- 更新日 : 2025年3月31日
労働基準法第106条とは?就業規則の周知義務や注意点をわかりやすく解説
労働基準法第106条は、就業規則など会社のルールを従業員に周知する義務を規定した重要な条文です。企業の人事・法務担当者にとって、従業員へのルール周知は法令遵守の基本であり、怠れば労務トラブルにつながる恐れがあります。
本記事では、労働基準法106条の趣旨や周知すべき内容を解説するとともに、厚生労働省のガイドラインに沿った就業規則の具体的な周知方法や、周知漏れに企業が陥りがちな落とし穴とその対策について説明します。さらに、周知義務に関する最新の判例や法改正情報を紹介し、適切な周知を行わない場合のリスクや、人事労務担当者が押さえるべき実務上のポイントも詳述します。記事の最後には、読者がすぐに実践できる重要事項をまとめています。
目次
労働基準法第106条とは
労働基準法第106条は、使用者(企業)が従業員に対して労働関係の重要事項を周知(知らせ渡すこと)する義務を定めた規定です。この条文の趣旨は、労働者が自らの労働条件や職場のルールを正しく認識できるようにし、労使間の公正と労務管理の透明性を確保することにあります。そのため、法第106条では周知すべき事項として次の内容を挙げています。
- 労働基準法およびこれに基づく命令の要旨
労働基準法および同法施行規則や各種労働基準法関連の省令などの概要 - 就業規則
職場のルールを定めた文書 - 一定の労使協定や労使委員会の決議
労基法第18条から第41条の2に基づく協定や決議
例:時間外・休日労働に関する協定(いわゆる36協定)、フレックスタイム制や裁量労働制に関する協定、賃金控除や変形労働時間制に関する協定など
以上のように、法令の概要、就業規則、および各種労使協定といった労働条件の根幹にかかわる事項は、すべて従業員に分かるように示すことが使用者の義務です。
特に就業規則は、企業内の労働条件や服務規律を定める重要なルールであり、労働契約法の規定(第7条・第10条)により、その内容が合理的で周知されていれば個々の労働契約の内容となったり、労働条件を変更したりする効力を持ちます。
したがって、就業規則は作成・届出するだけでなく、従業員に内容を知らしめて初めて実効性を持つものとなります。労働基準監督署への届出を済ませただけでは不十分で、従業員が「見ようと思えばいつでも見られる」状態にしておくことが求められる点に注意が必要です。
労働基準法第106条の周知義務は全ての労働者が対象です。正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイト、契約社員など、事業場で働くすべての従業員に対して周知しなければなりません。特定の従業員にしか周知していない就業規則は、その周知されていない従業員には効力が及ばない(無効とみなされる)ため、企業全体で漏れなく周知することが重要です。
この周知義務は法的強制力を伴います。労働基準法第106条に違反して必要な周知を怠った場合、労働基準法第120条に基づき「30万円以下の罰金」に処せられる可能性があります。
実際には直ちに罰則適用とならない場合もありますが、労働基準監督署から是正勧告や指導の対象となり得ます。さらに後述するように、周知を欠いた就業規則はトラブル時に就業規則そのものが無効と判断されるリスクもあり、法遵守と労務管理の両面から非常に重要な義務と言えます。
労働基準法第106条にもとづく就業規則の周知方法
労働基準法第106条では周知義務を課していますが、具体的に「どのような方法」で周知すべきかについては、同条の委任により労働基準法施行規則第52条の2で定められています。厚生労働省のガイドライン等によれば、就業規則の周知方法は代表的に次の3つのいずれかとなります。
1.事業場に掲示する
各作業場(事業場内の従業員が働く場所)の見やすい場所に就業規則などを掲示するか、または書面を綴じて備え付けておき、従業員が自由に閲覧できるようにする方法です。
事業所内の掲示板や休憩室の本棚など、従業員がいつでも手に取れる場所に置いて周知します。事業所が複数ある会社では、支店・営業所・店舗・工場など事業場ごとに、それぞれ掲示または備え付けを行う必要があります。特定の一箇所にしか置いていない場合、他の事業所の従業員には周知したことにならないので注意が必要です。
2.書面を交付する
就業規則の写し(コピー)や社員ハンドブック等を作成し、各従業員に直接配布する方法です。紙の冊子や書面で配布すれば、従業員一人ひとりに確実に手渡せるため、周知徹底に有効です。
ただし、この方法では従業員がその書面を社外に持ち出すことも可能になるため、社外秘情報の流出リスクなどに配慮し、持ち出しを禁止する旨の注意書きを付ける、貸与後は返却させる等の対策を講じる企業もあります。
3.電子データで閲覧できるようにする
パソコンや社内ネットワーク上にデータを掲載し、従業員が必要なときに電子データで就業規則等を閲覧できるようにする方法です。例えば社内のイントラネットに就業規則のPDFを掲載したり、社内共有フォルダに規程データを保存しておくなどの手段が該当します。近年はペーパーレス化の流れもあり、電子データによる周知は一般的な方法になりつつあります。社内のパソコンから誰でもアクセスできる状況を整えれば、この方法でも法定の周知義務を果たすことが可能です。
電子データで周知する場合の注意として、厚生労働省はかねてより「電子的周知」を認める通達を出し、その要件を示しています。平成9年基発第680号通達(1997年)において、コンピュータや電子機器による就業規則の周知は、次の条件をすべて満たす場合に労基法106条の周知と認められるとされています。
- 従業員が自ら電子機器を操作して就業規則等のデータを引き出せる権限を与えられていること
例:社員一人ひとりに社内ネットワークのアカウント権限が付与され、就業規則ファイルにアクセスできる状態 - 必要なときに内容を容易に確認できるよう、電子データの閲覧方法を周知していること
例:就業規則データが保存されているフォルダの場所やファイル名、アクセス手順を社員に周知し、誰でも迷わず閲覧できるようにしている
電子データでの周知には、単に社内サーバーにファイルを置いただけでは不十分で、従業員がその存在と見方を理解していることがポイントです。
これらの条件を満たせば、紙で掲示・配布する場合と同様に法的な「周知」として認められます。裏を返せば、条件を満たさない電子化は周知義務を果たしたことにならないため注意が必要です。
労働基準法第106条に違反した場合のリスク
労働基準法第106条における就業規則の周知を怠った場合のリスクを理解し、適法かつ効果的に周知するための実践策を講じることが肝要です。
法的リスク
労働基準法106条違反となり、30万円以下の罰金刑に処される可能性があります。実際には是正勧告に従って早急に周知すれば起訴猶予となることもありますが、悪質な場合や従業員からの申告があった場合などには処分を受けるリスクが存在します。
法令遵守の観点から、周知義務違反は企業のコンプライアンス上看過できない問題です。
労使トラブル・訴訟リスク
周知不足は労使間のトラブルを生みやすくなります。従業員から「そんな規則は知らなかった」「聞いていないのに罰せられた」等の不満や反発を招き、最悪の場合は労働審判や訴訟に発展します。
裁判になれば前述の通り企業側が不利になるうえ、訴訟コストや社会的信用の低下といったダメージも避けられません。労務コンプライアンス違反としてメディアに取り上げられたり、他の従業員の士気低下や不信感にもつながるでしょう。
周知を徹底しておけば防げたはずのトラブルで余計な損失を被ることのないよう、平時から注意が必要です。
就業規則の効力喪失
周知されていない就業規則は原則としてその効力が認められません。特に労働者に不利益を課す規定(懲戒、減給、競業避止義務、退職金不支給要件など)は、周知していなければ適用できないと解されています。
周知漏れの状態で人事労務を運用すると、いざというときに会社の規則を適用できず紛争に負けてしまう危険があります。例えば無断欠勤者を懲戒解雇しようとしても、「その懲戒規定は周知されていない」と主張され無効になる、といった事態です。就業規則は会社に有利な規定(労働者の義務や制裁等)も多く含みますが、周知していなければ宝の持ち腐れになってしまいます。
職場秩序への影響
周知が行き届いていないと、従業員は会社のルールを正しく把握できず、結果として職場の秩序維持やルールの実効性に支障をきたします。
例えば服務規律が周知されていなければ、従業員はどこまで許されるか判断できず、違反が頻発しても処分できない状況になります。また、就業規則に定めた福利厚生や手当の制度を周知していなければ、せっかく社員のために整備した制度が活用されないという機会損失も生じます。
「知らなかった」という事態そのものが職場の混乱を招くことを念頭に置き、周知は労務管理の基本として怠らないようにしましょう。
労働基準法第106条に関する判例
労働基準法第106条そのものに大きな改正は近年行われていませんが、この周知義務の重要性は様々な裁判で繰り返し確認されています。
秋北バス事件(最高裁 昭和43年12月25日判決)
この事件では、使用者が労働者を懲戒処分するには事前に就業規則で処分の種類と事由を定め、かつそれを労働者に周知しておかなければならないことが示されました。就業規則に定めのない理由で、あるいは定めはあっても労働者に知らされていない状態で懲戒解雇などを行えば無効になり得るという法理を確立したものです。
フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日判決)
近年の例として、フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日判決)があります。このケースでは、会社が就業規則を改定して懲戒処分の規定を新設・変更したものの、新しい就業規則を一部の事業所の従業員に周知していなかったため、その規定に基づく懲戒解雇の有効性が争われました。
最高裁は「就業規則が法的拘束力を持つためには、その内容を当該事業場の労働者に周知させる手続が採られていることが必要」と明示し、周知手続を踏んでいない就業規則には法的な拘束力が生じないと判断しました。
その結果、周知が不十分な就業規則に基づく懲戒処分は無効とされ、原判決(周知を考慮せず有効とした判断)は破棄されています。この判例は、就業規則の効力要件として周知が欠かせないことを最高裁が示した重要なものです。
ムーセン事件(東京地裁平成31年3月25日判決)
ムーセン事件(東京地裁平成31年3月25日判決)では、社内サーバーに就業規則を保存していただけで従業員への説明を怠った場合の無効性が争点となりました。この事件では、人材派遣会社の従業員が競業避止義務など就業規則違反を問われた際に、「就業規則の存在や内容の周知がなされていないのに規則違反を問うのはおかしい」という主張がありました。
判決では、会社側が就業規則を社内PCの共有フォルダに保存していたものの、従業員に対してその保存場所や閲覧方法を説明しておらず、さらに規則を改定した経緯も不明確だった点が指摘されました。
裁判所は「本件就業規則は周知がされておらず、被告従業員らに対して効力が及ばない」と判断し、周知されていない就業規則上の義務(この場合は秘密保持義務や競業避止義務)は当該従業員に強制できないとの結論を示しました。この判例は、電子データで就業規則を管理する場合でも従業員への閲覧方法の案内を欠けば周知とは認められないことを具体的に示したものと言えます。
河口湖チーズケーキガーデン事件(甲府地裁平成29年3月14日判決)
河口湖チーズケーキガーデン事件(甲府地裁平成29年3月14日判決)では、グループ会社間で就業規則を共用していたケースが問題となりました。ある会社Y1が自社の就業規則を作らずグループ中核企業C1の就業規則をそのまま適用していたものの、Y1の従業員にそれを十分説明していなかったため、当該規則に基づく懲戒解雇が無効と判断されています。
裁判所は、「周知があったと言えるためには少なくとも労働者が知ろうと思えばいつでも知り得る状態にしておくことが必要」であるとした上で、実際には従業員に就業規則の所在や適用について説明した証拠がなく、労働条件通知書にも適用就業規則名の記載がない等の状況から、規則が周知されていたとは言えないと判断しました。結果として、「周知されていない就業規則を自社の規則として用いて懲戒解雇したのは、不当で無効である」と結論付けられています。
労働基準法第106条に関して注意すべきポイント
労働基準法第106条における就業規則の周知義務を確実に果たし、かつ従業員にもきちんと内容を理解・認識してもらうために、人事労務担当者が取れる具体的な施策や工夫を以下に紹介します。
全従業員への周知を徹底する
まず自社の就業規則や各種労使協定が、現時点で全従業員に行き渡っているかを確認しましょう。
掲示している場合は汚損・紛失していないか、事業場ごとに掲示されているかを点検します。
書面配布の場合は、最新版を全員に配付済みか、新入社員にも漏れなく渡しているかチェックします。
電子提供の場合は、全従業員がアクセス権を持ち、閲覧手順の案内を受けているか(特に最近入社した社員に周知漏れがないか)確認します。
不備が見つかった場合は、直ちに必要な措置(再掲示・再配布・再通知等)を行いましょう。
就業規則を周知した記録を残す
将来的な紛争に備え、就業規則を周知した客観的な記録を残しておくことも重要です。具体的には、就業規則配布時に受領書にサインをもらって保管する、メールで通知した場合は送信履歴や開封確認記録を保存する、イントラネット上で閲覧履歴をログとして残す、といった方法が考えられます。
裁判では周知したか否かが争点になりますが、企業側にこれらの記録があれば「いつ誰に周知したか」を裏付ける有力な証拠となります。特に懲戒など重要規定を新設・変更した場合には、説明会の出席者名簿や議事録を残しておくことも有用でしょう。
就業規則の周知方法を工夫する
従業員の属性に応じて周知手段を工夫することも効果的です。
外国人労働者がいる場合は前述のように可能な範囲で母国語資料を用意する、障がいを持つ従業員には点字版・音声版を準備する、高齢でITが苦手な従業員には紙媒体で配布する等、一律ではなく多様な周知方法を組み合わせることが望ましいでしょう。
周知は最終的に「従業員が内容を認識できたかどうか」が肝心なので、それぞれの従業員が理解しやすい形で情報提供することが効果的な周知につながります。
労働条件通知書等に記載する
従業員に交付する労働条件通知書や雇用契約書に、「適用される就業規則の名称」を記載することも周知徹底に有効です。
法律上、労働条件通知書には就業規則に関する項目を記載する欄がありますが、ここが空欄になっていると従業員が自分にどの規則が適用されるか認識できない恐れがあります。
入社手続きの段階で「当社の就業規則は〇〇規則であり、詳細は社内掲示板(または〇〇ファイル)で閲覧できます」と伝えることで、新入社員への周知漏れ防止にもなります。グループ会社で規則を共用する場合などは特に明示が必要です。
以上のような取り組みを継続することで、法令上適切であることはもちろん、従業員にとっても会社のルールが身近で理解しやすいものとなり、職場全体のコンプライアンス意識向上につながります。人事労務担当者は単なる法的義務の履行にとどまらず、就業規則を「生きたルール」として社内に浸透させる役割を担っていると言えるでしょう。
労働基準法第106条にもとづき就業規則の周知徹底をしましょう
労働基準法第106条の周知義務は、企業の労務管理における基本中の基本です。適切な周知は企業にとってはリスクヘッジとなり、従業員にとっては自らの権利義務を知る手がかりとなります。本記事で整理したポイントを参考に、貴社の就業規則等の周知状況をぜひ一度点検し、必要な改善策を講じてみてください。法律を順守しつつ、従業員との信頼関係を築くためにも、就業規則の周知徹底に引き続き注力していきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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