- 更新日 : 2025年9月2日
転勤の引っ越し費用は給与課税?非課税の範囲と支度金の扱いを解説
従業員の転勤。新たな門出は応援したいけれど、税務上の判断はあいまいで不安…。このような悩みを抱えていませんか?
この記事では、転勤の引っ越し費用に関する給与課税のルールを分かりやすく解説します。非課税になる範囲や課税対象となる手当の具体例、トラブルを防ぐ社内規定作りのヒントも紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
目次
転勤の引っ越し費用は給与課税される?
会社の命令で従業員が転勤する際、その引っ越しにかかる費用を会社が負担するのが一般的です。この費用が給与として扱われ、所得税がかかるのかどうかは、担当者にとって悩ましい問題かもしれません。まずは、基本的な考え方を整理しましょう。
原則:業務に必要な費用のため給与課税されない
結論から言うと、会社が負担する転勤の引っ越し費用の一部は、原則として給与課税の対象にはなりません。これは、転勤費用が従業員への給与というよりも、会社の業務を遂行するために発生した経費として扱われるためです。あくまで業務に必要な費用を会社が実費で補っているという考え方なので、従業員の所得が増えたとは見なされないのです。
この扱いの主な根拠は、所得税法第9条第1項第4号にあります。そして、どこまでが非課税となるかの具体的な範囲は所得税基本通達9-3や9-4で示されており、「業務の遂行上、直接必要であったと認められる運賃、宿泊料等の支出」などが非課税として扱われます。
つまり、会社負担の転勤費用は「旅行に通常必要と認められる運賃・移転料など」に限り非課税となります。
出典:所得税法 | e-Gov 法令検索
出典:旅費(第4号関係)|国税庁
例外:通常必要と認められる範囲を超える費用
どのような費用でも非課税になるわけではありません。法律で定められている通り、非課税となるのは「通常必要と認められる範囲」の金額に限られます。
たとえば、移動にファーストクラスを利用したり、必要以上に豪華なホテルに長期間滞在したりするなど、社会通念上、常識的とは言えない金額については、その超えた部分が給与として課税される可能性があります。会社が負担した敷金・礼金、赴任手当などの生活費の性質を持つ給付も課税対象です。
この「通常必要」というキーワードが、課税か非課税かを判断する上で非常に重要になります。
そもそも転勤の引っ越し費用は誰が負担する?
会社の辞令一つで生活の拠点が変わる転勤。その際に発生する高額な引っ越し費用は、従業員にとって大きな負担です。この費用は、会社と従業員のどちらが負担すべきなのか、おさらいしましょう。
費用負担に関する法的考え方と実務対応
労働基準法に、転勤の引っ越し費用を会社が負担するよう直接命じる条文はありません。
しかし、転勤は従業員の個人的な都合ではなく、会社の「業務命令」によって行われるものです。その業務命令に従うことで発生する高額な経済的負担を従業員に一方的に負わせることは、従業員の大きな不利益となり、労使間のトラブルに発展する主な原因となります。
そのため、多くの企業では、こうしたトラブルを未然に防ぎ、円滑な人事異動を実現するための合理的な実務対応として、就業規則や転勤規程で会社の費用負担を明確に定めています。
従業員の自己負担となるケース
会社が費用を負担する場合でも、その範囲は社内規定で定められています。たとえば、以下のようなケースでは従業員の自己負担となることがあります。
- 会社が定めた上限金額を超えた部分
- 規程外のオプションサービス(エアコンの特殊な取り付け工事、ピアノの輸送など)
- ペットの輸送にかかる費用
- 自家用車の陸送費(※会社規定による)
給与課税されない転勤・引っ越し費用の具体的な範囲
では、一般的に会社が負担する費用のうち、具体的にどのような費用が「通常必要と認められる範囲」として非課税になるのでしょうか。一般的には、転勤という業務命令を遂行するために直接かかった費用が対象となります。
転勤に伴う交通費や宿泊費などの旅費
転勤先へ移動するための費用です。本人と家族の新しい赴任先までの新幹線代や飛行機代などがこれにあたります。また、引っ越しの準備や手続きのために、一時的にホテルなどに宿泊した場合の宿泊費も、常識的な範囲内であれば非課税の旅費として認められます。
荷造りや運送にかかる費用
引っ越し業者に支払う、家財道具一式の運送費用も非課税の対象です。これには、荷造りのための段ボール代や梱包サービス料なども含まれます。従業員が自分でトラックを借りて運んだ場合のレンタル費用やガソリン代なども、領収書があれば経費として精算できます。
赴任先で住居を探すための費用
転勤が決まった後、新しい住まいを探すために現地へ下見に行く際の交通費や宿泊費も、業務に必要な旅費として扱われるのが一般的です。ただし、何度も不必要に往復したり、観光を兼ねていたりすると、業務上の必要性が認められない場合もあるため注意が必要です。
給与課税の対象となる転勤手当や支度金の扱い
会社が負担する費用のうち、実費精算ではなく、一律の金額で支給される手当については注意が必要です。これらは給与と見なされ、課税対象となることがほとんどです。
賃貸契約の初期費用(敷金・礼金)
転勤先の住居を借りる際の初期費用は、その性質によって税務上の扱いが異なります。まず、大家さんへ支払う礼金を会社が負担した場合、これは返還されない一時金のため、その全額が従業員への経済的利益と見なされ、給与として課税対象になります。
一方、敷金の扱いは少し複雑です。会社が負担すれば従業員への経済的利益と見なされ、給与として課税対象になります。会社が敷金を負担した時点では、あくまで返還される予定の「預け金(会社の資産)」のため、従業員に対する貸付金とすれば課税はされません。
しかし、従業員の退去時に原状回復費用などが差し引かれ、敷金の一部が返還されないことが確定した場合、その返還されなかった金額分が、従業員の個人的な負担を会社が肩代わりしたものと見なされ、その時点で給与として課税対象となります。詳しくは税理士や税務署に相談するなどして対応するのがよいでしょう。
転勤支度金や赴任手当
「転勤支度金」や「赴任手当」など、引っ越し実費とは別に一律で支給される金銭は、給与所得として課税対象です。これらは業務上の経費精算ではなく、転勤に伴う生活支援や慰労が目的と見なされるためです。
税務上、このような慰労や生活の補助を目的とした金銭は、業務遂行に直接必要だった費用を補填する「実費弁償」とは明確に区別されます。そのため、従業員の所得を増やす経済的な支援、つまり給与の一種と判断されるのです。したがって、これらの手当を支給する際は、給与として源泉徴収を行う必要があります。
単身赴任手当や地域手当
家族と離れて暮らす従業員に毎月支払われる「単身赴任手当」や、物価の高い地域へ転勤する際に支給される「地域手当(都市手当)」も、その性質から給与として課税されます。
これらは二重生活の費用や勤務地の物価差を補うための、個人的な生活費補助や給与調整としての性質が強いため、月々の給与に合算して源泉徴収を行います。
子どもの転校費用などの生活関連補助
国内転勤の場合、入学金や制服代、教科書代などを会社が補助した金額は、原則として給与所得となり課税対象です。これらは従業員の個人的な家計から支出されるべき「教育費」を、会社が肩代わりしていると見なされるためです。
一方、海外赴任の場合は、海外で日本の教育水準と同等の教育を受けさせるための学資金(入学金、授業料など)については、海外勤務という特殊な状況下で必要となる経費と認められる可能性があります。しかし、勤務地の物価、生活水準、為替相場などの状況によって異なると考えられるため、税理士や税務署に相談するようにしましょう。
実費を超える着後滞在費
赴任直後のホテル代などを補助する「着後滞在費」は、実質的に引っ越し費用や手続きのために一時的にホテルなどに宿泊した場合の宿泊費などで、領収書に基づく実費精算するのであれば非課税の旅費となります。
注意したいのは、一定額を支給するケースです。実際にかかった費用を超えて支給した差額分は、従業員への利益供与と見なされ、給与として課税されます。また、「着後滞在費」が一種の別居手当や住宅手当とみなされると、給与として課税されます。安全な経理処理のため、実費精算を原則とすることをおすすめします。
新卒採用や中途採用における引っ越し費用の給与課税
転勤と混同されがちですが、採用時の引っ越し費用はどのように支給されるかによって税務上の扱いが大きく異なります。
実費精算の「引っ越し費用」は非課税
国税庁の通達により、採用に伴う転居であっても、その移動に通常必要と認められる旅費や運送費を、会社が実費で精算・負担する場合は非課税となります。これは、転勤の場合と同様の扱いが認められているためです。
たとえば、本人が移動するための交通費や、引っ越し業者に支払う運送費の実費を、領収書に基づいて会社が負担するケースがこれにあたります。
一律支給の「入社支度金」は給与課税
一方、「入社支度金」や「入社一時金」といった名目で、領収書の提出を求めずに一律の現金を支給する場合、これは給与所得として課税対象になります。これは実費を精算する経費ではなく、入社を促すためのインセンティブ(給与の前払い、あるいは賞与)と見なされるためです。したがって、会社は支給時に所得税の源泉徴収を行う必要があります。
トラブル防止と節税につながる転勤規定の作り方
転勤費用の課税・非課税の判断をその都度行うのは大変ですし、従業員との間で認識のズレが生じる原因にもなります。しっかりとした社内規定を整備することが、トラブル防止と適切な税務処理につながります。
非課税の範囲を社内規定で明確にする
まず、就業規則や出張旅費規程の中に、転勤に関する項目を設けましょう。その中で、会社が負担する費用の範囲を具体的に定めます。
たとえば「引っ越し業者への支払いは実費を支給する」「新幹線代は普通指定席まで」といったように、非課税として認められる経費の項目と上限を明記することが重要です。これにより、税務調査の際にも明確な根拠として示せます。
従業員が立て替える場合の精算フローを整備する
従業員が一度費用を立て替え、後から会社に請求するケースも多いでしょう。そのための申請書のフォーマットや、領収書の提出ルール、精算手続きの期限などを決めておくことで、経理部門の処理がスムーズになります。精算が遅れると従業員の不満につながるため、迅速な処理フローを構築することが大切です。
課税を意識した支援方法を設計する
課税対象となる転勤支度金を支給する代わりに、非課税枠をうまく活用する方法も考えられます。たとえば、赴任先での家具・家電の購入費用を一定額まで領収書と引き換えに会社が負担する、といった形です。これは物品の購入という実費精算に近い形になるため、給与課税されずに従業員を支援できる可能性があります。
支度金の相場は企業規模や役職によりますが、課税される現金支給よりも、非課税となる実費補助を手厚くする方が、従業員の実質的な手取り額に影響を与えません。この点は、従業員満足度を考慮する上で重要なポイントになります。
正しい知識で判断する転勤の引っ越し費用と給与課税
転勤に伴う費用の会社負担は、従業員の経済的負担を軽減し、円滑な業務移行を支える重要な制度です。しかし、その税務上の扱いを正しく理解していなければ、意図せず課税漏れを指摘されるリスクがあります。非課税となる旅費交通費と、原則として給与課税の対象となる転勤支度金の違いを明確に区別することが肝心です。
本記事で解説した内容を参考に、自社の転勤規定が実情と税法の両方に即しているかを確認し、適切な会計処理を行いましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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