- 更新日 : 2025年4月18日
人的資本ROIとは?計算方法や開示事例を徹底解説
人的資本ROIは、企業が従業員への投資からどれだけのリターンを得ているかを測る重要な指標です。
適切に活用すれば、業務効率の向上や企業価値の最大化につながります。本記事では、人的資本ROIの計算方法や目安、メリット・デメリット、向上させる方法、企業の開示事例も紹介します。人的資本への投資効果を正しく把握し、戦略的に活用しましょう。
目次
人的資本ROIとは|投資額に対するリターンを測る指標
人的資本ROI(Human Capital Return on Investment)は、企業が従業員への投資から得られる利益を評価する指標です。具体的には、従業員の知識や技能、能力が企業の付加価値創出にどれだけ貢献したかを測定します。
人的資本への投資には、研修や福利厚生、働きやすい環境整備などが含まれます。人的資本への投資が業績向上や生産性向上につながったかを評価し、経営戦略に活かすことが重要です。
また、人的資本開示の国際規格「ISO30414」では、開示が推奨される58の指標の一つとされています。
下記の記事では、人的資本経営の基本について詳しく説明しているため、ぜひあわせてご覧ください。
人的資本ROIの計算方法
人的資本ROIは、企業が従業員への投資から得られるリターンを測定する指標です。計算式は以下のとおりです。
人的資本ROIの計算方法は、国際規格「ISO 30414」でも定義されており、人的資本への投資効率を評価するために活用されています。たとえば、企業の収益が80億円で総経費が40億円、そのうち人件費が30億円の場合、人的資本ROIは以下のように計算されます。
「(80億円 – 10億円) ÷ 30億円 – 1 = 2.33 – 1 = 1.33(133%)」
上記の計算は、人件費1単位あたり1.33の税引前利益を得ていることを意味します。なお、企業や組織によって計算方法には若干の違いがあるため、適用時には注意が必要です。
人的資本ROIの目安・平均
人的資本ROIの目安や平均は業界ごとに異なります。株式会社トランストラクチャのデータによれば、2019年から2022年にかけて各業界の人的資本ROIは異なる推移を示していることが報告されました。
たとえば、売上高人件費率が低く直近で収益が伸びている卸売業では、41.0%(2019年)から65.3%(2022年)と大幅な上昇を見せています。これに対して、売上高人件費率の高いサービス業では、15.6%(2019年)から21.8%と小幅な伸びに留まっています。人件費率が収益に対して低い業界ほど、人的資本ROIの水準が高くなる傾向が見えるといえるでしょう。
上記のように、業界の特性や市場の変化により人的資本ROIは変動します。そのため、企業は自社の状況を踏まえ、適切な人的資本投資を行うことが重要です。
参考:人的資本ROIとは~人的資本経営の重要指標:人財への投資効率を知る~ |HRデータ解説|㈱トランストラクチャ
人的資本ROIの活用によるメリット
人的資本ROIを活用することで、経営資源の最適配分や生産性向上につながります。
また、人的資本の開示が進む中で、投資家やステークホルダーへの説明責任を果たし、企業価値の向上にも貢献するでしょう。以下では、人的資本ROIを活用する具体的なメリットを解説します。
事業の効果を可視化できる
人的資本ROIを算出することで、人材育成や福利厚生などの施策が企業の業績に、どの程度貢献しているかを明確に把握できます。
従来は人材投資の効果が定性的に評価されることが多かったですが、人的資本ROIを活用すれば投資対効果を客観的な数値で示すことが可能です。事業の効果を数値化することは、経営層や投資家への説明がしやすくなります。
また、データに基づいた効果的な人材戦略を立てることで、不要なコストを削減し、企業の成長を促進できます。
企業価値を向上できる
人的資本ROIを活用すれば、経営戦略と人材戦略の連携を強化できます。
連携を強化することで、企業は人的資本の状況を定量的に把握し、経営目標に適した人材戦略の策定・実行が可能です。結果、組織の生産性が向上し、持続的な企業価値の向上につながります。
また、人的資本ROIを定性的・定量的に開示することで、企業の透明性が向上します。情報開示により、投資家やステークホルダーからの信頼を獲得し、企業価値の向上につなげることが可能です。
業務改善の指標となる
人的資本ROIを算出すると、企業は従業員のスキルや労働力の質を数値化できます。具体的な数値を求めることで、組織の強みや課題が明確になり、改善すべき領域を特定できるでしょう。
また、人的資本ROIは業務改善の進捗や効果を評価する指標として活用可能です。過去のデータと比較すれば、改善の進捗や施策の効果を定量的に測定できます。
人的資本ROIの指標を活用すれば、PDCAサイクルを効果的に回し、継続的な業務改善を推進できます。
事業や施策を比較できる
人的資本ROIは、投資金額に対する効果を測る指標であり、事業や施策の規模に依存しない点がメリットです。人的資本ROIを活用することで、異なる事業や施策の効果を数値化し、公平に比較できます。
また、人的資本ROIの活用は、採算性の高い事業や施策を見極め、投資対効果の高い分野への重点的な投資が可能です。結果、企業全体の収益性向上につながり、より効率的な経営判断が可能になります。
人的資本ROIの活用によるデメリット
人的資本ROIにはさまざまなメリットがありますが、デメリットもあります。人的資本ROIの数値だけでは、人的資本の本質的な価値を完全に評価できない場合があり、誤った意思決定を招く恐れがあります。
また、算出には適切なデータ収集と分析が必要であり、運用の負担も発生することも考えられるでしょう。そのため、活用の際は事前に課題を把握することが重要です。以下では、具体的なデメリットを解説します。
長期的な視点では評価しにくい
人的資本ROIは、将来の長期的な利益や成長を正確に評価するのが難しい指標です。
人的資本ROIは、現在の投資に対する費用対効果を示す指標であり、将来の市場や競争環境の変化を考慮しない特性があります。また、長期間を要する施策の評価には適していません。
そのため、現時点で人的資本ROIが低い施策でも、中長期的には成果を上げる可能性があるにもかかわらず、見過ごされるリスクがあります。したがって、人的資本ROIだけで事業の成長を判断するのは、適切ではないといえるでしょう。
数値化が難しい領域は評価が難しい
人的資本への投資効果を適切に数値化するのは難しい場合があり、注意が必要です。たとえば、人材育成の費用には、受講生の宿泊費や飲食代、事務局の人件費、機会費用など、可視化しにくい要素が含まれます。
また、人的資本ROIの算出結果が低い施策でも、企業の認知度向上や顧客満足度の向上に貢献している可能性があります。上記は長期的に効果を生むため、単純な人的資本ROIの数値だけで評価するのは不適切です。
人的資本ROIは数値化できる施策に適用する指標であり、他の要素も考慮した判断が必要です。
人的資本ROIを向上させる方法
人的資本ROIを向上させるためには、適切な施策を把握し、戦略的に実行することが重要です。従業員のスキル向上や業務効率化を図ることで、投資対効果を高めることが可能です。
また、効果的な人材配置や働きやすい環境の整備も、人的資本ROI向上につながります。以下では、具体的な方法について解説します。
最優先で投資する領域を特定する
人的資本への投資には多くの選択肢があるため、自社の戦略や課題に応じて優先順位を決めることが重要です。適切な領域に投資することで、人的資本ROIの向上が期待できます。
たとえば、顧客満足度の向上を目標とする場合、従業員のコミュニケーションスキルやホスピタリティ向上の研修に投資すると、サービスの質が向上して顧客ロイヤルティの強化につながります。
また、技術革新の激しい業界では、最新技術のトレーニングや資格取得支援に投資することで、従業員のスキルが向上して市場競争力の強化が可能です。結果的に、企業の持続的な成長を支える人材基盤が構築され、人的資本ROIの向上につなげられます。
長期的な視点で戦略を考える
人的資本ROIを向上させるには、短期的な成果だけでなく、長期的な視点で戦略を立てることが重要です。人的資本への投資は即時に成果が出るものではないため、持続的な成長を見据えた計画が求められます。
たとえば、リーダーシップ研修やメンタリングプログラムは、参加者の成長を促し、数年後に組織全体の活性化につながります。短期間で人的資本ROIの向上を求めすぎると、人材育成が後回しになり、企業の競争力が低下する可能性があるため注意が必要です。
長期的な視点で継続的に人材へ投資することで、企業全体の生産性や競争力を高め、最終的な人的資本ROI向上につなげられます。
投資額を管理する
人的資本ROIを向上させるには、投資額の適切な管理が重要です。人件費や教育研修費、福利厚生費など、人的資本に関連するすべてのコストを詳細に把握し、投資効果を分析する必要があります。
各投資項目が企業の利益にどの程度寄与しているかを評価し、効果の高い投資と低い投資を見極めることで、投資の最適化を図れるでしょう。
また、「ISO 30414」の国際規格を活用すれば、人的資本の情報開示や評価を体系的に行えます。明確な指標を設定すれば、投資の妥当性を判断し、効果的な戦略立案が可能です。
人的資本ROIの開示事例
人的資本ROIの開示事例を確認することは、自社の人的資本戦略を見直し、改善するうえで有益です。他社の取り組みを参考にすれば、効果的な投資判断や情報開示の方法を学べます。
また、適切な開示は投資家やステークホルダーの信頼を高め、企業価値向上にもつながるでしょう。以下では、具体的な企業の開示事例を解説します。
また、人的資本の情報開示については、下記の記事で詳しく解説しているため、ぜひ参考にしてみてください。
1. 株式会社イズミ
株式会社イズミは、人的資本の価値向上には、「企業ビジョンの浸透と社員一人ひとりの成長が不可欠」と考えています。同社では、従業員が自分らしく力を発揮できる環境を整えることで、企業全体の成長を促しました。
また、人的資本への投資が企業価値向上につながっているかを判断するために、人的資本ROIを管理指標として活用しています。株式会社イズミでは「(利益額 ÷ 人件費) – 1」の計算式を用いてROIを算出しています。
具体的な指標として、2022年度の人的資本ROIは57.5%、2023年度は47.9%でした。今後の目標として、2025年度に63.0%、2030年度には68.0%の達成を目指しています。
2. 豊田通商株式会社
豊田通商株式会社は、経営戦略として6つのサステナビリティ重要課題を設定し、社会課題の解決と事業成長の両立を目指しています。具体的な内容は以下のとおりです。
- 交通死傷者ゼロを目指し、安全で快適なモビリティ社会の実現に貢献
- グリーンエネルギーや革新的技術を活用し、自動車/工場・プラントCO2を削減することで、脱炭素社会移行に貢献
- 廃棄物を資源化することで、モノづくりを支え、循環型社会に貢献
- アフリカをはじめとした開発途上国と共に成長し、事業を通じて社会課題の解決に取り組む
- 安全とコンプライアンスの遵守をビジネスの入り口とし、社会に信頼される組織であり続ける
- 人権を尊重し、人を育て、活かし、「社会に貢献する人づくり」に積極的に取り組む
参考:サステナビリティ重要課題(マテリアリティ)への取り組み|豊田通商株式会社
同社は、人的資本ROIを「経常利益 ÷ 人的資本コスト」で算出し、人的資本への投資が経営に与える影響を分析しています。2019年の人的資本ROIは2.91%、2020年は2.05%でした。しかし、2021年には4.17%、2022年には3.44%となり、2023年には5.26%を記録し、持続的な成長を目指しています。
参考:Human Capital Report 2024|豊田通商株式会社
人的資本ROIを正しく理解して適切に活用しよう
人的資本ROIを理解し、適切に活用することで、企業の成長と競争力強化につなげられます。
計算方法や目安を把握し、メリット・デメリットを踏まえたうえで、効果的な投資戦略を立てることが重要です。実際の事例を参考にしながら、自社に合った改善策を講じましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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