• 更新日 : 2025年7月7日

中小企業で育休は取れない?取りづらいと感じている理由と対応策を解説

育児休業(以下、育休)は、次世代を担う子どもを育成するために不可欠な制度であり、働き手が安心して子育てと仕事を両立できる社会の実現に向け、その重要性はますます高まっています。しかし、「中小企業では育休が取りにくい」という声が依然として聞かれるのも事実です。

この記事では、この課題に対し、育休取得の現状、関連する法改正のポイント、中小企業が抱える特有の課題、育休推進がもたらすメリット、そして具体的な対策について解説します。

中小企業における育休取得の現状

育休制度は法律で保障された労働者の権利ですが、その取得状況は企業規模によって差が見られるのが実情です。また、近年の法改正により、企業、特に中小企業に求められる対応も変化しています。

中小企業の育休取得率

厚生労働省の調査によると、育休取得率は全体として上昇傾向にありますが、企業規模による格差が存在します。令和5年度の雇用均等基本調査では、女性の育休取得率は全体で84.1%でしたが、男性は30.1%に留まっています。

企業規模別に見ると、女性の育休取得率は従業員数が多い企業ほど高い傾向にあり、500人以上の企業では95.7%であるのに対し、5~29人の企業では73.2%と差が見られます。男性の育休取得率も同様の傾向があり、500人以上の企業では34.2%、5~29人の企業では26.2%となっています。これは、企業規模が小さいほど、代替要員の確保の難しさや一人当たりの業務負担の大きさといったリソース面の制約が、育休取得の障壁となりやすいことを示唆しています。

一方で、男性の育休取得率は令和4年度の17.13%から令和5年度には30.1%へと大幅に上昇しており、法改正による「産後パパ育休」の創設や社会全体の意識変化が一定の効果を上げていると考えられます。

育児・介護休業法の改正点

育児休業は、育児・介護休業法に基づき労働者に保障された権利であり、企業規模に関わらず全ての企業が対応義務を負います。近年の法改正、特に2022年施行および2025年施行の改正内容は、中小企業にとっても重要なポイントを含んでいます。

2022年4月からは、企業に対して育休を取得しやすい雇用環境の整備(研修の実施、相談窓口の設置など)や、妊娠・出産を申し出た従業員への育休制度の個別周知・意向確認が義務化されました。また、有期雇用労働者の育休取得要件も緩和されています(ただし労使協定による除外は可能)。

さらに注目すべきは2025年の改正です。2025年4月からは、所定外労働の制限(残業免除)の対象が小学校就学前の子を養育する労働者まで拡大され、子の看護休暇も対象となる子の年齢が小学校3年生まで引き上げられ、取得事由も追加されています。育児のためのテレワーク導入も努力義務化されています。

特に重要なのは、2025年10月施行予定の改正で、3歳から小学校就学前の子を養育する従業員に対し、企業が複数の柔軟な働き方の選択肢(例:始業時刻の変更、テレワーク、短時間勤務制度など)の中から2つ以上を措置として講じ、個別に周知・意向確認を行うことが義務付けられます。これは、単に休業を「許可する」だけでなく、育児中の従業員が継続して働きやすい環境を積極的に「提供する」ことを企業に求めるものであり、より個別化された人事管理への転換を促すものです。

中小企業で育休は取れない?

育休制度が法的に整備されても、なお中小企業で育休取得が進まない背景には、従業員側と企業側の双方に根深い課題が存在します。

中小企業では育休が取りづらいと感じている

従業員が育休取得を躊躇する理由は多岐にわたります。厚生労働省の調査によれば、育休を取得しなかった理由として、男女ともに「収入が減るため」が上位に挙げられています。育休期間中の給付金制度はあるものの、完全な所得補償とはならず、経済的な不安が取得のハードルとなっていることがうかがえます。

次に多いのが「会社の制度が整備されていなかったため」という理由です。これは、法律で育休制度が定められていても、社内規程が不明確であったり、申請手続きが煩雑であったり、あるいは代替要員の確保や業務引継ぎに関する具体的な運用ルールが整っていなかったりする実態を反映していると考えられます。

さらに、「会社や上司の理解がなかったから」や、「前例がない」ことを理由に遠慮するケースも見過ごせません。特に中小企業では、経営者や直属の上司の意向が職場の雰囲気に大きく影響します。育休取得に対する否定的な言動や、取得しづらい「空気感」は、従業員にとって大きな心理的負担となり、権利行使をためらわせる要因となります。

育休が取りづらい中小企業特有の理由

企業側、特に中小企業が育休取得促進に二の足を踏む背景には、構造的な問題が存在します。最も大きな要因は「人手不足」とそれに伴う「業務の属人化」です。

男性従業員の育休取得を促進する予定がないと回答した経営層への調査では、「企業規模が小さい」、「従業員の人数が少なく、休業中の従業員の代替要員の手当ができない」、「休業する従業員以外の従業員の負担が大きい」といった理由が上位を占めています。多くの中小企業では、一人ひとりが多様な業務を担っており、特定の担当者しか業務内容や進捗を把握していない「業務の属人化」が常態化しているケースが少なくありません。このような状況では、一人の従業員が長期間離脱することの影響は甚大で、「業務が回らないのではないか」「長期離脱をどうカバーすればいいのか分からない」といった不安が経営者や人事担当者を悩ませています。

この「業務の属人化」は、育休取得を阻む大きな壁となります。特定の担当者が不在になることを避けたいという空気が生まれやすく、担当者自身も「自分が休むと仕事が止まってしまう」という責任感から育休取得をためらいがちです。

また、「休業する従業員以外の従業員の負担が大きい」という懸念は、中小企業の厳しい現実を反映しています。限られた人員で日々の業務をこなしている中で、育休取得者が出れば、残された従業員にしわ寄せがいくのではないかという不安は当然生じます。これは育休取得者への罪悪感や、周囲からの無言のプレッシャーに繋がりかねず、結果として育休が取りにくい雰囲気を作り出してしまいます。

中小企業が育休を促進するメリット

育休取得の推進は、単なるコストや負担ではなく、中小企業にとって多くのメリットをもたらす「投資」と捉えることができます。

従業員満足度向上と人材定着

育休を取得しやすい環境を整備することは、従業員の満足度向上に直結します。育児というライフイベントを会社が支援する姿勢を示すことで、従業員は「大切にされている」と感じ、会社への信頼感や愛着(エンゲージメント)が高まります。

特に中小企業では、大企業に比べて給与や福利厚生面で見劣りする場合もありますが、働きがいや働きやすさといったソフト面での魅力が人材確保・定着の鍵となります。育休制度の充実は、従業員に「この会社で長く働きたい」と思わせる強力なインセンティブとなり、優秀な人材の流出を防ぎ、採用競争においても有利に働くでしょう。

業務効率化と組織活性化の契機

従業員の育休取得は、一見すると業務の停滞を招くように思われがちですが、実は業務改善や組織活性化の絶好の機会となり得ます。育休取得者が出ることで、企業は否応なく既存の業務フローや人員配置を見直す必要に迫られます。

この過程で、「業務の属人化」の問題点が浮き彫りになり、その解消に向けた取り組みが進むことが期待できます。例えば、特定の担当者しか知らなかった業務内容をマニュアル化したり、複数の従業員で業務を分担できるような多能工化を進めたりする動きです。これは、育休取得者の不在期間を乗り切るためだけでなく、組織全体の業務効率化やリスク分散、さらには従業員のスキルアップにも繋がり、長期的な視点で見れば企業の生産性向上に貢献します。

企業イメージ向上と採用競争力の強化

育休取得を積極的に推進する企業は、社会的に「従業員を大切にする企業」「働きやすい企業」というポジティブなイメージを獲得できます。厚生労働大臣が認定する「くるみんマーク」の取得などは、その具体的な証となります。このような認定は、企業のブランド価値を高め、顧客や取引先からの信頼を得やすくなるだけでなく、採用活動においても大きな強みとなります。

近年、就職活動を行う学生の間では、企業の育休制度や働きやすさへの関心が高まっており、特に男性学生の間でも「育休を取得して積極的に子育てに参加したい」と考える割合が増加傾向にあります。育休制度が充実しており、実際に取得実績のある企業は、優秀な人材、特にライフワークバランスを重視する若い世代にとって魅力的に映り、採用競争において優位に立つことができるでしょう。

中小企業が行うべき育休のための対策

中小企業が育休を取得しやすい環境を整備するためには、意識改革から制度運用、外部リソースの活用まで、多角的なアプローチが求められます。

意識改革と風土醸成

育休取得促進の最も重要な鍵は、経営トップの強いコミットメントです。特に中小企業においては、経営者の意向が社内の雰囲気を大きく左右します。経営者自らが育休の重要性を理解し、取得を奨励するメッセージを明確に発信することで、社内の意識改革を力強く推進できます。

具体的な取り組みとしては、まず育児・介護休業法で義務付けられている「育児休業・産後パパ育休に関する研修の実施」と「相談体制の整備(相談窓口の設置等)」を徹底することが基本です。研修は管理職向けと一般従業員向けに分けて実施し、制度内容の理解促進だけでなく、育休取得者へのハラスメント防止や、協力的な職場風土の醸成を目指します。

さらに、自社内での育休取得事例を積極的に共有することも効果的です。ロールモデルとなる従業員の体験談は、後に続く従業員の不安を軽減し、取得へのハードルを下げる助けとなります。

人手不足・業務属人化への対応

中小企業における最大の課題である人手不足と業務の属人化に対しては、計画的な対策が必要です。まず、育休取得者が出ることを前提に、「業務の見える化」を進めます。具体的には、担当業務の洗い出し、業務フローの整理、マニュアル作成などを行い、誰でも業務を代替できるような体制を目指します。この過程で「不要な作業の洗い出し」も行い、業務全体の効率化を図ることが重要です。

代替要員の確保が難しい場合は、既存の従業員による「多能工化」(複数の業務スキルを習得すること)を推進するための相互研修も有効です。また、ノンコア業務や定型業務については、積極的にITツールを導入したり、アウトソーシング(外部委託)を活用したりすることも検討すべきです。

柔軟な働き方の導入と復帰支援

育休からのスムーズな復職と、その後の仕事と育児の両立を支援するためには、柔軟な働き方の選択肢を提供することが不可欠です。2025年10月からは、3歳から小学校就学前の子を持つ従業員に対し、企業は短時間勤務制度、始業時刻の変更、テレワークなど複数の柔軟な働き方の中から2つ以上を措置として講じることが義務付けられます。これに先んじて、企業の実情に合わせてこれらの制度を導入・拡充していくことが望まれます。

特に、育休復帰後の従業員に対しては、丁寧なケアが人材定着の鍵となります。復帰前面談の実施、業務内容や量の調整、周囲の従業員への理解促進など、安心して仕事に戻れる環境を整えることが重要です。

国の助成金の活用法

育休取得促進や両立支援に取り組む中小企業を対象とした、国の助成金制度も積極的に活用しましょう。代表的なものに「両立支援等助成金」があります。この助成金には、男性の育休取得を支援する「出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)」や、育休取得・職場復帰を支援する「育児休業等支援コース」など、複数のコースが設けられています。

例えば、「育児休業等支援コース」では、従業員が連続3ヶ月以上の育休を取得した場合に一定額が支給される(諸条件あり)など、企業の経済的負担を軽減する内容となっています。また、2025年4月からは、育児中の従業員の経済的負担を軽減する新たな雇用保険給付(育児時短就業給付金、出生後休業支援給付金)も創設されています。これらの制度を理解し活用することで、育休推進のハードルを下げることができます。

育休は中小企業の未来への投資として推進していこう

中小企業における育休取得は、人手不足や業務の属人化といった構造的な課題から、「取れない」「取りにくい」状況が依然として存在します。しかし、法改正による企業の義務強化や支援策の拡充が進む中、育休推進はもはや避けて通れない経営課題です。

この記事で見てきたように、育休を積極的に推進することは、従業員の満足度向上や人材の定着、業務効率化、そして企業イメージの向上といった、企業成長に不可欠な多くのメリットをもたらします。これは単なるコストではなく、企業の持続的な発展と、従業員が長期的に活躍できる環境を築くための「未来への投資」と言えるでしょう。

経営トップの強いリーダーシップのもと、意識改革と風土醸成を進め、業務プロセスの見直しや柔軟な働き方の導入、そして国の助成金制度の活用といった具体的な対策を一歩ずつ実行していくことが求められます。


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