- 更新日 : 2025年3月31日
労働基準法第89条とは?就業規則の作成ルールをわかりやすく解説!
労働基準法第89条は、就業規則の作成及び届出義務、並びに必要的記載事項について規定しています。就業規則は、労働契約の内容を具体化し、労使間の紛争を予防する上で、極めて重要な役割を担っています。
本稿では、同条の趣旨、要件、効果について、平易な言葉で解説し、使用者・労働者の双方にとっての留意点を示します。
目次
労働基準法第89条とは?
労働基準法第89条は、一定規模以上の企業に対し「就業規則」という職場のルールを作成し、行政官庁(労働基準監督署)に届け出ることを義務付けた規定です。就業規則とは、賃金や労働時間などの労働条件、および職場内の規律に関する事項を定めた職場のルールブックです。
労使双方がこのルールを守ることで、労働者が安心して働ける環境を整え、労使間の不要なトラブルを防止することが本来の目的です。そのため労働基準法第89条は、職場の公正な労働条件を確保し労働者の権利を守る観点から極めて重要な条文となっています。
条文の概要と目的
第89条により、「常時10人以上の労働者」を使用する使用者(事業場)は、定められた事項について就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。
この義務は罰則をもって強制されており、違反した場合には労働基準法第120条に基づき30万円以下の罰金が科される可能性があります。
なお、就業規則の作成・届出義務は労使間の紛争予防や労働者保護のために設けられたものであり、単なる事務的な手続きではなく実質的な意義を持つものといえます。
労働基準法第89条の適用範囲
労働基準法第89条が適用される「常時10人以上」とは、日常的に10名以上の労働者がその事業場に在籍している状態を指します。一時的な増減は考慮せず、年間を通じて概ね10人以上であれば常時該当すると解されています。
例えば繁忙期だけ増員しても年間の大半が9人以下であれば「常時10人以上」には当たりませんが、繁忙期が長期間続けば常時とみなされる可能性があります。
この人数には正社員だけでなく契約社員・パートタイマー・アルバイトといった雇用形態を問わず全ての労働者が含まれます。常勤のパートやアルバイトが多い事業場でも、合計で10人以上になれば就業規則作成義務の対象です。
従業員数の数え方は事業場単位で判断します。複数の支店や営業所がある場合は、それぞれの事業場で労働者数が10人以上かどうかを確認してください。
労働基準法第89条で企業が遵守すべき基本ルール
労働基準法第89条および関連規定は、就業規則の作成に当たり企業が守るべき基本ルールを定めています。その主なポイントは次の通りです。
所定の事項を漏れなく記載する義務
就業規則には法律で定められた必須事項をすべて盛り込まなければなりません。1つでも抜け落ちていると就業規則作成義務違反となり罰則の対象となるため注意が必要です。
絶対的必要記載事項は漏れなく規定し、特に「昇給」や「解雇事由」など見落としがちな項目も確実に記載しましょう。
就業規則の内容は法令違反禁止
作成した就業規則の内容が労働基準法その他の法令や労働協約に反してはなりません(労基法第92条)。例えば法律上の条件を満たせば必ず与えなければならない年次有給休暇について、「会社が認めた場合のみ取得できる」などと規定しても、それは法に反するため無効です。
法令に反する規定はその部分が適用されず(労基法第92条1項)、行政官庁(労基署長)が就業規則の変更を命じることもできます。
そのため就業規則で定める各種基準は、必ず法定の最低基準以上となるよう確認しましょう。もし法令違反の内容があれば、速やかに規定の変更・削除等の対応が求められます。
労働者代表からの意見聴取
就業規則を作成または変更する際には、事前に労働者代表の意見を聞く義務があります(労基法第90条)。労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労組、ない場合は従業員の過半数を代表する者(過半数代表者)から意見聴取を行い、その意見書を就業規則とともに労基署へ提出しなければなりません。
注意すべきは、この意見はあくまで「聴取」義務であり同意までは要求されていない点です。
労働者代表が反対意見を述べても、企業は就業規則を届け出・施行すること自体は可能です(不利益変更の適用可否については後述)。しかし意見聴取を怠ると届出手続きが完了しませんので、必ず適法に選出された代表者から意見をもらうようにしましょう。
労基署への届出と周知
作成(または変更)した就業規則は、遅延なく所轄労働基準監督署長に届け出る必要があります。届出を怠れば労基法第89条違反となり罰則の対象です。
届け出後は、その就業規則を社員に周知しなければなりません(労基法第106条)。周知とは、従業員が自由に内容を確認できる状態に置くことです。
一般には社内の見やすい場所へ掲示・備付けしたり、社内イントラネットに掲載する方法がとられます。周知を怠ると、せっかく規定を置いても会社側がその規定の適用を主張できなくなる恐れがあります。
例えば就業規則を社員に知らせず密かに定めていた場合、いざ懲戒処分を科そうとしても「その規則は知らなかった」と争われ無効になる可能性があります。そうならないよう、届出後は必ず全従業員に内容を共有しましょう。
就業規則の作成義務と必要な記載事項
就業規則の作成が必要な企業規模
常時10名以上の労働者がいる事業場では就業規則の作成・届け出が法律上の義務です。人員が10名に達したら速やかに就業規則を整備し、労基署へ届け出ましょう。未整備のまま放置すれば労基署から是正指導を受けたり、罰金処分を科されるリスクがあります。
一方、従業員が10名未満の場合は法律上義務ではありません。ただし就業規則がないと懲戒処分や定年制度が定められず、問題社員や高齢社員への対応に支障が出るなど労務管理上の不都合が生じます。そのため小規模企業でも早めに就業規則を整備しておくことが望ましいでしょう。
記載すべき10の主要事項
労働基準法第89条で就業規則に必ず記載すべきと定められている事項を見ていきます。法律上、就業規則の記載事項には「絶対的必要記載事項」(全事業場で共通して必ず定める項目)と「相対的必要記載事項」(その事業場で定めをする場合に記載すべき項目)があり、合わせて次のような10項目が挙げられています。
1. 労働時間に関する事項
始業・終業時刻、休憩時間、休日・休暇、交替制に関することです。所定労働時間や休憩の長さ、休日・休暇の種類、交替制勤務の運用方法など、勤務時間と休日休暇の基本ルールを定めます。
2. 賃金に関する事項
賃金の決定・計算方法、支払方法、締切日・支払日、昇給に関する事項です。基本給や諸手当の決定基準、賃金の計算方法、賃金締切日と支給日、昇給の有無と条件などを定めます。
3. 退職に関する事項(解雇事由を含む)
退職(定年)や解雇の事由・手続に関することです。定年年齢、自己都合退職の手続き、そしてどのような場合に解雇できるかという解雇理由を具体的に定めます。解雇事由は想定されるケースを網羅して明確に列挙しておく必要があります。
4. 退職手当に関する事項(定めがある場合)
退職金制度を設ける場合は、その適用範囲、計算方法、支給時期などを記載します。
5. 臨時の賃金・最低賃金額に関する事項(定めがある場合)
賞与(ボーナス)や会社独自の最低賃金について定める場合は、その支給条件や金額を記載します。
6. 労働者に食費・作業用品等の負担をさせる事項(定めがある場合)
従業員に食費・作業用品などの費用負担を求める定めがある場合は、その項目と金額等を記載します。
7. 安全及び衛生に関する事項(定めがある場合)
会社が安全衛生に関する独自のルールを設ける場合は、その内容を記載します。
8. 職業訓練に関する事項(定めがある場合)
従業員の技能訓練や研修制度を設ける場合は、その内容を記載します。
9. 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項(定めがある場合)
業務上の災害に対する会社の上乗せ補償や、業務外の病気・ケガに対する見舞金・休業補助制度を設ける場合は、その内容を記載します。
10. 表彰及び制裁に関する事項(定めがある場合)
社員の表彰制度や懲戒処分について定める場合は、その種類および適用要件を記載します。特に懲戒処分(減給・出勤停止・懲戒解雇など)については、減給制裁の上限(1回の減給額は平均賃金の半日分まで、総額は一賃金支払期の10分の1まで)を超えないように注意が必要です。
以上が就業規則に定めるべき主要な事項です。なお労働基準法第89条は上記のほか「前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定め」も記載すべきと規定しています。上記に明示されていない事項でも、職場の全従業員に共通するルールは就業規則に盛り込むことが望ましいでしょう。
就業規則作成時のポイントと注意点
就業規則を作成・変更する際、人事労務担当者が特に注意すべきポイントを整理します。
必須事項の漏れに注意
法律で定められた記載事項が抜けていると違法となります。絶対的必要記載事項は漏れなく規定しましょう。特に「昇給」や「解雇事由」など見落としがちな項目も忘れず明記します。
法令との整合性
就業規則の内容が労働基準法など法令の最低基準を下回っていないか確認しましょう。例えば割増賃金率や休日・有給休暇の日数などが法定基準以上となっているかをチェックします。法令に反する規定はその部分が無効となり、労基署から変更を命じられる可能性があります。
労働者代表の適正選出
労働者代表の選出は公正な方法で行い、管理監督者は代表にできません。会社が指名した代表では無効となるため注意しましょう。
規定内容の明確化と運用
就業規則の条文はできるだけ具体的かつ明確に定めます。曖昧な表現は解釈の相違によるトラブルを招きかねません。また規定した内容と実際の運用に齟齬がないようにします。
専門家の活用
就業規則の作成や見直しに不安がある場合は、社会保険労務士や労働法に詳しい弁護士など専門家に相談するのも有効です。厚労省や各労働局でもモデル就業規則のひな形を公開しているため、それらも参考に適切な就業規則を整備しましょう。
労働基準監督署への届出義務と運用の実態
届出の手続きと必要書類
就業規則を作成・変更したら、以下の手順で届出を行います。
- 会社が就業規則(変更案)を作成し、次に過半数労働組合(あるいは過半数代表者)から意見を聴取します。労働者代表に反対意見があっても届出自体は可能ですが、その意見書を就業規則とともに提出する必要があります。
- 所轄の労基署長に就業規則を届け出ます。提出書類は就業規則本体と労働者代表の意見書です。複数の事業場で共通の規則を使用する場合は、本社一括届出も可能です。
- 受理された就業規則を事業場で周知します。社内掲示やイントラネットへの掲載など、全従業員が閲覧できる方法で周知しましょう。なお、2021年より電子申請(e-Gov)によるオンライン届出も簡単に行えるようになっています。
就業規則変更時の注意点
就業規則を変更する場合も、作成時と同様に労働者代表の意見聴取と労基署への届出が必要です。特に従業員に不利益となる変更を行う際は注意が必要です。
判例では「労働者に不利益な就業規則の変更は原則許されないが、規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者は不同意を理由にその適用を拒めない」とされています。
その合理性判断にあたっては、変更による不利益の程度や変更の必要性、内容の相当性、労使交渉の状況等が考慮されます。賃金引下げなどの不利益変更を実施する場合、企業にとってやむを得ない必要性があり、かつ従業員にとっても受け入れ可能な内容であるか慎重に検討することが求められます。
労働基準監督署による指導・是正勧告の事例
労働基準監督署は、就業規則の未整備や違法な規定に対して是正勧告を行うことがあります。よくある違反例として、就業規則の必要記載事項の欠落、労働者代表の意見未聴取、就業規則の未周知、就業規則変更後の未届出などが挙げられます。
違反が認められれば是正勧告(違反是正の指導)が出され、従わず放置すると送検され罰則を受けるおそれがあります。企業は日頃から就業規則を適法な状態に整えておき、指摘を受けないよう努めることが大切です。
労働基準法第89条で人事労務担当者が注意すべきポイント
罰則と違反時のリスク
労働基準法第89条に違反(就業規則の未作成・未届出)すると30万円以下の罰金が科されます。また、就業規則がないことで企業が被るリスクも大きいです。
例えば懲戒処分や定年の規定が存在しないために問題社員への対処や定年退職の運用ができず、雇用を継続せざるを得なくなるケースがあります。社内ルールが明文化されていないと、部署ごとに対応が分かれ従業員に不公平が生じたりトラブルに発展したりする恐れも高まります。
さらに法違反の状態を放置していると、従業員から未払い残業代の請求や不当解雇で訴訟を起こされるリスクもあります。こうしたリスクを避けるためにも、就業規則は早めに整備し適切に運用しておく必要があります。
労働組合や社員との合意形成
就業規則は法律上は会社が意見聴取のみで制定できますが、実務的には労働組合や従業員との合意形成を図ることが重要です。特に労働条件の不利益変更を伴う場合、労使の話し合いなく一方的に変更すれば現場の士気低下や紛争に発展するリスクがあります。
労働組合がある企業では、就業規則の改定内容について事前に団体交渉等で十分に協議し、相互に納得した形で実施することが望ましいでしょう。
労組がない場合でも、従業員代表や社員への丁寧な説明を行い、新たな規則への理解を得るよう努めることが大切です。
最新の法改正や行政通達の影響
近年は労働関係法令の改正が相次いでおり、就業規則にも影響を与える事項が発生しています。例えば2020年施行のパワハラ防止法では企業にパワハラ防止措置が義務化され、就業規則にパワハラ禁止規定や懲戒方針を定めて周知することが求められるようになりました。
また2022年の改正育児・介護休業法では男性の育休取得促進策(いわゆる産後パパ育休)が創設され、対象者や申出手続き、休業中の就業可否などを就業規則等の社内規程に盛り込む必要があります。こうした最新の法改正にもアンテナを張り、必要に応じて就業規則の見直しや運用改善を行うことが求められます。
労働基準法第89条を遵守し、就業規則を作成・届出しよう
常時10人以上の事業場では必ず就業規則を作成して労基署に届け出ましょう。基準に達しているのに未届出の場合は早急に対応が必要です。また、一度届け出た後も定期的な見直しを行いましょう。法改正や社内制度の変更に応じて内容をアップデートし、現実にそぐわない規定や違法の恐れがある条項は修正します。
就業規則は届出後も全従業員に周知し続けることが大切です。常に最新の就業規則を誰でも確認できるよう、社内イントラネットなどに掲載しておきます。また、労働者代表の選出過程の記録や意見書、労基署の受理通知などの書類は適切に保管しておきましょう。トラブル発生時に手続き遵守の証拠となります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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