- 更新日 : 2025年4月17日
人的資本とは?定義や具体例、注目されている背景、高める方法を解説
人的資本とは、企業や組織における従業員の知識やスキルなど、人間を資本として捉える用語です。これらは単なる労働力にとどまらず、企業の競争力や持続可能な成長において重要な役割を果たします。
本記事では、人的資本の定義や具体例、高める方法について解説します。
目次
人的資本とは
人的資本とは、個人が有するスキルや知識などを資産とし、これが企業の生産性向上や経済活動への貢献につながるといった考え方です。企業は人的資本を最大限に活用することが求められます。
人的資本を強化するために投資されるのは、主に採用活動や労働環境の整備です。この投資は業績向上を促すとともに、従業員の健康や社会的な結びつきの強化など、非経済的な利益にもつながります。
人的資本への関心は年々高まり、2023年3月期決算以降、有価証券報告書を発行する上場企業などに対して人的資本に関する情報開示が義務化されました。
人的資本の概念の起源
人的資本の概念は、18世紀の経済学者アダム・スミスの研究に起源をもちます。
アダム・スミスは「社会のすべての構成員が得た有用な能力」が経済に与える影響の重要性を説きました。この考えは、1950年代から1960年代にかけてセオドア・シュルツらにより「人的資本」として再解釈され、経済成長の重要な要素として認識されるようになります。
アダム・スミスの理論は、現代の人的資本経営の基盤を築いています。
「人的資源」との違い
人的資源と人的資本の主な違いは、「コスト」と「投資」の考え方です。
人的資源はコストとして扱われることがあり、リソースを効率的に使用し、ムダを避けることが重視されます。一方、人的資本は単なるコストではなく、成長を促進する手段です。個々のスキルや知識を強化することで、利益や価値を創出します。
人的資源は「効率化」を、人的資本は「成長」を追求するという点が根本的な違いといえるでしょう。
人的資本の具体例
人的資本には、個人がもつさまざまな能力や特徴が含まれます。
具体的な人的資本の例は以下の通りです。
分類 | 具体例 |
---|---|
スキル | プログラミング、デザインなど |
知識 | 医学、工学、美容、金融など |
経験・ノウハウ | 実践的な知識や技能 |
意欲 | 自己実現や成長への意識 |
得意・好きなこと | 才能や興味がある分野 |
労働力・時間 | 仕事や活動に費やせる時間や労力 |
人的資本を効果的に活用することで、企業と個人の双方が成長可能です。個人のパフォーマンスが向上し、結果として企業の競争力強化や成長に寄与します。
人的資本経営とは
人的資本経営とは、人材を「資本」として認識し、その価値を最大限に生かして企業の成長を実現する経営手法です。経済産業省は、人的資本経営を次のように定義しています。
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。 |
このアプローチでは、人材を単なるコストとしてではなく、価値を創出する重要な資源として捉えます。
企業のビジョンや目標にもとづいた人材戦略を重視し、直感や経験に頼るのではなく、データにもとづいた客観的な意思決定を行うことが重要です。
人的資本経営を実践することで企業と従業員がともに成長し、その結果として競争力の向上が期待できます。
経済産業省の「人材版伊藤レポート」
2020年に経済産業省が発表した「人材版伊藤レポート」は、人的資本経営の重要性を強調した報告書です。会計学者の伊藤邦雄氏によりまとめられました。
このレポートでは、以下の3つの視点と5つの共通要素が示されています。
視点と共通要素 | 内容 |
---|---|
3つの視点 (Perspectives/3P) | 1. 経営戦略と人材戦略の連動 2. As is-To beギャップの定量把握 3. 企業文化への定着 |
5つの共通要素 (Common Factors/5F) | 1. 動的な人材ポートフォリオ 2. 知・経験のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン) 3. リスキル・学び直し(デジタル・創造性等) 4. 従業員エンゲージメント 5. 時間や場所にとらわれない働き方 |
この報告書は、国内における人的資本経営への関心を高めるきっかけとなっています。
参考:人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~
人的資本が注目されている背景・理由
近年、企業は従業員を単なる労働力ではなく、人的資本として重視しています。技術革新や競争の激化にともない、優れた人材が企業の成長に不可欠な要素とされるようになったことが主な理由です。
ここでは、人的資本が注目される背景とその理由について解説します。
多様な人材と働き方の普及
企業のグローバル化や働き方改革などにより、人材の多様性や多様な働き方が進展しています。このような流れのなかで、非正規雇用や外国人労働者の増加が進み、従来の画一的な人材管理では対応しきれない状況が広がっているのです。
こうした背景を受けて、人的資本の重要性が高まっています。
ESG投資の重要性の増加
ESG投資は、企業の持続可能な成長を評価するために重要です。従来の財務指標に加え、ESG投資では、以下の要素を考慮します。
- 環境(E)
- 社会(S)
- ガバナンス(G)
投資家は企業の財務状況だけでなく、人的資本の状況も評価し、リスクや成長性を見極めます。人的資本への投資はESG投資の一部として位置づけられており、人材育成や経営戦略との整合性が大切です。
この傾向は、企業価値を評価する投資家からの情報開示の要求を一層強化します。
企業価値に占める無形資産の比率の増加
企業価値の構成が、有形資産(モノ・カネ)から無形資産にシフトしています。これは、人的資本や知的財産など、無形要素の重要性が増しているためです。この背景には、投資家が企業の人材戦略や人事施策を重要視するようになったことが挙げられます。
とくにグローバル企業では、企業価値の約80%以上が無形資産や無形要素で構成されるといった報告もあり、人的資本が企業競争力に与える影響は大きくなっています。
人的資本の情報開示が義務化
人的資本の情報開示とは、企業が自社の労働環境や育成方針など、人的資本に関連する詳細な情報をステークホルダーに提供することです。
この開示義務は、2023年3月決算以降、義務化されました。対象となるのは金融商品取引法第24条にもとづき、有価証券報告書を発行している大手企業(約4,000社)です。
具体的には、有価証券報告書に「サステナビリティに関する方針」や「従業員の状況」に関するデータを盛り込むことが求められています。さらに、内閣府は「人的資本可視化指針」を推奨しており、企業ごとの戦略内容を視覚化する方法も提案されています。
企業に求められる人的資本の開示内容
企業に求められる人的資本の開示内容は、従業員の労働環境や人材育成方針を明確に示すことです。2023年3月決算から義務化され、7つの分野に分かれた19項目にわたる具体的な情報を公開することが求められています。
ここでは、企業に求められる人的資本の開示内容について詳しく解説します。
1.人材育成
「人材育成」は、企業が優れた人材を長期的に維持し、成長させるために欠かせない要素です。情報開示においては、従業員の経験に関する具体的なデータが求められます。
- リーダーシップ
- 育成
- スキル・経験
- リーダーシップ開発プログラム
- スキルアップのための研修プログラム
- 従業員の経験に関するデータ
- 研修にかけた平均時間
- 研修費用 など
企業は、優秀な人材を持続的に育成し成長させるための施策を開示し、人材育成への取り組みを示すことが求められます。
2.ダイバーシティ
「ダイバーシティ」は、企業が多様な従業員を受け入れ、平等な職場環境を構築するために重要な要素です。情報開示には、以下の項目が含まれます。
- ダイバーシティ
- 非差別
- 育児休業
- 性別や人種、部署ごとの従業員比率
- 育児・産前産後休暇の取得率
- 年齢層や性別ごとの雇用割合
- 男女間の基本給差
- 経営層における男女比率 など
企業は、多様なバックグラウンドをもつ従業員が活躍できる環境を整備し、平等を重視する姿勢を示すことで、ダイバーシティ推進に対する取り組みを開示します。
ダイバーシティについては以下の記事で詳しく解説しているので、こちらもご確認ください。
3.健康・安全
「健康・安全」は、企業が従業員の心身の健康や安全をどれだけ重視しているかを示す重要な要素です。以下の具体的なデータの開示が推奨されます。
- 精神的健康
- 身体的健康
- 安全
- 従業員の精神的・身体的健康サポート
- 労働災害の発生率
- 欠勤率
- 従業員向けの医療・ヘルスケア支援
- 労働災害による死亡率
- 安全衛生マネジメントシステムの整備状況 など
企業は労働災害の発生率や健康管理システムの導入状況など、自社の取り組みを透明に開示することで、投資家やステークホルダーからの信頼を高められます。
4.労働慣行
「労働慣行」は、企業が倫理的な基準や法的規制を遵守していることを示すために重要な要素です。具体的には、以下の項目が求められます。
- 労働慣行
- 児童労働・強制労働
- 賃金の公正性
- 福利厚生
- 組合との関係
- 児童労働および強制労働の排除
- 賃金の公平性(性別・地域別平均時給、最低賃金を受けている従業員の割合)
- 福利厚生の提供状況
- 労働関連の法令違反の有無 など
企業は労働者の権利を保護し、適切な賃金制度と福利厚生を提供していることを明示します。これにより、ステークホルダーからの信頼を高め、社会的責任を果たせるでしょう。
5.エンゲージメント
「エンゲージメント」では、企業の労働環境や従業員満足度を明確に示します。
- エンゲージメント
- 従業員満足度
- 福利厚生
- マネジメント体制
- 職場環境
- 働きがい
- エンゲージメント指標 など
従業員がどれだけ仕事にやりがいを感じているかを示すことは、企業の透明性を高め、信頼関係の強化につながります。
従業員満足度については以下の記事で詳しく解説しているので、こちらもご確認ください。
6.流動性
「流動性」は、採用活動や後継者の育成に関連する項目です。
- 採用
- 維持
- サクセッション(後継者育成)
- 採用・維持・後継者育成に関する情報
- 定着率や離職率(年齢層、性別別)
- 採用・離職コスト(従業員1人あたり)
- 後継者育成の進捗状況(準備率、有効率)
- 採用充足にかかる期間 など
これらを開示することで、企業が人材の確保や定着にいかに注力しているかを示し、より信頼性の高い経営を実現できます。
7.コンプライアンス
「コンプライアンス」は、企業が法的規範や社会的基準を守っているかを示す項目です。企業は、法律や倫理に則った運営を行っていることを明示します。
- コンプライアンス・倫理
- 法令遵守に関する情報
- 人権問題への対応や研修実施状況
- コンプライアンス研修を受講した従業員の割合
- 報告された違反事例や業務停止、罰金額
- 倫理的な経営活動や社会的規範に沿った運営 など
これらの情報を開示することで企業は法的な遵守に加え、倫理的で責任ある運営を行っていることを証明できます。
人的資本の開示に重要な「ISO30414」
ISO30414は、企業が人的資本に関する情報をどのように開示すべきかについて示す国際的なガイドラインです。2018年12月に制定され、11の分野と49の項目にわたる指針が提供されています。
ISO30414に従って情報を開示することで、企業は自社の人的資本状況を一貫した基準で評価・把握可能です。世界中のステークホルダーと、共通の指標でコミュニケーションを図れます。
具体的には、ISO30414は次の11の領域について情報開示を求めています。
- コンプライアンスと倫理
- コスト
- ダイバーシティ
- リーダーシップ
- 組織文化
- 健康・安全・福祉
- 生産性
- 採用・異動・離職
- スキルと能力
- 後継者育成
- 労働力確保
これらの領域に関連する詳細な項目が含まれており、企業は全体で49の具体的な情報開示を行います。ISO30414の導入により、国際的に共通の基準で企業の人的資本を評価できるのが利点です。
人的資本を高める方法
人的資本を高めることは、企業の競争力を向上させるために重要です。具体的な方法を実践することで人的資本を最大化し、持続可能な企業運営を行えます。
ここでは、人的資本を高める方法について解説します。
戦略的な人事管理の推進
「戦略的な人事管理」は、企業の経営戦略を達成するために、どのように人材を活用するかを考える方法です。従来の単純な業務遂行型の人事管理とは異なり、人的資本を戦略的な観点から最適化することに重点を置いています。
戦略的な人事管理は人的資本への投資を推進し、企業の持続的成長を支える基盤です。このアプローチにより、経営目標に合わせた人材の配置やスキル開発が進み、組織全体の競争力が向上します。
人材育成の強化
「人材育成の強化」は、人的資本を向上させるための有効な手段です。従業員のスキルアップや能力向上に投資することで、企業は人的資本を強化します。
充実した人材育成プログラムは求職者にとって魅力的な職場環境を作り出し、採用活動における競争力を高めます。さらに教育や研修の充実は、従業員のモチベーション向上や離職率の低減にも効果的です。
教育内容は企業戦略にもとづき、従業員一人ひとりのニーズに応じたものを提供しましょう。
人事テクノロジーの導入・活用
人事テクノロジーとは、人事領域を支援するテクノロジー全般を指します。採用や労務管理など、多岐にわたる分野で利用可能です。
このテクノロジーを活用することで、人事業務の効率化が図れるだけでなく、より効果的な人事施策の実行やデータにもとづく定量的な分析ができます。
その結果、人的資本を効果的に向上させ、組織全体のパフォーマンス向上にも寄与するでしょう。人事テクノロジーの導入は、企業にとって戦略的に重要な投資といえます。
人的資本を高めて企業の成長につなげよう
人的資本は、企業の成長や競争力を支える重要な要素であり、従業員の知識やスキルが企業価値を向上させます。企業が人的資本を戦略的に活用し、育成することで持続的な成長が可能です。
効率的な人事管理やデータ活用を通じて、人的資本の最適化を進めましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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