- 更新日 : 2024年12月13日
退職金制度のメリット・デメリットは?前払い退職金制度についても解説
退職金制度は、従業員にとって退職後の生活を支える大切な仕組みです。企業にとっても優秀な人材確保や勤続意欲向上につながる制度です。
一方で、導入や運用にコストがかかるといった課題もあります。近年では、制度の見直しや廃止を検討する動きが広がってきています。
本記事では、退職金制度のメリット・デメリットを解説するので、参考にしてみてください。
目次
退職金制度をめぐる現状と課題
退職金制度とは、従業員が退職時に一定額の金銭を受け取る制度です。企業が積立金や計画的な運用を行い、従業員の長期的な貢献に報いる仕組みとして広く採用されています。
ここでは、退職金制度の導入率や退職金制度の見直しが進んでいる背景について解説していきます。
退職金制度の導入率
厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、退職一時金制度がある企業の割合は74.9%です。制度の形態別の企業割合は以下のとおりです。
- 退職一時金制度のみ:69.0%
- 退職年金制度のみ:9.6%
- 両制度併用:21.4%
参考:令和5年就労条件総合調査
企業規模別にみると、1,000人以上の大企業では90.1%が導入している一方、30~99人規模の企業では70.1%にとどまります。
2018年の調査では退職金制度のある企業が80.5%でしたが、5年間で約5.6%減少しました。つまり、退職金制度を見直す企業が増えている傾向があります。
退職金制度の見直しが進んでいる背景
退職金制度の見直しが進む背景には、働き方の変化があります。
かつては「ひとつの会社で長く働く」ことが当たり前でした。しかし、今では転職を通じたキャリアアップが一般的になっています。そのため、長期勤続を前提とした従来の退職金制度が、現代の働き方に合わなくなってきています。
そこで注目されているのが、運用責任を従業員がもつ「企業型確定拠出年金(企業型DC)」です。導入企業は2024年3月時点で約52,000社、加入者は約830万人に達しており、従来の退職金制度に代わる選択肢として広がりを見せています。
さらに、コスト削減や雇用の流動化対応のため、退職金を前払いする仕組みや制度廃止を選ぶ企業も増えてきています。
このような変化を受け、従来型の退職金制度をもつ企業の割合は、2018年の80.5%から2023年には74.9%まで低下してきました。一方で、老後の生活資金としての重要性から、従来の制度を維持する企業も依然として多く存在しています。
参考:厚生労働省|確定拠出年金統計資料(2024年3月末),令和5年就労条件総合調査
企業が退職金制度を設けるメリット
退職金制度には、企業にとって複数のメリットがあります。以下ではメリットについて詳しく解説します。
求職者へアピールし良い人材を確保できる
退職金制度は、求職者が就職先を選ぶ際の重要な判断材料となっています。とくに長期的な雇用を希望する人材に対し、安心感や福利厚生の充実度を示す手段として効果的です。
制度があることは、企業に十分な資金力があり、経営が安定していることを示す指標となるためです。
また、長期的な生活設計を考える優秀な人材にとって、将来の生活の保障となる退職金は魅力的に感じるでしょう。よって、退職金制度の導入は採用活動を有利に進める効果があります。
従業員のモチベーションが上がる
退職金は一般的に、勤続年数や職位に応じて支給額が増加する仕組みです。そのため、従業員にとっての目標設定が明確になり、モチベーション向上につながります。
また、退職金は「将来の生活保障」として具体的な形で提示されるため、従業員が安心して働ける環境が実現します。
制度が充実していることで、離職率が低下し、優秀な人材の定着にもつながるでしょう。企業としても、従業員の向上心が業績アップや生産性向上を促進する結果となり、長期的な経営安定が期待できます。
節税や社会保険料の削減効果がある
企業型年金や中小企業退職金共済制度を活用する場合、掛金は全額損金扱いとなり、法人税の軽減につながります。また、給与とは異なり、退職金には社会保険料が課されないため、企業の人件費負担を抑えることが可能です。
従業員にとっても、退職金は退職所得控除が適用されるため、所得税の負担が軽減されます。これらの仕組みを活用することで、企業は財務的な負担を最小限にしつつ、従業員への福利厚生を充実させられます。
結果として、コスト削減と従業員満足度の向上を両立できるでしょう。
横領など従業員の不正行為を防止する
退職金制度は、不正行為の抑止力としても役立ちます。重大な不正行為があった場合に、退職金の減額や不支給の規定を設けることで、従業員に大きなリスクとして機能します。
金銭を取り扱う業務や重要なポジションに就く従業員が多い企業では、退職金制度が心理的なブレーキとなり、不正行為を未然に防ぐ効果が期待できるでしょう。制度の存在がコンプライアンス意識を高め、職場全体の規律強化にもつながります。
これによって、企業の資産や信用を守れます。
退職勧奨時のトラブルを防止する
退職金制度を整備することで、従業員との退職交渉が円滑に進みやすくなります。早期退職や希望退職を促す際に、退職金は従業員に対する「生活の保障」として安心感を与えられるでしょう。
また、従業員が「退職金があるなら退職後の生活も安心」と考えることで、トラブルや不満の抑止にもつながります。経営環境が変化し、雇用調整が必要な場面では、退職金制度が重要な役割をはたしてくれるでしょう。
これにより、企業と従業員が納得のいく形で円満退職が実現し、企業のイメージ低下や訴訟リスクを防ぐ効果が期待できます。
企業が退職金制度を設けるデメリット
退職金制度は多くのメリットがある一方で、デメリットもいくつかあります。
制度の導入・運用にコストがかかる
退職金制度を導入すると、企業には継続的な費用負担が生じます。会社の資金(内部留保)で退職金を用意する場合でも、安定的に資金を確保し続ける必要があり、会社の経営を圧迫する可能性があります。
また、企業年金や退職金共済制度を利用する場合は、毎月の掛金支払いが必要です。会社の規模や経営状況に合わない金額の掛金を設定してしまうと、経営が苦しくなるリスクがあります。
一度導入した退職金制度は従業員の労働条件に関わるため、制度の廃止や変更は簡単にはできません。このような負担を軽減するには、国からの助成金を受けられる「中小企業退職金共済制度」を検討するとよいでしょう。
中途退職者が増えると経営を圧迫する
退職金制度は、定年退職者だけでなく中途退職者にも支給対象となる場合があります。そのため、予測の難しい退職者数が経営に影響を与える可能性があります。
景気変動や事業環境の変化によって、想像以上に退職者が同じ時期に発生した場合、資金繰りを圧迫するでしょう。また、退職金の支払いにより運転資金が不足すれば、事業活動にも影響を及ぼす恐れもあります。
制度を設計する際は、さまざまなリスクを想定した資金計画が必要です。
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従業員が退職金制度のある会社を選ぶメリット・デメリット
退職金制度は従業員にとって重要な待遇のひとつですが、メリットとデメリットがあります。以下より、メリット・デメリットについて解説します。
メリット
退職金制度のある会社を選ぶことで、従業員は将来の経済的な安心感を得られます。とくに退職後の生活資金や住宅ローンの返済など、まとまった資金が必要な場面での強い味方となるでしょう。
また、退職金を受け取る際には税制の優遇措置が適用され、税負担が軽くなります。
勤続年数 退職所得控除額 20年以下 40万円×勤続年数 20年超 800万円+70万円×(勤続年数ー20年) ※勤続年数に1年未満の端数があるときは、1日でも1年として計算します
※上記の算式によって計算した金額が80万円未満の場合は、退職所得控除額は80万円になります
引用:国税庁|退職金と税
退職金に対する税金は、通常の給与とは異なる優遇された計算方法が適用されるのが特徴です。退職金額から退職所得控除額を差し引き、控除後に残った金額の1/2が課税対象となるため、手取り額を大きく確保できます。
さらに、退職金を年金形式で受け取る場合は、公的年金等控除の対象となる点も大きなメリットです。このように、退職金には手取り額を増やす工夫が施されており、退職金制度のある会社を選ぶ大きな理由のひとつとなっています。
デメリット
退職金制度には基本的に大きなデメリットはありませんが、制約を感じる場合があります。
たとえば、自己都合による中途退職では、退職金の支給額が減額される可能性があるのがデメリットです。減額の影響を考えると、中途退職のハードルが上がることがあります。
また、退職金は給与の後払いとしての性質も持ちます。若いうちから資金を活用したい従業員にとっては、給与として受け取れない点がデメリットに感じるでしょう。
在職中の給与や賞与に反映してほしい従業員にとっては、前払い退職金制度のほうが適している場合もあります。
前払い退職金制度とは
近年、退職金制度の多様化が進む中、前払い退職金制度が注目を集めています。
前払い退職金制度は、従来の退職金のように退職時に一括で支払うのではなく、毎月の給与や賞与に退職金分を上乗せして支給する仕組みです。
ここでは、前払い退職金制度の仕組みや導入のメリット・デメリットを詳しく解説します。
仕組み
前払い退職金制度は、退職金相当額を在職期間中に、毎月の給与に上乗せして支払う仕組みです。この制度における退職金は、給与所得として扱われ、税金や社会保険料の対象になります。
従業員は毎月の収入が増えるため、生活費やキャリアアップへの投資などに活用できるのが魅力です。一方、従来の退職所得控除は適用されず、全額が所得税・住民税の課税対象となります。
勤続年数を基準とする従来の退職金制度が時代にそぐわないとされ、柔軟な報酬体系として注目されています。
メリット
前払い退職金制度は、従来の退職金制度のように退職時にまとまった金額を用意する必要がありません。毎月少しずつ支払うため、資金管理が効率的になるメリットがあります。
また、人材の流動化が進む中、従来の退職金制度では中途入社の社員と新卒社員との間で処遇の差が生じやすい課題がありました。しかし、前払い制度ではこうした不公平を解消できるでしょう。
また、成果に応じた報酬を重視する企業にとっても、前払い制度は効果的です。従業員の働きに応じて即時的な報酬提供が可能になるため、従業員のモチベーション向上や定着率の改善につながります。
このように、財務面と運用面の双方でメリットがあります。
デメリット
前払い退職金制度を導入することで、企業側は社会保険料の負担が増すデメリットがあります。
従来の退職金は社会保険料の算定対象外でした。しかし、前払い退職金は給与として扱われるため、企業負担の社会保険料が増加します。
また、従業員の定着率が低下するリスクもあります。従来の退職金制度には長期勤続を促す効果がありました。しかし、前払い制度ではすでに退職金が支給済みとなるため、従業員の退職を抑止する効果が弱まる可能性があります。
制度導入時には従業員との合意形成や、過去の退職金の精算方法など、複雑な調整が必要です。導入すると元の制度に戻すことも難しく、長期的な視点での慎重な判断が求められます。
従業員と企業が納得する退職金制度を選ぼう
退職金制度は、企業と従業員の双方にメリットとデメリットをもたらします。
企業側には人材確保や従業員の定着率向上といったメリットがある一方、財務負担が大きいデメリットがあります。従業員にとっては、退職後の生活資金が確保できる反面、転職時の不利益が課題となるでしょう。
こうした中、前払い退職金制度や確定拠出年金など、新しい選択肢も広がってきました。本記事を参考に、自社の状況や従業員のニーズを考慮しながら、最適な制度を選びましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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