• 更新日 : 2025年3月18日

退職金前払い制度とは?企業と従業員のメリット・デメリットを徹底解説

退職金は、一括で支払う「退職一時金制度」だけでなく、分割して毎月支払う「退職金前払い制度」もあります。前払いの場合は一度に大きな金額を負担することがないため、企業にとってのメリットも大きいでしょう。

しかし、メリットだけでなくデメリットもあるため、本記事では退職金前払い制度について徹底解説します。企業型確定拠出年金との違いについても解説しているので、ぜひ参考にしてください。

退職金前払い制度とは?

退職金前払いとは、本来であれば退職時に受け取る退職金を、在職中に分割して支給する制度のことです。一括受け取りではなく、毎月の給料や賞与に上乗せして支給されるのが特徴です。従業員としては毎月受け取れる金額が増えるため、魅力的な制度とも言えます。

ただし、前払いした退職金は給与と同じ扱いになるため、通常の退職金制度とルールが違う点には注意が必要です。退職金前払い制度にはメリットもデメリットもあるため、制度の内容をきちんと理解したうえで導入を検討するといいでしょう。

退職金前払い制度を導入している企業の割合

厚生労働省の「令和5年 労働組合活動等に関する実態調査 結果の概況」によると、過去1年間で賃金・退職給付制度の改定または導入を行った企業において、退職金前払い制度を導入したと回答した割合は10.1%でした。

近年は働き方が多様化し、転職も当たり前の時代になりました。勤続年数に応じた退職金を一括で受け取るよりも、在職中に受け取るほうがニーズが高まっている背景により、徐々に導入企業が増えています。

退職金前払い制度を導入していることがメリットになり、今後も導入企業が増えていく可能性が高いでしょう。

参考:令和5年 労働組合活動等に関する実態調査 結果の概況

退職金前払い制度のメリット

退職金前払い制度のメリットについて、企業と従業員それぞれにわけて解説します。

企業のメリット

退職金前払い制度にすることによる企業のメリットは、以下の3つです。

金銭的な負担が減る

退職金前払い制度であれば、毎月少しずつ支払う形となるため、一度に高額な現金が流出することを防げます。たとえば、退職金が500万円の人が同年に4人退職すれば、2,000万円の負債となります。勤続年数が長い人であれば退職金額が増える傾向にあるため、一人当たりの退職金額や人数によっては、経営に影響をおよぼすこともあるでしょう。

一方、前払いで1ヶ月ごとに少額ずつ支給すれば、負担が減って資金繰りも安定しやすくなります。企業としては、キャッシュフローの圧迫を回避できることはメリットになるでしょう。

財務上の負債が減る

退職金を前払いすると、会計上で「負債の部」として計上される「退職給付引当金」が不要です。負債の部の金額が多いと、財務上で負債が増えたように見えるため、融資先や取引先からの信用評価に悪影響をおよぼしてしまいます。

一方、前払いした退職金は「損金」として経費計上できるため「資産の部の流動資産」に記載されます。流動資産の金額が大きいほど返済能力が高いとして評価されるため、財務状況を評価されるうえでもメリットになるでしょう。

求人内容の魅力を高められる

退職金前払い制度では退職金としてではなく、給料として支払われるため、求人情報に掲載する月給金額もその分多くなります。退職一時金制度を導入している企業よりも、給与水準を高く見せられるのがメリットです。応募者が増えれば優秀な人材も確保しやすくなり、企業としての成長にもつながる可能性があります。

また、退職金前払い制度は選択制にすることも可能です。退職金の受け取り方に選択肢がある点も、採用活動においてアピールになるでしょう。

従業員のメリット

従業員のメリットは、以下の2つです。

毎月受け取る給料が増える

退職金前払い制度では、月給に退職金が分割されて上乗せされるため、毎月受け取る給料が増えます。退職後ではなく、すぐに使えるお金が増えるため、生活の質向上や貯蓄額の増加につながるでしょう。

新入社員であれば、一般的には収入が低い傾向にあるため、毎月受け取る金額が増えることで仕事へのモチベーションになります。また、中堅社員の場合も子どもの教育費や住宅ローンなどに充てる資金が増え、退職金前払い制度がメリットに感じるでしょう。

退職金未払いのリスクを減らせる

退職金は支給が義務付けられていないため、経営状況によっては退職金そのものが廃止されることもあります。前払いで受け取っておくことで、退職金が受け取れないというリスクを回避できるのはメリットになるでしょう。

景気がいいとは言えない時代であればなおさら、退職金前払い制度によって先に受け取っておくと安心できます。また、在籍中に退職金前払い制度が廃止されたとしても、受け取り済みの退職金を返金する必要はありません。事前に受け取っておくことで将来の不安を軽減し、資産形成にも役立てられるでしょう。

退職金前払い制度のデメリット

退職金前払い制度のデメリットについて解説します。

企業のデメリット

企業のデメリットは、以下の3つです。

従業員の離職率が上がりやすくなる

勤続年数の長さがメリットにならない退職金前払い制度の場合、従業員が気軽に転職しやすくなり、離職率が上がるリスクがあります。退職金には「退職所得控除」があり、勤続年数が長いほど税制優遇が大きくなる特徴があります。

一方、退職金前払い制度では税制優遇を受けられないため、長く働くモチベーションが下がりやすいです。優秀な人材を確保しやすい一方で、他の会社に流れやすい側面もある点には注意しましょう。

社会保険料の負担が増える

毎月の社会保険料は、一定の金額幅で区分された「標準報酬月額」によって決まります。退職金を前払いする場合、退職金も含めた給与額で標準報酬月額の等級が決まるため、保険料が高くなりやすいのがデメリットです。

社会保険料の負担割合は、すべて労使折半のため、抱える従業員数や退職金額が多い場合は、企業側の負担はより大きくなります。

一方、退職金の前払いを毎月の給与ではなく、賞与として支払う場合は、支給額に比例した社会保険料が適用されます。月給と賞与それぞれの配分を試算することで、社会保険料の負担を最小限に抑えやすくなるでしょう。

後から退職金の返還を求めることはできない

退職金前払い制度では、一度支払った退職金は、従業員に対して返還請求ができません。通常の退職金であれば、懲戒解雇者に対しては退職金の減額または不支給を命令できる規定があります。不祥事への抑制効果も期待できますが、退職金前払い制度の場合には適用できない点に注意が必要です。

従業員のデメリット

従業員のデメリットは以下の2つです。

社会保険料や税金の優遇を受けられない

退職金前払い制度を利用する場合、退職金相当額も給与所得として、全額が所得税・住民税の課税対象になります。退職後に一時金として退職金を受け取る場合と比べると、税金の負担が大きくなってしまうでしょう。

住民税は一律10%の税率ですが、所得税は所得金額に応じた税率が適用されるため、毎月の給与が増える退職金前払い制度のほうが税率が高い傾向にあります。また、退職所得としての税制優遇措置も受けられないため注意が必要です。

資産運用が難しくなる

退職金を前払いにすると、毎月の受け取り金額は増えるものの、計画的に貯蓄したり資産運用したりするのが難しくなります。退職金を一括で受け取る場合であれば、ある程度まとまった金額になるため、ローン返済や老後資金に充てやすいでしょう。

一方、毎月の給与に上乗せされると退職金という認識が薄くなり、必要な時に使えないリスクがあります。単純に給与が上がった間隔に陥るため、退職金を一括で受け取った場合と比べて散財しやすい状況にもなるでしょう。

退職金前払い制度を導入している場合は、従業員は資産運用計画をしっかり立てておくことが求められます。

退職金前払い制度と企業型確定拠出年金の違い

退職金前払い制度と比較される制度に「企業型確定拠出年金(DC)」があります。企業型確定拠出年金は、掛金を従業員自らが運用し、その運用成果に応じて受け取る年金額が変わるのが特徴の制度です。

それぞれの違いをまとめると以下のとおりです。

退職金前払い制度企業型確定拠出年金
支給タイミング在職中に分割して給与や賞与として支給する退職後の60歳以降に支給する
リスク基本は元本保証されている選択した投資商品によっては元本割れのリスクがある
メリット
  • 高額な現金流出を防げる
  • 財務上の負債が減る
  • 求人内容の魅力を高められる
  • 退職給付債務の心配がいらない
  • 積立金が不足することがない
  • 税制優遇を受けられる
デメリット
  • 離職率が上がりやすくなる
  • 社会保険料の負担が増える
  • 退職金の返還を請求できない
  • 運営管理手数料やコンサルティング料などの費用がかかる
  • 従業員への投資教育コストがかかる

企業型確定拠出年金は通常の退職金と同様に、退職後に支給することになります。また、選んだ投資商品によっては元本割れのリスクがあるため、従業員への説明や投資教育を行う必要もあるでしょう。

それぞれのメリット・デメリットを考慮し、自社に合った制度を導入できるようにしましょう。

退職金前払い制度に関するよくある質問

最後に、退職金前払い制度に関するよくある質問2つを紹介します。

退職金前払い制度導入によって税金はどうなる?

退職金前払い制度では、退職金相当額が給与所得として扱われるため、所得税や住民税の課税対象になります。毎月自由に使えるお金は増える一方で、引かれる税金も増えてしまうため、従業員によっては負担を大きく感じることもあるでしょう。

前払い退職金は一括ではもらえない?

退職金前払い制度を導入した場合、退職金を前払いで且つ、一括で受け取ることはできません。前払いにする場合は毎月の給料や賞与に上乗せして支給する仕組みになっています。退職前に分割して受け取るか、退職後に一括で受け取るかのどちらかだと覚えておきましょう。

退職金前払い制度を理解して給与を計算しよう

退職金前払い制度とは、本来であれば退職後に支払う退職金を前払いで分割して支給する制度です。柔軟な支払方法に対応できる退職金前払い制度は、今後も働き方の多様化によって導入企業が増えるでしょう。

企業にとっては、一度に高額な現金流出をする金銭的な負担が減り、給与水準を多く見せられるため求人の魅力を高められるといったメリットがあります。しかし、気軽に転職しやすくなることによる離職率の悪化や、社会保険料の負担増加といったデメリットもあります。

退職金前払い制度が自社にとってメリットのほうが大きいのかどうかを判断し、導入を検討してみてください。


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