- 更新日 : 2025年4月3日
労災は使わない方がいい?メリット・デメリットを徹底比較
仕事中や通勤途中にケガや病気をしたとき、労災保険を使うかどうか悩む方は非常に多くいます。「会社に迷惑をかけるのではないか」「申請手続きが面倒そう」など、不安や疑問は尽きないものです。この記事では、そんな不安を解消するために、「労災を使わない方がいい」と考えてしまう理由や、労災を使うメリット・デメリットを詳しく解説します。正しい情報を知り、後悔しない選択をするために、ぜひ最後までお読みください。
目次
労災は使わないほうがいい?
労災とは、労働者が仕事中や通勤途中にケガや病気をした場合に、必要な治療費や補償を国が給付する制度で、労働者が安心して働けるように整えられた重要な社会保障制度の一つです。
労災保険は原則として、労働者を雇用しているすべての企業や事業所で加入が義務付けられており、正社員だけでなく、契約社員、派遣社員、アルバイトやパートタイマーなど、雇用形態に関わらずすべての労働者が補償の対象となります。保険料については、全額を事業主が負担するため、労働者自身が支払うことはありません。
労災を使わない方がいいという考え方には、様々な要因が絡み合っています。
会社が労災を使わない方がいいと考える理由
会社が労災は使わない方がいいと考える理由の一つに、保険料の増加が挙げられます。
労災保険にはメリット制という仕組みがあり、一定規模以上の事業所では労働災害の発生状況に応じて保険料率が変動する可能性があります。労働災害が頻繁に発生すると、保険料が上がり、会社の負担が増加するため、労災保険の利用を控えさせる動きがあるかもしれません。
また、労働災害が発生した事実が公になると、会社のイメージや評判が低下するのではないかと懸念する経営者もいます。さらに、労災事故が発生した場合、労働基準監督署の調査が入る可能性があり、その対応に時間や労力がかかることや、法令違反が発覚することを恐れる会社もあるようです。労災保険の申請手続き自体が煩雑で、会社担当者の負担になることも、敬遠される理由の一つかもしれません。
従業員本人が労災を使わない方がいいと考える理由
従業員本人が労災保険の利用をためらう理由として最も多いのは、会社との関係が悪くなるのではないかという不安です。
労災保険を利用したことで、会社からの評価が下がったり、昇進に影響が出たりするのではないかと心配する人もいます。また、労災保険の申請手続きが面倒だと感じたり、書類の準備に手間がかかると思ったりする従業員もいます。軽いケガや病気の場合、「これくらいのことで労災を使うのは大げさではないか」と感じて、申請をためらうこともあるでしょう。さらに、自身の不注意でケガをしてしまった場合、「自分の責任だから労災は使えない」と思い込んでしまうケースもあるようです。
労災以外の保険の利用を検討する場合もある
労災保険を使わない理由として、他の保険制度の利用を検討するケースがあります。
例えば、健康保険や民間の医療保険、傷害保険などで対応できると考えている場合があります。しかし、業務上や通勤中の災害には原則として健康保険は適用されません。また、会社が治療費や休業中の給与を直接負担してくれると申し出た場合、労災保険を使わなくても良いと考える従業員もいるかもしれません。通勤中の事故の場合には、自動車保険(自賠責保険や任意保険)の利用も選択肢となります。
労災を使うメリット
労災保険を実際に利用するかどうかを決めるためには、メリットとデメリットを正しく理解する必要があります。ここでは、労災保険を使った場合に得られるメリットについて詳しく解説します。
治療費が全額補償される
労災保険の最も大きなメリットの一つが、治療費が全額補償されることです。労災指定の医療機関であれば、病院での治療費を本人が支払う必要がありません。高額な治療費が発生しても経済的な負担を心配せずに、安心して治療に専念できます。
休業中の収入が約8割保障される
仕事中や通勤中のケガや病気で仕事ができない状態になった場合、休業4日目以降は給付基礎日額(基本的には事故前3か月の平均賃金)の約8割が労災保険から支給されます。この8割という数字は、給付基礎日額の6割の休業補償給付と、2割の休業特別支給金を合わせたものです。給料がまったく支給されないという不安を解消する重要な制度です。
後遺症が残った場合の保障がある
ケガや病気が治ったあとに後遺症が残った場合、その程度に応じて障害補償年金または一時金が支給されます。障害等級が高ければ年金形式で生涯にわたり給付が受けられるため、将来の生活への不安を軽減することができます。
万が一のときに遺族への給付がある
労働者が労災で亡くなった場合、遺族には遺族補償年金または一時金が支払われます。また、葬儀にかかった費用をまかなう葬祭料(葬祭給付)も支給されます。これにより、遺族の生活を支える重要な保障が受けられます。
労働者本人の過失があっても補償が減額されない
交通事故や民事裁判などと違い、労災保険では労働者本人に事故原因の過失があっても、受けられる補償が減額されることはありません。つまり、自分の不注意が原因のケガでも、労災保険の給付はしっかりと受けられる仕組みになっています。
障害認定が他の保険よりも有利になる可能性がある
労災保険の障害認定は、医師による直接的な診察と評価に基づいて行われます。そのため、民間保険など他の制度に比べて、障害等級が本人にとってより有利に認定される可能性が高いと言われています。
労災を使うデメリット
続いて、労災保険を利用するデメリットについても見ていきましょう。
精神的苦痛に対する慰謝料が支給されない
労災保険は治療費や休業中の給料補償、障害給付など経済的な損失を補償する制度ですが、精神的苦痛に対する慰謝料は原則として支給されません。もし精神的な苦痛に対する慰謝料を求める場合は、別途会社に対する民事訴訟などの対応が必要になります。
手続きや書類準備が面倒に感じることがある
労災保険の申請には、病院から診断書をもらったり、労働基準監督署へ提出する書類を準備したりする必要があります。初めての方にとってはこれらの手続きが面倒に感じられ、「少しぐらいのケガなら自費で済ませたほうが楽」と考えてしまうことも少なくありません。
会社との関係が悪化するリスクがある
労災保険を使うことで、保険料の増加、監督署からの調査、評判への影響など、会社側に負担がかかり、関係性に悪影響が及ぶケースがあります。会社によっては、「労災申請はしないでほしい」と労働者に圧力をかける場合もあり、労働者側が心理的にストレスを感じることもあります。
労災の主な給付内容
労災保険にはさまざまな給付の種類があり、それぞれ受けられる条件や補償内容が異なります。代表的な給付について以下で詳しく見ていきましょう。
療養(補償)給付
療養給付とは、労働者が業務中または通勤途中にケガや病気をした場合に、その治療費を全額補償する給付です。労災指定医療機関で治療を受ける場合、治療費は自己負担なく無料で受けることができます。指定医療機関以外で治療を受けた場合でも、一旦支払った費用は後で労災から返還されます。
休業(補償)給付
休業給付は、労災によるケガや病気の治療のため仕事ができず、給与を受け取れない期間に支給されます。休業の初日から3日間は会社が負担し、4日目以降は労災保険から給付基礎日額(直前3か月の平均給与)の約80%(休業補償給付が60%、特別支給金が20%)が支払われます。休業が長期化しても収入を保障してくれる大切な給付です。
障害(補償)給付
障害給付とは、ケガや病気が治癒した後に後遺障害が残った場合に、その程度(障害等級)に応じて年金または一時金が支払われる制度です。重度の障害(第1級〜7級)は年金形式で継続的に支給され、それ以外(第8級〜14級)の比較的軽度な障害については一時金が支給されます。
遺族(補償)給付・葬祭料
労災事故により労働者が死亡した場合、その遺族の生活を支えるために「遺族補償年金」または「遺族補償一時金」が支給されます。また、葬儀を執り行った人には「葬祭料(葬祭給付)」として葬儀費用の一部が支給されます。これらの給付は遺族の生活を保障する重要な支援です。
傷病(補償)年金
労災による傷病が長引き、治療開始から1年6か月を過ぎても治癒せず、後遺症が残った場合に支給される年金です。治療中でも働けず、一定の障害等級に該当すると判断された場合には、年金として安定的な給付を受けることができます。
介護(補償)給付
労災による重度の障害で日常生活に介護が必要になった場合、介護費用を労災保険が負担します。常時介護が必要な場合と随時介護が必要な場合に分かれており、それぞれ給付額が定められています。介護が必要な期間は継続的に支給されます。
二次健康診断等給付
労災認定された心臓疾患や脳血管疾患が原因で一定の要件を満たした場合、再発防止のための二次健康診断や保健指導の費用を負担する制度です。再発防止のためのフォローアップが受けられ、労働者の健康管理を支援します。
労災を使わない場合のリスク
続いて、労災保険を使わない場合のリスクや注意点について解説します。
治療費が全額自己負担になる
労災保険を使わない場合、仕事中や通勤中に起きた事故やケガの治療費は基本的に全額自己負担となります。特に、健康保険は原則として業務上や通勤中の事故には適用されません。そのため、軽いケガだと思って労災保険を使わずに自己負担で治療してしまうと、後から症状が悪化した際に多額の治療費を自己負担しなければならなくなる可能性があります。
休業中の所得補償や後遺症への給付が受けられない
労災保険を使わなければ、休業中の所得補償(休業補償給付)や、後遺症が残った場合の障害補償給付も受けられません。これらの補償が受けられないと、経済的な負担が非常に大きくなる可能性があります。特に、後遺障害が残った場合は将来的に仕事や日常生活に支障が出ることもあり、そのときになって後悔しても労災保険への切り替えが難しくなることがあります。
後からの労災申請が難しくなる可能性がある
労災事故が起きた際には、すぐに会社や労働基準監督署に報告し、必要な手続きをすることが求められます。しかし、労災保険を使わずに時間が経ってから症状が悪化した場合、事故と症状の因果関係を証明するのが難しくなり、後からの申請が認められないことがあります。そのため、最初から労災申請を行っておくことがトラブルを避けるためにも重要です。
「労災隠し」になる危険性がある
会社から「労災保険は使わないように」と指示されたり、申請を妨害されたりするケースがあります。しかし、労働災害を意図的に隠す「労災隠し」は違法行為であり、会社は労働基準監督署への報告義務を負っています。会社が労災を隠そうとした場合でも、労働者自身が直接労働基準監督署に申告する権利があります。不当に労災保険の利用を拒否される場合には、公的機関や弁護士への相談を検討する必要があります。
労災を使うかどうか判断するポイント
労災保険を利用するかどうか判断する際には、ケガや病気の程度だけでなく、さまざまな視点から慎重に検討することが重要です。ここでは、労災保険の利用を検討する際に特に注意すべき点を詳しく解説します。
ケガや病気の症状・治療期間を考える
労災保険を利用するか決める際には、ケガや病気の現状だけでなく、今後症状が悪化する可能性も考えることが重要です。たとえ初めは軽い症状だとしても、後から悪化して治療が長引くケースは珍しくありません。特に骨折やむち打ちなどの症状は、時間が経ってから痛みや障害が現れることがあります。最初の判断で労災を使わなかった場合、後から申請することが難しくなる場合もあるため、症状や治療の見通しを慎重に検討する必要があります。
収入面や生活への影響を考える
労災を利用すると休業補償を受けられますが、それでも給料の全額が保障されるわけではなく、約8割の給付にとどまります。長期的な治療が必要な場合は、この収入減が家計や生活設計に大きく影響を与えることもあります。そのため、ケガや病気の治療期間や収入の減少がどれくらい生活に影響を与えるかを事前にシミュレーションしてみることが大切です。
後遺症が残る可能性を考える
労災保険には障害補償給付があり、後遺症が残った場合には等級に応じて一時金や年金形式で支給されます。後遺症は事故直後にすぐには分からず、治療後しばらく経ってから明らかになることも多いです。そのため、軽いケガであっても、後遺症のリスクを考慮し、最初から労災保険を利用しておくことで後々のトラブルを防ぐことができます。
労災申請は労働者の権利だと理解する
労災保険を利用する際には、労働基準監督署への届出が必要です。この届出を会社側が嫌がるケースもあります。そのため、労災申請を行うことによって会社との関係が悪化する可能性を考える人もいますが、労働災害の申告は労働者の正当な権利です。労災申請を理由に会社から不当な扱いを受けることは法律上許されていないことを認識し、必要であれば弁護士や労働基準監督署に相談しながら対応することが重要です。
労災を使うための手続き
労災事故が発生した場合には、すぐに会社に事故や病気の状況を報告する必要があります。会社に報告した後、労災指定医療機関を受診することが推奨されますが、緊急の場合は最寄りの病院でも構いません。その場合は後日労災手続きを進めることになります。
労災保険を利用するためには、所定の請求書に必要事項を記入して、勤務先を管轄する労働基準監督署に提出する必要があります。請求書は厚生労働省のウェブサイトや労働基準監督署で入手できます。
労災申請を拒否することは会社側には認められていません。万が一会社が申請を拒んだり、労災隠しを強要した場合には、労働者自身が労働基準監督署に直接申告することが可能です。そのようなトラブルが発生した場合は、早めに専門家や公的機関に相談することをおすすめします。
労災を使うべきかどうかの判断は慎重に
以上のように、労災保険の利用を検討する際には、単にケガや病気の現在の症状だけではなく、治療費や休業補償、後遺症への備え、そして会社との関係性など多面的に考えることが大切です。また、労災保険を使わない場合のリスクについてもしっかり認識し、後悔のない判断を行いましょう。迷ったときには、公的機関や専門家に早めに相談することが、最善の選択をするための重要な一歩です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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