- 更新日 : 2025年6月24日
労働基準監督署の労災調査では何を聞かれる?質問内容や対応方法を解説
労災(労働災害)が発生すると、労働基準監督署(労基署)による調査が行われることがあります。この調査は、労災保険給付の適用判断に加え、再発防止策の検討という重要な役割を担っています。人事労務担当者としては、調査でどのようなことを聞かれるのか、どのように対応すべきかを事前に把握しておくことで、落ち着いて正確に対応することができます。本記事では、労基署による労災調査の目的と流れ、聞き取り内容、準備しておくべき書類や注意点について、わかりやすく解説します。
目次
労働基準監督署の労災調査はなぜ行われるのか
この調査には大きく2つの目的があります。1つ目は、被災した従業員の負傷や疾病が業務に起因するものかどうかを確認し、労災保険の給付対象かを判断するためです。2つ目は、同様の事故が再び起こらないよう、職場の安全体制を見直し、再発防止につなげることです。
たとえば、「作業中に機械に挟まれた」あるいは「通勤途中で転倒した」といった明確な事故であっても、それが本当に業務と関係しているのか、という点が問われます。労基署は、事故の発生状況、作業内容、勤務体制などを細かく確認し、労災保険の給付が適正かどうかを慎重に審査します。
また調査では、事故の背景にある職場の安全管理体制や教育の実施状況も確認されます。労働安全衛生法に基づき、労基署は企業に対して安全配慮義務を求めており、必要に応じて指導票や是正勧告書を交付し、改善を促す場合もあります。
このように、労災調査は単なる事実確認にとどまらず、職場全体の安全性を見直す機会にもなります。企業としては、調査の意義を正しく理解し、再発防止に前向きに取り組む姿勢を示すことが求められます。
労基署の労災調査は、企業にとってはプレッシャーを感じる場面かもしれませんが、その根底にあるのは、労働者の保護と職場の安全確保という目的です。調査の意義を理解し、建設的な姿勢で対応することが、企業としての信頼性を高めることにもつながります。
労働基準監督署に労災調査で聞かれる内容とは?
労働基準監督署の労災調査では、労災が業務に起因するものかどうかを正確に判断するため、事故の発生状況や被災者の勤務内容に関する詳細な聞き取りが行われます。
企業としては、調査の際に何を聞かれるのかを事前に把握し、必要な情報を整理しておくことで、スムーズに対応することができます。
事故の発生状況に関する質問
調査ではまず、事故がいつ、どこで、どのように発生したのかについて、事実関係の確認が行われます。たとえば以下のような点が問われます。
- 事故発生の日時と場所
- 事故当時の作業内容や作業環境
- 事故が発生した具体的な原因や経緯
- 目撃者の有無とその証言内容
これらは、事故の客観的な全体像を把握するための基礎情報として非常に重要です。あいまいな説明では調査が長引く可能性があるため、社内報告書や現場写真、作業指示書などをもとに、正確な記録を準備しておくことが求められます。
被災者の業務内容と業務との関連性
次に、事故が被災者の業務とどのように関連していたのかが問われます。これは、労災認定の可否に直接関わる重要な要素です。調査官は以下のような点を確認します。
- 被災者の通常の職務内容
- 事故発生時に行っていた作業が本来の業務かどうか
- 作業手順や安全措置が守られていたか
- 業務指示や管理体制に不備がなかったか
仮に、通常の業務とは異なる作業中に事故が発生した場合でも、それが業務命令や業務遂行上避けられない行動であったことを説明できれば、労災として認定される可能性はあります。被災者の作業日報や雇用契約書などをもとに、職務内容との関連性を明確に説明する準備が必要です。
通勤災害の場合に確認される内容
通勤途中の事故で労災申請がされた場合、労基署は通勤災害としての適格性を調べます。確認されるのは以下のような点です。
- 通勤経路が合理的なものであったか
- 事故当日は通常の通勤ルートを通っていたか
- 寄り道や私的な用事による逸脱がなかったか
- 通勤手段に変更がなかったか(例:電車から自転車への切り替え等)
通勤災害として認められるかどうかは、届け出ている通勤経路と実際の行動が一致しているかがポイントです。企業は、通勤届や定期券の区間など、従業員の通勤手段に関する情報を正確に管理しておく必要があります。
メンタルヘルス不調による労災の場合
精神的な不調による労災申請では、聞き取りの範囲がより広範囲に及びます。調査官は以下のような点を慎重に確認します。
- 被災者の業務内容や業務量、残業の有無
- 長時間労働や休日出勤の実態
- 職場の人間関係やハラスメントの有無
- 職場の雰囲気、組織体制、上司からの指導内容
- 私生活におけるストレス要因の有無
これらの情報を通じて、精神的不調が業務に起因するかどうかを総合的に判断します。企業側としては、勤怠記録、上司との面談記録、社内相談履歴などを適切に整理し、提出できる体制を整えておくことが重要です。
労働基準監督署の労災調査に必要な書類
労働基準監督署による労災調査では、事故の状況や業務との関連性などを明らかにするため、企業に対してさまざまな書類の提出や説明が求められます。書類の内容に不備があると、調査の遅延や追加の照会が発生することもあるため、事前に必要書類を整備し、調査に臨む体制を構築しておくことが重要です。
労災申請に関連する書類
まず、労災保険給付に関して労基署に提出する書類には、事故の内容や労働条件に関する詳細が含まれています。以下の書類は必須とされることが多いため、正確に記入し、必要に応じて写しを保管しておくと安心です。
- 労働者死傷病報告書(様式第23号、第24号):労災事故が発生した際に必ず提出する報告書
- 療養(補償)給付請求書(様式第5号等):療養(補償)給付や医療費の支給を受ける際に必要
- 休業(補償)給付請求書(様式第8号等):休業による賃金補償を申請する場合に提出
- 診断書・医師の証明書:療養期間や労務不能期間を証明する文書
- 事業主の証明欄:各申請書に事業主として記入する欄(押印が必要な場合もあり)
これらの書類は、被災者本人が申請するものですが、会社側が証明欄を記入する必要があり、調査でも内容の正確性が確認されます。
事故の状況を説明するための資料
事故の発生状況について客観的に説明できるように、以下のような資料を準備しておくことが求められます。
- 事故発生報告書(社内文書):事故の日時、場所、作業内容、当時の状況を記録したもの
- 現場の図面や写真:作業エリア、機械の配置、通路の状況など、視覚的に説明できる資料
- 作業手順書やマニュアル:事故当時に従っていた作業工程を確認するための資料
- 目撃者の証言メモ:当時の状況を知る他の従業員からの聞き取り記録など
調査では、事故がどのような環境で、どのように発生したのかが焦点となるため、当時の記録をできるだけ具体的に保管しておくことが望まれます。
被災者の労働条件に関する書類
被災者がどのような契約で、どのような勤務状況だったのかを説明できる資料も必要です。
- 雇用契約書・労働条件通知書:業務内容や勤務時間、雇用形態を確認するため
- 出勤簿・タイムカード・勤怠管理データ:実際の勤務状況を確認する証拠
- 賃金台帳:休業補償の算出に使用されるため、事故前3ヶ月分などの提出を求められることが多い
- 健康診断結果:体調面の管理状況を把握する参考資料となることもある
特に精神疾患に関連する労災の場合は、過重労働の有無や、職場環境の変化なども調査対象になるため、勤怠状況の把握が非常に重要です。
通勤災害に関する書類
通勤災害が疑われる場合には、以下のような書類も必要となります。
- 通勤経路の届け出書類:あらかじめ提出されている通勤ルートの情報
- 定期券の写し・交通費申請書類:実際の通勤手段を証明するもの
- 事故当日の通勤状況に関する説明書:寄り道や経路変更の有無を説明するための資料
通勤災害の認定では、業務に関係ない私的な行動(寄り道)が含まれていないかが厳しく確認されるため、詳細な説明が求められます。
労働基準監督署による労災調査の聞き取りは誰が対応する?
労働基準監督署の労災調査の聞き取りは、内容に応じた適任者が担当し、必要に応じて連携して対応することが大切です。
ここでは、聞き取り内容の応じた担当者について整理します。
調査全体の窓口は人事労務担当者
労災に関する手続きや労基署との窓口業務は、一般的に人事労務部門の担当者が担います。被災者の雇用形態、労働条件、勤務実績、労災申請の経緯など、制度や申請に関する説明は人事労務担当者が中心となって行います。
また、申請書の事業主証明欄への記入、提出書類の準備、労基署との連絡調整なども人事の担当範囲です。調査官からの質問には、客観的な事実に基づいて誠実に回答することが求められます。
安全衛生管理者
事故の発生原因や作業環境、安全教育の実施状況といった内容は、安全衛生管理者や職場の現場責任者が説明することが適しています。たとえば、機械操作中の事故であれば、実際の作業手順や使用していた設備の管理状況について、技術的な視点で説明する必要があります。
また、労基署は事故の再発防止に向けた取り組み状況にも注目するため、安全衛生管理者は、事故後に実施した対策や、再発防止計画の内容を明確に説明できるように準備しておくことが望まれます。
経営層や役員
重大な労災事故や、調査が組織全体に影響する場合には、経営層が同席することもあります。経営層が労基署の調査に立ち会うことで、会社として事故を重く受け止めていること、再発防止に真剣に取り組んでいることを明確に示すことができます。
特に是正勧告や指導票が交付される場面では、会社の方針決定権を持つ立場としての対応が必要となるため、経営層が出席する意義は大きいと言えるでしょう。
労災調査においては「誰か一人がすべてを説明する」のではなく、関係部門が連携し、それぞれの専門的な立場から正確な情報を提供することが求められます。担当者同士で事前に調査の想定質問や説明内容をすり合わせておくことで、調査当日の対応もスムーズになります。
労働基準監督署による労災の聞き取り調査当日の流れ
労働基準監督署による労災調査の聞き取りは、事前に提出された書類に基づいて行われることが多く、事故の詳細や業務との関係について、口頭で確認が行われます。調査官は事実確認を目的としており、企業を責めるためのものではありませんが、対応の仕方によっては印象を大きく左右することもあります。
調査の進行は、提出書類をもとにした質問が中心
聞き取りは、労基署の担当調査官が企業に訪問して行う場合もあれば、企業側が労基署に出向いて対応する場合もあります。いずれの場合も、事前に提出された労災申請書や事故報告書などをもとに、内容の確認や補足説明が求められます。
質問の内容は、以下のような項目が中心です。
- 事故の発生日時、場所、作業内容、当時の状況
- 被災者の職務内容、勤務実態、直近の労働時間
- 安全教育や作業手順の周知状況
- 事故後の対応や再発防止策の実施状況
調査官は、事実に基づいて労災の認定可否を判断するため、情報の食い違いやあいまいな説明には注意が必要です。
回答時には「事実に基づいた正確な説明」を意識する
調査への対応で最も重要なのは、事実に即した正確な回答を行うことです。記憶があいまいな場合や確認が必要な場合には、「確認のうえ後日お伝えします」と誠実に伝えることが大切です。無理に答えようとした結果、誤解を招くような発言をすると、後の調査や判断に影響するおそれがあります。
また、被災者や現場責任者など、関係者の証言と企業側の説明に矛盾が生じないよう、事前に社内で情報を共有し、説明内容のすり合わせを行っておくことが望ましいです。
感情的にならず、落ち着いて対応する
労災の調査では、企業の過失を問われる場面もあるため、緊張や焦りから感情的な発言をしてしまうケースも見られます。しかし、調査官はあくまで事実を確認する立場です。企業側は冷静かつ協力的な姿勢で臨みましょう。
特に、指摘された点について異論がある場合でも、一度受け止めたうえで資料に基づき冷静に説明を行うことが重要です。感情的な反論は、調査の信頼性や企業の印象にマイナスの影響を与える可能性があります。
聞き取り内容は必ず記録に残す
聞き取り調査が終了した後、その内容ややり取りした事項を記録として社内に残しておくことは非常に大切です。日時・出席者・調査官の指摘事項・今後の対応方針などを明記した記録を作成しておくことで、後日対応が必要になった際にもスムーズに対応できます。
また、同様の調査が再度行われた場合や、他の労災調査にも応用できる貴重な情報資産となります。
労働基準監督署とのやり取り方法と連絡対応のコツ
労働基準監督署との連絡は、調査当日だけでなく、事前の連絡、書類提出、調査後の照会や是正対応など、継続的かつ丁寧なコミュニケーションが求められる場面が多くあります。適切な連絡対応ができていないと、調査が長引いたり、誤解を招く原因になったりすることもあるため、基本的な連絡手段や対応時の注意点を把握しておきましょう。
連絡手段は電話と書類が中心。必要に応じてFAXやメールも活用
労基署とのやり取りは、電話や書面(郵送・FAX)が基本です。多くの場合、調査の事前連絡や追加書類の提出依頼、内容確認などが電話で行われ、正式な通知や報告については文書で交付・提出されます。
電話で連絡を受けた場合は、まず会社名・担当者名・連絡の要件を正確に控えることが大切です。そのうえで、確認が必要な事項は一度保留し、社内で確認したうえで折り返すという対応も問題ありません。記録を残すために、口頭のやり取りも必ずメモに取りましょう。
文書でのやり取りでは、提出日・会社名・担当者名・送付内容を明記した表紙や送付状を添えるのがマナーです。提出物にはコピーを残し、送付方法は追跡可能な簡易書留やレターパックなどを利用するのが望ましいでしょう。
連絡内容や対応履歴は必ず記録に残す
連絡内容や対応履歴は、日時・対応者・連絡内容・調査官の指摘事項などを整理し、社内で共有できるように記録を残すことが重要です。記録が残っていれば、調査が長期化した場合や、担当者が変更になった場合にもスムーズに引き継ぐことができます。
記録の形式に決まりはありませんが、以下のような情報を押さえるのが一般的です。
- 連絡を受けた日時と方法(電話、FAX、郵送など)
- 対応した社内担当者の氏名
- 労基署の担当官の氏名と所属
- 指摘された内容や要求された書類
- 対応の結果や今後の対応予定
こうした履歴の蓄積が、企業としての対応力の向上と信頼の維持につながります。
調査後の連絡対応にも注意を
調査が終わっても、労基署からの連絡が完全に終わるわけではありません。後日、追加の質問や是正報告の提出、改善状況の確認などがあることもあります。特に是正勧告を受けた場合には、期限内に対応し、実施内容を文書で報告することが求められます。
報告書には、実施内容だけでなく、今後の再発防止策や教育計画なども記載すると、企業としての取り組み姿勢が伝わりやすくなります。書類は簡潔かつ正確にまとめ、証拠となる写真や記録を添付することで、より説得力が増します。
労基署は、企業と敵対する存在ではありません。安全で健康的な職場環境づくりを進めるためのパートナーとして、協力的な姿勢で対応することが大切です。誠実な連絡対応が、結果的に企業の評価や信頼性を高めることにもつながるのです。
労働基準監督署の労災調査に備えて、対応体制を整えておこう
労働基準監督署による労災調査は、企業にとって避けて通れない対応業務のひとつです。適切な対応を行うためには、調査の目的や流れを理解し、聞かれる内容を想定した準備と社内体制の整備が不可欠です。人事労務担当者は、資料の正確な整備と誠実な説明を心がけ、調査をスムーズに進めるとともに、再発防止への積極的な姿勢を示すことが求められます。従業員の安全と信頼を守るためにも、日常的な準備と連携体制を整えておきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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