- 更新日 : 2025年3月31日
労働基準法第25条の賃金の非常時払いとは?事例をもとにわかりやすく解説
労働基準法第25条は、労働者が緊急時に必要な費用をまかなうため、通常の給与支払日より前に賃金を受け取れる制度「賃金の非常時払い」を定めています。
本記事では、賃金の非常時払いの概要と適用条件、前借りとの違い、認められる理由と法的根拠、支払期日遵守との関係、対象賃金の種類、具体的な事例・判例、そして就業規則での規定方法について、直近10年程度の法改正や裁判例も踏まえてわかりやすく解説します。
目次
労働基準法第25条における賃金の非常時払いとは
賃金の非常時払いとは、労働基準法第25条に規定された制度で、労働者が一定の非常事態に直面した場合には、本来の支払期日より前でも既に働いた分の賃金を請求できるというものです。
これは賃金支払いの原則(毎月一定期日払い)の例外措置であり、使用者(会社)は労働者からの請求があれば速やかに対応する法的義務を負います。
違反した場合、使用者には労働基準法第120条に基づき30万円以下の罰金など罰則が科される可能性があります。
適用される「非常事態」とは、法律および施行規則で以下のように限定されています(労働基準法25条、同施行規則9条)。
- 労働者本人またはその収入で生計を維持する者(家族等)が「出産」「疾病(病気)」「災害」に見舞われた場合
- 労働者本人またはその収入で生計を維持する者が「結婚」した場合、または「死亡」した場合
- 労働者本人またはその収入で生計を維持する者が「やむを得ない事由による1週間以上の帰郷」をしなければならない場合
これらに該当する事情が生じ、その費用に充てる必要があるとき、労働者は会社に対し非常時払いを請求できます。家族の急病や自然災害による被災などは典型例です。
厚生労働省も「災害」には地震や洪水等の自然災害が含まれると解釈しており、大規模災害発生時には本条の適用が想定されています。
非常時払いで支給できるのはあくまで既に行った労働に対する賃金であり、将来働く分の給与まで前倒しで請求することはできません。対象となる非常事態は上記のとおり限定列挙されており、ギャンブルで負けたなど私的な金銭不足は「非常事態」に当たらないため会社に支払い義務は生じません。
賃金の非常時払いと前借りの違い
非常時払いと混同されやすいものに「賃金の前借り」があります。しかし、この二者は法的性質が全く異なるため注意が必要です。
- 賃金の非常時払い
労働者がすでに提供した労働に対する賃金を、特定の非常時に限り法定の権利として支払期日前に受け取ること。労働者から請求があれば、会社は速やかに対応しなければなりません。労働基準法第25条に基づく使用者の義務です。 - 賃金の前借り
まだ行っていない将来の労働に対する賃金をあらかじめ受け取ることを指します。こちらは法律上保障された権利ではなく、会社が任意に貸付け等で対応するかどうかの問題です。前借りに会社が応じる法的義務はありません。
例えば、従業員から「給料を前借りしたい」と相談を受けた場合、その理由が上記のような非常時に該当するかを確認することが重要です。
非常時に該当し労働者が非常時払いを請求しているのであれば、既に働いた分の賃金(例えば当月支払日までの未払い賃金)を計算し繰上げ支給する必要があります。
一方、単なる生活費等の工面のため将来の賃金を借りたいという趣旨であれば、法的義務はなく会社の判断となります。
従業員自身が非常時払い制度を認識していない場合も多いため、申し出を受けた際は趣旨を丁寧に確認し、必要に応じて非常時払い制度の説明を行うことが望ましいでしょう。
賃金の非常時払いと賃金支払期日の関係
賃金支払期日の遵守義務は労働基準法第24条で強く求められており、企業は就業規則等で定めた給料日に必ず賃金を支払わなければなりません。
毎月決まった日に給与を支払うことは、労使間の信頼や労働者の生計計画のために不可欠です。非常時払いはこの「一定期日払いの原則」の例外であり、法律で明示的に認められた場合を除き、支払期日前に賃金を支払うことはありません。
非常時払いが請求された場合、支払期限について法文上明確な定めはありませんが、その性質上「遅滞なく」支払うべきと解されています。
緊急の費用が必要な状況である以上、請求を受けた使用者は可能な限り速やかに(一般には請求から数日〜1週間以内程度に)対象賃金を支払うことが望ましいとされています。
なお、労働者が退職・解雇により離職した場合には、別途労働基準法第23条の規定により退職後請求した日から7日以内に未払い賃金を支払う義務があります。
この退職時の未払い賃金の支払いも、企業にとっては期日以外での支払いという点で非常時払いと似ていますが(モデル就業規則でも非常時払いの項目に含められることがあります)、実際には根拠規定が異なる点に注意が必要です。
通常の在職中の非常時払いでは、請求がなければ会社は通常どおりの支払日に賃金を支給すれば足ります。非常時払いはあくまで労働者からの請求があって初めて義務が発生する制度です。
一方で請求があった以上、先述のとおり使用者は速やかに対応しなければなりません。非常時払いによって一部賃金を繰上げ支給した場合、本来の支払日には既に支払済みの金額を差し引いた残額を支給することになります。
例えば月給制で毎月末払いの会社で、月半ばに非常時払いで給与の一部を支給した場合、月末には残りの未払い分のみ支払う処理となります。重要なのは、非常時払いによっても最終的にその月の賃金全額が正規の支払日までに支払われることに変わりはなく、労働者の権利が損なわれないようにすることです。
労働基準法第25条で非常時払いが認められている理由
労働基準法第25条で非常時払いが認められている背景には、賃金が労働者の生活の生命線であることがあります。
労働基準法は賃金支払の5原則(通貨払い、直接払い、全額払い、毎月1回以上払い、一定期日払い)を定め、賃金の確実な支払いを使用者に義務付けています。
特に「毎月一回以上・一定期日払いの原則」により、給与日はあらかじめ定められた日に少なくとも月一回支払う必要があります。これらの原則に違反すれば30万円以下の罰金が科される厳格なルールです。
しかし、人生には予期せぬ出費が突然必要となる事態が起こりえます。そこで労働基準法第25条は、そうした非常時に労働者が生活資金を途絶させられることのないよう、例外的に賃金の繰上げ請求権を保障しました。
法的根拠としては、労働基準法第25条そのものが直接規定であり、さらに具体的な非常事由は厚生労働省令(施行規則第9条)で定められています。
民法上も賃金は本来「ノーワーク・ノーペイ(働かざる者、請求権なし)」が原則で、労務提供前に報酬請求はできないとされています(民法624条1項)。非常時払いはこの原則の下で、「既に行った労働」に対する賃金に限り特別に支払時期を早める権利を認めたものと言えます。
要するに、労働者保護の観点から「非常時払い」は認められており、法は非常時における労働者の生活安定を図るためのセーフティーネットとしてこの制度を位置付けています。
使用者にとっては一時的な資金繰りの負担が生じるかもしれませんが、法律上の義務であり、労働者の緊急事態に対応する社会的責務と考える必要があります。
労働基準法第25条の非常時払いの対象となる賃金
非常時払いの対象となるのは「既往の労働に対する賃金」です。請求時点までに労働者が提供した労務に見合う給与が該当します。以下のような賃金項目が対象になります。
基本給・時間給
請求時点までに働いた日・時間に応じた基本給(または時給)。月給制であれば日割り計算等により既に勤務した期間分を算定します。
時間外手当・休日手当
請求時点までに発生している時間外労働や休日労働に対する割増賃金。既にその労働が行われていれば対象に含まれます。
各種手当
通勤手当、資格手当等で既に支給額が確定しているものは、対応する勤務分について請求可能です。例えば月の途中まで勤務した場合、その期間に相当する手当が含まれます。
労働基準法第25条の非常時払いの対象とならない賃金
一方、労働基準法第25条の非常時払いの対象とならない(会社が応じる義務のない)賃金もありますので注意しましょう。
賞与・ボーナス
賞与は会社の業績や人事考課により支給額が変動する場合が多く、支給額が確定していない段階では「既往の労働」に対する賃金とみなせません。
したがって、まだ算定途中の賞与は非常時払い請求があっても応じる義務はありません。例えば「賞与は業績に応じて支給額を決定する」旨の規定の場合、支給額確定前の繰上げ請求はできません。
一方で「賞与は基本給の◯ヶ月分」等金額が明確に定まっている場合には、その範囲で既往労働分として算定可能であり非常時払いの対象となり得ます。
退職金
退職金は賃金の後払い的性質がありますが、退職して初めて請求権が発生するものです。在職中は法的には「期待権」に過ぎず確定債権ではないため、非常時払いの対象にはなりません。
実際に退職した場合は前述のとおり労働基準法23条に基づき精算されます。
その他未確定の成果報酬
歩合給・インセンティブなどで、一定期間終了後に算出されるもの(例:営業成績に応じたコミッション)も、その期間が完了し金額が確定するまでは請求できません。確定前の部分については「既往の労働に対する賃金」と言えないためです。
まとめると、非常時払いで請求できるのは「すでに確定している未払い賃金」であり、「まだ発生していない、又は金額未定の賃金」は対象外となります。
企業側は請求を受けた場合、対象となる賃金項目とその金額を正確に算出する必要があります。月給者であれば締日から請求日までの日割計算、日給者・時給者であればその期間の実労働分の積算など、適切に行いましょう。
なお、労働者が必要額を指定して請求してきた場合、その金額が既往の労働分を超えない範囲であれば労働者の希望額を支給して差し支えないとされています(必ずしも全額を請求しなくてもよい)。
労働基準法第25条の賃金の非常時払いに関する事例
近年発生した自然災害や予期せぬトラブルに対し、本制度が適用されたケースがあります。
例えば2018年の豪雪で自宅屋根が損壊した社員が修繕費用を工面するため非常時払いを請求したケースでは、会社は通常支給予定だった給料の一部を前倒し支給しました。この事例では、災害(豪雪による被害)が労働基準法25条の「非常事態」に該当すると判断され、対象期間(当該社員が既に働いた当月分)の賃金が繰り上げ支給されています。
一方で、私的な理由による金銭困窮(例えば娯楽による散財など)は非常時払いの対象とならず、会社は対応を断ることができます。実務上は、請求理由が適切か精査し、不明確な場合は労働者から事情を詳しく聞き取ることが重要です。
労働基準法第25条の賃金の非常時払いに関する裁判例
賃金の非常時払い制度は法律上明快な義務であるため、使用者がこれを拒否した場合は労働基準監督機関が是正指導や罰則適用で対応するケースが多く、民事訴訟に発展する例は多くありません。
「判例が少ない」こと自体が、本制度が概ね遵守され大きな法解釈の争いがなかったことを示しています。直近10年で非常時払いをめぐる重要判例は特に報告されていません。
しかし関連する考え方として、2020年10月13日の大阪医科大学事件で最高裁はノーワーク・ノーペイ原則(働いていない期間の賃金請求は認められない)を改めて確認しました。
この判決は非常時払い自体を直接扱ったものではありませんが、「労働者は提供済みの労働に対してのみ賃金請求権を持つ」という大前提を再確認したものと言えます。非常時払い制度もまさにこの原則の範囲内で、例外的に「支払期日」を繰り上げる仕組みに過ぎないことが制度の根底にあります。
また、厚生労働省は大規模災害時に非常時払いの周知を図ることがありました。
2011年の東日本大震災発生後、厚労省は労働基準法25条の「災害」に震災が該当しうることを示し、被災労働者から請求があれば非常時払いに応じるよう事業主へ通知しています。
同様に近年の災害(2016年熊本地震、2018年西日本豪雨、2019年台風など)においても、各地の労働局が非常時払い制度の活用を呼びかけています。これら行政の対応は、非常時払いが非常時における労働者支援策として重要であることを再認識させるものでした。
総じて、賃金の非常時払い制度は長年大きな改正もなく維持されています(直近10年でも本条に関する法改正は特段ありません)。
その趣旨・解釈も確立されており、企業実務においては「非常時には速やかに既往分賃金を支払う」というシンプルなルールを確実に守ることが求められます。万が一、非常時払いの請求を不当に拒んだ場合には、前述のとおり労働基準法違反として制裁リスクがある点にも留意すべきです。
賃金の非常時払いについて就業規則で規定する方法
就業規則への規定について、労働基準法は非常時払い制度を就業規則の絶対的必要記載事項(必ず記載すべき事項)とは定めていません。
したがって、法律上は就業規則に非常時払いの条項がなくても違法ではありません。しかし、従業員が制度を知らない可能性や緊急時の社内手続きを明確にしておくために、就業規則に規定を設けることが望ましいとされています。
厚生労働省のモデル就業規則でも、「賃金の非常時払い」に関する条項が用意されています。その例では、労働基準法施行規則第9条に定める非常事態(前述の①〜④の事由)に該当し労働者から請求があったときは、支払期日前でも既往の労働に対する賃金を支払う旨が明記されています。
規定例は次のような内容です。
第○条 労働者又はその収入によって生計を維持する者が、次のいずれかの場合に該当し、そのために労働者から請求があったときは、賃金支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払う。
- やむを得ない事由により1週間以上帰郷する場合
- 結婚又は死亡の場合
- 出産、疾病又は災害の場合
- 退職又は解雇により離職した場合
上記のように法律と省令に定められた非常事由を列挙し、請求があれば支払うことを規定します。加えて、社内手続きとして「請求は所定の書式で○○部門に提出すること」など運用面のルールを付記すると実務上親切でしょう。
例えば「請求の際は事情を証明する書類の提出を求めることがある」等の注意書きを入れる企業もあります。ただし、あまりに厳しい社内要件を課すと法の趣旨に反する可能性があるため、合理的な範囲に留めることが必要です。
就業規則に非常時払いを明記しておけば、非常時に社員が制度を知らず権利行使を躊躇するリスクも減らせますし、会社としても統一的な対応がしやすくなります。
特に中小企業では社員が遠慮して前借りのような相談をしてくる場合もありますが、規定があれば「これは法律で認められた非常時払いに該当するので対応します」と円滑に手続きを進められます。逆に非常時払いに当たらないケースでは、「就業規則上も非常時以外の前払いはできない」ことを丁寧に説明し、必要に応じて社内貸付制度など任意の対応を検討するとよいでしょう。
労働基準法第25条の賃金の非常時払いを理解しましょう
労働基準法第25条の賃金の非常時払いは、労働者の緊急事態に備えた重要なルールです。企業の人事・法務担当者は、この制度の内容と運用方法を正確に把握し、非常時に速やかに対応できる体制を整えておく必要があります。
平時にはあまり意識されない条文ですが、いざという時に適切に適用することで労使双方の信頼関係を維持し、労働者の生活を守ることにつながります。就業規則への明記や社内周知を通じて、非常時払い制度を社内で共有しておきましょう。
法改正が少ない分野とはいえ、最新の行政資料や判例動向にも目を配り、適切な労務管理を行うことが求められます。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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