考:主要様式ダウンロードコーナー (労災保険給付関係主要様式)
請求書には、発病の経緯や業務との関連性を具体的かつ明確に記載することが大切です。ここが曖昧だと、調査段階で認定が困難になるため、丁寧で正確な記載を心がけましょう。
労働基準監督署の調査に対応する
労災申請を受け取った労働基準監督署は、申請された書類や証拠をもとに調査を行います。調査では、申請した本人への詳しい聞き取りのほか、会社の上司や同僚、医療機関などにも調査が入ります。この調査期間はおおむね数ヶ月から1年程度とされており、その間に追加資料の提出が求められることもあります。
労災認定が下りる
調査の結果、発病と仕事との間に明確な因果関係が認められれば、労災認定がされます。一方、因果関係が不十分と判断されると、労災は不認定となります。不認定の場合でも、審査請求や訴訟を通じて再審査を求めることができます。
うつ病の労災申請で注意すべきポイント
うつ病で労災申請をする際には、手続きや認定の過程でさまざまな落とし穴があります。労災認定を確実に受けるためには、特に注意しておきたい重要なポイントがいくつか存在します。この章では、これらのポイントを具体的かつ詳細に解説します。
精神障害に関する労災給付には時効がある
うつ病などの精神障害に関する労災給付には、時効が設定されています。労災の給付請求権は、原則として権利が発生したとき(症状が現れたり、業務との関係が明らかになった時点)から2年以内に請求する必要があります。
多くの方は「症状が出てから長期間放置してしまい、あとになって仕事が原因だったと気付いた」というケースがあります。その場合でも2年の時効を過ぎてしまうと、原則として請求する権利が消滅してしまいます。
したがって、「仕事が原因で精神的に不調を感じている」と少しでも疑われる場合は、早めに精神科や心療内科を受診し、証拠の収集を始め、可能な限り早期に労働基準監督署へ相談することを推奨します。
退職後の労災申請は証拠収集が難しくなる
うつ病を発症した結果、退職してしまった場合でも、在職中に業務上の強いストレスや心理的負荷を受けたことが証明できれば、労災申請は可能です。
ただし、退職後の申請は証拠収集が難しくなります。会社の勤怠記録や業務日誌、パワハラの記録などの客観的証拠を集めるのが難しくなったり、元同僚や上司の協力を得にくくなったりするためです。
退職後に労災申請を考える場合は、できる限り在職中に証拠を収集・保管しておくか、会社を辞める前に弁護士などの専門家に相談しておくことが望ましいでしょう。
うつ病の労災認定に成功した事例
うつ病の労災申請を検討する際に、他の人が実際に経験した体験談や事例を知ることはとても役立ちます。
上司からの激しいパワハラでうつ病になったケース
ある企業に勤めるAさんは、異動先の部署で上司から日常的に激しいパワハラを受けていました。上司からは「辞めてしまえ」「役立たず」「死ね」などといった暴言を連日浴びせられ、さらには書類を投げつけられるなど、身体的にも精神的にも苦痛を受けていました。
約3か月後に心療内科を受診したところ、医師から「重度のうつ病」と診断されました。Aさんは、このパワハラの状況を詳細に日付や内容ごとにメモに記録しており、同僚にパワハラの事実を証言してもらうこともできました。
これらの証拠と医師の詳細な診断書を準備して労働基準監督署に提出したところ、労災が認められ、無事に療養補償給付や休業補償給付を受けることができました。
この事例では、具体的で客観的な「パワハラの記録」と「同僚の証言」が大きな鍵となりました。具体的な日付、加害者の言動、同僚の目撃証言などの証拠があることで、業務と発病の因果関係が明確に示され、労災認定をスムーズに進めることができました。
長時間労働とパワハラでうつ病になったケース
Bさんは、あるIT企業に入社して1年後、長時間労働と上司による厳しいパワハラが原因でうつ病を発症しました。残業は月120時間を超えることもあり、体調を崩して会社に改善を申し出ましたが拒否され、最終的には解雇されました。
しかし、Bさんは諦めずに労働組合や弁護士の支援を得て、勤務中のパソコンのログやタイムカードを収集し、長時間労働を客観的に証明しました。加えて、パワハラを受けたメールの記録や、上司からの理不尽な指示内容を詳しくまとめて提出しました。
その結果、労働基準監督署は業務による心理的負荷が非常に強かったことを認め、労災認定とともに解雇撤回を勝ち取りました。
Bさんのケースは長時間労働とパワハラという複合的な原因があったため、証拠収集が非常に重要でした。客観的な労働時間の記録やメールの証拠があったことで、認定が認められやすくなりました。また、専門家や労働組合の支援を受けることも、複雑なケースでの労災認定に大きく役立ちました。
うつ病の労災申請に失敗した事例
一方で、失敗した事例からは避けるべきミスや注意点を学ぶことができます。
ハラスメントの具体的な証拠が不十分だったケース
ある会社に勤めるCさんは、上司からの嫌がらせでうつ病を発症したと主張しましたが、実際に申請する際には証拠となるものがほとんどありませんでした。「職場で嫌なことを言われた」「仕事を押し付けられた」という本人の主張以外に具体的な証拠がなく、同僚や目撃者の証言も得られませんでした。
結果的に、労働基準監督署は「心理的負荷が強」と判断できず、業務との因果関係も証明されないとして労災は認定されませんでした。
精神的な負荷やハラスメントは証拠が客観的に示されないと認定されにくいため、細かな記録や第三者による証言が必要です。曖昧な主張だけでは認められないことを示しています。
私生活でのストレスが原因とされたケース
Dさんは職場でのストレスもありましたが、同時期に家庭内での離婚問題や経済的トラブルが重なっていました。そのため、申請後の調査で「業務上のストレスより私生活の問題の方が原因として大きい」と判断され、労災は不認定となりました。
労災申請では、業務以外の個人的なストレス要因が強いと、業務との因果関係が認められにくくなります。個人的な事情があっても、労災申請する場合は業務上のストレスが主要因であることを明確に示す必要があります。
うつ病の労災に関する裁判例
近年、うつ病などの精神障害に関する労災認定を巡る裁判例がいくつか出ており、その判断基準やポイントを理解することは、今後の労災申請において非常に重要です。
トヨタ自動車事件(名古屋高裁 令和3年9月16日判決)
トヨタ自動車に勤務していた男性がうつ病を発症し自殺したのは、職場での重労働と上司からのパワハラが原因であるとして、妻が労災補償を求めた裁判です。一審の名古屋地裁では請求が退けられましたが、二審の名古屋高裁では一審判決が取り消され、労災認定が認められました。
裁判所は、男性が受けた心理的負荷は「中」程度のものが多かったものの、上司のパワーハラスメント的言動などを考慮すると総合的には「強」にあたり、うつ病を発病させる程度に強度のある精神的負荷を受けたと判断しました。残業時間だけではなく、パワハラなどの心理的負荷も重視された点がポイントです。
東京地裁判決(平成29年1月26日)
うつ病で休職していた社員が、休職期間満了を理由に退職扱いとされたことについて、雇用契約の継続などを求めた裁判です。裁判所は、原告の主張する長時間労働については、業務出張の移動時間などが含まれており、労働時間とは認められないと判断しました。また、原告が主張する事実はいずれもパワハラには該当しないと判断し、労災の請求を棄却しました。客観的な証拠の重要性が改めて示された事例です。
東京地裁判決(平成26年9月17日)
この裁判では、会社への入社前にうつ病と診断されていた労働者が、入社後に自殺してしまった事案について、労災が認められました。裁判所は、労働者が入社時にはうつ病がほぼ治癒していたこと、入社後の業務による心理的負荷が自殺の原因となったと認められるとして、労災認定しました。既往歴があっても、その後の業務が原因で精神障害が悪化した場合は労災認定される可能性があることを示唆しています。
東芝事件(最高裁 判決 平成26年3月24日)
この最高裁判決は、従業員から通院歴等の申告がなくても、従業員の体調不良がうかがわれる事情があれば、会社として配慮し、業務を軽減しなければならないという、企業の安全配慮義務について重要な判断を示しました。
これらの判例から、うつ病の労災認定においては、単に残業時間だけでなく、パワハラなどの心理的負荷、個人の状況、そして会社の安全配慮義務などが総合的に考慮されることがわかります。
うつ病の労災認定を受けるメリット
うつ病が労災として認定されると、経済的な補償や医療費の負担軽減といったさまざまなメリットを受けることができます。
医療費が無料になる
労災認定が下りると、うつ病の治療にかかる医療費がすべて無料になります。診察費、薬代、入院費など、労災指定の医療機関であれば自己負担は一切ありません。これは長期間治療が必要なうつ病患者にとって大きな経済的支援となります。
休業補償給付が受けられる
うつ病で働けなくなった場合、労災認定を受けると、休業開始後4日目から給付基礎日額(平均給与)の約8割にあたる金額が支給されます。この給付金は非課税で、休業期間中の収入をある程度保障してくれます。一般的な健康保険から受け取れる傷病手当金よりも金額が多く、期間も長いため経済的に安心感があります。また、退職後も支給を受けられる可能性があります。
後遺症への障害補償給付を受けられる
うつ病の治療後も精神障害などの後遺症が残り、働く能力に影響が残ってしまった場合には、障害の程度に応じて障害補償給付を受けることができます。障害の程度が重い場合は年金形式で給付され、程度が軽い場合でも一時金として給付されることがあります。これにより、後遺症が残った後も生活の安定を図ることが可能になります。
慰謝料・損害賠償請求ができる
労災認定されるということは、会社側に安全配慮義務違反(労働者を守る義務を怠った)があったことを示す重要な根拠になります。そのため、労災の給付金とは別に、会社に対して慰謝料や損害賠償を求めることができる場合があります。精神的苦痛やキャリアの喪失など、給付金でカバーされない部分への補償を受けることも可能になるのです。
職場復帰や働き方の改善が期待できる
労災が認定されると、多くの企業では労働環境の改善が進みます。具体的には、職場復帰の際にストレスの少ない部署への異動や、時短勤務といった配慮がされる可能性があります。また、同じような被害を受ける人が今後出ないように、職場の環境改善が進むきっかけにもなります。
労災認定を受けるデメリット
しかし一方で、申請手続きの煩雑さや会社との関係悪化など、知っておくべきデメリットも存在します。
労災申請の手続きが複雑で時間がかかる
労災申請は、書類作成や証拠収集、労働基準監督署による調査などで多くの時間と手間がかかります。申請から認定まで半年〜1年程度かかることもあり、その間の精神的な負担は小さくありません。特にうつ病の症状が重いと、これらの手続きを進めること自体が困難になることがあります。
必ず労災認定されるわけではない
申請しても、必ず労災が認定されるとは限りません。特に精神障害の場合は、業務と発病の因果関係が明確に証明できない場合や、プライベートの問題が強く影響している場合は、労災として認められないケースが多くあります。認定されなかった場合の精神的ダメージや経済的な不安も考慮する必要があります。
職場や会社との人間関係が悪化するリスクがある
労災申請をすることで、会社や同僚との関係が悪化したり、職場内で孤立してしまう可能性があります。会社側は労災認定されることを嫌がることが多く、その結果、不利益な扱いや嫌がらせを受ける場合もあります。そうしたトラブルが原因で精神的ストレスが増し、症状が悪化してしまうこともあるため、慎重に検討する必要があります。
傷病手当金の返還が必要になる場合がある
健康保険から傷病手当金を受け取っていた場合、労災が認定されるとその傷病手当金は原則として返還する必要があります。一度受け取ったお金を返還する負担感があるため、資金繰りに困るケースもあります。この点は事前に理解し、準備しておくことが大切です。
うつ病の労災申請を弁護士に相談するメリット
うつ病の労災申請は、複雑な手続きや多くの証拠収集が必要であり、会社側とのトラブルが起きるケースも珍しくありません。そのため、弁護士のような専門家のサポートを受けることが効果的です。ここでは、弁護士に相談するメリットについて詳しく説明します。
専門的な知識と経験をもとにアドバイスが受けられる
弁護士は労働法や労災保険制度について専門的な知識を持っており、特に精神障害(うつ病など)の労災認定におけるポイントをよく理解しています。そのため、自分で手続きを進める場合と比べて、労災申請の成功確率を高める具体的かつ適切なアドバイスを受けることができます。
また、労災申請が認められやすい証拠の種類や、その証拠の効果的な集め方など、具体的な方法についても弁護士から指導を受けられます。
面倒な書類作成や申請手続きを代行してもらえる
労災申請には多くの書類作成が伴います。診断書や労災給付請求書など、細かく複雑な内容の書類を正確に作成する必要がありますが、弁護士に依頼するとこうした作業をすべて代行してもらうことができます。特にうつ病で精神的に疲弊している場合、自分一人で手続きを進めるのは難しいため、精神的な負担を軽減することにもつながります。
会社との交渉やトラブルの解決を任せられる
労災申請をすると、会社が妨害したり圧力をかけたりすることがあります。弁護士がいることで会社との直接的な交渉を任せることができ、本人が会社と直接対峙する精神的ストレスを大幅に軽減できます。弁護士が対応することで、会社側も法的トラブルを避けようとして対応がスムーズになる可能性もあります。
労災の再審査や裁判の手続きも任せられる
もし労災申請が不認定になってしまった場合でも、弁護士がいれば、労働保険審査会への「審査請求」や裁判所への「訴訟提起」といったステップを迅速かつ確実に進めてもらうことが可能です。不認定理由を正確に分析し、追加の証拠収集や、裁判所への説得力のある主張を準備するなど、本人一人では難しい専門的な対応が可能になります。
慰謝料・損害賠償請求のサポートも受けられる
労災認定を受けた場合、会社の安全配慮義務違反を理由に慰謝料や損害賠償請求ができる場合あります。弁護士はこのような請求においても非常に強力なサポートを提供できます。適切な請求額の算定や、裁判や交渉での対応をすべて任せることができ、より有利な解決が期待できます。
うつ病の労災申請を弁護士に依頼する場合の費用相場
弁護士に相談・依頼するときの費用は、大きく分けて以下の4つに分類されます。
相談料
弁護士と直接会って相談する際に発生する費用です。一般的には30分あたり5,000円〜10,000円程度が相場ですが、初回の相談を無料としている弁護士事務所も多くあります。
着手金
手続きを依頼する時点で発生する費用で、依頼時に支払うことになります。相場は10万円~30万円程度ですが、最近では着手金が不要な完全成功報酬制を採用している事務所もあります。
報酬金
事件や手続きが成功した場合に支払う費用です。労災が認定されたり慰謝料が得られたりした際の、得られた利益の10〜30%程度が一般的です。報酬金は最終的な結果に応じて発生するため、依頼者にとってもリスクが少ない支払い方法です。
実費
交通費、郵便費用、裁判所へ提出するための書類作成費用や印紙代、鑑定料など、事件処理にかかった実際の費用です。これらは一般的に案件終了後にまとめて精算されます。
弁護士費用は事務所によって異なりますので、依頼前に詳細な見積もりを必ず確認することが大切です。また、経済的に支払いが難しい場合には、法テラス(日本司法支援センター)の援助制度を利用することも可能です。
従業員がうつ病の労災申請を希望している場合の企業側の対応
従業員が「うつ病になったので労災申請をしたい」と希望した場合、企業には法的に適切かつ誠実な対応を取る義務があります。対応を間違えると、企業側に法的責任や損害賠償のリスクが発生する可能性があります。ここでは、企業として取るべき対応を詳しく解説します。
労災申請を拒否・妨害してはいけない
従業員が労災申請を希望した場合、会社側が申請を妨害したり拒否したりすることは法律で禁止されています。具体的には、「申請すると解雇する」「申請を取り下げるよう圧力をかける」「書類を提出させない」などの行為は、「労災隠し」として違法行為に該当します。
会社がこうした対応を取ると、労働基準監督署から行政指導を受けたり、重大な場合には刑事罰を科される可能性があります。また、企業イメージの悪化や従業員からの訴訟リスクにもつながります。
企業としては、従業員の労災申請を妨害せず、公正かつ誠実に対応することが求められます。
労災申請に必要な書類作成に協力する義務がある
従業員が労災申請をする場合、会社には以下のような対応義務があります。
- 労働時間の記録(タイムカードや出勤簿など)を速やかに提出する。
- 業務内容、人事異動、過重労働やストレスの状況など、業務実態を示す資料を提供する。
- 労働基準監督署の調査に対して誠実に対応し、事実を正確に報告する。
会社側がこれらの対応を怠ったり、資料を意図的に提出しないなどすると、「労災隠し」とみなされるリスクが高くなります。これにより、法的な問題が発生する可能性もあります。したがって、会社は労災申請に必要な情報提供や書類作成に全面的に協力する必要があります。
事実関係の調査を迅速かつ公平に行う必要がある
従業員がうつ病で労災申請を希望した場合、会社側はまず事実関係を迅速かつ公平に調査する必要があります。特にパワハラや長時間労働などが申請の理由として挙げられている場合には、速やかに状況を確認し、原因の有無や具体的な内容を客観的に把握することが求められます。
調査は客観的・中立的な立場で実施し、パワハラや違法な長時間労働が確認された場合は、適切な再発防止措置や改善策を講じる必要があります。調査結果は記録に残し、従業員や労働基準監督署の求めに応じて提示できるよう準備することも重要です。
従業員のプライバシーに配慮した慎重な対応が求められる
従業員がうつ病であることや労災申請をしていることは、非常に繊細な個人情報です。企業はこれらの情報を適切に管理し、プライバシーを尊重する必要があります。
社内で不用意に情報を広めたり、他の従業員に漏洩すると、プライバシー侵害として損害賠償請求の対象になることがあります。情報管理を厳格に行い、情報提供は必要最低限の関係者のみに限定するなど、慎重な対応を取るべきです。
職場復帰支援・再発防止策を検討・実施する必要がある
従業員が労災認定を受けた場合、企業には職場復帰を支援する義務があります。医師や専門家の意見を踏まえて、労働者が再び働ける環境を整備することが求められます。
具体的な対策としては、ストレスの少ない部署への異動、労働時間の短縮、業務内容の調整、心理的負担を減らすためのサポート体制の構築などがあります。これらの措置を講じることで、再発防止や従業員の健康管理の改善につながります。
うつ病の労災申請についてしっかりと理解しましょう
うつ病の労災申請は、正しい知識と十分な準備をすれば決して難しいものではありません。大切なのは、「客観的で具体的な証拠を揃えること」「早めの対応をすること」「専門家や企業との適切な連携が必要」というポイントです。また、企業側にも従業員を支援し、安全配慮義務を果たす責任があります。この記事をきっかけに、一人で悩まず、医療機関や弁護士などの専門家に相談しながら、あなた自身の権利を守る第一歩を踏み出してください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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