- 更新日 : 2025年3月31日
労働基準法第3条とは?労働条件における差別の禁止についてわかりやすく解説
労働基準法第3条は、労働者の「国籍」「信条」「社会的身分」による差別を禁止する規定です。企業はこれらの属性に基づいて、賃金・労働時間・解雇その他の労働条件について不利な取り扱いをしてはなりません。本記事では、労働基準法第3条の基本的な内容を解説し、人事・法務担当者が実務で注意すべきポイントや違反によるリスク、そして企業が労働基準法第3条違反を避けるための対応策を解説します。
目次
労働基準法第3条とは
労働基準法第3条は、労働者に対する差別を禁止し、すべての人に公平な労働条件を保障することを定めた条文です。
「使用者(企業)は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件に差別的取扱いをしてはならない」
と規定されています。
これは職場における差別を禁止するもので、労働者の国籍や信条、出生などに関わらず平等に扱われるべきであるという考えに基づいています。法の目的は、労働条件の最低基準を定め労働者を保護する労働基準法の中で、公平・公正な待遇を確保することにあります。
また、労働基準法第3条は、日本国憲法第14条の「すべての国民は法の下に平等である」という考え方を反映したものでもあります。憲法14条では、人種、信条、性別、社会的身分などによる差別を禁止していますが、労働基準法第3条は、それを雇用の現場において具体的に実現するための規定です。
労働基準法第3条が禁止する差別
労働基準法第3条では、労働者に対して国籍・信条・社会的身分を理由とした差別的な取り扱いを禁止しています。それぞれの意味と、どのような行為が問題になるかを見ていきましょう。
国籍による差別
労働者が日本人であるか外国人であるかにより、賃金や労働時間などの待遇に差をつけることは禁止されます。例えば、外国籍社員だからという理由で基本給を低く設定したり昇進の機会を制限したりすることは、本条に抵触し得ます。国籍とは法律上「その人が有する国籍(市民権)」を意味し、日本人と外国人の待遇差が典型例となります。
信条による差別
宗教上の信仰や政治的思想など、労働者の内心の信念を理由にした差別を指します。特定の宗教を信仰していること、または特定の政治的思想・主義(例:支持政党や思想信条)を持っていることを理由に、人事上不利益を与えることは許されません。
注意すべきは、信条そのものを理由とした差別は禁止されていますが、その信条に基づく行動が企業秩序に重大な影響を及ぼす場合にまで保護されるわけではない点です。
つまり、労働者の思想・信条が業務に直接支障をきたすような行為に及んだ場合、その行為に対する懲戒等は直ちに信条差別とはいえません。しかし、あくまで信念それ自体を理由に不利益を与えることは禁じられています。
社会的身分による差別
本人の努力や意思で直ちに変更できない、生来的・社会的な地位や出自を指します。例えば、家柄、門地(家系・出身階層)、出身地域、家庭環境などが含まれます。歴史的には、いわゆる部落出身者に対する差別や、家庭の経済状況・親の職業による差別を念頭に置いた規定とされています。例えば「○○地区出身者は昇格不可」といった取扱いは社会的身分を理由とした差別と見なされ、法律違反となります。
「社会的身分」に当たるかどうかはケースにより判断されますが、労働者本人にはどうにもできない先天的・社会的な属性であることがポイントです。
なお、性別については労働基準法第3条では明確に書かれていませんが、賃金に関する差別は労働基準法第4条で禁止されています。また、それ以外の雇用条件(昇進・研修など)については、男女雇用機会均等法で定められています。
従って、男性だから昇進させない・女性だから研修機会を与えないといった扱いは均等法違反となります。妊娠・出産等を理由とする不利益取扱い禁止やセクシュアルハラスメント防止も均等法で定められており、企業は総合的に公平な取扱いをする義務があります。
労働基準法第3条に違反した場合のリスクや罰則
労働基準法第3条に違反すると、企業や担当者は法的にも社会的にも重大なリスクを負うことになります。ここでは、考えられる主なリスクを解説します。
刑事罰が科されるおそれ
労働基準法第3条違反には罰則が設けられています。労働基準法第119条第1号により、第3条に違反した者は「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」に処せられます。
これは刑事罰としての扱いであり、差別行為が悪質と判断された場合には、企業の代表者や関係者が処罰の対象となることもあります。実際に適用されるケースは多くありませんが、労働基準監督署の調査などで明確な違反が発覚すれば送検・起訴されるリスクがゼロではありません。
民事訴訟による損害賠償リスク
差別を受けた労働者は、企業に対して民事訴訟を起こすことができます。例えば、不当に低い賃金しか支払われていなかった場合は差額の支払いを求められますし、差別を理由とする解雇であれば地位確認(復職)と未払い賃金の支払い、精神的苦痛に対する慰謝料請求などが考えられます。
裁判になれば企業のイメージも悪化しますし、法務コストや和解金・賠償金の支出といった経済的損失も発生しかねません。
行政からの是正指導と企業名の公表
労働局や労働基準監督署は、差別的な取り扱いが確認された場合、企業に対して是正勧告や指導を行います。企業がこれに従わない場合や、違反内容が悪質であると判断された場合には、刑事告発につながることもあります。
さらに厚生労働省は重大・悪質な法違反企業の名前を公表する制度も運用しており(ブラック企業リスト等)、差別事案が深刻と判断されれば企業名の公表による社会的制裁を受けるリスクもあります。
社会的信用の損失
法的な制裁以上に、差別行為が発覚すること自体が企業の信用を大きく傷つけます。一度「差別をする会社」というレッテルが貼られれば、優秀な人材の応募敬遠や従業員の士気低下、取引先からの信頼低下など長期的な悪影響を及ぼします。昨今は企業のコンプライアンスやCSR(企業の社会的責任)への世間の目も厳しく、人権侵害につながる差別には強い非難が向けられます。法遵守は勿論のこと、レピュテーションリスクの観点からも差別的取扱いは絶対に避けねばなりません。
労働基準法第3条に関連する法律
労働基準法第3条がカバーするのは「国籍・信条・社会的身分」に基づく差別ですが、職場における差別禁止はこれ以外にも様々な法律で定められています。
例えば、性別に関する差別については労働基準法第4条で「男女同一賃金の原則」として、女性であることを理由に男性と賃金に差をつけることを禁止しています。
賃金以外の待遇面での性差別や、募集・採用から配置、昇進、退職に至るまでの男女差別については、別途「男女雇用機会均等法」によって包括的に禁止されています。
また、障害の有無による差別は「障害者雇用促進法」により禁止され、合理的配慮の提供義務が事業主に課されています。さらに、年齢を理由とした採用拒否についても「労働施策総合推進法(旧雇用対策法)」で原則禁止されるなど、労働分野の差別禁止規定は多岐にわたります。
労働基準法第3条そのものは対象を国籍・信条・社会的身分に限っているため、それ以外の事由による差別的取扱いは直接にはこの条文違反とならないケースもあります。
しかし、その場合でも民法第90条(公序良俗違反)に基づき無効と判断された判例があります。
例えば、女性のみ定年年齢を男性より低く定めた就業規則について、裁判所は労働基準法3条・4条には直接反しないものの「不合理な性別差別」として民法90条により無効と判断した判例があります。現在ではこれは均等法違反として明確に禁止されており、このように労働基準法第3条でカバーされない差別も他の法律や一般法理で規制・救済されることに注意が必要です。
労働基準法第3条に関する判例
労働基準法第3条および関連法規に関する判例から、企業が留意すべき教訓を見てみましょう。
三菱樹脂事件(最高裁大法廷昭和48年12月12日判決)
ある企業が、新卒採用した社員Xに対し、学生運動歴(過去に特定の政治的活動に関与していたこと)を秘匿していたことを理由に本採用を拒否しました。Xは「思想・信条」を理由とする不当な採用拒否だとして争いましたが、最高裁は「労働基準法3条は雇い入れそのものを制約する規定ではない」ことを示し、採用の場面では企業に広い裁量(採用の自由)が認められるとの判断を示しました。
この判例から、労働基準法3条はあくまで労働条件(雇用された後の待遇)についての差別禁止規定であり、採用そのものを直接には規制しないことが分かります。ただし現在では、後述するように厚生労働省の指針等により採用時の不公平な扱いも是正すべきとされています。
定年差別に関する事件(伊豆シャボテン公園事件・東京高裁昭和50年2月26日判決)
前述のように労働基準法3条・4条は性別差別のうち賃金以外には直接適用されませんが、本事件では女性のみ定年を男性より10歳低く設定していた就業規則の有効性が争われました。
裁判所は、「合理的理由のない性別による差別は社会的公序の内容を成す」として、このような定年制は民法90条に反し無効であると判断しました。均等法施行以前の時代の判例ですが、このケースは企業が恣意的に差別的取扱いを行えば他の法理で無効とされる可能性が高いことを示しています。
労働基準法第3条に関する厚生労働省のガイドライン
厚生労働省は、労働基準法第3条に基づく差別の禁止について、企業向けにさまざまな周知活動や指導を行っています。特に注目すべきガイドライン等として、以下が挙げられます。
公正な採用選考の指針
厚生労働省は「公正な採用選考をめざして」という特設サイトやパンフレットを通じ、企業の採用活動において差別的取扱いを排除する指針を示しています。
その中では、「応募者の基本的人権の尊重」および「適性・能力に基づく選考」を基本理念とし、本籍地や家族構成、宗教・政治信条など業務能力に無関係な事項は採用基準にしないことが強調されています。
また、応募書類や面接でそうした事項を尋ねること自体が就職差別につながりうるため避けるべきとされています。これらは法的拘束力こそありませんが、職業安定法の規定とも相まって、企業が遵守すべき“当たり前の基準”といえるでしょう。
就業規則や労使協定での差別禁止規定
厚生労働省は労務管理上、就業規則等に差別禁止の旨を明記することを推奨しています。例えばモデル就業規則でも、「労働条件について差別的取扱いをしない」旨の条項を盛り込んでいます。明確に条文化することで社内外に対する姿勢を示す効果が期待できます。また、万一職場で差別的言動があった場合に懲戒処分の対象とする規定を設けておくことで、現場レベルでの抑止力ともなります。
均等法やハラスメント防止のガイドライン
男女雇用機会均等法については、厚生労働省が事業主向けに「セクハラ指針」「マタハラ指針」など具体的対応策をまとめた指針を公表しています。これらには差別的取扱いの禁止に関する具体例や相談窓口の案内など実務に役立つ情報が示されています。
また、「パワーハラスメント防止法(改正労働施策総合推進法)」に基づく指針にも、職場におけるあらゆるハラスメントを許さない体制整備が求められており、背景には不合理な待遇差別の防止も含まれます。
労働基準法第3条に関して企業が注意すべきポイント
企業の人事担当者は、採用から退職までのあらゆる場面で、労働基準法第3条や関連法に基づく差別禁止の原則を意識する必要があります。ここでは、各段階で特に注意すべきポイントを整理します。
人材採用段階での配慮
労働基準法第3条は採用そのものには直接適用されませんが、差別的な取り扱いは許されません。
男女雇用機会均等法は募集・採用での性別差別を禁じていますし、厚生労働省は「公正な採用選考」のガイドラインで応募者の基本的人権を尊重し、適性・能力に基づいて選考するよう強く求めています。
例えば応募者に対し、本来自由であるべき信教や支持政党、本人に責任のない家族の職業や出生地といった事項を尋ねることは、公正な採用基準に反します。これらは職業能力に無関係であり、質問するだけでも応募者に心理的圧迫を与え、公平な機会を損なう恐れがあるためです。
実際、職業安定法第5条の5および指針(平成11年労告141号)により、社会的差別の原因となるおそれのある個人情報の収集は原則禁止されています。したがって、採用面接等で国籍や出身、信条等に関する質問や調査を行うこと自体、法に抵触し得る行為です。企業は募集要項や面接プロセスにおいて、不適切な条件(「○○国籍者不可」「信仰を持たない者に限る」等)を設けたり発言したりしないよう十分注意が必要です。
雇用契約時の公平性
労働者を採用して雇用契約を結ぶ際には、国籍や信条を理由に労働条件に差をつけることはできません。例えば、同じ職務・能力であるにもかかわらず、外国人社員だけ基本給を低く定める、ある宗教を信仰する社員には昇給の上限を設ける、といった契約条件は無効です。
労働契約法にも、労働者と使用者は対等の立場で労働条件を決定すべきこと(労契法第3条)が謳われています。
たとえ労働者本人がそれで合意したとしても、労働基準法第3条に反する差別的な労働条件は法令違反として無効となり、後に是正を求められる可能性があります。
就業規則や雇用契約書に差別的な取扱いにつながるような条項(例:「○○の場合は昇進不可」「△△に属する者は手当対象外」など)を入れることは厳禁です。人事担当者は、提示する労働条件が同一の業務・能力水準であれば国籍や信条等に関係なく均等であるか、常にチェックする必要があります。
在職中の待遇
採用後も、労働者の待遇面で差別があってはなりません。配置転換や部署配属の際に特定の属性の社員を排除したり、昇進昇格の評価でその人の国籍や信条をマイナス要素にしたりすれば違法行為となります。
例えば、「外国人社員は窓口業務に就かせない」「思想的に会社と合わない者は管理職にしない」等の方針は明白に労働基準法3条違反です。評価制度や人事考課も、客観的な能力・実績に基づくものであるか、評価項目に不必要なバイアスが入り込んでいないかを点検することが求められます。また、福利厚生の利用や各種手当の支給において、一部の労働者だけを恣意的に除外することも避けねばなりません。
解雇・契約終了時の判断
解雇や契約終了の際に、国籍や信条を理由にした判断は認められません。形式上別の理由を示しても、差別的意図があれば違法とされる可能性があります。
特に、整理解雇など複数人の解雇を行う場合に特定の属性の者のみを対象とすると、不当解雇として争われやすくなります。解雇は労働者にとって最も不利益の大きい処分であるため、その理由付けが公正で客観的に見ても妥当か(差別的意図が混入していないか)慎重に検討する必要があります。
就業規則に定める解雇事由にも、国籍・信条・社会的身分に関するものを含めてはならず、万一過去の規程等に残っていれば速やかに削除すべきです。
労働基準法第3条をもとに公平な職場の実現に努めましょう
労働基準法第3条は、企業に対し「労働条件における差別をしてはならない」という基本かつ厳格なルールを課しています。労働基準法第3条は単なる法律上の義務ではなく、企業活動の土台となる倫理原則でもあります。
どのような労働者にも等しく機会と待遇を与えることは、健全な職場環境づくりに欠かせません。
人事・法務担当者は日々の業務でこの原則を念頭に置き、従業員が安心して働ける公平な職場の実現に努めましょう。その積み重ねがコンプライアンス経営の要となり、ひいては企業価値の向上にも寄与するはずです。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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