- 更新日 : 2024年6月7日
裁量労働制を適切に運営するためのポイント
目次
みなし労働時間と実労働時間に大幅な乖離がある場合には?
裁量労働制においては、労使協定・労使委員会決議で「みなし労働時間」を定め、実際の労働時間の長短に関わらず、みなし労働時間分働いたものとして取り扱います。しかし、実際の運営の中で、みなし労働時間が実労働時間の実態と著しく異なっているような場合には、どうすればよいでしょうか。
労働者が問題に気が付けば、労働組合や労働者の代表に相談をしたり、後述の使用者の健康・福祉確保の措置や苦情処理措置により相談したりすることになるでしょう。人事労務の担当者としても、問題に気が付いた場合の対応の仕方を社内に周知しておくべきです。現場で問題が発生していても誰も声を上げずにうやむやにしておくと、後述のように過労死・過労自殺にまで至ることで会社の信用失墜や裁量労働制そのものの廃止に至る、といった極端な方向にさえ動きかねません。また、社内で問題に対処しないままに、労働基準監督署への通報や、外部弁護士、ユニオンなどの外部労働組合等への相談に至ると、会社として対応が一層困難になりかねません。
裁量労働制とは労働者に丸投げする制度ではない
そもそも裁量労働制において、「業務遂行の手段や方法」、「時間配分」については労働者の判断に委ねるべきものですが、「仕事の量」や「完成の時期」までを労働者の裁量に委ねるものではありません。労働者自身が自らの裁量で仕事を効率的にこなせるように努めることは当然に会社の義務であり、労働者の裁量の範囲で解決できない問題は、会社側が問題解決に向け、何らかの対策を講じる必要があります。
例えば、社内の他部署との関係で突発的な業務が発生し、結果として対象労働者が過重労働に至ることや、取引先からの発注スケジュールの突発的変更等で、やむを得ず長時間労働になってしまう、といったことも十分考えられます。一例として、システム開発企画の担当者が、顧客からの頻繁な仕様変更依頼を受けて長時間労働になる、といったことはよく見受けられるようです。この場合、実労働時間が「みなし労働時間」を著しく超過し、規定と実態とが大きく乖離してしまう可能性があります。
対応としては、会社が実態をよく把握した上で、無理な仕様変更や無理な納期に至らないよう顧客と交渉し、適切な依頼を受けることが必要となるでしょう。
なお、これは裁量労働制に限った問題ではありません。使用者(会社)には労働者に対する安全配慮義務があります(労働契約法第5条)。労働者の過重労働を防ぐのは、そもそも使用者の責任です。裁量労働制は、労働者が仕事の進め方や時間配分を自らの意思で決定し、効率的に働くために有益なものとして認められるものであり、使用者として労働者にすべての責任を丸投げすることを許すものではありません。
裁量労働制における使用者の責務
裁量労働制における使用者の責務として「健康・福祉確保の措置」「苦情処理措置」が定められています。前提として労働者の勤務実態の把握は必須です。
これまで、裁量労働制対象者については、実労働時間の把握までは必要ないとされてきましたが、働き方改革関連法の中で裁量労働制対象者についても実際の労働時間の把握は使用者の義務とされています。
<参考>東京労働局の働き方改革関連法に関するパンフレットでは、次のように記載されています。
「健康管理の観点から、裁量労働制が適用される人や管理監督者も含め、すべての人の労働時間の状況が客観的な方法その他適切な方法で把握されるよう法律で義務づけます。」
「健康・福祉確保の措置」「苦情処理措置」の概要
(1)健康・福祉確保の措置:
○対象労働者の勤務状況・健康状態に応じて代償休日や特別休暇を付与、健康診断の実施
○年次有給休暇についてまとまった日数連続取得
○健康問題の相談窓口設置
○必要に応じて適切な部署に配置転換
○産業医による指導助言、保健指導
(2)苦情処理措置
苦情処理窓口、担当者の設置。取り扱う苦情の範囲、処理の方法・手順の明示。
使用者や人事担当者以外の者を相談担当者にするなど相談しやすい工夫。
取り扱う苦情の範囲に、評価制度・賃金制度など裁量労働制に付随する問題も含むことが望ましい。
(3)記録の保存
対象労働者の労働時間の状況や、上記の健康・福祉確保の措置、苦情処理措置については、一定の期間保存する必要があります。
不適切な裁量労働制が招いた過労死・過労自殺の事例
裁量労働制の不適切な運用により、過労死・過労自殺などの問題も発生しています。いずれも「みなし労働時間」が実労働時間を大きく超えて運用されており、過重労働に至ったものです。概要を3つ紹介していきます。
(1)M電機:専門業務型裁量労働制が適用されていたシステム開発の技術者・研究者3人が労災認定、過労自殺した社員も。同社では2018年3月に裁量労働制を廃止した(それまで1万人の社員に適用していた)。
(2)N不動産:企画業務型裁量労働制の適用対象者600人の多くに当該業務とは異なる営業活動も担当させ、過労自殺者も発生。1ヶ月最大180時間という長時間労働による労災も認定されていた。同社では、2018年3月に裁量労働制を廃止した。
(3)IT企業:28歳の社員がシステムリーダーとして裁量労働制を適用されていたが、くも膜下出血で死亡。
前述のとおり、過労死・過労自殺にまで至ることで会社としてのブランドイメージの低下や信用失墜、裁量労働制そのものの廃止に至るなど、本来であれば早い段階での対処が必要であった事例です。
制度の趣旨と留意点を正しく理解し、運用していきましょう
裁量労働制は「定額働かせ方放題」の制度ではありません。「みなし労働時間」と実労働時間とが大きく乖離するような運用は、当然許されません。上述のような不適切な運用、対応による過労死・過労自殺などは、労働者本人やその家族、そして会社にも重大な問題を生じさせます。
裁量労働制は本来、労働者自身の創意工夫で効率的に働き、成果を上げること、自らのワークライフバランスの改善に資することを目的に導入された制度です。制度の趣旨と留意点を正しく理解し、適切な運用を心がけることが重要です。
過労自殺防げず… 三菱電機、裁量労働制を全廃 朝日新聞記事 2018/09/27
適切な労務管理と職場環境の改善に向けた取り組みについて 野村不動産 ニュースリリース 2018/4/26
裁量制適用の28歳社員が過労死 共同通信配信記事 2018/5/16
東京労働局「労働時間法制の見直しについて」(労働基準法、労働安全衛生法、労働時間等設定改善法の改正)パンフレット5頁
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