• 更新日 : 2025年8月6日

労働契約法第10条とは?就業規則や不利益変更、違反例をわかりやすく解説

就業規則の変更を考えているものの、労働者の同意が得られない、または労働者に不利益になる内容を盛り込みたいといった悩みは、多くの人事・労務担当者や経営者が抱える問題です。

労働契約法第10条は、就業規則の変更が個別の労働契約にどう影響するかを定めた条文であり、法的な手続きを間違えると無効と判断されることもあります。

本記事では、労働契約法第10条の要件や違反例、不利益変更の考え方などをわかりやすく解説し、就業規則を適切に見直すためのポイントをお伝えします。

労働契約法第10条とは?

労働契約法第10条とは、事業主(使用者)が就業規則を変更して労働条件を変える際のルールを定めた条文です。

労働者に不利益が生じても、変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合などとの交渉の状況などを踏まえて合理的と認められます。それを労働者に周知していれば、個別の同意がなくても変更可能です。

労働契約第10条の条文については、以下のとおりです。

労働契約法第10条(就業規則による労働契約の内容の変更)

使用者事業主が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者事業主が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

引用:

この条文は、事業主が組織運営に必要なルールを柔軟に変更できるようにするとともに、労働者にとって過度な不利益が生じないよう、バランスを図っています。

また、以下の2つの要件を満たすことで、就業規則に基づく労働条件の変更が可能です。

  • 変更の合理性
  • 労働者への周知

この考え方は、個別に契約内容を結び直すよりも迅速で実務的な対応がしやすくなるというメリットがあります。

労働契約法第10条が必要とされる理由

本来、労働契約は基本的に労使と対等で結ばれるものですが、実際には労働者が不利な立場に置かれることがあります。そのため、雇用主が一方的に条件を変えるとトラブルが発生しやすい傾向があります。そこで、労働契約法第10条では、合理性と周知を条件として一定の制限を設け、企業の柔軟な制度運用と労働者保護を両立させています。

労働基準法第8条、第9条との関係

労働契約法第10条では、合理的かつ周知された就業規則であれば、労働者の同意がなくても労働条件の変更が認められます。しかし、変更した内容が労働基準法第8条に反して最低基準を下回る場合や、第9条に抵触して労働者の自由を不当に制限する内容であれば、その効力は認められません。

つまり、合理性や周知性を満たしていたとしても、変更内容が労基法上の基準に達していなければ、第10条を根拠に労働契約を変更できないという点に注意が必要です。

労働契約法第12条との関係

労働契約法第10条は、就業規則が労働契約の内容となるための基本的な原則を示しています。そして、第12条は、就業規則が合理的かつ周知されていれば労働契約の内容となる旨を定めています。第10条は就業規則の「変更」により労働条件を不利益に変更する場合の特則です。

ここで説明した、第8条、第9条、第12条は、第10条と内容は異なりますが、就業規則が労働契約の内容を構成するための基本的なルールとなっています。

労働契約法第10条による就業規則の変更の条件

労働者の同意がなくても就業規則によって労働条件を変更できるのは、合理性と周知性の2つの条件を満たす場合のみです。

就業規則の変更が労働契約に反映される場合、「合理性があるか」「労働者に周知されているか」が問われます。これらは、裁判などで争点となることもあるため、形式的な変更では不十分とされることもあります。

就業規則の変更に必要な「合理性」とは

合理性とは、就業規則の変更が社会的に妥当であり、労働者の利害を考慮してバランスが取れていることを指します。例えば、業務上の必要性が高く、変更によって労働者に与える不利益が小さい場合は合理性が認められやすくなります。

【合理性の判断要素(例)】
  • 変更の目的や必要性(経営環境の変化など)
  • 変更内容の内容・程度
  • 不利益の有無とその程度
  • 労働者への補償措置の有無(経過措置・代替手当など)
  • 労働組合や労働者代表との協議状況

「周知性」も欠かせない要件

いくら合理的な内容であっても、労働者にその内容が十分に伝えられていなければ、労働契約の内容として効力を持ちません。企業側には、改定後の就業規則を明示的に周知する責任があります。

【周知の手段(有効とされる例)】
  • 書面の配布
  • 社内イントラネットへの掲示
  • 就業規則の閲覧可能な状態の確保(備付け)

なお、口頭説明や掲示板での短期間の掲示では、周知性が認められない場合があります。そのため、変更日や内容を明記した通知を配布する、閲覧確認のサインを入れるなど、労働者が変更内容を確実に理解できるような対応が求められます。

労働契約法第10条による不利益の範囲とは?

労働契約法第10条では、たとえ労働者にとって不利益な内容であっても、「合理性」と「周知性」の要件を満たせば、就業規則に基づく労働条件の変更が認められる場合があります。ただし、変更によって労働者の生活や将来に大きな影響が及ぶと考えられる場合は、その合理性は厳しく問われるでしょう。

賃金や労働時間、手当の変更

賃金や労働時間、手当など生活に直結する条件の変更は、不利益変更の代表例です。例えば、以下のような変更が該当します。

  • 基本給や各種手当の引き下げ
  • 残業代の計算方法の変更により実質的に支給額が減るケース
  • 通勤手当・住宅手当などの廃止や支給条件の変更

これらは労働者の実収入に直接影響します。企業側が変更を行う際には、業績の悪化や制度の合理化などの客観的理由を伝えることが求められます。加えて、経過措置や代替手当などの補償を講じることが合理性を補強する要素となります。

勤務地や職種の変更に伴う不利益

勤務地や職種の変更も、不利益変更とみなされる場合があります。次のような事例は、不利益性が高いとみなされるでしょう。

  • 通勤時間や交通費が大幅に増加する転勤
  • 家族との同居が困難になる配置転換
  • スキルや経験が活かせない職種への異動
  • キャリア形成に支障がきたす職務変更

事業主に配転命令権がある場合でも、それを無制限に行使できるわけではありません。変更の必要性と労働者への影響のバランスが重視され、個別の事情も加味されます。

退職金規定の変更による不利益

退職金規定の変更は、労働者の将来設計に直結するため、合理性の判断が極めて厳しくなります。特に、すでに勤務している労働者に対して、以下のような変更を行う場合には注意が必要です。

  • 支給額の減額
  • 算定基準の引き下げ
  • 勤続年数のカウント方法の見直し

退職金は「期待権」として保護される側面があり、合理性が否定されれば既得権の侵害として無効とみなされることがあります。判例でも、制度改定の必要性や周知の程度、経過措置の有無が重視されています。

不利益変更の拒否はできる?

労働契約法第10条の要件を満たす場合、労働者の個別同意がなくても不利益変更は原則として有効です。そのため、労働者が変更を拒否することは基本的にできません。

ただし、変更に合理性がない場合や、変更手続きに問題がある場合には、労働者がその効力を争う余地があります。

  • 変更内容に合理性が認められない
  • 周知が不十分である
  • 手続きに瑕疵がある(労働者代表の選出手続きに問題があるなど)

裁判では、「就業規則の変更が社会通念上妥当といえるか」「企業の都合だけで一方的に決めていないか」が厳しく問われます。

合理性が否定されると、変更は無効とされ、労働者は変更前の条件に基づいて保護されることになります。

労働契約法第10条に基づく就業規則の変更でやっておきたいこと

ここでは、労働契約法第10条に基づいて就業規則を変更するときに、やっておきたいポイントを解説します。

労働者代表から意見を聴取する

就業規則を変更する際、事業主はまず労働者の代表から意見を聴くことが必要です。具体的には、労働組合がある場合はその労働組合から、ない場合は過半数の代表者から意見を聴取します(労働基準法第90条)。この手続きは「合意」ではなく「意見聴取」にとどまりますが、これを割愛すると、のちに変更の合理性が争われた際に不利な立場となる可能性があります。過半数の代表者は、事業主が一方的に指名することはできません。あくまで民主的に選出されることが前提です。

労働基準監督署に届出を行う

就業規則を変更した場合、常時10人以上の労働者を使用する事業所では、変更内容を労働基準監督署に届け出る義務があります(労働基準法第89条)。この際には、変更後の就業規則と、意見を聴取した過半数代表者の意見書の添付が必要です。届出を怠ると、形式上の効力を失うだけでなく、行政指導や是正勧告の対象となることもあります。

労働者に変更内容を周知する

合理的な内容であっても、労働者に対して周知されていなければ、変更は労働契約の一部として認められません(労働契約法第7条)。周知の方法としては、以下のような手段が有効とされています。

  • 書面の配布(給与明細の同封など)
  • 社内ネットワークやイントラネットへの掲載
  • 見やすい場所への掲示
  • 電子メールによる通知

周知の痕跡(通知書の保存や既読確認ログ)を残しておくことも、のちのトラブル回避につながります。

労働契約法第10条の違反となる具体例

労働契約法第10条に基づき、合理性と周知性の要件を満たさない就業規則の変更は無効とされる可能性が高いとされています。特に、不利益変更に関しては過去の判例でも判断基準が明確化されており、違反となる具体例は、以下のとおりです。

合理性のない一方的な変更

企業が十分な理由を示さずに労働条件を一方的に不利益に変更するケースは、典型的な違反例の一つです。例えば、明確な経営悪化や制度改定の必要性がなく、ただ単に人件費削減の目的で基本給を大幅に引き下げるという行為は、合理性が認められません。

周知義務を果たさず適用した変更

就業規則の変更を行っても、労働者に対して十分に周知されていなければ、その変更は効力を持ちません(フジ興産事件:最高裁 2003年10月10日)。

変更後の規則を社内で掲示せず、書面交付もせず運用を開始する行為は、周知義務違反にあたります。たとえ内容が合理的であっても、労働者が内容を知らなかった時点で労働契約の一部として認められません。

代償措置や経過措置を欠いた変更

労働者に重大な不利益を与える変更を行う際には、その影響を和らげる措置を講じることが合理性の前提となります。

例えば、退職金制度を廃止する場合、すでに在職している労働者の勤続分を全く保障しないとすれば、過去の期待権を一方的に否定するものであり、変更は無効と判断されるでしょう。

これらの例からもわかるように、労働契約法第10条を根拠に就業規則を変更する場合でも、企業側の姿勢や手続きの適切さが強く問われます。内容だけでなく、変更方法も法的に正当であるかどうかを意識することが重要です。

労働契約法第10条による変更の注意点

労働契約法第10条に基づく就業規則の変更は、その手続きや内容には細心の注意を払いましょう。誤った対応は、労働者とのトラブルや法的紛争に直結し、企業の信頼を損なうことにもつながります。

労働者の理解を得る姿勢を大切にする

手続き面での合理性・周知性を満たしていたとしても、実務では労働者の理解が得られなければ混乱や不満を招きます。変更を行う際は、労働者に対し、変更の目的や事情を丁寧に説明し、質疑応答の機会を設けることが必要です。説明会や個別面談などを通じて信頼を築くことは、将来的な労使トラブルの予防にもつながります。

専門家の助言を活用する

不利益変更の可否や合理性の判断は、法的・判例的な評価が不可欠です。特に変更内容が賃金や退職金制度などに関わる場合、過去の裁判例によって判断が左右される可能性もあります。

社会保険労務士や労働法に精通した弁護士に事前相談を行い、手続きや文言の整備に不備がないか確認しておきましょう。専門家の助言は、企業のリスク回避とスムーズな変更実施を両立させる鍵となります。

判例の傾向を定期的に確認する

労働契約法第10条の適用範囲や「合理性」の判断基準は、過去の判例によって徐々に変化しています。最近では、多様な働き方や柔軟な制度改定を背景に、事業主側の裁量と労働者の保護のバランスについて、裁判所の判断をする事例が増えています。

人事・労務担当者は、労働判例集や厚生労働省、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)などの公的機関が発信する情報を定期的にチェックし、就業規則や運用が最新の法解釈に適合しているかを確認するようにしましょう。

労働契約法第10条を踏まえ就業規則を正しく運用する

労働契約法第10条は、就業規則を通じた労働条件の変更を可能にする一方で、労働者の不利益を防ぐための厳格な条件を設けています。合理性と周知性の要件を満たしていなければ、変更は無効と判断されるでしょう。

企業が制度を見直す際には、手続きの適正だけでなく、労働者への説明や補償措置も含めた慎重な対応が求められます。法的なトラブルを避け、健全な労使関係を維持するためにも、労働契約法第10条の趣旨を正しく理解し、就業規則の適切な運用と見直しを心がけましょう。


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